第8話 結婚には引っ越しが伴います(主に女性)

「結婚って大変ね」


 私が大袈裟に溜息を吐く横で、お母さまは笑う。


「ふふふ。楽しいこともあれば、辛いこともあるわよ。心配しなくて大丈夫」


 いいえ、お母さま。


 私が大変だと思っているのは、結婚生活の方ではなく、引っ越し作業のことよ?


 結婚生活は全く心配していないわ。


 だって白い結婚なんですもの。


「おねぇちゃま~。ホントにあの人でいいの?」


「それは心配ないわ」


「嫌だったら、今からでも辞めたらいいのにぃ~」


「大丈夫よ。貴女も一緒なのだし」


 そう。太っ腹なニコルソン侯爵家では、小説家で痩せっぽちの私を娶るだけでなく、ロザリーが居候することも認めてくれたのだ。


「ふふふ。私は領地へ戻るわ。これでようやく、お父さまと一緒に暮らせるのよ。嬉しいわ」


 お母さまは、領地へ帰るそうだ。彼女曰く。


「お父さまが恋しいわ。第二の新婚生活よ♪」


 なのだそうだ。


 そんなにラブラブだなんて知らなかったわ。


「それにしても、さすが私の娘。ニコルソン侯爵令息さまを射止めるなんて。たいした出世だわ。我が家への援助もしっかりして下さるそうですし。これで我が家も安泰ね。それに、お仕事をしながら、殿方もしっかり捕まえて女の幸せも手に入れる。なんて強か。うっとりするわ」


「お母さま……」


 何やら黒い本音もダダ洩れですわよ?


 いくら家が貧乏伯爵家といっても、はしたなくありませんか?


「とはいえ、ここを引き払うとなると大変ではあるわね。3人とも一気に引っ越すとなると荷物が大変」


 お母さまは積み上がっていく荷物を眺め、おどけたように目を見開いて見せた。


 ソレ、殆んど、アナタ達が買い物に勤しんだ結果ですよね?


 何はともあれ、タウンハウスから出て行けるのは嬉しい。


 家賃の心配が要らなくなるのは大きい。


 もっとも、ニコルソン侯爵家にはフォットセット伯爵家への援助を確約して貰っている。


 お金の心配は要らないと言えば要らないのだが。


 今までの癖は、簡単には抜けない。


「おねぇちゃま。ロザリーは、少し不安です」


 そうね。甘えん坊さんだものね。


 でも、手は動かそう?


 せめて新品の物だけは引っ越し先に持って行きましょうよ。


 おねぇちゃま、ソレを買うために結構頑張ったのよ?


「おねぇちゃまが幸せでなければ、ロザリーも幸せではないので」


「ふふふ。ロザリー。心配要らないわよ」


「でも、お母さま~。トーマスさまは大男ですし、色々と雑そうだから、おねぇちゃまが壊されてしまいそうで心配です」


「……」


 ロザリー? あなた何を言っているの?


「ふふふ。大丈夫よ。殿方は見掛けによらないものよ。意外と繊細で気配り上手かもしれないわ。大きな男性。いいわよねぇ」

「……」


 お母さま? あなたも何を言っているのですか?


「そうでしょうか?」


「そんなものよ、ロザリー。貴女もそのうち分かるわよ」


「……」


 だから。


 白い結婚なんですってばっ!


 言えないけどねっ。

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