第21話 助けてくれた人に、お礼を
埃を被ったカンテラが最低限の家具しか無い小部屋をゆらゆらと照らす中、状況を大体理解したバールドの頭に疑問がよぎる。
「事情は分かったけれど……毒は大丈夫だったのかい?」
「ええ、友がここを発つ前に純白の魔晶石を託してくれたので」
「そうか……だから治癒師を必要としなかったのか。治癒師達は皆戸惑っていたよ」
「すみません。侵入者かスパイか分からない以上、信じられる人間は限られていましたから……」
真剣な表情で語り合う2人をサリーチェは穿った表情で見つめる。
「ねぇ……この痩せ細った人、誰? ベラベラ話しちゃって大丈夫なの?」
「ああ。この人は私の義兄で見ての通り、この家を1年間骨身を削って守り通してくれた人だ。私達の心強い味方だ」
ソールの説明にサリーチェはまじまじとバールドを眺める。貴族学校に侯爵が訪れる機会は滅多になく、辺境の下級貴族はあまり侯爵を顔を合わせる機会がない。
「ソール君、心労で体型と人相がすっかり変わった事は気にしてるからあんまり言わないでくれると嬉しいかな……それに、この状況じゃ僕は何の役にも立てないよ」
サリーチェの視線に困って顔をそらしたバールドの苦言をソールは見事にスルーして柔らかな笑みを浮かべた。
「大丈夫です、負担のかかる事は頼みません。ひとまず姉上にこの事をこっそり伝え、女性がこの部屋で過ごすにあたって必要な物を持ってきて頂ければ」
「ああ、その程度なら……」
「詳しい話は一度執務室に戻ってからしましょうか。夜も遅いからサリーチェはもう休むと良い」
「えっ……ちょっ、ちょっと待って! そ、ソールもまた行っちゃうの? こんな所に、私一人残して!?」
再びドアを開いて退室しようとする2人をサリーチェは慌てて引き止める。
「大丈夫だ。ここを知っている人間は限られているし、皆信頼できる者達だ。襲われる心配はしなくていい」
ソールの自信に満ちた表情に言葉を詰まらせるサリーチェの様子を見てバールドは何か察したようだが、当のソールはサリーチェに不満がある事しか察せていない。
「サリーチェ、どうした?何か不満があるなら遠慮なく言って欲しい」
カンテラの淡い光はサリーチェの顔色をはっきり照らせないが、多分真っ赤なのだろうなと思う位には赤かった。
「ソール君はあれかな……? 何でもできると思っていたけれど、こういう事は疎いのかな?」
「疎い、とは?」
真顔で聞いてくる義弟と、その後ろで言ってほしそうで言ってほしそうじゃない、微妙な眼差しで見つめてくる令嬢を前にバールドは悩んだ末に一声紡ぎ出した。
「……こんな暗い部屋に女の子一人残して大きなベッドでぐっすり眠る男……ちょっとどうかと思わないかい?」
優しく紳士的なバールドの最もな言葉にソールは目を見開く。
「なるほど……確かに執務室に遺体を放置して部屋で寝る、というのは違和感がありますね。執務室で遺体と一緒に寝ている方が臣下の同情も引ける」
こう言えば流石に察するだろうと思った展開の更にその上を超えてきた――バールドは感心したような呆れたような表情をソールに向けた後、小さく肩をすくめた。
「はは……その発想は僕にはなかったよ。流石ペリドット家の人間は考える事が違うね。何にせよ執務室に遺体がないと不思議に思う人間はいるだろうから棺と毛布を持ってこよう。その間、心細くなっている彼女を励ましてあげるといい」
バールドはサリーチェに頑張れ、の意志で軽いグーサインを示した後、小部屋から出ていった。
ソールはようやくバールドの言葉の意味に気づいたようでサリーチェの方を振り返る。
「ああ……そうか、そうだな。こんな状況だ、心細いに決まっている。サリーチェ、配慮が足りず済まない……私で良ければ今日は君が眠るまで傍にいよう」
ソールの言葉にサリーチェはちょっと思う所があるのか、上目遣いでなにか言いたげな表情をした後、ベッドに潜り込んだ。
魔法の系統は攻撃、治癒、干渉、召喚など様々な種類があるが特に生活に寄り添う事を目的とした魔法は実に便利なもので、ベッドのマットレスも布団もソールがサリーチェを小部屋に案内した際にさっくり浄化を済ませてある。
ダニやカビの心配がない枕と布団とマットレスに挟まれたサリーチェの手が、はみ出してソールの方に差し出される。
「……手」
「……手?」
「さっき、私の手、貸してあげたじゃない! 私も落ち着かないと寝れないから。私が眠るまで手、握っててほしいの!!」
「分かった……サリーチェ、私の手が君の慰めになるのなら、喜んで握ろう」
この館にサリーチェを運んでからずっとソールは彼女に拒絶されてきた。それが今、手を握っていてほしいと願われるほどに必要とされている。
それに加えてベッドからはみ出たサリーチェの手は1週間前に見た時よりふっくらとしている。手触りも滑らかで、彼女の心身の調子がずっと良くなってきている事をソールは純粋に喜ぶ。
そして、テーブルに置かれたカンテラの光から顔を背けるサリーチェの顔色をソールは知らない。
「……助けてくれて、ありがとう」
ポツリと呟くような御礼の言葉に一瞬耳を疑うも、温かな気持ちと共に罪悪感がソールを包んだ。
「ああ……しかし、君に苦しい思」
「ありがとうって言ってるの!!」
謝罪の言葉を打ち消すような大声は部屋に大きく響き、驚いたソールはサリーチェの耳が赤くなっている事に気づいた。
「……ああ、君を助ける事が出来て本当に良かった。サリーチェ」
ずっと閉ざされていた心も少しだけ開かれた事にほのかな喜びを感じつつ、ソールはサリーチェの手の甲にそっと口づけた。
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