第18話 踏み台令嬢、襲われる・3(※サリーチェ視点)
趣味の悪い真っ赤な口紅をした茶髪のメイドは俯いた状態で私に一礼した。
「失礼します……シーツの交換に来ました」
「え、シーツは朝替えてもらったけど?」
メイドの予想外の言葉にあたしは反射的に問い返した。
この館に来てから、ベッドのシーツは朝あたしが着替える時に替えてもらってる。
さっきソールにジュースぶっかけちゃった時、ベッドのシーツに飛んじゃったかな? とベッドの方を見るけど、シミなんて付いてるように見えない。
そもそもソールが座ってたのは入り口方向。部屋の奥にあるベッドは逆方向だからかかるはずもない。
「それが……本日は手違いでお客様用のシーツではなく、住み込みの兵士達用のシーツをお出ししてしまったそうで。いくら洗ってある物とはいえ、淑女の肌に触れさせて良いものではありません。サリーチェ様がお休みになられる前に替えてこいと」
俯きがちなメイドはちょっと怯えてるように見える。あたしが怒るとでも思ってるのかしら?
そりゃあ確かに洗濯済みとは言え、汗臭い兵士達が使い込んでるシーツって聞いてちょっとちょっと! ってなってるけど、そこまで伏し目がちに俯かれると怒る気も失せるというか。
「すぐ済みますので……! ああ、こちらの椅子にお座りになってお待ち頂けますか?」
あたしの不快を煽ったと思ったのか、メイドが軽やかな足取りで部屋に入ると、丁寧な仕草でスッとテーブルの椅子を引いた。
そのテーブル、クロスにかかったジュースの染みがさっきの事を思い出させて嫌なんだけど……って、そんな事、このメイドに言ったって仕方ないか。
って言うかシーツの事なんて言わなきゃ分からないのに、本当この館の人達って無駄に真面目な所あるわよね。
まあ、その真面目さに免じてシーツを交換する間くらいなら――と思って引かれた椅子に座った瞬間、首にチクリと痛みが走った。
「痛っ……!」
何かが刺さったような痛みに反射的に振り返ると、侍女が抱えるシーツの中に赤と青と黒の、凄く気持ち悪い色合いの蛇がいるのが見えた。
「ひ」
上げようとした悲鳴は、途中で不自然に止まる。
声が、出ない。声だけじゃない。指も、腕も強い痺れがゾワゾワと全身を巡っていく。
体が麻痺して動けないあたしをメイドはテーブルにもたれかからせる。そして首元に触れられると、さっきの、何かが刺さったような「痛み」が消えた。
治してくれた――とは思えなかった。だって、痛みは消えても体の痺れは全く消えないから。
痺れは消えないばかりかだんだん強くなって、体が全く動かなくなる。目も、瞬きすら出来ない。
メイドはこの状況に一切何も言わずに、慌てた様子もなくあたしから遠ざかって、勢いよくドアを開けて――静かにドアを締めて遠ざかっていく。
その不審な動きはよく分からないけど、1つだけ、分かる事がある。
ああ――あたし、本当に、狙われてたんだ。でもまさか、こんな所に侵入してきてまであたしを殺したいって、一体どういう事なの?
胸が何かブワッとこみ上げてきて、でも血の気は引いて――あー、分かる、これ、絶対ヤバいやつだ。
異国人の集団に襲われた時も人生終わったって思ったけど、そういう精神的、社会的に追い詰められるような死じゃなくて、肉体的な、死。
馬に踏まれたらしい時もそれっぽい物を感じたけど、あの時は思考もボンヤリしてて、すぐにクライシス様が治療してくれて、よく分かんなかった。
今は全く体を動かせない癖に思考だけはハッキリしてるから、分かる。
肺が少しずつ押し潰されるような感覚があって、上手く呼吸できない。苦しい――凄く苦しいのに、身動きできない。
(誰か、誰か、助けて……!!)
でも、そう願っても、誰も助けてくれやしない。あたしが本当に辛くて苦しい時に助けに来てくれた人なんて、いない。
だから、分かるの、助けて欲しい時に誰も助けてくれなかったから。
だから、あたしは今、ここで――って考えた時、ノック音が響いた。
「サリーチェ、私だ」
ソールの声だ。何しに来たんだろう?
「私とした事が、夜のデザートをうっかり失念していた」
ああ、そう言えばデザートのアイスクリーム出される前にソール出てったから、アイスクリーム食べてないわ。いや、うん、それどころじゃないんだけど。
「……今日はもう、そういう気分ではないか」
(違う……動けないのよ!!)
そう叫びたいけど口がまともに動かない。そもそも喉の辺りがビリビリして、ぜぇぜぇはぁはぁみっともなく呼吸する事しかできない。
「……不快な思いをさせてすまなかった。どうか、良い夢を」
(どうしよう、このままじゃ、ソールが帰っちゃう……!!)
叫んでる時は遠慮なく入ってくる癖に、反応が無い程度で遠慮するのやめてよ……!!
持てる力を振り絞って体をズラすと、バランスが崩れて椅子から倒れ込む。思いっきり頭打ったけどお陰で椅子も盛大に倒れて、大きな音を立てる事が出来た。
「サリーチェ、どうした!?」
即座にドアが開けられて、ソールの声が耳に刺さる。
演技、には思えなかった。すっごく驚いてる声だった。
ソールは私の肩を軽く揺すったけど、反応できない。そんなあたしを明らかにおかしいと思ったんだろう。ソールはあたしを抱えて立ち上がる。
口も上手く動かないし、声も出ない。瞼も下げられないからまばたきもできなくて、痛い。
「サリーチェ、しっかりしろ……! 一体何があった!?」
何よ、コイツ、いつものすまし顔はどうしたのよ? 何で、そんな必死な顔なのよ。
貴方の魔力って鮮やかな黄緑色で治癒魔法向きの魔力じゃないのに、何でその魔力であたしの頭に
まるで――理性も何もかも吹っ飛んで、本気であたしの事、心配してくれてるみたいじゃない。
息苦しさから少しずつ遠ざかるにつれて、意識も遠ざかっていく。
「サリーチェ……大丈夫だ、絶対に助ける、だからもう少し耐えてくれ……死ぬなよ、サリーチェ!!」
ああ――ちょっと、助けてくれるには遅いけど、まあ、許してあげるわよ。
1週間の贅沢と、最後の最後に、助けに来てくれた、って思わせてくれた、貴方に、免じ、て――
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