第11話 踏み台令嬢の真実


「ソール様、今のは聞き捨てなりません……!!」

「私達は彼女の非を裁いただけです! 私刑にかけた訳でもない! 親に勘当されたのも彼女の自業自得です! なのに何故その様に言われなければならないのですか!?」


 2人が立ち上がり、感情を顕にする。

 しかし、パクレットに続いたデイジーの言葉にパクレットの顔が一瞬引きつるのをソールは見逃さなかった。

 が、すぐに視線をデイジーに戻して気づかなかったフリをする。


 犯人が分かっても証拠がなければ、吊るし上げる事が出来ない。

 逆に犯人は気づかれたかもしれない、と思った時点で証拠隠滅に動ける。


「落ち着いてくれ……私は今の君達の態度について言ったんだ。ピッタリと寄り添って手を繋ぎ合って温かいムードを作られては、目のやり場に困る。仲が良いのは良い事だが、今の君達は相手によっては不敬で首を跳ねられてもおかしくないレベルだ」

「あっ……し、失礼しました……!!」


 デイジーは自らの状況を察して慌ててパクレットの手を払い、少し距離をおいて座り直した。

 その後、再び貴族学校やイサ・ケイオスの話に花を咲かせた後、2人を見送った頃には12時近くなっていた。


(有意義な情報が得られたのは良いが、大分時間を食ってしまったな……)



 早足でサリーチェにあてがった客室に赴くと、昼食の準備をしているメイド達と緑色のワンピースを纏ったサリーチェが椅子に座ってぷりぷり怒っていた。


「遅い!! 朝、何で来なかったのよ!!」

「すまない。侯爵になったばかりで来客が多くてな」


 幼い頃から異国の踊り子を見慣れているソールはあの腹とパンツを見せられた程度で取り乱す男ではなかったが、サリーチェがまともな服に着替えてくれた事には心底感謝し、しっかり朝食を食べている事にホッとする。


 そして昼食の準備の為にソールの朝食にかけられたクローシュごと皿を下げようとするメイドを片手で制した。


「私の朝食は下げなくて良い。今から食べる」


 その言葉にメイド達もサリーチェも唖然とする。


「え……貴方、一気に朝食も昼食も食べる気? 朝食なんてもうすっかり冷めてるじゃない。林檎もすっかり変色してるし」

「私は君が選ばなかった方を食べると言っただろう? 約束を最初から破る男を信じられるか?」

「……ふーん、まあ、食べたければ食べればぁ? でも、私のせいにしないでよね!」

「ああ、君達、サリーチェが強制したのではなく、私が自主的に食べた事を周囲に伝えてくれ」

「か、かしこまりました」


 戸惑うメイド達をよそにソールはすっかり冷めきった朝食を食べ始める。

 その様子を訝しげに眺めながらサリーチェもナイフとフォークを手に、温かい昼食を食べ始めた。


 微かに食器音が響く中、サリーチェが物を飲み込んだタイミングでソールは会話を切り出す。


「……先程、パクレットが来た」

「パクレット……? ああ、剣と顔しか取り柄のない馬鹿でしょ!? 『デイジーみたいにクールで何を考えてるか分からない女性より、サリーみたいに明るく優しく分かりやすい所が良い』って良いって言ってたのにさ……!! 剣術大会で優勝するから楽しみにしていてくれって言うから、私……」


 サリーチェはその名を聞くやいなや顔を強張らせ、ブチブチと語りだす。

 ソールはサリーチェの怒りから悲しみに変わる声に心を少し締め付けられながら、冷静に相槌をうつ。


「壇上に呼ぶとは言ってなかったのだな」

「……何よ、相手にちゃんとした恋人がいるのに勘違いした馬鹿女だって言いたいんでしょ!! そうよ、言われなかったわよ! 馬鹿で悪かったわね!!」

「……私の分のレモンパイも食べるか?」

「ははーん、そっちに変な物入れてたのね!? 絶対いらない!!」


 私なら君にそんな辛い思いは絶対させない――今のサリーチェにそれを言えば確実に逆鱗に触れる。だからせめてデザートを、と思っただけだった。ソール自身、あまり菓子や甘い物が好きではない、というのもあるが。


