第14話 同級生の証言(※パルマ視点)
貴族学校で他の女生徒達が玉の輿だなんだと浮ついている時、私は日々色んな本を読んで勉強していた。
玉の輿なんて相手の家が潰れるか、相手の愛が尽きたらそこでお終いじゃない。自分よりもっと魅力的な女が現れれば簡単に奪われる。
そんな相手次第の不安定な賭けに出るより真面目に勉強して良い家のメイドとして真面目に働いて自分自身の顔を売っておけば、何かあった時に臨機応変に動けるから。
それにもし、ペリドット邸のメイドになれたら、憧れの人を毎日遠目から眺める事が出来る――って思いながら毎日必死になって勉強してた。
サリーチェはそんな私の勉強時間をしょっちゅう邪魔しに来た。
授業の合間に『本ばっかり読んで何が楽しいんだか』と嫌味を言ってきたり、お昼の休憩時間に『彼氏がこれ買ってくれたの~!』と見せびらかしに来たり。
貴族学校の入学式の時、道に迷ってた彼女を助けなきゃよかった。
男に愛想振りまく分、女友達が出来なかったサリーチェは私や大人しい子に狙いを定めて嫌味を言いに来た。
1年目の時は下手に突き放すと感じ悪く思われるかな、と思って渋々相手してたけど、2年目の半ばからは開き直ってサリーチェを無視した。
それでも彼氏変わる度に自慢してきてウザかったけど、3年になって私が上級クラスに入ってからはあちこちでトラブル起こしてるって話だけ聞こえてくるようになった。
そんな嫌な同級生とまさか
サリーチェが運ばれてきた時、同級生なら、と彼女のお世話役を仰せつかったけどサリーチェが暴れた事で相性が悪いと判断されちゃったみたいで、代わりにペリドット邸の窓拭きを命じられた。
「ねえパルマ、踏み台令嬢って本当に悪女だったの?」
晴天の昼下がり、長い廊下の窓をせっせと拭く私の傍で先輩メイド達3人が不思議そうな顔で聞いてくる。
「ええ、男に媚び売ったり、人の物を隠したり壊したり行事を台無しにしたり……皆を困らせる悪女だったらしいですよ」
「でも彼女、ソール様と食事してる時、言い寄ってきたのは向こうなのに! とかそんな事やってない! みたいな話をよくするのよね……」
「そもそも、そんなトラブル起こす女、普通は近寄らないわよねぇ。目をつけられてある事ない事言われたり嫌だし」
「……何が言いたいんですか?」
先輩達の、何処かチクチクするような言い方に窓を拭く手を止めて先輩メイド達に向き直る。
「あ、ごめんなさい……! 機嫌悪くしないで。貴方を疑ってる訳じゃないのよ。笑い者にされて、勘当されて、乱暴されてもあそこまで傲慢になれる所は流石悪女って思うし」
「そうそう、彼女の性格悪いのは間違いないし、貴方の言う事を疑ってる訳じゃないんだけど……ただ、なんか貴方の話や新聞で書かれてるの感じとは違ってて戸惑っちゃうのよね」
優しい言い方だけど何か、私が間違ってるって言われてるみたいで、いい気がしない。
「……そうですか」
と短く答えた時、先輩メイド達が揃って一礼した。振り返るとソール様がこちらに向かって歩いてきた。
「パルマ、少し時間が取れたから貴族学校の事について聞きたい」
バケツと雑巾を手に執務室に案内され、ソール様が立派なソファに腰掛けた。私も座るように促されて向かい側のソファに座る。
(どうしよう、
ソール様は私の憧れだった。学問、武術、魔法、何でもそつなくこなし、常に微笑んでる訳でもないんだけどけして不快を顔に出さない穏やかでたくましい貴公子は久々にペリドット領の過酷な責務に耐えられる名領主になるかも、と周囲から期待されていた。
しがない男爵家の冴えない娘でしかない私はソール様とお付き合いしたいとか、そんな大それた事は考えられなかったけど、この館のメイドになればいつでもソール様が見られると想って――でもこんな間近で、二人きりだなんて……!! って、胸が高鳴るのを必死で抑える。
「……先程君達が話していた通り、サリーチェと君達の間には食い違いがある」
