-4 ハロー、ネコです。よろしくね。

「……何だって? 猫?」


 あんまりにもぼくとグリモアが騒ぐものだから、流石に気になって近寄ってきた黒髪の彼がぼくらの話を聞くや否や困惑の声を上げた。


 視線を向けた先にはぼくのローブの下からうねうねと伸びている彼女の触手。

 彼はそれを怪訝な顔をしてじっと見詰めていたかと思うと、やがて溜め息を吐きながら頭を抱えた。


「一応聞くけど……何故、これを猫と?」

「え? えと……それは……。」


 聞かれて、ぼくは戸惑いながらこう思った。

 今更、なんでそんなことを聞くんだろう?


 彼女に対する周りの反応が自棄に奇妙に思えてならない中、彼からの質問にぼくは爺やから教わった見たことのない生き物の特徴を並べて、それから彼女が“猫”であるのだと気付いたことを正直に話した。

 するとぼくがそれを言い終えた頃、頭を抱えていた彼の掌は今度は顔面を覆い隠しており、沈黙していた。

 掌の向こう側から物凄く深くて長い溜め息が聞こえてくる…。


「……どうして……そうなってしまったんだ………。」


 そ、そんなこと言われても……。


「だ、だって……爺やが『猫はふわふわして愛らしくて甘え上手な生き物なのですよ』って、言ってたもん。この子も、触るとふわふわして柔らかいし、可愛いし、甘え上手なんだよ? だからネコさんは猫だもん。ぼく、間違ったこと言ってないよ……ね? ネコさん。グリモア。」


 そう言ってぼくは彼女のいる方へと振り返った。

 ネコさんはぼくに呼ばれて「にゃるらー。」と複数の音を重ねたような鳴き声を上げて返事をすると、ぼくの肩の上に凭れかかり甘えるように頬にすり寄ってきた。

 何処に口があるのかわからない風体で「ぷー」と不思議な鳴き声を上げる彼女だが、ぼくにはその鳴き声からでは何を言っているのかわからない。

 頭に響く鈴の音ならば、どんな理屈かはわからなくとも不思議と意味が伝わってくると言うのに…。


 そんなことを考えながら懐く彼女の触手を撫でていると、黒髪の彼が顔をしかめていく様がちらりと見えた。

 何か怒らせてしまったのだろうか?

 一瞬そうひやりとしかけるぼくだけども、それがいつもの不機嫌顔でないことに気が付いた。

 何と言うかそれは……“げんなり”と表現するべき様子であったのだ。

 グリモアに向けるようなうんざりとした顔ともやや違うように感じるその顔をした彼は、また大きな溜め息を一つ溢すのだった。


「ハァ~~~……(一体何処で育て方を間違えたんだか…)……グリモア、グリモア!」


 一瞬、溜め息混じりに小さく妙な一人言をぼやいた黒髪の彼。

 その矢先、少々自棄っぽい口調でグリモアを呼ぶに声を上げたのだった。


 そのぼやき声を耳に拾ったぼくはつい訝しげに眉を傾ける。

 何だろう? 今、何か妙な違和感を覚えたような……。

 そんなことを頭の片隅で考えながら、ぼくもグリモアのいる方へと視線を向けていった。


「あれはネコ………ネコじゃな………でもネコ………ネコだって………──。」


 少し離れた場所にいたグリモアは、波打つ淡色の長い髪に隠れた背中をプルプルと震わせ、こめかみを両手で押さえてしゃがみこんで何やらぶつぶつと呟いていた。

 どうやら一人言に夢中でこちらに気付いていないらしい。

 黒髪の彼は仕方なくもう一度その縮こまった毛玉を呼び掛けながら歩み寄り、振り向かせようと肩を掴んだ。


「グリモア、話があるから此方来てって。」

「──っひぃ!?」


 びっくぅっ!

 ようやく反応したグリモアが飛び上がるように声を上げた。

 思わずこちらまでびっくりしてしまうくらいの動揺っぷりだ。

 黒髪の彼とてこれには流石に驚いたらしく、目を丸くしていた。

 しかしそれ以上に驚くべきことは、次にグリモアが口にしたことだった。


「──ネコです、ネコがいました! ネコでした、ネコだったんですネコはいます、ネコだから覚えました、いますここにネコでした、わかりますか? ネコです、ネコなんですおねがいしますネコはいます…!」


 これは一体どういうことなのだろうか?


