第7話 若侯爵の性癖・1
「心配とか嘘でしょ……!! あたしを馬鹿にするのもいい加減して!! そうやって上手い話であたしを調子に乗らせて影で馬鹿にするんでしょう!? もう高位貴族のお遊びに振り回されるのはごめんだわ!!」
サリーチェが少し離れた椅子を視界に入れるなりそちらに駆け寄り、ソールに向かって思いっきり投げつけた。
ソールは一切臆する事無く椅子の脚を片手で掴み、そっと床に置く。
「椅子を振りかぶるとはおだやかじゃないな。一体君に何があったんだ?」
荒ぶるサリーチェにあくまで冷静に対応するソールに尚更彼女の心が煽られる。
「はぁー!? クライシス様が無理して話さなくていいって言ってたのに何で貴方なんかに教えなきゃいけないんですかぁー!?」
昨日のボロボロの状態で眠っていた彼女に比べれば元気になった分、まだマシではある、が――ソールの中でどんどん違和感が膨れ上がっていく。
ソールがサリーチェを引き止めたのには3つの理由がある。
色々と酷い目にあっている上に殺されかけたサリーチェを事故の全容が掴めないまま解放したら、また同じような目にあってしまうのではないか、という懸念があった事が1つ。
2つ目はサリーチェの慇懃無礼な態度に(彼女をこのまま解放しても絶対ロクな事にならない)と確信したから。
最後の1つはパルマの懸念の通り、半裸の女性を館から出してあらぬ噂を立てられる訳にもいかない。普通に迷惑である。
(顔に似合わず我儘で奔放な女性だというのは分かっていたが……)
クラスが違えど気になる存在を学び舎で1年間見ていれば性格や気性、魔力の色が分かっていれば性格は大体読める。
緑色の魔力を持つ者は自分勝手で面倒臭がりな人間が多く、暗色の魔力を持つ人間はやや陰湿で捻くれている者が多い。
勿論、必ずしも一致するものではないがこの世界における魔力の色による性格判断は地球における血液型占い以上に信憑性が高い。
(だが、やはりおかしい……私より位が高いクライシスの言葉を盾に彼女が私に対して傲慢になるのは分かる。しかし、このペリドット領で最も位が高い私が何故、変態扱いされた挙げ句に椅子を投げつけられる程に嫌われているんだ……?)
改めて思い返してみてもここまでの対応で失礼な態度をとった記憶は全くない。
学校生活でも学び舎を共にしたのは1年だけで、しかもクラスが成績順で決められる為ソールとサリーチェが同じクラスになった事はなく、2人がまともに会話した事はこれまで一度もない。
侯爵にここまで無礼を働けば不敬罪で捕らえられてもおかしくないし、椅子がソールに掠れば傷害罪が適応される。気性の荒い侯爵であれば一家まとめて処刑してもおかしくない。
そんな、人生を台無しにするような行為をサリーチェは躊躇する事なくやってのけているのだ。
(何故ここまで私を毛嫌いするのか追求したい所だが……)
チラ、とソールが周囲を確認すると部屋にいたメイドや後ろに控えているメイドがオロオロしている。
サリーチェが大騒ぎしているせいで近くに老執事や侍女、騎士達まで集まってきている。
(……この状況を納めるほうが先か)
「サリーチェ、私は本当に君の事を」
「優しく名前で呼びかければ心開くと思ってんのぉ!? 残念でしたぁ!! もうその手には乗らないんだからぁ!! ふん!」
(その手には乗らない……なるほど。高位貴族に甘い言葉で騙され振り回された訳か)
ソールはこれまでのサリーチェの発言から自分を毛嫌いする理由を冷静に組み立てていく。
そして彼女を刺激しない宥め方を考えた後、改めてサリーチェを見据えた。
「私個人の想いを信じられないと言うなら、言い方を変えよう。サリーチェ……私はこの領地の主として、酷い目にあった領民を領主として見過ごす訳にはいかない。何より、君を襲った人間が同じような事件を起こす可能性がある。それに君を襲った犯人達が再び君を狙う可能性も否定できない」
サリーチェの顔が強張ったのを確認した上で、ソールは言葉を続ける。
「これから捜査を進めていく中で、君に容疑者の顔を確認してもらう必要も出てくるだろう。だから君を襲った人間が捕まるまではここにいてくれないか? その間、君にかかる費用は全てこちらで負担する。犯人が捕まるまで、ここでのんびり過ごしてくれればいい」
