6 人でなしの勇者。

 けほっ、こほっ。

 辺りに響く、苦しそうに息を吐く咳き込む音。

 続くように反動して跳ねるのは、眼下に映る茶味がかった黄色。

 その動作を繰り返してもう何度目か、次第に落ち着きを取り戻したらしい“それ”はやや乱暴に口元を袖でぐいっと拭った。

 最後にもう一度だけ、ふう、と息を吐く。

 それから再びこちらへと向いた。


 両端が釣り上がった細く長い眉。

 その間に皺を作り、切れ長の目をじとりとこちらに向けている。

 如何にも不機嫌そうな表情だ。

 しかし、先程に比べて怒りを感じさせる程の勢いは既にない。

 どちらかと言うと諦めや呆れの色の方がより含まれているように思えた。


「お前なぁ……。」


 その口から溢れるは物言いたげなぼやき声。

 こちらの顔を鷲掴んでいた手を離していくと、それはそのまま自らの頭の上へ。

 丸みを帯びつつもちらほらと毛先が跳ねている髪をくしゃりと掻き乱し、それからこう言葉を続けていく。


「幾ら死んでも甦るったってな……何度も言っているが、クソ程痛ェ事には変わりねェんだから。いい加減、俺で遊ぶのも──って、おいコラ!」


 何してんだお前は!

 突然声を荒げてアーサーを怒鳴り出す相手。

 その声には確かに怒りも含まれていたが、どちらかと言えば驚き、或いは困惑の方がより強く現れていた。


 それもそうだろう。

 説教せんとつらつら弁を垂れていた所を、身体中至る所を見回しながら時に腕を持ち上げたり。

 少し屈んでは首筋を覗き込んできたかと思えば、徐に別方向を向かされたりと半ば無理矢理に首を動かされたり……。

 興味津々に相手の身体を観察しているアーサーは明らかに話を聞いていないのが見え見えな上、隈無く観察するべく相手の意思など関係無しに、無配慮さ甚だしい手付きで見回していたからだ。


 さながら自分を物のように扱うが如き様だ。

 それには折角「余り怒鳴るのも大人げないしな、ここは落ち着いて話し合うか」と事を穏便に済まそうと考えていた相手は、当然納めた筈の怒りを露にした。

 しかし、アーサーにとってそんな事は至極どうでも良い事。

 相手が何を考えて、どんな思惑があろうとなかろうとも、アーサーにとっては気にするような事ではないのである。


 それもそうだろう、彼が相手を慮る事はない。

 誰だって、“たかが道端の小石”程度の存在に対して「野晒しで雨に打たれて可哀想」などと憐れんで手を差し伸べる事はないのだから。

 何となく気が引かれれば、ほんの少しばかり間眺める事はあれども。

 物珍しさに興味が湧けば、たまに拾い上げて観察する事はあれども。

 結局、興味を失ってしまえば適当に捨てて、過ぎ去った数分後にはすっかり忘れているような、そんな粗末な事。


 人を人と思わない彼にとって、それはそう言う事と同等の事柄でしかないのである。

 だからこそ、そんな彼が“人”を思いやる事はない。


「(確実に砕いた筈の骨が治って……いや、)」

「アーサー! オイ、話を聞けって!」

「(元からあった傷は残ったままだ。疲労も変わりない。と言う事は……)」

「だから──うおあッ!?」

「(……ふぅん? ……へえ………成る程。つまり、戻って・・・いるのか。)」

「何しやがっ……ああもう! いい加減止めんかッ!!」

「……煩いなぁ。」


 喚く声に、ようやく顔を上げたアーサー。

 不快げに眉を潜ませ相手を見る。

 見上げた先には顔を真っ赤にした怒りの形相、それが真っ直ぐに自分を睨み付けていた。

 その赤ら顔は頬を中心に朱に染まっており、それでいて妙に頬が引き釣っている。

 怒っていると考えるにしては、何か違和感があるような……?