 恐怖に歪んだ青ざめた顔。

 取り乱し、こめかみを押さえていた手。

 ぐしゃぐしゃにして掻き上げられた髪。


 そんなグリモアは必死な様子で訴えるように、はくはくと口を開閉させていた。

 けれども彼がその口から吐き出しているのは「ネコが、ネコが」と支離滅裂で似たような言葉の羅列。

 恐らく何かを伝えようとしているのだろうが、如何せん意味不明で「ねこ」以外わからない。


 黒髪の彼はそんなグリモアを見て、もう一度口にしようとした言葉を思わず飲み込んだ。

 それから後ずさって顔を強張らせていくのだった。


 なんで──そんな、困惑を表す声が彼の口から微かに零れた気がした。

 そして次に黒髪の彼の口からは「ネコが……」と声が零れたのである。

 かと思えば、彼は慌てた様子で自ら口を押さえたのだった。


 え、ネコ?

 思わずぼくは彼の方に振り返った。

 そこでぼくは彼の様子までもがおかしくなっていることに気が付いた。


 目を大きく見開き、両手が口を押さえている。

 心なしか、顔が青ざめているようにも思えた。

 浮かべているその険しい表情からは焦りのようなものが見え、狼狽えているのか視線があっちへこっちへと泳いでいた。


「──あがッ……!」


 そう感じた次の瞬間、突如彼の表情が崩れた。

 何の脈絡もなく呻き声を上げたかと思えば、頭を押さえて膝から崩れ落ちていってしまったのだ。


「どっどうしたんですか…!?」


 彼の様子の豹変っぷりに、ぼくは驚きながらも咄嗟に駆け寄った。

 膝を付いた黒髪の彼は掻きむしるように髪を乱し、言葉にならない悲鳴を上げた。


 何だこれ。

 どうなっているんだ、これは。


 突然の出来事にぼくは混乱する。

 二人共さっきまで全然普通だったと言うのに、一体何が起きたって言うんだ…!?

 状況について行けずオロオロとするばかりのぼく。

 その最中にも、彼の苦しむ声はより酷くなっていく。

 フゥフゥと鼻を通して吐く呼吸音に合わせて、丸まっれた背中が上下に揺れていた。


「あっあの! 大丈夫ですか……!?」

「が、ぁぐ……ッ……かはッ、ぁ゛……ッ!!」


 声をかけてみたは良いものの返事はない。

 当然だ、彼の苦しみ呻く様は尋常ではないのだから。

 傍に駆け寄ったまでは良かったけれども、ぼくはこの先どうしたら良いのかわからなくて焦りに焦った。

 それからぼくは「せめてこのくらいは」と考え、彼の背中を擦ることにした。


「し、しっかり……!」


 声をかけながら顔を伺い見てみれば、酷く頭が痛むのか、彼はこめかみを押さえながら額や頬に脂汗を滲ませて歯を食い縛っているのが見えた。

 どうやら余程辛い頭痛らしい、呻き声も痛みにしかめた顔も苦痛に歪み、余裕なんて欠片もない。

 この様子じゃあきっと、こんなことをしたって焼け石に水だろう。

 しかし、かと言って黙って見ているだけなんてしていられず、ぼくはどうしたものかと周りを見渡した。


 ──その時、彼に近付けていたぼくの耳が微かに虫の羽音のようなものを聞いた。


「だ、い、じょう、ぶ…………うぐっ……!」


 よろけながらも彼の手がぼくの肩を掴む。

 もう片手は頭を押さえて前髪をぐしゃりと握り締めている。

 まだ痛みは全然治まっていないのだろうに……呻き声混じりに拙くも「大丈夫」と言った彼は、脂汗を滲ませた頬にぎこちない笑みを浮かべていた。


 ……もしかして、ぼくを安心させようとしてくれているのだろうか?


 だとしたらそれは意味のないことだ。

 だって彼は今こんなにも目に見えて苦しそうで、とても平気そうには見えない。

 今更「大丈夫」だって言われたってそんなの直ぐに嘘だって見抜けてしまうし、強がりだってわかってしまう。

 その証拠に、ぼくの肩を掴んだ彼の手の力はいつもの彼からは想像つかないほどとても弱々しくなっているのだ。

 これでは心配しない方が難しい。


 暫くの間苦しみ呻いていた彼だったが……幸いと言って良いのだろうか?

 時間が経つに連れて痛みに呻く声がようやく落ち着きを取り戻してきた。

 やがて苦し気な呻き声は荒い呼吸音へと変わり、そしてそれも次第に治まっていく。

 上下に揺れる肩のリズムも、今はもう随分と緩やかになってきた。


 すると伏せっていた彼は大きく息を吐き、深呼吸。

 それから汗を拭いながら、ゆっくりと顔を上げていった。

 その時に……拭いきれなかった汗だろうか?

