第6話 踏み台令嬢、警戒する・2(※サリーチェ視点)


「あ、ソール様、昨日は本当にありがとうございました! もう体も元気になったので出ていきます! お世話になりましたぁ!」


 お腹もパンツも丸見えの状態で半ばヤケクソにお礼を言うと、ソール様は眉ひとつ動かす事なく自分の後ろにいるメイドの方を振り返った。


「……君、そのエプロンをウィロー嬢に貸してくれないか。それとウィロー嬢に合いそうな服を」

「あ、エプロンも服もいらないですぅ! 後でひん剥かれて裸で追い出されたくないんでこのまま出ていきますぅ! ソール様ほどの方ならこんな状態の女、いくらでも見慣れてらっしゃるでしょう?」


 侮蔑の意味を込めて腰をクネッとさせてやったら、ソール様はツカツカとあたしの歩に歩み寄ってきた。

 鼻を伸ばすでもなければ、眉をしかめる事もしない――無言の真顔で近づいてこられて、何だかすっごく怖くなって防御壁プロテクトを作り出す。


 私を包む暗緑の防御壁に遮られるようにソール様は止まり、両腕を組んだ。


「……ウィロー嬢。私は昨日、君に何があったのか聞くと言ったはずだ」

「え、えーっとぉ……あたしも話したい気持ちはあるんですけどぉ、しばらく心の準備っていうか整理がつけられなくてぇ……クライシス様があたしの心の準備が出来るまで話さなくていいって言ってましたしぃ、それまでお世話になるのも忍びないので失礼しまーす! あ、心の準備ができたら話に来ますので!」


 クライシス様はああ言っていたけど、あたしはこの人を信じられない。これまで何度も挫けそうになっては男を信じてきて裏切られた結果がこれな訳で、この上更に信じるなんて、できない。

 まして、この超性格悪い貴族達がいる領の一番偉い貴族になんか話せるはずもない。


 男達に襲われた時に私の人生終わったと思ってたのに、クライシス様が治癒してくれたお陰で四肢を自由に動かせる体が戻ってきた。

 もう変な甘ったるい蜜も飲まされないし、無理矢理犯されない。口汚い言葉や意味分からない言葉も浴びせかけられない――


(これからは男に気をつけながらクライシス様ほどではない、程々に人柄の良さそうな男を見つけ出してたらしこんで、今度こそのんびり穏やかスローライフを目指してやる……!!)


 今までは探す場所が悪かったのよ。こんな性格の悪い人達が多い場所じゃなくて、北領の、温かくて優しい人が多いって言われてる場所で探すわ。


「被害者である君が話したくないというのならこちらも無理には聞けないが……これからどうするつもりだ? 親に絶縁を言い渡されたそうだが、何処か行くあてはあるのか?」

「えっ……えーっとぉ、そうですね、何処かの娼館にでも雇ってもらってお金を稼いで慎ましやかに暮らそうかと思いますので、心配しないでくださぁい!!」


 さっさと解放してくれればいいのにソール様、何かしつこく食い下がってくる。

 この人も行く宛てがない私の惨めで哀れな姿が見たいのかな? じゃあこう言えば満足でしょ――と思って言ってやった言葉に、ソール様の眉がひそまる。


「待て、何でそこで娼館になる? クライシスは体の怪我も薬の中毒性も完全に抜けたと言っていたがもし今ムラムラしているのなら神経毒が残ってる可能性がある。改めて治癒師を呼ぶから身の振り方はその後改めて考えてくれ」

「ムラムラなんてしてません! 今のはソール様が喜ぶかなと思って言ったんですぅ!!」

「喜ぶ……? さっきの発言と言い、どうやら私は君に相当な変態だと思われているようだが、何故だ? 私は君に紳士的に接しているつもりだが」

「えっ、半裸の女の子を真顔でガン見しておいて紳士とか」

「ああ、そこの君は見覚えがある。私と同級生の……名前は確か、パルマだったか。パルマ、ウィロー嬢が私にここまで悪態つく理由を知っているか?」

「い、いいえ、私にはさっぱり……」


(こいつ、今、あたしの言葉スルーした……!! しかもパルマ、あたしと話してた時と全ッ然態度違うじゃない……!!)


 カァッと頭が熱くなってくるのを感じた所で一つ大きく深呼吸をして、熱を逃がす。


(落ち着いてサリーチェ……こうやって皆、あたしを馬鹿にして面白がってきたじゃない。そうよ、ソール様もパルマも、こうやってあたしを惨めな目に合わせてあたしが騒ぐのを楽しんでるの。乗せられちゃ駄目。冷静にならなくちゃ)


 せっかくクライシス様に貰った命だもの。大切にしないと。この人達に何言った所であたしの汚名が晴らされる訳でもなし、信じてくれるでもなし――この人達と関わっても何一つ良い事ない。


 ここはもう心を抑えて、笑顔で立ち去るの。ここをやり過ごしてせば――


「ウィロー嬢……頼むからここにいてくれ。私はこのまま君を手放したら取り返しがつかない事になるような気がして心配なんだ」


 眉を潜めたまま、困ったように少し首を傾げるソール様は、まるで本当に心配しているように見えて、不覚にも、ときめいた。


「あ……あたしがどうなったって、ソール様には関係ないじゃないですか」

「関係ある……あの頃は言えなかったが、私は君を好ましく思っている。君にこれ以上傷ついてほしくないんだ」



 あ――やっぱり、駄目だ。この人も同じだ。



 助けてくれたから、悪い人じゃないのかもってほんのちょっぴり思ったりもしたけど、今ついときめいちゃったけど――傷ついた女にそうやって甘い言葉をかけては、馬鹿にして、陥れる。


 。本ッ当、信じらんない。


「巷では君は踏み台令嬢と呼ばれているようだが、私は君がそんな風に言われるような女性じゃないと知っている」


 ほら、絶対におかしい。あたしの事を聞いてるくせに、これまで一度も話した事ないのに、何で『私はそんな風に言われる女性じゃないって知ってる』って言える訳? ――どう考えても嘘でしょ!?


 そうやって、馬鹿をおだてて、後で冷たく突き放して嘲笑う――それを笑って見てる女達も。皆、皆、信じらんない! 


 もう、絶対この領の貴族なんて――男も、女も、信じない!!


「私は、君の事が心配なんだ……サリーチェ」

「あーもう! うるさい!!」


 ソール様が本当にあたしを心配してるような演技にイラッとして、あたしはつい全力で叫んでしまっていた。

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