 煩わしく思いつつも、違和感にアーサーは首を傾げる。


 だがしかし、それもまた直ぐに興味を失せてしまう。

 アーサーは相手赤ら顔から視線を外し下へと向けると、持ち上げていた相手の服の裾の中を再び覗き込んだ。

 途端、頭上からトスッと手刀が降ってきた。


「止めろ!!」

「……何だよ、もう。」


 さして痛くもない衝撃が頭に落ちる。

 思わず不機嫌さが顕著となった声が口を衝く。

 邪魔をされて機嫌を損ねた彼はじとりとした眼差しを相手へと向けた。


 アーサーは自分のしようとしていることを邪魔立てされる事に、非常に不快感を表す人物だ。

 どうせ弱い奴が自分を相手にどうこう出来る筈がないのだから──彼の根底にそんな考えがあるからだろう。

 ろくに力のないものが、たかが悪あがき程度で自分の手を煩わせてくるのが面倒で、億劫で、鬱陶しく感じてしまうのだ。

 コバエが耳の傍を彷徨くが如く、煩わしくて苛立たしい。

 一層の事、抵抗出来ぬよう手足くらいは折っておくべきだろうか?

 そんな思考が脳裏を過った所で、それと同時くらいにアーサーが捲り上げていた服の裾がその手から取り上げるように引き下ろされていった。


「『止めろ』っってンだろうが。」

「───。」


 険しい目付きがアーサーを見遣り、それから更にそう口にする。

 途端、伸ばし掛けていたアーサーの手がその言葉に従ってピタリとその場に留まった。


 ついっと流れるように視線だけがそちらを向く。

 相手の腕へと伸ばした筈の自らの手は、依然その場で動きを止めたまま。

 伸ばそうとしても、どんなに力を込めようとも、アーサーの手は言う事を聞いてくれなくなっていた。


「(……動かない。)」

「ったく。人の話を聞けって、何度言いやァ解るんだお前は……『暫くそうやって大人しくしてろ』。」

「……ッ…。」


 ビシリ。

 その声を聞いた途端、アーサーは身体に更なる異変を感じた。

 身体中、何処も賢もが石のように凍り付き、氷のように固まってしまったのだ。


 片腕が動かないのであれば別の手段で──そう考えて他の部位を意識して動かそうと思えば、反対側の腕や足は問題なく動かせそうだと判断したのがいけなかったのだろうか?

 ならばと思い、行動に移しかけた矢先に“そう”なってしまったのだから。

 更に身動きが取れなくなってしまったアーサーは、常より口数の少ない唇をきゅっと噛み締めた。


「命令、しないでよ。」


 苦々しい顔を浮かべて見上げたアーサーがそう文句を口にする。


「動けないじゃないか……折角、自由に動き回れるようになったのに。」


 そうぼやいたアーサーは如何にもと言った様子でむすくれていた。

 唇をつんと尖らせて、若干頬を膨らませて。

 拗ねたようにそう口にするその様は、さながら駄々を捏ねる子供のようだ。


「そう言う訳にゃあいかねェってモンさ。お前がそうやって、傍若無人な振る舞いを続けるってンなら尚更な。」


 動けないアーサーを他所に、その要望を聞き入れる気のない相手は身体重たげによろりと立ち上がっていく。

 パンパンッと腰に付いた砂埃を払いつつ、そう言いながらに腕を組み直して、それからアーサーを見下ろすと不貞腐れ顔が視線だけをこちらに向けている様に目を向けた。

 それを見るなり呆れたように相手は息を吐くと、身体を前へと傾けながらこう言葉を続けていくのだった。


「つーかお前なァ、少しくらい危機感っつーモンを持てよ。そんな恨みを買うような事ばっかしやがって……お前にとって不利な命令されたらどうすんだよ。お前は誰からの命令をも聞く・・・・・・・・・・身体になっちまってンだぞ?」


 言われて、アーサーは余計に顔をしかめていった。

 ブスくれ面に拍車がかかる。


「お前は自分の意思に限らず、他者から命令をされればそれを必ず遂行しなくちゃならん。その相手の立場が上であればある程、その命令は“絶対”になっていく。その上、聞く側お前に拒否権はない。命令を耳に入れさえしなければ回避こそ出来るが、当然ただ“聞く耳持たず”でいるだけで全てをかわし切れる筈もなく」

 

