第15話 嫌なジンクス
ペリドット邸はとても広く、館で働く人間も多い。
日々領内のトラブルに対処する文官達や、魔物や賊が現れた際に備え訓練に励む騎士や兵士、メイドや従僕、厨房や洗濯場で働く者達まで含めると数百人が働いており、日中は至る所に人の姿が見られる。
「ねぇねぇ、ソール様って踏み台令嬢の事好きなのかな……!?」
窓から気持ちのいい日差しが差し込む大食堂で
今この館の話題は皇都から帰ってきた若侯爵と、新聞を騒がせた踏み台令嬢――ソールとサリーチェの事で持ちきりだった。
「貴族は結構社交辞令で甘い言葉使うみたいだし、好きだとは限らないんじゃない?」
「えーでも、好ましく思ってるってつまり『好きだ』って事でしょ? あんな荒々しく叫ぶ子に対して優しく接したり気にかける様子見てたら、好きだとしか思えないって! 食事してる時のソール様、とても優しい笑顔してるってメイド達が言ってるのも聞いちゃったし……!」
「もしそうだとしたらソール様は女を見る目が全く無いわー。男って見た目さえ良ければ良いのかしら……本当残念だわー」
下女達のテーブルからそんな言葉が飛び交う影で、また別のテーブルからは男達の感嘆の声が聞こえてくる。
「昨日、ソール様が体を動かさないとすぐに腕が鈍るから、って騎士達と訓練してるうの見たけど、あの方結構強いんだな」
「そりゃそうだ、あの方は皇都に行くまではここで鍛えられてたし、魔導学院では武術科に通ってたんだから。俺らとは生まれも育ちも違うんだよ」
「帰ってきて早々に侯爵になって大変そうだなって思ってたけど、何だか活き活きしてるし、本当凄いよな」
この館の主と、主が保護する令嬢の噂の中をまんざらでもない表情でくぐりながらビルケは食堂を出て執務室へと向かうと、丁度見習いメイドのパルマが出てくる所だった。
パルマはビルケに一礼した後、雑巾が入ったバケツを片手に執務室を出ていく。
「貴族学校時代の事について聞いていたんだ」
ビルケが疑問に思った事を口に出す前にソールが回答し、ソファから侯爵の椅子に座り直す。
「そうでしたか……今後は彼女をどこに配置します?」
「そうだな……出来れば彼女に特別手当を出してサリーチェの専属メイドにしたい所なんだが、今はどちらも嫌がるだろうな……」
「サリーチェ様が調子に乗って彼女を虐める姿を見たいのですな」
ビルケの唐突な発言によって、執務室に奇妙な沈黙がもたらされる。
「……ビルケ、私は」
「皆までおっしゃいますな、坊っちゃま……爺は薄々察しておりました。坊っちゃまは幼い頃から態度の悪く影で意地悪い事をする侍女やメイド、下女を解雇した事を報告する度に、何処か寂しそうな顔をしておられましたから……」
「ビルケ」
「坊っちゃま……爺は坊っちゃまの恋を応援します。それが貴方のお祖父様に対するせめてもの償いでございます」
「償い……?」
ソールが一旦ビルケの勘違いの訂正を諦めて話に合わせるとビルケは窓際に立ち、遠い目で窓の向こうを見据えた。
「貴方のお祖父様……イーヴァ様は若い頃、鳥人を愛されたのです。しかし、私はその恋を応援することが出来ませんでした。頭と胴体は人間同様の半鳥人ならまだしも、鳥人は全身が羽毛に埋もれ、嘴もまんまの、ほぼほぼ鳥……!!」
この世界では頭と胴体が人でその他が鳥っぽい、いわゆるハーピーのような萌えを滲ませる鳥人を半鳥人と呼び、人間と似た体格で二足歩行をする大きな鳥を鳥人と呼ぶ。
それって「人」じゃなくね? と思われるかもしれないが知性はそこそこありカタコトながら言語も発するので鳥人と呼ばれる。獣人や魚人も同様の括りだ。
彼らは人が住まないような森の奥や高山にひっそりと住まう為、普段都市部で見かける事は滅多にないのだが、ソールの祖父は運悪く異国の
「我らの猛反対によってイーヴァ様は泣く泣く鳥人を手放された……と思っていたのですが、より燃え上がってしまったのでしょうな……イーヴァ様は人知れずこの部屋の隠し部屋に鳥人を監禁していたのです。私は曽祖父様の遺言で『古来よりペリドット家の有能な人間は性癖がおかしいというジンクスがあるが、イーヴァは異常だ……ペリドット家の恥が露呈する前にどうかアレを何とかしてくれ』とここの隠し部屋の存在を教えられ、イーヴァ様が他の都市に視察に行っている隙を狙って鳥人を解放したのです」
「ここに隠し部屋が?」
「おや、メイプル様からまだ引き継がれておりませんでしたか。そこのウィペット王国の本を収めた本棚の裏の下隅にボタンがあります」
先祖の恥部及び嫌なジンクスを華麗にスルーし、自分に関わりのある部分に着目するとビルケも普通に答えた。
