第29話 ペリドット領の大魔道具
「さて、後は……これを登録しておかないとな」
ソールは蛇使いから貰った媚薬を片手に執務室の隅の方に歩き出す。
そして部屋の隅に所在なさげに置かれた物にかけられた黄緑の厚布を取っ払うと、他所の家には絶対なさそうな奇っ怪な物が姿を表した。
――その奇っ怪な物を具体的に説明する為に、今話に限り時代錯誤及び世界錯誤な単語が出てくるが、どうか寛大な心でお許し頂きたい。
それはまさに黄緑色の金属で構成された3段のキッチンワゴンのような形状をしており、1番上には液晶タブレットのような物がピッタリと収まり、2段目は入れ物、2段目の下から3段目にかけては色鮮やかな黄緑色の魔晶石に覆われ、中にうっすら歯車やらチェーンやらコードやらが複雑に収まっているのが見える。
一体これは何なのか、を説明をする前に、少しだけこの国の仕様について説明せねばならない。
ソール達が属するレオンベルガー皇国は皇都を中心に13の領に分かれている。そのうち侯爵が管轄する8つの侯爵領にはそれぞれ、魔力を込める事で領土に恵みをもたらす古代文明の遺産――大魔道具と呼ばれる物が存在する。
今、ソールの目の前にある中段しか使えない黄緑色のキッチンワゴンこそ、ペリドット領の大魔道具――
大魔道具を使用できる魔力の色はある程度制限されており、マテリアルサーチは一見<黄緑>に見える魔力にのみ反応する。
マテリアルサーチは特定の物質を一定量投入する事で成分を分析し、その成分と全く同じ物が範囲内にあれば、その座標を示す。超広範囲というだけあってペリドット領を補って余りある範囲を探知してくれる。
ペリドット領の侯爵は日々これで他国から入ってきた危険な薬物や毒物を見つけ出す。ソールも例に漏れずペリドット領に戻ってから1日1回、マテリアルサーチに登録されている危険物の座標を確認している。
一見物凄く便利そうに見える大魔道具――と言う割には小ぶりな大魔道具――ではあるが弱点も多く、チートと呼べる物ではない。
まず登録したい物質を2段目のボックスに入れる必要があるのだが、登録するには物質を一定量――一大体成人の足の親指くらいの体積――を手に入れなければならない。
物によっては集めるのに相当労力がかかる上、座標に表示される場合も一定量必要とする為、麻薬のような少量高額の売買には基本的に役立たないのだ。
ついでに解析から登録まで数日、大きな物だと1週間以上かかるのも難点である。
また、一度登録した自然の動植物や魔物に対しては絶大な効果を発揮してくれるのだが人工的な危険物には弱く、せっかく登録しても材料の一部を別の物に入れ替えるだけで同じ物と判別されずにすり抜けられてしまう、という致命的な欠点がある。
ペリドット領の貴族はそれらの弱点を把握している者も多い。だからこそサリーチェを陥れた神経毒を入手できた事は大きな収穫であった。
気づかれてないと油断している間は(誤魔化そう)という発想に至らない人間が圧倒的に多いからだ。
(……もし今、彼らがこの媚薬を持っていれば証拠の一つとして提示できる)
淡い期待を込めて2段めに小瓶を乗せたソールは3段目の魔晶石に魔力を込めた後、一番上のタブレットで操作する。
「これは一体なんだい?」
「ウィペット王国で出回っている、サリーチェ様に使われた危ない媚薬だそうです。1日1滴以上体に取り入れたら中毒を起こし廃人になるそうで」
小瓶を覗き込んだバールドにビルケが簡潔に説明すると、バールドは呆れたように肩をすくめて息をついた。
「媚薬か……僕には使えないな。例え容量を守ってもそんな物を使ったら普通の営みに戻れなくなりそうだ」
商人が媚薬を売りつけているのは
一度食事のグレードをあげたら下げづらくなるように、快適な眠りに誘ってくれる睡眠薬を手放せなくなるように、欲にストレートに効く物の需要は高い。
ソールがタブレットを操作して登録手順を終えると、2段目の棚が黄緑色の障壁で覆われ、3段目の歯車がゆっくりと動き出す。そして1段目の画面には24時間のカウントダウンが表示された。
ソールはカウントダウンを確認した後マテリアルサーチに再び黄緑色の厚布をかけ、元の状態に戻す。
その後、ビルケどバールドはどちらが午前、午後を担当するか相談した後バールドが執務室を去った。
バールドの背を見送った後、本日やるべき事を終えたソールは1つ小さな欠伸をした後ソファに横になり、毛布を被る。
そして天井に吊るされた照明器具を見上げながらぼんやりと貴族学校時代の事を思い返す。
ソールが貴族学校に入学してまだ半月も立たない頃、『侯爵家の跡継ぎが未だに婚約者を選ばないのは性癖に問題を抱えているからでは』という噂が流れた。
当時のソールはその噂の発生源がヴァルヌスである事こそ突き止めたが、婚約者を選ばなかった理由を言わねばならないリスクや入学早々権力を発揮するデメリットを鑑みてスルーした。
頭も顔も性格も良い、博学多才で器も大きい青年を前にいつしか下賤な噂は早々に立ち消えたが、その事をヴァルヌスがよく思っていなかった事は容易に想像できる。
彼はけしてソールに対して直接失礼な物言いや無礼を働いた事は無い。
ただ、目が合った時の一瞬の嫌悪感を隠せる人間ではなかったのでソールはヴァルヌスに嫌われている事を自覚していたのだ。
同様にスリジエもソールと目があった時にたまに冷めた視線を向けてくる。決まってソールがセレジェイラと話している時だったから嫉妬心からくるものだろう。スリジエがセレジェイラを愛しているのは誰の目から見ても明らかだった。
セレジェイラもスリジエを愛し、彼に一層慈愛に満ちた微笑みを見せていた。
愛されているのに何故自分を敵視してくるのか――セレジェイラも何か言ってくれればいい物を、美少年と美女のカップルに何度も微妙な気持ちにさせられた事が記憶に残っている。
(しかし、セレジェイラは何故サリーチェに悲しげな顔を向けたのだ……?)
容姿こそそれぞれ系統を違う美しさを誇るが、それ以外の面においてセレジェイラと比較したらサリーチェなど取るに足らない小者である。
そんな小者相手に悲しげな顔を向ける理由を考えている内にソールは徐々に夢の世界に落ちていった。
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