第16話 踏み台令嬢、襲われる・1(※サリーチェ視点)


 ソールが犯人が見つかるまでここにいてほしいって言うから、仕方なくここに残ってあげる事にした。

 あんな酷い奴らを捕まえてくれるならそれに越した事はないし、まだ狙われてるかもしれない、って怯えながら暮らすのは素直に怖い。


 それにこの領の侯爵様にどうしてもって頭下げられるのは悪い気分じゃなかったし。

 ソールは約束通り、ウチや貴族学校では絶対出ないような豪華な食事に美味しいスイーツを付けてくれた。

 おまけに広いお部屋にフッカフカのベッド――とここに来てから、随分と良い生活をさせてもらってる。


 あー、お父様とお母様と妹達に自慢したい。『勘当された馬鹿娘だけど侯爵様に保護してもらって良い生活してますぅ~!!』って言いたい。どんな顔するのかしら。あたしを散々馬鹿にしてきた奴らにも自慢したい。

 今貴族学校にいた同級生の中で一番いい生活してるのあたしだもの。間違いないわ!


 まあ、こんな生活させてくれるソールだって信用ならないんだけどね。あの人、あたしにここまで贅沢させて一体何企んでるんだろ?

 この位の食事、侯爵家にとっては何でもないものなのかもしれないけど――うーん、考えてみてもわからない。

 丁度夕食をテーブルに並べているメイドに気になって問いかけてみる。


「ねえ、高位貴族っていっつもこんな良い物食べてるの?」

「これは特別なお客様をもてなす為のお食事です。普段のお食事はもう少し品数が少ないですしスイーツもつけませんよ」

「ふーん……」


 特別なお客様扱いって所に気分良くなってると、メイドが更に一言付け加えた。


「そもそも、ソール様はあまり甘い物がお好きではないのです」

「え、そうなの?」

「はい。サリーチェ様が食べられるのでご自身も付き合っていらっしゃるようで」


 その言い方が何だか気に障る。まるで私が悪いみたいじゃない。


「……何? あたしのせいでソールが無理してるって言いたい訳?」

「あ、すみません! そういうつもりで言った訳では」

「そんな事言って、あたしが自分から『デザートはもういい』って言わせようとしてるんでしょ!? そんな事絶対言わないんだからっ!! あたしに気を使わなきゃいけないのは向こうなの! 食べる食べないも向こうの勝手なの!!」


 そう叫んでるところでソールが部屋に入ってきた。クライシス様が帰った後の時もそうだけどこの人、あたしが叫んでる時に平気で入ってくるのやめてほしい。


「どうした?」

「その人、あたしのせいで貴方が無理矢理デザート食べさせられてるって言ったの!!」

「そのような風には申しておりません……! 私めはただ、サリーチェ様が食べられるのでソール様も付き合ってらっしゃると……!」

「……確かに、サリーチェが来るまでデザートは食べなかったから、メイド達がそんな風に誤解してしまうのも仕方ない状況だな。だが私は無理に食べている訳ではないから、サリーチェは私に気兼ねしないで遠慮なく食べてくれれば良い。ああ、君は少し下がってくれ」


 ソールがあたしに難癖つけてきたメイドを部屋から出ていかせた事で、イライラが収まってくる。

 今まで私に甘い言葉をかけてきた男は山程いたけど、私の為に誰かを下がらせた男なんていなかったから。

 この感覚はちょっと新鮮で、心の中がムズムズする。


 ソールが何を考えているのか分からないけど、あたしにあれこれ尽くそうとしてくるのは悪い気はしない。

 まあ、後で何かあるって思っておけばダメージも少ないし。ここまで贅沢させてくれるんなら、まあ後で笑い者にされて館追い出される位の事は許してあげるわ。

 その時が来るまでこの贅沢、しっかり堪能させてもらうけど。


「えーっと……こっちにする!」


 向かいあうようにして2つ並べられた食事のうち、あたしの好きなコーンとベーコンとスパニッシュのソテーがちょっと多めに盛られている方の席につくと、ソールは微笑みながら向かい側に座る。

 何がおかしいのか分からないけど、私が食事を選ぶ度に微笑むからもう慣れた。


 ソールが何考えてるのかなんて考えてても、テンション下がるだけだし。テンション下がったら美味しい食事も美味しくなくなっちゃう。

 だから食事を堪能する事に集中して、夕食の半分位を食べ終えた所でソールがポツリと呟くように言った。


「サリーチェ、君の事が新聞に載ってからもう5日も経つのにウィロー家から手紙一つ送られてこないのだが……家族とは仲が悪かったのか?」

「別に? 取り立てて仲が良いって訳でもなかったけど、仲が悪かった訳じゃないし。勘当したんだからもうどうでもいい、って思われてるだけでしょ!」


 数日前、新聞にあたしの事が載った。

 ソールは新聞記者に名前を載せさせないように言ったらしいけど、<巷で噂の令嬢>と書かれたらあたしの事だって言ってるも同然だと、ソールに頭を下げられた。


 あたし新聞読まないから言わなきゃバレないのに、真面目な人だなって思う。思うだけだけど。


 ついでにあれからずっと私の事を名前で呼んでくる。

 それにイラッとしてあたしが仕返しに呼び捨てしてやって、周りを引かせた時も「構わない」って言った時のすまし顔がすっごい気に入らないから、もうずっと呼び捨てで呼んでる。

