第5話 踏み台令嬢、警戒する・1(※サリーチェ視点)
頭がぼーっとして、視界がグニャグニャ歪んで――支えてもらわないと立ってもいられなかった。
だからそこが街道だって頭では分かっていても、後ろをドン、と押されて、マントも取り払われて。
崩れおちてしまったら寝そべってしまう事しか出来なかった。
どの位そうしていたかな? 突然お腹が潰れたような感覚はあったけれど、痛い、って思いかけた所で温かくて真っ白な光に包まれて、痛みも痺れも溶けるように消えていって、気が付いたら見た事無い位豪華で広い部屋のベッドに寝かされていた。
目覚めたあたしの直ぐ側に座っていた男の人が優しい声をかけてくれた。
銀髪で真っ白な目の、綺麗な人の笑顔は全然嫌な感じがしなくて、真っ白な魔力のとおり心が綺麗で優しい人なんだろうなって分かった。
――ぶっちゃけ、苦手なタイプだった。
ほら、人って大抵何処かこう、何処か欠点っていうか人間臭さっていうかあるじゃない? そういうのが無い、穢れてませんオーラ出してる人って、あたし、苦手なのよ。何か裏がありそうで。
分かってる、ボロボロだったあたしの体を完全に治してくれたこの人は本当に穢れてないって。分かってるんだけど――だからこそ、あたしとは合わないというか。
もちろん、助けてもらったのに本能的に無理な人だからってお礼を言わないのは駄目よ。助けてもらったらお礼を言う、そんなの常識だわ。
本当に視界はスッキリ晴れて、手足も痺れが抜けてお腹も全然痛くないし、フラフラムラムラもしない――それを感じると自然と涙がこみ上げてきて、そのまま公子様にお礼を言った。
でも、公子様の直ぐ傍に立ってたソール様を見て一気に冷めた。
そうよ、この黄緑を基調にした豪華な部屋――ペリドット邸って言われたら納得するわ。改めて見るとそこかしこに色とりどりの黄緑。あーやだ、鳥肌立つ。
でも、助けてもらったからにはお礼を言わないと。心の中に溜まってる嫌な気持ちをグッと堪えて、ちゃんとソール様にも礼を言ったわ。早く立ち去ってくれるように願いながら。
――別に、ソール様に何かされた訳じゃないんだけど、黄緑系の魔力を持つ人間にはもう金輪際関わりたくない。高位貴族には特に。
私の様子を心配してくれたのか、純白の公子様が助け舟を出してくれて、その日はそのまま眠る事が出来た。
翌朝。『お迎えが来てしまったので』と純白の公子――クライシス様がパタパタとちょっと急いだ様子でやってきて、もう一回あたしの体を確認しだした。
「お腹を見せて頂いても大丈夫ですか? もし抵抗あるようなら服越しでもいいのですが、内蔵の損傷の確認は直接肌に触れたほうが分かりやすいので……」
「分かりました」
クライシス様はあたしに何が起きたのか知ってる上でトラウマになっているかもしれない、と気遣ってくれてるみたい。
無理矢理犯された婦女子が精神的に追い詰められて……って話はあたしも何度か聞いた事がある。
でもあたしは思い詰めるタイプじゃなくて(何で私を犯した奴らはのうのうと生きてるのに犯されたこっちが思い詰められなきゃいけない訳?)って思うタイプだから、その辺トラウマになってない。
足で蹴っ飛ばしたり抵抗してる内に変な蜜みたいなの飲まされて頭ぼうっとしちゃって、何されたかよく覚えてないってのもあるけど。
襲われた時に破れたワンピースが丁度お腹の辺りで避けていたから両手でその部分を広げてお腹をむき出しにすると、メイド2人が怪訝な顔をした。
(何よ、見せろって言われてるから見せたのに何でそんな顔されなきゃいけないのよ!)
そう思ったけど当のクライシス様は驚いたように目を広げた後、真剣な目でお腹を見つめるから邪魔しないように堪えた。
クライシス様からはあたしを襲った奴らのような感じは一切ない。白い魔力を指先に込めてお腹や手足に触れる指先にも。
「……これで大丈夫です。では、私はこれで失礼しますね」
「あ、あのぉ……あたし、今、お金全然持ってなくて……治療費とか」
「ああ、気になさらないでください。私が治したいと思って治しただけですからお金を請求したりしませんよ。ただ、こういう事をするとキリがないからって叱られちゃうので、この事はどうか内緒にしてください」
クライシス様は笑って人差し指を自分の口に当てる。
助けた相手に本能的に無理だなんて思われてるとも知らずに、本当に優しい人だなぁ――って思ってたら、余計な言葉を付け足された。
「もし無償での治療に気兼ねするのであれば、貴方の心の準備が出来た時でいいので何があったのか、ソールに話してあげてください」
またソール様の名前が出てちょっと顔が引きつる。メイプル女侯爵の弟――って、昨日侯爵になったってメイド達が話してたっけ。
勘弁してほしい。1年間同じ学校にいたんだからあたしの事絶対知ってるじゃん。仮に知らなかったとしても絶対誰かが言うじゃん。
『あの女は踏み台令嬢って言われてて男達が散々踏み台にしてきた女ですよ』って、絶対言うじゃん。
そんで『それなら私も踏んでみようかな』とか思うんでしょ? そういうもんなんでしょ?高位貴族って。
あーでも、どっちかって言うと『男達を乗り換えてきた悪女』として伝わってるのかな? だとしたら『この尻軽女が』軽蔑の視線を向けてくるんでしょ? 本当、どっちにしたって詰んでるじゃない。勘弁してほしい。