 ザッと土を踏み締める音を奏で、彼の長い脚が前へと進む。

 それは伸ばしっぱなしな腕の横を素通って後方へ、アーサーの視界外へと次第に消えていく。


「──嫌でも耳にしてしまえば、お前の意思に反していたとしても身体は実行してしまうだろう。お前の耳が利く限り、ろうにでもならない限りはな。」


 数回歩を進める音を鳴らし、それから足音はピタリと止む。

 アーサーは依然身体を動かせぬままで、背後の様子を伺う事は出来ない。

 何度力を込めても動く事が出来ないのならば、抵抗は無駄なのだろう。

 動けないながらも脱力すると、アーサーはゆっくりと瞼を降ろしていった。


「……にしても、派手にやったなぁ。っとに容赦がねェんだから……。」


 足音が止んで暫く、溜め息交じりのそんな声が後ろから聞こえてくる。


「これ、脳震盪でも起こしてンじゃねェの? ……おい。おいマーリン、起きれっか?」


 耳を澄ましていれば微かに聞こえてきた衣擦れの音に、アーサーは相手の様子に想像が付いた。

 彼は今、マーリンとやらの傍に腰を降ろしたのだろう。

 何度と名を呼び声を掛けているのが聞こえては来るものの、それ以外に何かしているような音は聞こえてこない。

 ふむ、とアーサーは思考した。


「………揺すって起こしてみたら? そうしたら、その内目を覚ますでしょ。」

「馬鹿言うな。脳震盪起こしてるかもしれん奴にンな事出来っか。最悪死ぬだろうが。」


 何となく声を掛けてみれば、即座にそんな返答が来る。

 聞くなりアーサーは舌打った。


「何だ、知ってたのか。」

「お前なァ…! ホンット質が悪ィぞ、そう言うの!」


 平然と言ってのけるアーサーに相手は憤慨しそう声を上げる。

 一々鬱陶しいなぁ…。

 アーサーは煩わしいとばかりに視線を逸らし、その怒鳴り声を聞き流していった。


「ったく、本ッ当に困った奴だなァお前は。」


 溜め息まじりな呆れ声。

 最早怒りすら湧いてこないと言わんばかりのぼやきがアーサーの背後から響いてくる。

 それにアーサーは「ハイハイ、お褒めの言葉ドーモ」だなんて、如何にもどうでも良さげに投げ遣りな言葉で適当に返しつつ、伸ばしっぱなしの腕に力を込めていった。


 肩──動かない。

 腕──曲げる事も不能。

 手──力は入るもののまだ石のように固い。

 指先──微弱ではあるがピクリと動いた。


 そろそろ拘束が弱まり始めてはいるものの、やはりまだ自由自在とまではいかない。

 切れる・・・頃合いはまだ当分先のようだと悟ったアーサーは不満げに短めな眉を潜ませながら、さながら凝り固まった身体を解していくように動かせる部位を少しずつ力を足していった。

 それでどうにかなるものではないのだが、それでも微々たる差はある。

 いつまでもこんな茶番に付き合っていられないと、いてもたってもいられないアーサーは、それからこうも言葉を付け足した。


「早く解放してよ。僕の事を厄介に思っているんだろう? なら今直ぐにでも貴方達から離れてあげるよ。……僕にはね、今すぐにでも行きたい所があるんだ。いつまでも貴方達と付き合ってなんかいられないんだ。」


 すると相手はこう訊ねた。


「行きたい所って?」

「……貴方には関係ないでしょう? どうして一々言わなくちゃいけないの。」


 アーサーは相手の問い掛けには答えず、代わりに突っぱねるようなそんな言葉を冷たく返した。

 すると相手はやれやれとばかりに頭を掻いた。


「そう言う訳にもいかねェよ。俺達は──ああいや、“俺”はお前を助けなくちゃ・・・・・・ならねェんだからな。」

「………は。」


 何を言っているんだ? コイツは。

 驚き思わず声を溢してしまうアーサー。

 そこへ“パチン”と背後から軽やかな音が鳴り響いた。

 次の瞬間、アーサーの身体を縛り付けていた硬直が途端に解けた。


 どしゃり。

 

