第12話 悪党達の会合・1


 <巷で噂の令嬢が馬に踏まれた>と新聞に載ってから2日目の夜――イサ・ケイオスの中央街にある高級酒場の個室に、3人の男が集まっていた。


「頼んだ奴が後金を受け取りに来ないから嫌な予感はしてたんだ……でもまさか、純白の公子が同乗してたなんて……!!」

「まさか、前女侯爵を治療した翌日に観光案内とはね……」


 顔立ちの整った黒髪の青年――ヴァルヌスが頭を抱えて嘆き、向かい側のソファに座る美少年がポツリと呟いて新聞をテーブルに置く。

 髪と目の色こそ冴えないくすんだ黄緑色だが、とても見目麗しく小柄で中性的な美少年はヴァルヌスとその隣で腕を組むパクレットと同い年だ。


「ど、どうする? スリジエ……あの女が言ってる事をソールが信じたら厄介な事になるぞ?」

「そうだね……それはそうとパクレット、何であの女を馬車に轢かせた翌日に挨拶になんか行ったのさ?」


 スリジエに問いかけられたパクレットは顎に手をやり、眉を下げて照れながら呟く。


「デイジーが襲爵の挨拶に行かなければ、と言って聞かなかったんだ。彼女はこの領に似合わずとても真面目だからな……そこが可愛いんだが」

「ふうん……あいつの落ち込んでいる顔を見たくて行ったんじゃないの?」


 パクレットの惚気を完全にスルーし無表情のままスリジエが問いかけると、パクレットは一つ息をついて続けた。

 

「まあ、それもあるがな。あの女が死んでいれば襲爵早々汚名を被り、さぞ悔しがる姿が見られると思ったんだが……平然としていたのはこういう事だったのだな」


 パクレットの残念そうな表情にヴァルヌスは整った顔を歪めて舌打ちする。


「これだから脳筋は……! あの女は馬鹿だがソールは馬鹿じゃない!! そんな気持ちで行けば怪しまれるに決まっているだろ!?」

「い、いや、怪しんでいるようには見えなかった! 恋をすると知性を失う、と私とデイジーが人前でも仲が良すぎる事を諌められた位だ! デイジーは嫌がっているが、あの嫌がっていながらも本心ではまんざらでもない姿がたまらないんだ。だから、つい……まあそんな訳で叱られはしたが、怪しまれてはいないはずだ。わざわざ翌日に犯人が来るとは思わないだろう!?」

「……まあ確かに、まさか人を殺そうとした翌日に犯人が惚気けに来るとは思わないだろうな」

「だろう? 脳筋というのは訂正してもらおうか」

「そうだな、恋愛脳の脳筋に訂正するよ」


 眉を顰める美丈夫パクレットと苦笑いする美青年ヴァルヌスの言い合いを美少年スリジエは無表情で見つめながら、内心盛大に舌打ちした。


 貴族学校時代、どんな陰口を叩かれようと嫌味を言われようと一切怒らずスルーし通した貴公子ソールが、眼の前でカップルがイチャついてる程度で苦言を呈するはずがない。

 注意したという事はソールの中で何か引っかかる事があったからだ、とスリジエは見抜いていた。


 元々パクレットは『真面目でクールなデイジーがヤキモチを焼く姿が見たい。その後、誤解を解いて顔を真っ赤に染める姿が見たい』などという理由でサリーチェに優しく接し、デイジー嬢をやきもきさせた後に剣術大会で優勝し、デイジーに熱く愛を語ってサリーチェを突き放した脳筋だ。


 ソールは頭の回転が速い。他人が認める脳筋パクレットの態度から何か感づいた可能性が高い。


(本当に、厄介な事になったな……)


 ただ、他の女を踏み台にしながら剣を捧げて愛を語る事を何とも思わない男と、そんな男に心奪われる女――恋をすると知性を失う、というソールの言葉にスリジエは頷くしかない。

 冷静に考えれば明らかに問題がある行動だというのに、恋する者というのは実に馬鹿である。


「……それで? どんな話をしたの?」


 スリジエが質問を重ねると、ヴァルヌスを睨んでいたパクレットがハッと我に返る。


「あ、ああ……ここ数年のペリドット領やイサ・ケイオスの様子についてと、後は貴族学校時代の昔話だな。あの女の事や卒業パーティーの糾弾についても聞かれ、私達が彼女を糾弾した事を知られた」

「何でそんな事話したんだよ! いくらでも誤魔化せたろう!?」

「ヴァルヌス、ちょっと落ち着いて……パクレットがデイジー嬢が喋るのを止めたら逆に怪しまれるだろう? それに向こうが調査を始めればすぐにバレる事だ。誤魔化す必要はない」


 スリジエの言葉にヴァルヌスは言葉を詰まらせる。

 スリジエの言う通り、迂闊に話を止めれば疑われる。卒業パーティーの出来事を隠す必要は全く無い。



 スリジエ達が隠さなければならないのは自分達がサリーチェを踏み台にしてそれぞれ意中の令嬢の心を射止めた事と、卒業パーティー後のサリーチェ殺害計画なのだから。 


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