第23話 蛇使いと蛇・1
隠し通路から館を出て、イサ・アマヴェルの街へと出る。
普段は馬車で行き来する街並みを護衛も連れずに一人で歩く事にソールは解放感を感じていた。
(今後も定期的に抜け出て、街の様子を直に確認するのも良いかもしれないな)
馬車に乗っているだけでは街の表面上の部分しか見えない。馬車も通れないような小道や裏道で起きるトラブル等は警備隊や文官が処理し、余程凶悪な事件でもない限りソールには伝わってこない。
もちろん伝わった所で日々外交や内政に心を割く侯爵が平民の小競り合いや下級貴族のトラブルに首を突っ込む時間はない。
だが自分が治める領地の現状をこの目で確認する時間は必要だと考えながら、ソールは大通りを目指した。
馬車が何台も同時に行き来できそうな程幅の広い大通りに辿りつくと、多くの人が行き交う波の中でいくつも人だかりができ、所々で歓声が上がって賑わっていた。
周囲に侯爵だと気づかれないようにフードを深く被りつつ目的の蛇使いを探していると、脇の小路から平民らしき、くすんだ金髪の少年が飛び出してきた。
ぶつからないようにソールが身を引くのと同時に少年が立ち止まった。そして兄弟だろうか? 向かいの小路から走ってきた一回り大きい、同じ髪色の少年が駆け寄ってきた。
「ナッツ、見つけたか?」
「ううん、裏通りも裏道も見てきたけど、いなかった……ねえカシュー兄ちゃん、毒蛇、何処かの汚水管に入り込んじゃったんじゃないかな?」
この国には上水道、下水道のシステムはなく、水は魔導具から発生し生活排水は汚水管を通して一箇所で纏められ、そこに居付く汚水や汚物を好むクリーンスライムという魔物によってある程度消化される仕組みになっている。
クリーンスライムは臆病でジメジメとした環境を好み、汚水管の先の汚水槽にいれば餌が勝手に流れ込んでくるので互いに益のある関係なのだがクリーンスライムも好き嫌いがあり、何でも消化してくれる訳ではない。
消化してくれない物を流すと管が詰まってしまうのでそれらは滅却ボックスや街や村に1つは設置されている滅却場に運んで滅却する。
「うーん……汚水管に入られたらもう俺らにはどうしようもないなぁ……でも諦めるのはまだ早い。もう一回この辺りの裏道点検してみようぜ! 蛇だし、こっちの方に移動してるかもしれない」
「了解!」
「毒蛇を探しているのか?」
少年達の会話を聞いていたソールが呼びかけると、ナッツと呼ばれた小さな少年がソールを屈託のない笑顔で見上げ人だかりの方を指さした。
「うん、あそこにいる蛇使いのおじさんが銅貨」
「ナッツ! 秘密だって言ってただろ!」
「あっ!」
カシューが慌ててナッツの口を塞ぐ。見る限り12歳と8歳くらいの、平民の兄弟だ。
「……いくらで喋る?」
詳細を聞きたいソールはナッツの『銅貨』という単語を聞き逃さなかった。そしてその交渉にカシューの暗い黄緑色の目がキラリと光る。
「おっ……兄ちゃん、分かってんじゃねぇか! そうだな……俺達の依頼主は前金で銅貨1枚、後金で銅貨2枚だから……それを裏切らせようってんなら、銀貨1枚かな!」
「分かった」
ソールからすんなりと銀貨を手渡されて兄弟はマジマジと見つめる。驚くのも無理はない。
銅貨1枚が千円なら銀貨1枚は1万円――銅貨1枚ではしゃぐ平民の子ども達にとって、銀貨1枚は夢の存在である。
「あそこの人だかりの中にいる蛇使いのオッサン、飼ってる毒蛇が昨日の夕方から一匹いなくなったんだってさ。でも蛇使いが毒蛇行方不明になってるって探してたら色々問題だろ?」
「確かに、不安になった民達が警備隊に報告して聴取でもされようものなら商売も上がったりだろうな……」
「そこで! この都を知り尽くしてる俺達を使って探して、事を穏便に済ませようって訳! 探してる奴は俺達だけじゃなくて他にも何人かいるぜ!」
「なるほど……」
街の勝手を知り、お小遣いに飢えている平民の子ども達を小銭で釣って操るとはなかなか賢い。銅貨数枚など、一度芸を見せれば容易に稼げる――ソールは蛇使いの狡賢さに感心する。
「しかし、子どもに毒蛇を探させるのは感心しないな」
「毒はあるけど大人しいから滅多な事では咬まないんだってさ。見つけたら近づかずに呼んでくれって言われてるんだ。えーっと……赤と青の黒い蛇だっけ?」
「赤の玉模様が青く縁取られた黒い蛇だよ、カシュー兄ちゃん!」
フフン、と自慢げに補足する弟に思い出したように手を叩いた。