「大丈夫ですよ、ソールは良い人です。貴方を辱めた人間達とは絶対に違います。貴方に起きた事を全てを話せ、とは言えませんが……自分の身に起きた事を打ち明けたら、彼は絶対に力になってくれますよ」
あたしの心を見透かしたかのように心優しい公子様は微笑んだ後、足早に部屋を出ていった。
(簡単に言わないでよ……世の中、貴方みたいに良い人ばかりじゃないんだから)
あたしに対して敵意も嫌悪も見せずに、何も見返りも求めずに、ただ優しく治療してくれた公子様が触れてくれたお腹に手を当てながら、あたしはこれまで関わってきた男達を思い返した。
あたしに近づいてきた男達は皆、ロクでもない男達ばっかりだった。
ここの貴族学校には、親子共に認める玉の輿目的で入学した。入学当初から手当たり次第に愛想振りまきながら男をチェックした。
お父様はウィロー家の繁栄に繋がるような、大きな家や高位貴族の跡継ぎとの交際を期待していたけど、あたしは自分が楽して幸せに暮らせそうな、そこそこ裕福な家の跡継ぎだったら誰でも良かった。
跡継ぎじゃないと家を出た後にどういう生活になるかわからないから『跡継ぎ』ってのは絶対条件だったけど、爵位があがると夫人の責任も当然重くなるし、この国は一夫多妻が認められてるから政略結婚だったり恋愛婚だったりで複数女作られたりするのも嫌だった。
だから最初は近づいてくる男達に愛想振りまきながら『複数婚する程では無いけどそこそこ贅沢できる資産を持ってて優しい跡継ぎ』を探していた。
そうして結構裕福な男爵家の公子に狙いを定めて、その人だけに特別愛想よくして交際を申し込まれて、お付き合いを始めた所までは順調だった。
でも2年生になってすぐに『重い、ウザい、馬鹿な君と話してるとイライラしてくる』ってフラれちゃった。
凄く悔しくて、こっちからフッてやった事にした。向こうは何も言ってこなかった。まああたしほど可愛い女をフッたら男達から恨まれるもんね。
あたし達が破局したと知るとまた男達が寄ってきたからその中からまた良い条件の男を選んで……あー、可愛いって罪ね! 本当困っちゃうわぁ!
(……なんて思ってた時期があたしにもあったわ)
…………そっから先の事はもう、思い出したくない。良いも悪いも含めて全部、黒歴史。
お父様にも勘当されちゃったし妹には『お姉ちゃんの存在が恥ずかしくて私もう学校行きたくない……!』って泣かれるし、本当最悪。
あたしだってもうあたしを知ってる人達の所になんていたくない――誰もあたしを知らない所に行きたい。
そう思って立ち上がって部屋のドアに手をかけると、メイドの一人が戸惑ったように声をあげる。
「ちょ、ちょっとサリーチェ、何処に行くのよ!」
このメイドは見覚えがある――見覚えがあるどころか何度も彼氏自慢をした覚えがある、貴族学校のクラスメイト、パルマ。
あんな所で馬鹿真面目に勉学に励んだから
「何処って、出てくのよ」
「何言ってるのよ? 昨日ソール様が貴方の話を聞くって言ってたでしょ!」
「パルマ……どーせ貴方もあたしの事馬鹿にしてるんでしょ? いいえ、貴方だけじゃない。ここにいる人達全員あたしの事馬鹿にして笑ってるんでしょ? 私がどんなに惨めな目にあったか聞きたくてここにいるんでしょ? 残念でしたぁ! 私、一切話すつもり無いから!!」
そう叫んでドアを開けるとパルマが駆け寄ってきた。
「待ちなさいってば! 私達はともかく、ソール様は貴方を馬鹿になんてしてないわ! 貴方が助かったって知って、どれだけ」
「それはソール様があたしの事知らないからでしょ!? あたしの事知ったら、絶対に馬鹿にするじゃない!! どーせあたしの事ある事ない事話したんでしょ!?」
「いい加減にしなさいよ、サリーチェ!! あの、すみません! ソール様を呼んできてください!」
パルマに呼びかけられたもう一人のメイドが先にドア開けて、バタバタと駆け出していく。
でもあたしは廊下に出られなかった。スカート部分をパルマに掴まれていたからだ。
あたしより頭一つ分背丈が高いパルマのやや筋肉質な腕に掴まれた服の裾は引っ張っても全然抜けない。
「何よぉ! あんただって散々彼氏自慢してきたあたしの事ざまぁって思ってるんでしょ!? 引き止めないでよ!!」
「貴方、このボロボロの服のままここを出ていくつもりでしょ!? 迷惑だから!!」
「はぁー!? そしたら踏み台令嬢がまーた恥晒してたわーって笑えばいいじゃない!! 気に入らない女が落ちぶれてその上更に恥をかこうとしてるんだから、今までみたいに放置して笑い者にすればいいじゃない!!」
「もう、さっきから何でそんなひん曲がった発想になるのよ……!!」
元々襲われた時に破かれたワンピースが更にビリビリッと破れていく。
ほら、パルマもこうやって迷惑だから~とか良い人ぶっときながら余計に酷い状況にしてくるの!! 本当最悪!!
「酷い! これじゃお腹どころかお尻も丸見えじゃない!!」
「元々見えてたわよ!! 服なら後で私のあげるからとにかく今は大人しくここにいてよ!!」
「それで出ていく時にはその服脱いでいけって言うんでしょ!? なら最初から着な」
もうどれだけボロボロになってもいいわ――と服から再び扉の方に目を向けた、その時。
「……これは、一体どういう状況だ?」
驚いた様子のソール様が後ろにメイドを従えてマジマジと私を見つめていた。
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