 突然の出来事に、アーサーは受け身も取らずに地べたへと膝を着く。

 咄嗟にバッと勢い良く振り返ってみれば、そこでアーサーの目に飛び込んできたのはやはりあの偉く背の高い男だ。


 首筋から後頭部にかけて刈り上げられたその上には、丸い輪郭を作って切り揃えられた短髪。

 茶がかった深い黄色を散らすパサついた毛先を散らす前髪は切れ長な釣り目の右上を境に分けて整えられており、人並みの顔付きが露になっている。

 そこで見える常に皺寄っている眉間は、鋭い目付きも相まって見る者に厳つさを感じさせていた。

 その瞳に映る色は黒……かと思いきや、良く良く見れば焦げ茶色のようだ。


 そんな風貌をした相手を一目見た時、真っ先に印象付けるのはやはりその見上げる程の背丈。

 だが、その次に思うのはやはりその身に付けたる格好の異質さだろう。

 麻にしてはしっかりとした厚めな生地の白インナーに、レザーにしては何やら柔らかそうで滑らかな表面の袖無しジャケット。

 長い足を包む紺色生地のズボンはやや硬めの布地で作られているようで頑丈そうだが、どうやら古びているらしく劣化している所が点々と見えた。

 中にはぽっかり穴が開いている所まであるくらいだ。

 服の修繕すらままならない貧困層の者なのだろうか?

 しかし、そう思うにしてはそれ以外さして見すぼらしい見目をしている訳でもないのがその風貌の奇妙な所。

 寧ろその衣裳が見慣れたものでなくとも良質なものである事が察せられる程なものだから、ならばどうしてそんな襤褸のようなズボンを履いているのかと尚更首を傾げざるを得ないくらいであった。


 そんなおかしな風貌の男は、つんと顎を軽く上げながらその鋭い眼差しをアーサーへと向けている。

 さながら見下されているかのような心地だ。

 余り気分が言いとは思えない心地に不快感を禁じ得ないアーサーは唇を引き締めると、相手は徐に傍らから何かを取り出すのを見た。


 それは片手で持つにはやや苦労しそうなサイズの分厚い本だ。

 白塗りで立派な装丁を施されたそれを、体格に見合った大きな左手で難なく片手開いたその男はアーサーから視線を外すと、その開かれた本の中身へと落としたのである。


 突然目の前で本を読み出した相手に、アーサーは眉間に皺寄せた。

 一体何なんだ、コイツは。

 何を考えているのかさっぱり解らない。

 異質さと奇妙さばかりの不可解な相手に苛立ちを覚えてならないアーサーはつい無意識に眼鏡へと手を伸ばし掛けた。

 ……が、眼鏡をずらそうとした所でそれが無駄な事だと気が付くと、もどかしさから小さく舌打つのだった。


「(眼鏡を外したら見えなくなるんだった……厄介な奴だ。)」


 どうにも分が悪い。

 そう考えていると、視界の端に見えていた読書する相手が途端に表情を変える様を見た。

 歩いてもいないのにつまづいたかのような動作をする相手に今度は何事かと思ってそちらへ意識を向けるアーサー。

 そこで苦虫を噛み潰したような顔をした相手はアーサーへと向くや否や訴えるように、それから自らの足を指差しながら突然こう叫んだのであった。




「──襤褸じゃねェ、“ダメージジーンズ”だッ!!」

「……………はあ?」




 やはりこの男、不可解極まりない奴である。






 ▲▲▲▲▲






「──どうぞ、此方へ。」


 泊まるに借りた自室を出て暫く、沈黙したままに進んだ先にて前を歩くこの宿の主人の男性はとある部屋の前にて立ち止まった。

 そこで踵を返した宿屋の主人はその扉を掌で差すと、後ろに立つ人物へと入室を促すのであった。

 誘導されるままにそこへ辿り着いたその人物は宿屋の主人へと軽く会釈し、それからおずおずとドアノブへと手を伸ばしていくと、開いた扉の向こう側にて数人の人影をその目に映した。