ソールの言葉に辺りがシン、と静まり返る。
パルマを始め、周囲にいる人間が全員(えっ、こいつどんだけ長居させるの!?)と戸惑いの表情でソールとサリーチェを見守った。
見守られるサリーチェも戸惑いの表情を浮かべている。
「は……犯人の顔なんて、覚えてないし! そんな風に言われてもあたし、何も話さないから!」
「ああ、構わない。無理に聞こうとした私が悪かった」
「あ、あたしから詳しい事を聞かなかったら、犯人なんて捕まらないでしょ!? あたしも襲われた時の事とか、よく覚えてないけど!!」
犯人の顔を覚えてない、状況もよく覚えないと言ってしまっている辺り、全く役に立たないのでは――と周囲が不安に思う中、ソールは自信ありげに微笑んだ。
「侮ってもらっては困るな。私は昨日からペリドット領を統治する侯爵になった。君を頼らずとも情報を得る方法などいくらでもある」
「へぇー……やれるものならやってみせなさいよ! それまでしっかり贅沢させてもらうから!!」
「ああ。思う存分贅沢すればいい」
サリーチェの悪態にソールの微笑みは微塵も歪まない。
それがちょっと裏がありそうで気持ち悪い――と感じたサリーチェは必死に思考を巡らせる。
「……あっ! 食事は2つ、この部屋に持って来なさいよ! あたしが選ばなかった方を貴方が食べるの!! ふふん、こうすれば変な物なんて入れられないでしょ!?」
「分かった」
「後、ここにいてあげるんだから、毎食デザートも付けなさいよね! 朝はフルーツ、お昼は焼き菓子、夜はアイスクリーム!」
「ふふ……分かった」
サリーチェの傲慢極まりない態度にパルマも周囲の者達も皆、ドン引きである。
そんな中でソールだけが微笑み、老執事が何とも言えない表情でソールを見つめていた。
「あの、ソール様……」
そっと呼びかける老執事にソールは「ああ」と我に返ったかのようにパルマとサリーチェを部屋に残し、そっとドアを閉める。
「……恐らく、彼女は卒業パーティーで糾弾された事で高位貴族に強い不信感を抱いている。その為に酷く気が荒ぶっているのだろう。若い女子が大恥をかかされた挙げ句に集団で襲われたのだ……頑なにもなる」
通路に集まったメイドや騎士、従者達に向けてソールは淡々と語りだした。
流石にサリーチェの無礼すぎる行いにはフォローを入れておかなければ、皆サリーチェに超塩対応して、拗ねたサリーチェが『やっぱり私を馬鹿にしてる』とか叫んで脱走を企てかねない。
「私は彼女の非礼を全く気にしていない。1日でも早く彼女をあんな風にしてしまった犯人の手がかりを掴む為にどうか皆、彼女にほどほどの距離感で接してほしい」
ソールが言い終えると、皆、主の『優しくすると見ての通り地雷踏むし、冷たくしても地雷踏むの目に見えるだろ? だからほどほどの距離感で頼むわ』という意図を汲み取ったようで、皆それぞれの持場に戻っていった。
その場に残った老執事にはもう一言付け加える。
「ビルケ、パルマには後日改めてサリーチェについて聞かせてもらう。それまでパルマには別の仕事を与えてくれ。後、姉上にはしばらく騒がしくなるかもしれないが心配しないでくれと。では、私は執務室に戻る」
「……かしこまりました」
ビルケはソールに一礼した後、何処か懐かしいものを見るような眼差しでソールを見送った。
誰もいなくなっていた執務室は部屋は大分片付いていた。ソールは肘掛け椅子に腰掛け、片肘をついて先程の彼女の姿を思い返す。
――後、ここにいてあげるから、毎食デザートも付けなさいよね! 朝はフルーツ、お昼は焼き菓子、夜はアイスクリーム!
(ふふふ……やはり彼女はああでなくてはな……!)
彼女をぶりっ子と見抜いておきながら罵倒の言葉を浴びせかけられても微笑み、我儘三昧な姿を思い返して悦に浸る――ここまでくれば彼の性癖はお察しだろう。
貴族学校入学当初、周囲の男達は彼女のあどけない笑顔やか弱い仕草に見惚れていたが、ソールは違った。
ソールは彼女がふとした瞬間に見せる、隠しきれない悪い表情――人を下に見るような、圧倒的上から目線にどうしようもなく惹かれていたのである。
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