第13話 フェリクスの判断


 ナディネが連れて来てくれたのは、確かによく町で見かけるような大衆食堂だった。

 外観も店内もとても綺麗に保たれており、王都で一度だけ行ったことのある店の雑多な印象はない。室内が広く、余裕をもった席数になっているからかもしれない。そこは田舎だからこその良さなのだろう。


 余談だが、王都のその食堂にはもう二度と行きたくないとフェリクスは思っている。味は良くとも、品性に欠ける者が多かったからだ。


「いらっしゃいま、せ……」


 二人が入り口付近に立っていると、店の奥からポニーテールの少女が元気にやってきた……と思ったのだが、フェリクスを見てその動きが停止する。


 フェリクスにとってはよくあることだ。自分の見目の良さには自覚があるのだから。だが、続く少女の反応は予想外のものであった。


「うっそでしょぉ!? 何が『わからない』よっ! あの子、今度会ったら説教してやるんだからぁっ!!」


 言っている意味がさっぱりわからない。だが困惑するこちらを余所に、少女はすぐに気を取り直してにっこりと笑みを浮かべた。おそらく営業用だろう。フェリクスにも馴染みがあるのですぐにわかる。


「こほんっ、失礼しました。ナディネ様、こんにちは! それからフェリクス様、ですよね? お話はメアリから聞いてます」

「こんにちは、サーシャちゃん。もしかして、今日メアリもここに来たの?」

「はい! 買い物の途中で少しだけお喋りした程度ですけど」


 ナディネと少女の会話を聞いて、どうやらメアリの友達らしいことを察したフェリクスは、こちらに視線を向けてきた少女ににこりと微笑んだ。

 だが少女はグッと何かに耐えるように一瞬だけ息を止めた後、スッと手を前に差し出した。


「やめてください。その微笑みは死人がでますよ。ナディネ様とメアリが特殊なんですからね。あたしのような田舎暮らしの普通の乙女は心臓発作を起こしますから、美しすぎて!」

「……」


 褒められているんだかなんだかわからない返しに、フェリクスは閉口した。またしても、これまでになかった反応である。

 この地に来てから、意外な反応に驚かされてばかりだ。だが、不思議と不快感はない。それがまたフェリクスを不思議な気持ちにさせていた。


「そんなことより、ランチを召し上がるんですよね? ささ、席にどうぞー!」


 店員の少女、サーシャはサラリとポニーテールを揺らしながらテキパキと二人を席に案内した。窓際の、入り口がよく見える位置だ。


 ちなみに、サーシャは適当に選んだようでいてあえてこの席に案内したのだが、二人は気付かない。


 注文はナディネのオススメに任せ、二人は料理が来るまで席で待つ。しばらくして料理が運ばれてきた、その時だった。

 急に店が賑わい始め、フェリクスとナディネの二人は同時に入り口へと視線を向ける。


「おーっ、サーシャちゃん! 噂通り本当にポニーテールじゃないかーっ!」

「しかも今日のランチは甘辛照り焼きだって!? 最っ高だな! サーシャちゃーん、七人前頼むよ!」

「はいはーい! いらっしゃいませーっ!」


 入って来たのは職人の集団だった。みな筋骨隆々とした大柄な体格で、豪快に笑い合っている。どうやら彼らの目的は看板娘たるサーシャらしい。こういう客はどこにでもいるのだな、とフェリクスは気にせず食事に手を付け始めた。

 メニューは豚肉の甘辛照り焼き。万人受けする味付けで人気メニューなのはわかるが、フェリクスは少し苦手だ。


(残すつもりはないが……ノリス家の食事の方が口に合うな。野菜が多いようだし)


 ただ、ナディネはこういうガッツリしたものが好きなのだろう。だからこそ、この食堂に連れてきたのだということくらいはわかる。いくら腹黒でも、さすがにここで不満を覚えるほどフェリクスも性格が悪いわけではない。


 早く食事を済ませてしまおうと再びナイフを肉に刺した時、ふと違和感を覚えて顔を上げる。ナディネの視線が入り口から動いていないことに気付いたのだ。


 どうしたというのだろうか、と様子を窺うと、ナディネの頬が僅かに紅潮しているのがわかった。さらに、ブツブツと何かを呟いているのも聞こえてくる。


「や、やばい、あの上腕二頭筋……ああっ、背筋が服の上からでも鍛えられているのがわかるぅ……! 背部って鍛えるの難しいのにっ! ひゃぁ、首の筋肉も素敵……もう少しこっちを向いてくれないかな……」


 ハッキリとは聞き取れなかったが、職人たちの筋肉に見惚れているのはわかった。当然、フェリクスは引いた。


 顔が引きつるのを耐えながら、フェリクスはこれまでの自分に対する彼女の反応を思い返した。そして一つの結論を導き出す。それは考えずともわかる簡単なことであった。


(彼女はつまり、筋肉質で体格の良い男性が好みなのか。なるほど、僕に興味がないわけだ)


 フェリクスとて、別にヒョロヒョロとしているわけではない。何者かに襲われた時に対応出来るように幼少期から鍛えていたし、それなりに筋力はある。

 だが、人と関わることの多い仕事柄、あまり筋肉がつかないよう気を付けてきた。加えて着やせするタイプなため、スラッとして見えるのだ。


 極め付けは生まれつきのこの美麗な容姿。つまりフェリクスは、男らしい男性を好むナディネのタイプとは真逆なのである。


「ナディネ嬢は、男らしい方が好みなのですね」

「えっ!? あぅ、い、いえ、そ、そんなことは……!」


 フェリクスがクスッと笑いながらそう告げると、ナディネはようやく我に返ったように声を上げ、慌て始めた。

 ナディネとしては大失態である。せっかく、自分を婚約者に選んでもらおうと奮闘していたというのに。実際、それらはほぼ空回っていたのだが。


「無理はなさらないでください。僕としても、出来る限りご本人の意思を尊重したいと考えていますから」

「フェリクス様……」


 その言葉を素直に受け取ったナディネは感動したように声を詰まらせたが、フェリクスの本音は別のところにある。


(彼女を選ばなくていい理由が出来たな)


 この領地のことを思えば彼女を選ぶしかない。そう考えてフェリクスはどうにか我慢してきたが、断る理由が出来たのなら話は別だ。


(正直、いくら騎士としての技能に長けていたとしても、彼女は……僕には合わない)


 この時、フェリクスの中で完全にナディネが候補から外れたのである。


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