 侯爵だろうと知るもんか。向こうだってあたしの事呼び捨てにし続けてるのに、あたしだけ様付けなんて平等じゃないでしょ?


「勘当した娘が暴行を受けて馬に踏まれて、その上領主の館に保護されたとあれば、よっぽど仲が悪くない限り『どうでもいい』とはならないと思うのだがな……」

「皆ソールみたいな真面目な人ばかりじゃないから。勘当された娘が保護されたって聞いても『で?』って感じなんでしょ」


 むしろ恥晒しな娘が領主の所に保護されて、もうどう領主に詫びれば良いのか分からないから放置しとけ、みたいな感じになってるのかもしれないけど。


「そういうものか……まあイサ・アルパイン君の故郷は南領に近いからな。あの辺りはここよりずっと自由奔放な人間が多いから、君の言う通りなのかもしれないな」

「薄ら笑顔貼り付けて人を騙すここの貴族達よりはよーっぽどマシだけどねぇ!」


 故郷を馬鹿にするような言い方してくるからサラっと言い返してやった。

 向こうの人達は皆自分勝手なだけで、人を陰険にイジメるような事しないもん。


 グラスに注がれたオレンジジュースで喉を少し潤すと、ソールが何か申し訳ないっていいたげな表情てあたしを見つめてくる。


「……この数日、色々調べて君がここの貴族学校で散々な目にあった事は分かってきた。この地の領主として、本当に申し訳ない……さぞかし辛かっただろう?」


 何度も言われた言葉に心がザワっとする。


「そして君の悪評を聞く内に、やはり私は君がそんな事をする人間とは思えな」

「やめてよ!! その台詞、貴族学校の男達に何回も言われたわ!! 僕は本当の君を知ってる~、散々傷つけられてきて~、って、もうウンザリなの! そんな薄っぺらい言葉にはもう騙されないんだからね!」


 あたしだって、騙されたらそれなりに学ぶ。学んで、警戒して、でも――相手はそれを超えてくる。だからまた、騙される。

 あたしを騙してきた男達は、あたしが警戒する態度含めて笑ってたんだろうなって、今なら分かる。


「騙しているつもりはない……私は君に危害を加えようとは思っていないし、恥をかかせようとも思っていない。どうすれば」

「ほら来ました、どうすれば分かってもらえる~!! そういうのは相手に聞くんじゃなくて、自らで考えて行動や態度で示しなさいよ!」


 自分より下の男達が軽々と落としてきた女が自分には落とせないなんて、相当悔しいだろうけど、あたしだって馬鹿じゃない。ちゃんと学習するんだから!

 あたしが弱音を吐くから皆そこを突付いてきたんだって、知ってるんだから!


「行動と態度で示しているつもりだが……サリーチェ、私は女性の気持ちに疎くてな。足りないようなら遠慮なく、具体的に言ってほしい」


 ソールの真剣な表情に、真っ直ぐな黄緑色の目に見つめられて胸が高鳴る。


 具体的に、なんて言われても困る。そういうのは男から察して、的確に動いて欲しい。こっちから言うのはああしてこうしてって言うのは違う。


 違うけど――ヒントくらいは、あげた方がいいかもしれない、なんて思考が過る。


「……さっきのメイドを部屋から出した時みたいに、あたしの敵を遠ざけてくれるとか。そんな感じの……あたしの、あたしだけに愛と忠誠を誓うような騎士ナイトみたいな態度を、他人の前でもとってくれれば信じてあげるわよ!! 口だけで私を落とせると思わないで!!」

「なるほど……」


 言った後で甘いなぁ、って思っちゃう。こんなだから騙されちゃうんだって事も。


 ソールが何か頷いてるけど、侯爵様がこんなのに熱を上げてると知ったら他の貴族達は皆ドン引きだろうし、こんな女に忠誠誓うなんて絶対無理だろうし、何だかちょっと恥ずかしくなってきた、その時――


「サリーチェ、私は君と結婚したい」

「……ひょえっ?」


 ソールの唐突な愛の告白が、部屋にいる女性達の表情を凍りつかせた。


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