第11話 メアリの親友


 まず、食堂へ向かったメアリは店員のサーシャに声をかけた。


「わ、メアリ! いらっしゃいませーっ」

「サーシャ、こんにちは。でもごめんね、今日はお客さんじゃないの。ちょっと頼みたいことがあって」


 店員のサーシャはメアリと同じ年だ。メアリが幼い頃に初めてこの食堂を訪れたのをきっかけに、今では身分関係なく気軽になんでも話せる仲となっている。いわゆる、幼馴染だ。

 メアリは家族にも遠慮をしてしまいがちなため、もしかしたら彼女が意外とお喋りなのを知っているのはサーシャだけかもしれない。


 というわけで、メアリは今の状況をかいつまんでサーシャに説明した。平和すぎる毎日にやってきた刺激という名の報告に、サーシャの目はキラキラと輝いていく。


「なにそれ、なにそれ! 面白いことになってるね? あ、でも……それって、メアリが王都に嫁いじゃうってこと? 寂しくなっちゃうなぁ……」

「それが目標ではあるけど……うん、そうだね。サーシャとあんまり会えなくなるのだけが気掛かりかな」


 一度は楽しそうに身を乗り出していたサーシャだが、計画が上手くいった後の別れを想像してその勢いが萎んでいく。面白そうなことは大歓迎だが、大好きな親友がいなくなるのはやはり寂しいのだ。


「でも、確かにフランカ様にはこの領地を引き継いでほしいし、ナディネ様の好みは筋金入りだもんね。メアリがそう決めるのもわかるよ」


 ただ、メアリは貴族家の娘。いつかはどこかに嫁いでいくことくらい、サーシャにもわかっていた。そろそろ年頃でもあるのだし、いつそんな話が来るかと覚悟をしていた部分もある。

 何より、メアリ自身の意思を尊重したいと願うサーシャは、誰よりも彼女のことを理解しているかもしれない。


「でしょ? それに、私はどこでも幸せにやっていける自信があるから」

「それもわかるーっ! でもさ、もしそのフェリクス様? が嫌なヤツだったらいつでも言ってよね! 殴り込みにいくんだから」

「ふふっ、頼もしい。でもまずは、私を選んでもらうところからなの。だから……」


 サーシャが再び乗り気になったところで、メアリは考えていた計画をサーシャに打ち明けた。

 計画、といっても上手くいくかどうかは五分五分だ。失敗しても特に害はなく、成功したら嬉しいといった程度の可愛い計画である。


 いや、場合によってはサーシャたち食堂の皆さんには迷惑をかけてしまうのだが。

 その時は、必ずお詫びに焼き菓子を持っていこう、とメアリは考えている。彼女の作るお菓子はサーシャたち一家にも大好評なのだ。


「オッケー。任せてよ。ちょうど今日のランチは豚肉の甘辛照り焼きなんだよねー。職人たちに大人気っ! ついでに、この可愛いサーシャちゃんがポニーテールで料理を運んじゃうよ」


 サーシャは長い亜麻色の髪を、普段は下の方でお団子にまとめている。以前は上の方でポニーテールに結っていたのだが、そのサラサラ揺れる髪型の受けがやけに良く、サーシャを狙う男たちで食堂がギュウギュウになってしまった事件があったのだ。


 そう、サーシャは町のアイドルのような存在なのである。以降、ろくに営業が出来ないのは困るということで彼女のポニーテールは封印されていた。


 ポニーテールの何が男たちを惹きつけるのか。サーシャはどんな髪型だろうがいつでもかわいいのに、と思うメアリには理解出来ない。だが事実なのは間違いないため、そんなものなのだと受け入れている。


「人気のメニューにサーシャのポニーテールなら、きっと皆さん来てくれるよね。さり気なくお知らせしてくる」

「お店が混乱しそうになったら戻すから、こっちのことはあたしに任せてよね」

「うん、その辺りは信用してる。ごめんね、変なことを頼んで」


 くふふ、と悪戯っぽく笑うサーシャは本当に可愛い。小麦色に焼けた肌にぱっちりとした目。明るくて天真爛漫な彼女は本当にモテるのである。本人はまだ恋なんてものには興味がなさそうなのだが、自分を狙う男の扱いには慣れていた。末恐ろしい。


「いーの、いーの。お店が繁盛するのはこっちだって嬉しいことだし。ついでにそのフェリクス様のお顔を拝んでやるんだから。ね、どんな人?」


 サーシャに問われてメアリはやや目線を上にして思い出す。観察はしていたが、主に内面を見極めようと必死だったメアリは改めて思い返さないとすぐに外見が出てこなかったのである。


「黒髪で、緑の瞳をしていたわ」

「……もう少し詳しく」


 おかげで、説明もこんなものである。メアリは人の外見にあまり興味がないタイプだ。わかっていたサーシャだが、めげずに掘り下げて聞くつもりのようである。


「え、っと。身長は、ナディネ姉様より頭一つ高い、かな。眼鏡をかけてらして、真面目そうに見えるわ」

「へぇ、ナディネ様より背が高いなんて、なかなかじゃない。意外とイケメンだったりしてーっ」

「イケメンかどうかは、わからないわ」


 実際は驚くほどの美形である。数日後、この件でサーシャに説教されることをメアリはまだ知らない。


「ごめん、サーシャ。私、そろそろ行かなきゃ。買い物もあるし」

「そうだったね。じゃ、後のことは任せて。後日、結果報告でも聞きに来てよ」

「もちろん」


 二人の少女はニッコリと笑い合う。そのまま、メアリは次の目的地へと足早に移動するのだった。

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