ソールがスッと立ち上がり、言われた通り豪華な本棚の裏の下隅を見やると確かに、親指大のボタンがあった。
「そこを押しながら本棚をスライドさせると通路が出てきます。通路は裏庭の秘密の脱出口に繋がっており、その中間に一時的に身を隠す為の小部屋があります。部屋は厚い壁に覆われてますので、叫んだりするのにうってつけかと」
小部屋の中まで確認し、執務室に戻って来たソールは再び椅子に腰掛け、「なるほど」と呟いた。
小部屋には避難所兼、イライラを吐き出す為の部屋なのだろう。狭いがシャワーとトイレが備え付けられた空間にも繋がっていた。
姉上もあそこで叫んだのだろうか――そして小部屋にやけにデカい羽が数枚落ちていたのは――少し考えた末、ソールはどちらも気にしない事にしたが、ビルケは更に話題を続ける。
「……鳥人を解放した後、イーヴァ様の落ち込みようは尋常ではなく、それまで名主として名を馳せていた凛々しいお姿は凡人と変わらなくなり……曽祖父様の命令だったとはいえ、私はずっと後悔しておりました。だから次また特殊性癖の主が現れた時は、例えどんな性癖でもそのまま受け入れよう、味方になろう、と心に固く誓ったのです……!!」
「ビルケ」
「ですので坊っちゃま、爺には何でもお話しくださいませ……! 安心してください。爺はけして他言いたしません。それにサリーチェ様は頭と性格が悪いだけで、人間の女性……正妻としては大分難がありますが、愛妾として囲う分には何の問題ありません……!」
暴走する老執事にどんな表情をすればいいのか分からないソールだったが、スルーするのは許されない状況に一つ息をついて、覚悟を決めた。
「ビルケ……確かに私はサリーチェに強く惹かれている。だが私はサリーチェが人を虐める姿ではなく、マウントを取る姿を見たいんだ」
「マウント……?」
「確かに、彼女に限っては人を馬鹿にして喜ぶような笑みも可愛らしいと思うが……それより自信満々で自分の幸せを見せつけたり圧倒的上から目線でフフンと笑う姿に惹かれるのだ」
「圧倒的上から目線……でございますか」
嗜虐的な笑顔も圧倒的上から目線も同じではないか――? と首を傾げるビルケにやはり分かってはもらえないか、とソールは首を小さく横にふり説明するのを諦めようとした。が、
「坊っちゃま、爺は勉強致しますので諦めないでください」
突然祖父の特殊性癖を打ち明けられた挙げ句、自分の性癖について説明しなければならないとは、一体何の拷問だろうか――内心ソールはそう思ったが、
(いやしかし、中途半端に勘違いされる位ならちゃんと理解してもらいたいし、打ち明けられる相手が出来たのだと思えば、そう悪い話でもない、か……)
とポジティブに考える。
(……愛妾、か。彼女がもし愛妾としての立場を受け入れてくれたら、私は……)
淡い夢に苦笑いを浮かべつつソールは机の上に置かれた襲爵パーティーの招待状が収められた封書の束に手を伸ばす。
そして1通1通に宛名を書きながら、自分の性癖についてぽつぽつと老執事に説明し始めた。
――それから時間が経って、空が赤く染まり始めた頃。
彼女はペリドット邸に住み込みで働いており、邸の隅にあるメイド用の部屋を充てがわれている。
今は早くその部屋に戻って、今日の出来事について色々考えたいと考えていた時、向かい側から歩いてきたメイドに声をかけられた。
「あ、あの……すみません、私、サリーチェ様のお部屋のシーツを交換してくるように言われたんですけど、私、入ったばかりでサリーチェ様のお部屋がどこか分からなくて……」
薄緑のシーツを抱えた茶髪のメイドは、顔をうつむかせる様子や声からは緊張と不安が感じ取れた。
(ここで働く人達って結構キツい性格の人間もいるから、ちゃんと聞けなかったんだろうな……)
元々困ってる人を放っておけないパルマは自分と同じ入ったばかりの見習いメイドに親近感を覚え、情が生じた。
「……あそこの部屋よ。右から3番目の、少し濃い目の緑のカーテンの部屋。でも今はソール様と食事をされてると思うから、シーツ交換は食事を終えられた後にした方がいいと思う」
「あ、ありがとうございます……!」
嬉しそうにお礼を言って足早に歩き出すメイドの背中を見送りながら、
(サリーチェも、私が助けた時一応お礼は言ってくれたのよね……その後『こんなに広い学校が悪い!』とか言い出したけど)
そんな事を思い出しながら、パルマは再び自分に充てがわれた部屋の方へと歩き出した。
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