第17話 踏み台令嬢、襲われる・2(※サリーチェ視点)
多分あたし、今、物凄く変な表情しちゃってるんだろうなと思うけど、顔変えられない。
部屋の入口にいるメイド達も(マジで!?)みたいな顔し続けてるもん。
「君に侯爵夫人としての立場は荷が重すぎるだろうから、第一夫人と言えど愛妾、という立場になるだろうが……それでも良ければ私は君と結婚したい。面倒な公務や外交は私と正妻が請け負う。君は今のように美味しい物を食べて、のんびり暮らしてくれれば良い」
ソールはあたし達の表情にまるで気づかないように、真っ直ぐあたしを見つめながら言葉を続ける。
だけどその言葉によってあたしの心臓は冷水を浴びせられたかのようにシン、と静まった。
愛妾――凄いな、正妻を別に作る前提で口説いてくるの、流石侯爵様。他の男とレベルが違うわ。
そりゃあこの国は重婚が認められてて、土地も資産も潤ってる高位貴族は恋愛婚の他に政略婚とか、子作り婚とか複数の伴侶侍らかすのも珍しくないけど。
でも、あたしに言い寄ってきた他の男達は『僕の目の中にいるのは君だけだ』って口説いてきたのに――
「君が愛と忠誠を態度で示せという話については、2週間後の襲爵パーティーにはペリドット領の高位貴族達はもちろん、他領の有力貴族や公侯爵達もくる。私はそこで君を愛妾として紹介する事で」
これまで積もっていた好感度が吹き飛ぶくらい最悪な事を言われた瞬間、あたしは彼にグラスのジュースをぶっかけていた。
「やっぱり高位貴族の男って最低……!! 話してまだ6日しか経ってない女を相手によくそんな出来もしない事言えるわね!? いくらあたしが馬鹿だからってそんな上手い話に騙されないんだから!!」
あたしの悪評は散々聞いてるくせに、そんな高位貴族以上の、この皇国で強い力を持つ有力貴族達相手にあたしの事『この人が私の愛する人です』って紹介するなんて、そんな美味しい話あるはずない!!
腹の底から目一杯声を出して叫んでやると、ソールの熱を帯びた眼差しに心を貫かれる。
「……3年と6日だ」
「えっ?」
「……君にとっては6日間かもしれないが、私にとっては3年と6日だ。私は貴族学校にいた1年間、ずっと君を見ていた。君が男達にチヤホヤされてニヤニヤしている時も、恋人ができてパルマに自慢している時も、恋人を熱烈な瞳で見つめている時も……そして貴族学校を去った後の2年間も、私の心の中にはずっと君がいた」
早口で喋り出したソールの声は聞き取りやすくて、何を言っているのかハッキリ聞こえる。
え――3年間もずっと、あたしの事を? ……本当に?
確かに1年生の頃、男達にチヤホヤされてニヤニヤしちゃった自覚はある。パルマにもよく彼氏自慢してた。
恋人に対してもこれであたしは幸せになれる、ってウキウキした表情になってた自覚もある、けど――そんなの、信じられない!!
「あ、あたしの話、パルマから聞いたんでしょ!? それで、勝手に話組み立てて、あたしを騙そうとして……最低にも程があるわよ!! このドクズ!!」
そう、パルマからあたしの学校生活を聞けば、いくらでも都合が良いように話を組み立てる事ができる。ちょっと考えれば分かる事じゃない!!
危うく騙される所だったわ、そうよ、こうやって皆、あたしを騙して――
「……好きな人に裏切られるのも辛いだろうが、好きな人に信じてもらえないというのもかなり辛いものなんだな、サリーチェ」
ポタポタとオレンジジュースを滴らせる憂いを帯びた表情に、心がグサリと傷んだ。
っていうかさっきから何なの? 顔面にオレンジジュース滴らせてもイケメンとか、どういう事なの? 何でそんな状況で様になるの!?
「な、何カッコつけて訳分かんない事言ってんのよ……! もうちょっと間抜けで情けない姿になってくれてもいいじゃない! あたしが男達が開くホームパーティーに呼ばれて服を汚されて怒ってみっともないとクスクス笑われた時みたいに、貴方だって顔歪めて怒ればいいじゃない!! 事故じゃなくて思いっきりぶっかけてんのよ!? 事件よ!?」
あたしの怒声にも一切顔を歪めず、メイドが差し出してきたタオルで静かに顔を拭いたソールの顔がチラと見えた。
とても寂しげな顔してて、それがまた、苦しくて、苦くて、また痛い言葉がこぼれ落ちる。
「さっさと本性出しなさいよ!! 何であたしが誰かとぶつかって持ってたジュースで人の服を汚してしまって周りから責められた時と同じ気持ちにさせられなきゃいけないのよぉ……!!」
あたしは悪くないのに、どう足掻いても悪者にされた過去がぶわぁって蘇ってきて、涙が出てくる。
何であたしが、あたしだけがいつも、惨めな目に合うのよ……!! 何であたしだけがいつもいつも悪者になるのよ……!!
「サリーチェ」
「何よ!?」
「……その場にいてやれなくて……守れなくて、すまなかった」
震える声のソールに深く頭を下げられて、室内に重い沈黙が漂う。
「……愛妾に、と言ったがこれは私の我儘だ。君に強制するつもりはない。犯人が捕まった後は君の好きにしたら良い。君がここを出ていきたいなら、私は止めはしない」
ソールはそう言い残して部屋を去り、メイド達も無言でさっさと食器を片付けて、一人、静まり返った広い部屋に取り残される。
「そうやって……そうやって、みんなしてあたしを悪者扱いする……!!」
まるであたしが酷い事言ったみたいじゃない! 今まで酷い事言われてきたのは、酷い事されてきたのは、あたしなのに!!
ソールの謝罪だって、近寄ってくる男達は皆、事が終わった後で『あの時は庇えなくてごめんね』って謝ってきた。
『勇気がなくて』とか『状況が悪くて』とか言って。ソールみたいに『その場にいなくてすまない』って言う男もいた。
でも。
そいつらは皆、眉を下げて目をちょっと潤ませて謝るだけで――ソールみたいに、しっかりを頭を下げて詫びる人なんて、一人もいなかった。
もしソールが本当に、あの場所にいてくれてたら――守ってくれたのかな? 本当に、あたしを庇ってくれたのかな?
――駄目。こんな事で惚れたら、またあたしは騙されて傷つけられるって分かってるのに――心がどうしようもなくムズムズする。
ソールの事だから、もしあたしに本気だったなら「私のサリーチェに何を……!」とか言うんじゃなくて「集団でレディを追い詰めるなんて穏やかじゃないな」なんて、すまし顔であたしの肩を抱いて守ってくれるんだろうな。
でも、今のでソールに完全に幻滅されちゃったかな、って思ったら凄く心がチクチクして、ゾワゾワして。
あーやだやだやだっ!! 本当、何でこんな気持ちにさせられちゃうのよっ!! ないないないっ! きっと皆と一緒にあたしを馬鹿にするのよ! 絶対そう!! そうなのっ!!
そうじゃないとあたし困る……!! 今までソールに酷い態度取ってきて、今更、今更そんなのないっ……!!
頭がガンガン警鐘を鳴らしてるのに心がどうしようもなく震える中、部屋の中にノック音が響いた。
ソールが私を悪者扱いした事を謝りに来たのかしら? と思ってドアを開けると、シーツを抱える冴えない茶髪のメイドがドアの前に立っていた。
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