(純粋な慰めも想いも伝わらず、疑ってかかられるのはなかなか厳しいな)


 そう思いながらソールはきっちり自分の分のレモンパイを食べ終え、頬を思いっきり膨らませて不満げにしているサリーチェを背に部屋を出る。


 昼食後は文官達から今抱えている案件を確認し、指示を出したり襲爵を祝いに来た貴族達の応対をしている間に1日が過ぎた。



 私室のベッドに横になったソールは夕食時の出来事を思い返す。



 2つ並べられた夕食のうち、明らかにステーキが大きい皿の方の席につくサリーチェにソールが癒やされていると、サリーチェがワインに口をつけるなり眉を顰めてグラスを置いた。

 『大きい方のお肉選んで、卑しいと思ってんでしょ!!』と噛みつかれるかと思ったらそうではなく、


「私、お酒はいらない。ジュース持ってきてくれる?」

「酒が駄目なのか?」


 サリーチェはソールの質問をスルーしてステーキを切り分け始めた。

 アルコールに弱いかどうかを確認できなかったが、警戒しているのは間違いなかった。


 そしてパクレットの態度とサリーチェの言い分を重ねれば、踏み台令嬢が本来どういう意味で使われていたかも明らかだった。


 恥をかかされてはフラれ、傷ついている時に優しくされて惚れ、恥をかかされてはまた――の繰り返し。

 

(そういう状況なら男にも非があると自然と分かりそうなものだが、何故デイジー嬢が真実に気づけないのか……恋によって知性を奪われたから、の一言で片付けるには弱い。ただ、彼女は糾弾には関わっているが、その後の暴行には関わっていないようだ。パクレットの方は何かしら関わっているようだが……)


 そこまで考えた所でソールは一つ息をつく。


(……私が貴族学校から出なければ、サリーチェがここまで傷つく事はなかった)


 いずれペリドット領の侯爵になるソールには新しく皇都に出来た、国中の高位貴族が集まる魔導学院に行かないという選択肢はなかった。


 だが魔導学院時代に自分が彼女を思い返してはチクリと心を傷ませている間、彼女はずっと、男達に振り回され、馬鹿にされ続けていたのだ。


 もちろん彼女が愚かだからという前提はあるものの、それでも傷ついている時に優しく声をかけてきた人間に惹かれ、その人間に再び恥をかかされた時の辛さや悲しみを思うと――その後の卒業パーティー後の仕打ちを思うと、心がギュッと締め付けられる。


 自分を信じてもらえないのも、警戒されるのも、仕方がない――とソールは思う。


(私があの時、性癖を隠さずに彼女に想いを……いや、想いだけでも打ち明けていれば……いや、それはそれで私の目に見えないところで調子に乗られても誰一人得をしないな……)


 過去を嘆いて、どうすれば良かったのかを考えても理想の過去が思い描けず、ソールは悔いる事をやめた。


(……過去はもう取り返せない。クライシスに助けてもらった命を、これから私が守ればいい)



 気持ちを新たにして眠りについたソールだったが、翌日の新聞を見るなり表情が固まる。



 <巷で噂の令嬢、ペリドット家の馬に踏まれる!!>



 新聞記者と約束を交わした通り、サリーチェの名前は出ていない。<踏み台令嬢>という名称も使っていない。しかし――


「ビルケ、これでサリーチェだと……」

「はい。今『噂の令嬢』と聞けば殆どの人間が踏み……サリーチェ様を連想します。してやられましたな」


 ペリドット領の人間は隙を突くのが上手い人間が多い。

 そして、自分の利益の為なら侯爵相手でもギリギリを狙ってくる。


(こういうやり方を使ってくるとは……予測できなかった私もまだまだ未熟だな……)


 新聞を持つソールは諦めたように一つ、ため息を付いた。


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