第10話 プラトリーナ家の跡継ぎと婚約者


 ――ペリドット領には4つの都市がある。


 北領との境にまず1つ、次に南領との境にありサリーチェの出身地でもあるイサ・アルパイン、領の中央からやや南寄りの位置に主都イサ・アマヴェル、そこから更に南にある国境都市あるいは交易都市と呼ばれるイサ・ケイオス。


 皇国はただでさえ広大な土地と人口を持っており、他国の文化が入ってくる事に対して積極的ではない。

 しかし鎖国しているという訳ではなくペリドット領内のみ吟遊詩人や踊り子、旅芸人達の往来は認めており、商人には国境に位置するイサ・ケイオス内でだけ交易を認めている。


 イサ・ケイオスは主都よりも規模が大きく、賑やかしい。

 国境を示す壁と交易を許す壁の2つに挟まれた細長い都市は3つの国の往来をざっくりと分ける為に中央区、西区、東区に分かれ、それぞれ伯爵家が管轄している。


 今ペリドット邸に来ているのは、そのイサ・ケイオスの西区を管轄するプラトリーナ家の跡継ぎであるデイジーと、その婚約者である。


 亜麻色の髪と緑がかった黄色の目を持つ、キリッとした顔立ちの令嬢が、応接間を兼ねた執務室に入るなりソールに対してカーテシーをする。


「お久しぶりです、ソール様」

「デイジー嬢……2年ぶりだな。元気そうで何よりだ」


 ソールはデイジーにそう答えた後、彼女の隣に立つうぐいす色の目をした茶髪の美丈夫にも声をかける。


「……デイジー嬢の婚約者とは君の事だったか、パクレット」


 2人はソールの貴族学校の同期だ。

 深い親交こそなかったもののパクレットとは武術で腕を競い合い、デイジーとはプラトリーナ家の令嬢という事で親がソールの婚約者候補としてこの館に招いてお茶を共にした事が何度かあるなど、それなりに良好な関係を築いていた。


「ええ……ソール様、この度は爵位継承、おめでとうございます。パーティーはいつ頃で?」


 そんな会話から始まった談笑の中、ソールは軽く微笑みを浮かべながら2人を観察する。

 2人の仲はとても良いようで、ソールの前でピッタリと寄り添いあってソファに座る姿は明らかに目上の者に対する態度ではないが、ソールにとってはそんな事はどうでも良かった。


 ただ自分とデイジーが元は婚約者候補同士だったという間柄を知っているからか、パクレットから僅かにどやぁ感が滲み出ている事と、最初に言葉をかわした際のパクレットの(えっ?)と言いたげな表情が気にかかった。


 まるで、ソールが笑顔で迎えた事がおかしいとでも言いだけな顔だった。


 ただ、その表情を見せたのはほんの数秒で、こうして他愛もない話をしている間は後ろめたさのない、ややどやぁ感を醸し出す幸せそうなカップルにしか見えない。


(つついて黒だった場合、証拠を消される可能性があるが……このチャンスを逃す手はないな)


 丁度話題が途切れた所で、ソールは切り込んでみる事にした。


「そう言えば……そちらの卒業パーティーで面白い事が起きたそうだが、何があったのか教えてくれないか?」


 思い出したように問いかけると、パクレットとデイジーの顔が強張った。

 パクレットはすぐさま表情を取り繕ったが、デイジーの顔は変わらない。


「……ウィロー嬢の事ですか?」


 これまでの声のトーンを大分落としてポツリと呟くデイジーに、ソールは頷く。


「そうだ。行方不明になっていると聞いてな」

「……あの方にはホトホト困っていたのです。学校の風紀を乱すなと何度注意しても聞く耳を持ちませんでしたし、事あるごとに場を乱して……」

「その言い方だと、個人的な恨みもありそうだな」

「ええ……今年の学校内の剣術大会でパクレットが優勝し、私を壇上に呼んで剣を捧げてくれたのですがその際に『何で私じゃないのよぉ!?』と彼女が割り込んできました! 思い返す度に素敵な想い出に泥をつけられたような思いを味あわされます……!」


 ソールの追求にデイジーは震える声で答えた。チラ、とパクレットを見やるとデイジーの手を強く握り、悔恨の表情でデイジーを見つめている。


「……同性から注意するから反発するのだろうと思って、私からも彼女に注意しようとしたんだが、好意を持っていると誤解されてしまったんだ。君には本当に申し訳ない事をしたと思っている。君に一言言っておけば、こんなに君を苦しませずにすんだのに……!」

「パクレット……もういいの。貴方が理由もなく他の女と仲良くするとは思ってなかったし……泥をつけられても、貴方が剣を捧げてくれる姿はとても素敵だった……」

「デイジー……」


「……だから糾弾されても仕方ないと?」


 美男美女カップルの周囲に雛菊ひなぎくが咲き乱れそうな爽やかに甘い雰囲気が漂ったが、ソールは空気を読まずに突っ込み、容赦なく雛菊を枯らす。


 コホン、とデイジーが一つ咳払いをした後、怒り冷めやらぬ声で答えた。


「……あの方も、剣術大会でそんな大恥をかいて流石に懲りたかと思ったのですが、彼女は全く懲りた様子もなくその後も、パクレットのように優しく注意する殿方に狙いをつけては殿方の恋人や婚約者の物を隠したり破いたり、嘘をついたりと……本当に酷いものでした」


 グッ、っとスカートの裾を掴むデイジーの手に、またパクレットの手が重なる。


「そうか……ちなみに、パーティーで誰がどのように糾弾したんだ? 複数人で糾弾したそうだが、いかに悪女と言えど事前に卒業パーティーで貶めようと計画していたのならとても趣味が良い行いとはいえないが」

「計画していた事ではありません。サリーチェがカリディアの婚約者であるヴァルヌス公子にしつこくすり寄っていた時に、怒ったヴァルヌス公子と共にパクレットと私、スリジエ公子達が彼女を糾弾しただけです……彼女のせいで卒業パーティーも台無しですわ」


 視線を伏せてデイジーのグッと歯を噛みしめる表情は、嘘を言っているようには思えない。

 その隣で少々バツが悪そうな表情を浮かべてデイジーを見つめる男はともかく。


「……デイジー嬢、恋は人に幸せをもたらす代わりに知性を奪うというが、君のように賢い女性からも知性を奪ってしまうのだな」


 ポツリとソールが漏らした言葉に、二人がソールを凝視した。


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