「失礼、します。」


 怖々とした控え目な声音が静寂包む部屋に自棄に響く。

 物音一つ立たさず粛々と佇む三つの影の内、二つは扉を開ける前からじっと此方を凝視しており、得も言われぬ緊張感が部屋の空気をピリつかせていた。

 小心者の“彼”ならば、それに気が付かぬ程の鈍感さを持ち合わせてない。

 いち早く察知するや身を強張らせて、次に彼らの腰に携えられた剣を目にしては肩を竦め萎縮し切って頭を下げるのだった。


「もっ申し訳ございません! お待たせしてしまったようでっ……!」


 顔を合わせるや否や額が脚に付きそうな程に勢い良く深く礼をすると共に謝罪を口にする。

 するとその人物を相手に睨むように凝視していた二人の人物はぎょっとして、驚いたように顔を強張らせた。

 緊迫した空気が一変する。

 漂うそれが緊張感ではなく困惑の色へがらりと様変わり。

 その中でただ一人、上等なソファーに腰掛けていた人物だけは穏やかに傾けていたティーカップを下ろしていった。


「いいえ、お気に為さらず。突然お呼びしたのは寧ろ此方の方ですから、貴方が気に病む必要はありませんよ。」


 浅く穏やかな瑠璃色の瞳の視線を揺らめく鮮やかな緋色の水面に落としたまま、ゆるりと口開いたその人物は穏やかな声音で言葉を紡ぐ。

 その顔が徐に持ち上がっていけば、流れる視線は伝うように“彼”の方へ。

 鼻筋を通って頬を掠めて、片目元を覆わせながら流した灰混じりの褐色の長い前髪の反りを指先で撫で付けながら、たおやかに膨らんだ袖のある浅葱色のエンパイアドレスに身を包んだ如何にも貴族然とした身形の彼女は“彼”を見遣ると、ふ、と微笑みを浮かべるのだった。


「貴方に、少し確認したい事があって。」


 かちゃり、とカップがソーサーに乗る音が響く。

 緋色の水面が僅かに覗く縁からは、まだ淡く湯気が立ち昇っているのが見える。

 それは彼女達がまだ此処へ訪れたばかりであることの証だ。

 “彼”を呼び寄せに部屋へと訪れてきたあの宿の店主は相当急いで連れてきたのだろう。

 向かう道中にも何度と頬に額にと溢れ出る汗を拭う姿は良く見た。


 この宿の主人である彼がそれ程までに焦って、何人もいる内の一人でしかない宿泊客を呼びに出る相手と言うのは、詰まる所、彼女が只の貴族ではないことくらい容易に想像出来た。

 ましてや、彼女の左右に侍る男二人は此方もまた如何にもな程に騎士然とした風貌しているからだ。

 仰々しい鉄のアーマーは身に付けていなくとも揃って厳めしい衣裳を身に纏い、今にも剣を取りそうな手は鼠色が物々しく輝く鉄の籠手が袖からチラリと覗かせている。

 恐らく侍る二人は彼女の護衛かそれに近しいものなのだろう。

 先程は怯みこそしたようだが、警戒心はまだ薄れる気配はない。


 そんな三人を前に、緊張に顔を強張らせた“彼”はごくりと喉を鳴らした。


「えと………ご、ご用件、とは……?」

「その前に。いつまでもそこに立ってらっしゃらないで? 此方へお掛けくださいな。」


 お話はそれからでも良いでしょう?

 たおやかに笑みを浮かべる彼女はそう“彼”に着席を促した。

 その華奢な掌が指し示したのは、向かいのソファー──彼女の目の前の席。


「私は貴方とゆっくりお話がしたいのです。少しばかりお時間を頂戴して宜しいかしら? “ナイト”様──、」


 それとも、こう呼んだ方が良いのかしら。

 そう言って、彼女は頭をこてんと横へ傾けた。

 垂らした前髪がさらりと流れていき、同時に隠れていた目元が露になる。

 そこには左の目とは異なる色、萱草色赤みのある黄色の瞳がおどおどと背を丸めた“彼”──黄土色の髪を束ねた“ナイト”を映していた。


 彼女は組んだ手を置いた脚をもたげてひだのないスカートの裾を揺らしつつ膝を重ねると、おっとりとした穏やかさの中に上に立つ者に相応しき高圧的な空気を纏わせて、それからこう口にするのだった。




「──古の勇者・・・・の兄君たる、“ニコライト・ルーチェ”様。数百年も前にお亡くなりになっている筈の御方が……一体どうして此処にいるのかしら?」





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