どうやら私達の会話が聞こえていたらしい。そこまで大きな声で喋っていたつもりはなかったんだけど。
そしてソール様からの口からサリーチェの名前が出てきて胸の高鳴りが静まった。
「……ソール様もサリーチェを信じるんですか?」
「ああ。彼女はちょっと大袈裟に物事を語る傾向があるから全てを信じる訳じゃないが、彼女がやっていないと言っているのならやっていないのだろう」
「では私が嘘をついていると?」
先程のイライラも相まって心の中の泥がつい口から出てしまった事にハッとすると、ソール様は目を細めて私を見据えた。
「いいや? 私は君が嘘をついているとも思っていない」
「それは……矛盾してます」
「矛盾?」
ソール様の問いかけに私はもう今感じている事を吐き出してしまおう、と決意する。
「そうです、サリーチェが男の方から言い寄ってきたって言っても、私はサリーチェが男に馴れ馴れしく近寄ってるって聞きました。どっちかが嘘をついてるとしか思えないでしょう?」
「サリーチェが男に言い寄られて調子に乗り、その後馴れ馴れしく男に近寄りだしたのだとすれば、どちらも嘘は言っていないだろう?」
「……サリーチェが人の物を壊してないって言ってるみたいですが、私はサリーチェが人の物を壊したって聞きました」
「それも君とサリーチェの言葉を信じれば『サリーチェのせいに見せかけて誰かが壊した』という答えが出る」
ソール様の言葉にハッとする。その可能性に全く気づいてなかった。でも――
(何でソール様はサリーチェを庇うんだろう、何であんな娘が好きなんだろう)
気づかなかった悔しさと、サリーチェがソール様に守られている悔しさで歯をギュッと噛みしめる。
そんな私にソール様は眉を下げて少し表情を緩め後、言葉を続けた。
「……君は大分サリーチェの自慢に付き合わされてたようだからな。嫌いな人間の言い分を信じろというのは無理な話だろう。ただ、君自身がサリーチェに物を隠されたり壊された事はあるか?」
「……ない、です」
「だろうな……君が彼女にマウント取られていた事は事実だろうが、それ以外は全部『聞いた』だ。君が直接サリーチェが物を破壊した姿を見た訳じゃないのにサリーチェが壊したと思いこんでいるのは何故だ?」
「皆が、そう言ってたから……」
「だとすれば、本当にサリーチェが物を破壊して『やっていない』と嘘をついてる以外に、皆の中の誰かが彼女を陥れようとしているという可能性が生まれる」
ソール様がサリーチェの味方をするのが面白くない。最初は彼女の事を馬鹿にしていた先輩達が疑問をいだいて彼女に寄り添おうとするのも、面白くない。
「……君にとっては嫌いな人間が調子に乗ってて面白くないかもしれないが、彼女は己の行い以上の天罰が下って酷く辛い目にあっている。どうか寛大な心で受け止めてやってほしい」
私の心を見透かされたかのように面白くないの一言で済まされて、サリーチェを許してやってほしいと言われても、困る。
分かってる。私だって分かってるのよ。サリーチェは酷い目にあったから余計酷くなったんだって――でも、私だって散々サリーチェに嫌味や彼氏自慢されてきたのに――
「分かりました……では、私はこれで」
どんどんと心に闇が降り積もっていくのに耐えられなくて立ち上がると、ソール様に引き止められた。
「ああ、ちょっと待ってくれ。サリーチェについては大分分かってきたんだが、もう少し知りたい事があるんだ。聞けば君は3年生になってから上級クラスの方に移ったそうだな?」
「え、あ、はい……」
唐突な質問に戸惑いながら答えるとソール様はコートの内ポケットから小さな冊子とペンを取り出してまっすぐに私を見つめてくる。
「上級クラスの人間関係について、いくつか聞かせてほしい事がある」
多分これも、サリーチェの為の質問。サリーチェの為の微笑み。
だけど――私を見つめて微笑むソール様は、やっぱり、格好良かった。
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