第12話 フェリクスの自答
馬で駆けながら見る領地の景色は美しいものだった。
フェリクスはそれなりに審美眼を持っている。美しい絵画や彫刻を見るのは好きだし、美しい景色を見るのも当然好きであった。
気の乗らない婚約者選びのための訪問ではあるが、良いものを見られたことに関しては素直に嬉しいと感じてるのだ。
「フェリクス様、そろそろ町へ行きましょうか。あまり遅くなるとお店が混み合ってしまうので」
「ええ、わかりました」
生き生きとした表情で告げるナディネに、フェリクスは当たり障りのない微笑みで返す。内心では苦笑を浮かべているところなのだが、どうにか取り繕った次第である。
というのも、案内の間中ずっとナディネの「大好き自領語り」が止まらなかったためだ。女性騎士団としてこの地を離れることに躊躇いはないが、故郷のことは大好きらしく、その愛がとにかく重い。
フェリクスもここに来る前に今一度ノリス領について勉強してきたが、話題についていくのがやっとなほどだ。
(まぁ、僕でなければついていけてなかっただろうがな)
もしかしたら、地元の者でも知り得ない話があったのではとさえ思う。フェリクスは自分の能力の高さを自画自賛した。
だがそのおかげか、ナディネのフェリクスに対する好感度は上がったようだ。フェリクスのナディネに対する好感度は少し下がってしまったのだが。
(結婚後もこの調子で来られたら……さすがに疲れるな)
むしろ、候補から外れかけている。ノリス領のことを思えばナディネを選ぶべきなのだろうが、フェリクスの心はフランカを選ぶ道に傾きかけていた。
(そもそも、ノリス伯爵だってユーナ夫人とは離れて暮らしている。フランカ嬢はこのまま領で暮らし、僕は王都で暮らすというのも有りなのでは?)
ただそうなると、この領地がノリス家の物かシュミット家の物かで揉めそうではある。フェリクスとしては、このままノリス家の地として扱ってもらっても構わないのだが、貴族家としてそう簡単にはいかないしがらみというものがあるのだから。
それに、宰相の妻として王都に来る機会はそれなりに多い。この領地と行き来するのはフランカの負担が大きくなることが予想された。
(そううまくはいかない、か)
自分で思い浮かべた案を、フェリクスはものの数秒で打ち消した。平和にことを進めるには、やはりナディネを選ぶべきなのだろう。
(僕が妥協をするしかないのか? ……ああ、面倒臭いな)
その考え方はナディネに対してかなり失礼なのだが、フェリクスは気にしない。それどころか、ノリス家のことまで考える自分は偉いとまで思っていた。もう少し、人の心を思い出してもらいたい。
「フェリクス様、馬はあちらで預かってもらえます! あの店でいつも飼料を買っているので、お得意様特権というヤツです。っと……うん、メアリはもう帰ったみたいですね。馬車がありませんから」
ナディネの案内で馬を連れて行くと、店主と思しき人物が歩み寄ってきた。店主はまずナディネを見て朗らかな笑みを浮かべ、続けてフェリクスに視線を移して驚いたように目を丸くした。
「こいつぁ、随分と綺麗な方を連れて来ましたね、ナディネ様。恋人……ではないでしょうな。ナディネ様に限って」
「ちょっ、失礼ですよっ! こちらは次期宰相様です!」
「へぇ!? 宰相様っ!?」
ナディネの紹介で店主はさらに驚いたように声を上げた。大げさな、とも思うが、王都から離れた地に次期宰相が来るなんてことはあまりないことだろう。
フェリクスはそう思い直していつもの人好きのする笑みを浮かべながら軽く頭を下げた。
「フェリクス・シュミットと申します。少しの間、こちらに滞在する予定なのです」
「そ、そうでしたか……いやぁ、男の俺から見ても惚れ惚れする美人さんだなぁ」
「お褒めいただき、恐縮です」
「い、いやいや、やめてくだせぇ、次期宰相様。そんな畏まられるとどうしたらいいのかわかんねぇんで!」
普段からこの態度は変わらないのだが、それで困る者もいるらしい。フェリクスはそういう相手との会話は初めてだったが、すぐに対応して態度を変える。
「わかりました。ところで、メアリ嬢はもう帰ったのですか? 買い物に来ていたと思うのですが」
敬語なのは変わらないが少しだけ態度が軟化したのを見て、店主はホッとしたように胸を撫で下ろす。
「へ、へぇ。貴方たちが来るほんの少し前に帰りなさったよ。いい買い物が出来たのか、嬉しそうだったねぇ」
それを聞いて、フェリクスはほんのわずかに残念に思う。と同時に、そう思った自分に疑問を抱いた。
なぜそんなことを思ったのか、と。
「やっぱりそうなんですね。教えてくれてありがとう、店主。それとすまないけれど、少しの間だけ馬を預かってもらってもいいかな?」
「それはもちろんですとも、ナディネ様。さ、こちらへ」
そんな疑問を抱いている内に、ナディネが手綱を引き始める。フェリクスも遅れず後について足を踏み出した。
(無事に買い物を終えたらしいことがわかって、ホッとしたのかもしれないな)
どこか頼りない子どもに見えるメアリが、保護者目線で心配だったのかもしれない。意外と優しさがあったのだな、とフェリクスは自分の新たな一面を知った。人に対して冷たい自覚はあるらしい。
「ではフェリクス様、行きましょう。これから向かうのは大衆食堂になるんですけど、とても美味しいので。あっ、庶民の食べ物はダメとか……」
「ありませんよ。むしろ好きですから、楽しみです」
「よかった! じゃあ案内しますね!」
貴族の中には確かに高級食材を使った料理しか食べない、なんて者もいるがそれは一部の高飛車な者だけだ。
自分はそんな風に見られているのだろうか、と少しだけ複雑な気持ちになるフェリクスであった。
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