「ああ、そうそう! 暗い所にいるはずだって言ってたから昨日から心当たりある所あちこち調べてんだけど、中々見つからないんだよ。まあ蛇だし移動してるかもしれないから、もうちょっと探してみるけど」
「そうか……ありがとう、気をつけてな」
駆け出す少年達を見送ってソールは再び大通りを歩き出した。
何箇所か人だかりができている中で、先程少年達が指さした人だかりの外側から少し背伸びする。
元々身長が高い事もあって薄汚れたターバンを巻いた、褐色肌で髭面の壮年の男性がはっきり見えた。
地面にあぐらをかいて木製の縦笛を手に持ってニコニコと微笑んでいる。
「ではでは皆さん、異国のイリュージョンをお楽しみくだサーイ!」
その容姿と独特な喋り方はひと目ひと声で異国人だと分かる。上から下にかけて黄色から緑へ綺麗に変化している混色眼は褐色肌と合わせればペリドット領に隣接する異国の一つ、ペキニーズ連合国から来た異国人であると推測できる。
蛇使いの前には長方形のグレーの敷物の上に赤・青・緑の三色の太口の酒瓶が置かれており、蛇使いが軽快な音を鳴らすと赤の酒瓶から赤い蛇から頭をのぞかせて空に向かって火を吹かせた。
また別の音色で蛇は引っ込み、青の酒瓶から青色の蛇が水を噴射する。
そしてまた別の音色で緑の酒瓶から緑色の蛇が出てくると大きく口を開けた。そこに蛇使いがボールを浮かせるとボールは蛇の口に接する事無く宙に浮く。
歓声が沸き上がる中、音色によって蛇達が円を作ったり共同作業でハートマークを作ってみせたり――約10分程の芸が終わった後、喝采と投げられる硬貨を浴びる中で蛇使いはそれぞれの蛇に茶色い球体の餌を食べさせると、蛇達は観客達に向かって頭を下げた。
観客達が満足げな顔で去っていく中、投げられた硬貨を集める蛇使いの前に立ったソールは金貨を1枚差し出した。金貨は10万円である。
「おお……ありがとうございマース!」
「今日は赤と青の黒い蛇はいないようだな」
「あー……すみマセン! 今日あの子、調子がわルクテ……!」
「誤魔化さなくていい。いなくなった事は聞いている」
ソールの言葉に蛇使いの表情が一瞬固まった後、周囲を見回して見物客がいなくなっている事を察した後、両手を合わせて嘆願した。
「ど、どうかここの人達にはひミツニ……!」
「ああ、正直に話してくれればお前を警備隊に突き出すつもりはないし、場合によっては蛇探しに協力しよう。だからこうなった経緯を聞かせてくれないか?」
領主としては街に毒蛇が放たれた状態を放置する訳にはいかないが、毒蛇の扱いを知っているだろう蛇使いを今この場で拘束するのは悪手でしかない。ソールは冷静に蛇使いに問いかける。
ソールの穏やかな態度に緊張が解けた蛇使いは少し肩を落とし、落ち込んだ様子で語りだす。
「実は昨日の夕方……私が用を足す為に少しの間ここを離れた隙に盗まれてしまったのデース……!」
「盗まれた……逃げ出したり何処かに置き忘れたのではなく?」
「あの蛇は特徴がありまシテー! 逃げ出さないように管理してたので盗まれたのは間違いありまセーン! 信じてくだサーイ……!」
「特徴?」
「はい、あの蛇は色」
「あっ!銀貨の兄ちゃん!」
蛇使いの言葉が少年の声に遮られる。先程銀貨を渡した少年がソール達の方を指差して驚いていた。
「ギンカノ……? ご、ご兄弟だったのですか?」
「いや、兄弟じゃない。さっきこの子達から銀貨1枚で蛇の事を聞き出してな」
「あっ、兄ちゃんバラすな……あ、いえいえ、好きなようにおっしゃってください!」
……の間にソールが無言で銀貨を一枚少年に託したのを見ていた蛇使いは嘆くように額に手をあてて天を仰いだ。
「オーゥ……金で人を裏切るの、良くないデスネー……!!」
「裏切ってねぇよ! ちゃんと銅貨のおっさんが依頼してきた物も見つけたから! こっちこっち!」
「本当デスカ!? ちょっと待って下さい、大切な蛇ちゃん達連れていキマス! もう誰にも盗ませまセーン!」
蛇が入った3本の瓶に蓋をして、近くに置かれた大きな革製のカバンに縦笛と共に詰め込む。
「思いっきり蓋をしているが……蛇達はその状態で呼吸できるのか?」
「ご心配ナーク! これらは特製の瓶で、ちゃんと空気穴が空いてマース!」
スッと差し出された瓶には確かに、遠目からは見えない細い穴が開いている。
蛇芸は中々奥が深いな――と思いながらソールと蛇使いはカシューの後を追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます