第24話 蛇使いと蛇・2


 蛇がいる場所はそう遠くなく、大通りから少し離れた薄暗い裏道にカシューの弟の姿が見えた。


「ナッツ! あの蛇は?」

「大丈夫、まだあそこにいるよ!」


 ナッツが指さしたのは建物と建物の隙間――人一人が通過できそうな狭く薄暗い場所に、いかにも毒々しい赤模様を青く縁取った模様の蛇が見えた。

 蛇は動く様子はなく、狭い隙間を横断するように細長い体を所々で折りたたんでいる。


「オゥ! あれこそ私の愛蛇まなへび、グロイネンちゃんデース! 感謝シマス、子どモタチ! 約束の銅貨2枚デース!」


 銀貨2枚貰っているにも関わらず、銅貨にもしっかり目を輝かせる子ども達の未来は明るい――とソールが思っていると蛇使いが腕まくりしだした。


「あの蛇の特徴を利用した芸、金貨の特別サービスも込めて貴方にお見せしまショウ!」


 ソールに向けてにニカっと笑顔を浮かべた後、蛇使いは蛇の方向を向いて左手で指笛を鳴らした。その指笛に反応したのか、蛇の頭がヒョコッとあがる。


 そしてこちらの方へとノロノロと動き出した蛇に向けて、右手の中指と人差し指を親指にくっつけ――影絵で例えると口を閉ざしたキツネの形を作ると、ヘビは素早くヌルヌルと身をくねらせて蛇使いの方へと動き出した。


 蛇使いが軽快なリズムで前後に体を揺らしながらキツネの口を開くと、蛇がピタリと止まった。


 キツネが口を閉ざせばまた動きだし、口を開けば動きを止める――そんな動作を繰り返しながら蛇が蛇使いに近づいた所で、蛇使いは黒い酒瓶を蛇に向けて地面においた。

 すると蛇は何かに導かれるように黒い酒瓶に入り込んでいき、蛇使いは慣れた仕草で酒瓶に蓋をした。


「す……すっげー! 今、どうやったんだ!?」


 兄弟が感嘆の声をあげながら尊敬の眼差しで蛇使いを見つめるとエヘン、と言いたげなふうに少しふんぞり返った蛇使いが自慢げに答える。


「フフフ、蛇使いとしての極意を掴んだ者だけがこの蛇を自在に操る事ができるのデース! では子ども達、他の子ども達にもう探さなくて良い事を伝えていただけまスカー?」

「了解!」


 感動した兄弟が手をキツネにしながら楽しそうに走り去っていくのを蛇使いとソールは見送った。


「何故盗まれたのか、何故こんな所に捨て置かれたのか分かりませんが、グロイネンは猛毒がありますカラネー……犠牲者が出なくて本当に良かったデース……! では、私は再び仕事に」


 蛇使いがホッとため息をつきながら肩から下げる大きなカバンに毒蛇の入った酒瓶をしまい、大通りに戻ろうとすると――


「か、体、動カナイ……!?」


 まるで頭と体が分離されたかのように、首から下、一切の身動きが取れなくなる。パニックになっている蛇使いの前にスッとソールが立ち塞がった。


「悪いがまだ話は終わっていない……先程の蛇、どうやって操った?」

「これは……もしや、魔法マホウ……!? 私、魔法初めてかけられマシタ……!」

「感動している所悪いが、質問に答えてくれ。先程の手の形と関係があるのか?」

「て、手の形は重要ではありマセン……種明かししますので、ちょっと右腕だけ動かさせてもらってよろしいデスカー?」


 蛇使いのお願いにソールは行動停止ストップを緩めた。右腕が自由になった蛇使いはソールに対して右の手の平を見せる。

 親指、人差し指、中指の腹が鮮やかな紫色になっている。その色合いを目にした瞬間、ソールに悪寒が走った。


「グロイネン……死毒蛇はペキニーズに生息する全身紫色の紫ネズミが大好物な事もあって紫色が大好きなんデース。紫色を見たらとにかくそこに向かおうとするのですが、複数の紫色に対してはどちらにしようかと悩んで動きを止める習性がありマース」

「それは……紫ネズミとやらが複数いたら、皆に逃げられてしまうという事か?」

「死毒蛇の特性を理解してるネズミなら簡単に逃げられマスネー。馬鹿で無知なネズミは食われ、賢く知恵もあるネズミが生き残る……世の常デース」

「……その理屈が通るならその馬鹿な蛇も淘汰されて然るべきだと思うが」


 指先に付いた紫が1つに合わされば動き、分裂すれば動きを止める――実に単調な特性は聞いてるこっちが心配になってくる位に実に残念な習性である。


「オゥ、グロイネンを馬鹿って言うの止めてくだサーイ! こういうちょっと残念な子がいてくれるからこそ私のような才も地位もない者が生き延びられるンデス! 私とグロイネンは助けあって生きているんデース! グロイネンは愛すべきお馬鹿さんなのデース!」

「馬鹿もお馬鹿さんも一緒じゃないか?」

「違いマース!! 後者には愛が込められていマース!!」


 何を言っているのか分からないがペキニーズ連合国ではそういうものなのかもしれない――一応方言メモを取り出し、馬鹿とお馬鹿さんの違いを書き留めている内に愛すべきお馬鹿さんという言葉がサリーチェの姿を連想させ、ソールは素直に頭を下げて謝罪する。


「ところで……この蛇は暗殺に使おうと思ったら使えるのか?」

「グロイネンちゃんは先程の3色の瓶の蛇達と違って、芸を覚えられるほど賢くありマセン。習性を利用すれば暗殺にも使えると思いますが、飲んでも毒なので毒を絞って何かに混ぜて食べさせる方が確実デスネー。まあ、連合国の重鎮ならこの蛇に対する解毒剤を持ってると思いマスガ」

「解毒剤があるのか?」

「ええ、ペキニーズ連合国の南方の州では珍しい蛇ではありませンノデ。私も解毒剤持ってマース。あっ、でもこれ、内緒にしてくだサーイ。人は猛毒や命懸けという言葉、大好きでスカラ。蛇使いが解毒剤を持ってると知られたら、スリルが無くなってしまいマース!」


 蛇使いが人差し指を口元に当てる仕草で秘密を強調した後、誰も聞いていないかをあちこち確認しているが周囲に人の気配はない。


「なるほど、子どもだましならぬ異国だましという訳か」

「本当に命懸けですと、失敗した時にお客さんに心の傷を残す事になりますカラネー。私の仕事は異国に夢と安全なスリルをお届ける事デース」

『……毒蛇を盗まれて悪事に使われた事を知られれば、夢は一瞬で悪夢になるだろうな』

「エ……」


 人の気配がない事はソールも察しているが、これから話す事は万が一にでも聞かれてはいけないと念話に切り替える。

 頭の中に声が響く感覚も蛇使いは初めてなようで、驚愕の表情でソールを見つめている。


『私が蛇を探していた理由を言ってなかったな。昨夜、大切な女性がグロイネンと全く同じ模様の蛇に噛まれた。昨日の夕方から行方不明になり、今発見された状況からして噛んだのはグロイネンで間違いないだろう』

「……オ、オゥ……申し訳ありマセン。今後は盗まれないよう厳重に管理しますのでどうかグロイネンは見逃してくだサーイ……! き、金貨もお返ししマース……!!」


 ポケットの中にしまった金貨を右腕で取り出し、再びソールの前に差し出すがソールは首を横に振る。


『お前と蛇を処罰したい訳じゃない。盗んだ奴の人相や体格など、分かっている事を聞きたい』

「戻ってきた時には黒い瓶の中にいたはずのグロイネンだけいなくなっていて……誰が盗んだのかは、さっぱり……本当に、申し訳ありマセン……!!」

「……そうか」


 証言を得られないのは残念だったが、この蛇使いから死毒蛇を盗んだのは死毒蛇の特性を知っている者――大分犯人像が絞られる。

 蛇を使う暗殺者ならば自前の蛇を使うはずだ。それをわざわざ蛇使いの蛇を盗み、しかも盗んだその日に堂々とメイドに化けてシーツ交換を装って蛇を隠し、暗殺に使う――


 頭が切れる上に肝も据わっている人間なのは間違いない。だが、そんな人間だからこそ、準備から実行までを1日で終わらせた事に違和感がある。


『……分かった。今日の所はここまで聞ければ十分だ』

「み、見逃して、くれるのデスカ……?」

『……お前自身が罪を犯した訳ではないからな。私が裁きたいのはお前ではなく、お前の蛇を盗んだ人間だ』

「しかし……グロイネンは貴方の大切な人を、その……死なせたノデハ?」


 サリーチェの気持ちを思えば蛇は切って捨ててしまった方がいいのだろうが、それをすれば蛇使いの心に深い傷を負わせる事になる。

 用を足す為に毒蛇を通りに放置した事は迂闊ではあった。だが――その迂闊は、果たして大切な商売道具を失うほどの迂闊だったのだろうか?


 ここで『サリーチェを死に追いやりかけたから』と怒りに身を任せて蛇使いと毒蛇を切り捨ててしまうようでは彼女を弄んだ貴族達と何ら変わらない。

 ソールは蛇使いの拘束を解くと、念話で穏やかに呼びかけた。


『……私はお前の蛇を盗んだ人間を捕まえるつもりだ。だから今話した事も私と会った事も一切他人にバラすな。バラした時点で共犯として今後ペリドット領の内の旅芸人の通行を一切禁じる。お前の人相描きをバラまいて指名手配した上でな』


 バラしたら容赦なく潰すぞと丁寧に脅したソールに対し、蛇使いは両手を組んで頭を下げる。

 ここまで言われれば正体を明かされずともソールが侯爵、あるいは侯爵に近しい存在である事は蛇使いにも理解できた。


「あ……ありがとうございマース! 私もグロイネンを殺人蛇にした人間に制裁してほしいので、絶対誰にも言いマセン……! ……しかし、グロイネンのせいで大切な方を失わせてしまったのに、金貨まで貰って何の御役にも立てないのが辛イデス……」

「蛇の特性を知れただけでも感謝している。黙っていてくれれば気に病む事は何もない」

「いいえ、それでは私の気がすみマセン……あ、そうだ、これ差し上げマース……!」


 蛇使いはソールに半ば強引に親指ほどの小瓶を託した。半透明の小瓶には毒々しいピンク色の、いかにも妖しい液体が入っている。


「少し前にウィペット王国で芸をしていた際に手に入れました、食人植物の蜜を使ったちょっと危ない媚薬デース! 私も一度試してみたのですが、たった一滴口に含むだけで男も女も色んな所がドキドキ♡してきマース! 今は辛くても、またきっと素敵な出会いがありマース……! その時に是非使ってくだサーイ……!!」


(流石、異国人……大切な人を亡くした者に対してこんな物を渡してくるその思考、実に理解しがたい……!)


 流石のソールも異国人の破天荒な発想に表情が強ばるが、蛇使いは嬉しそうに何度も頭を下げながら去っていった――と思ったら慌てて戻ってきた。


「忘れてマシター! この蜜、中毒性あるので飲み過ぎたら廃人になっちゃうらしいデース! 中毒にならないように1日1滴! 用法用量、とっても大事デース!」


 賑やかしく過激な蛇使いは今度こそ去っていった。


(……ウィペット王国が媚薬の使用を認めているのは知っているが、1日1滴以上飲むと廃人と化す程神経に影響を及ぼす薬など、もはや媚薬と言うより媚毒では……? いや、待て、もしかしたら、これは……)


 怪訝な眼差しで小瓶を見据えていたソールの目が大きく見開く。

 そして自分の思考の中に闇の中に一筋の光を見出し、小瓶を腰のベルトに括り付けたポーチにしまった。


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