 ぱたぱたっと透明な水滴が落ちて床を濡らした。


 そこで見た彼の顔色は、とても良いとは言い難いものだった。


 いつにも増して血の気の引いた白い肌。

 目の下の黒ずみは深く。

 疲労困憊らしく脱力した肩。

 放心しているのか虚ろな目。


 どこを見ているのか、はたまたどこも見ていないのか。

 そんな眼差しはまだしばらくぼうっと前を見詰めていた。

 そしてそれは少し間を置いて、ようやくぼくの方へと視線が向く。


 光のない目がぼくを見上げた。

 真っ黒に塗り潰された感情の読めないその目には、いつものように活力らしき輝きはない。


 普段ならばその目が自分の方へと向けられるだけで、とても恐ろしく感じていたぼく。

 なのに……その時ばかりは微塵も恐怖を感じられなかった。

 今の彼が今にも壊れてしまいそうなほど、脆く弱そうに思えてならなかったのだ。

 その上……どうしてだろう?

 彼のその姿に、ぼくは何故だか既視感を覚えた。


 脳裏に一瞬だけ垣間見た景色、それは見覚えのある天井と自分を見下ろす誰かの人影を映した視界。

 それはいつ見たものなのかは覚えていない。

 最近どこかで見たような気もするし、遠い昔に見たような気もする。

 思い出そうと思っても上手くいかず、どうもハッキリ思い出せない。

 胸の内にモヤモヤとしたものを感じて止まないが、思い出せないのなら仕方がない。

 今は諦めよう。


 そう考えていると何だか無性にむず痒さを感じ、無意識に喉元を爪先を立てて掻いてしまうのだった。


「……もう平気、気にしなくて良い。」


 そう言って、彼は徐に持ち上げた手をぼくの頭の上に乗せた。

 くしゃり、微かな音を立ててやんわり髪が掻き乱される。

 頭の上に触れられた手は思っていたよりずっと優しくて、心地好くて、なのに触れているのは短くて直ぐに離れていってしまった。

 頭から離れていった手も名残惜しげに頬へ、そして首筋へと伝い降りていく。

 そこで爪先がちゃらりと音を鳴らした。

 ぼくが首にかけていたお守りのチェーンだ。


「これ、借りて良い?」


 彼はそうぼくに伺いながら、引っ掻けた爪先でお守りをローブの外へと出して見せる。

 お守りは“常にちゃんと身に付けているように”と約束し身に付けていたものだ。


 約束を破るのは些か気が進まない。

 それで悩み沈黙していると、彼が「直ぐに返すから」と言葉を付け足した。

 しばし唸りながら悩んだのち、ぼくはこくりと首を縦に振りそのお守りを手渡した。


「ありがとう。」


 お守りを受け取った彼は、そう言ってもう一度ぼくの頭をポンと撫でた。

 その手はさっきと同じで優しいものだった。

 ぼくは妙なむず痒さを感じた。

 何だか無性にいたたまれなくなってしまったぼくは、つい顎を引いて唇を尖らせた。


 ……何か、変な感じがする。


 今までずっと恐ろしく思っていた相手だと言うのに、今は全然恐怖とかそう言ったものを感じられない。

 どうしてだろう……?

 自分の心の変化に、ぼくは戸惑った。


 共にいたことで少しは彼に慣れてきたのだろうか?

 少しずつ“彼”と言うヒトを知り始めたからだろうか?

 ……時折、彼の向こうに爺やの面影を感じてしまうからだろうか?

 それとも、強くて恐ろしい怪物のような存在に思えていた筈の彼が、思いの外人間染みていて弱く感じるところもあったからだろうか?


 そうしてぼくが頭を悩ませている頃、お守りを受け取った彼は「よっこらせ」と呟きながら膝を立て、それから立ち上がった。

 すくりと立ち上がった彼なのだが、その時少しよろけて思わず口から「…おっと」と声が出る。

 それから背筋を伸ばして前を向いたら、彼はその目にグリモアの姿を映すのだった。


 グリモアは依然として様子がおかしいままだ。

 彼はそれを視界に捕らえ、そして目を細める。

 それから手の内にあるお守りを軽くポーンと投げると、垂直に上へ昇っていき、そして真っ直ぐ真下に向かって落ちていく。

 待ち構えていた掌がパシリと受け止め握り締めると、彼は一歩前へと踏み出したのだった。


 ──お守りを握った手を、大きく振りかぶりながら。




 ………うん?




「よい──しょっと。」


 彼が何をしようとしているのか、理解するよりも先に彼が振りかぶる。

 弧を描き振り下ろされた掌から放たれたのは、目にも止まらぬ速さで駆ける豪速球の“玉”。


 ぼくのお守り──!!?


 その叫びが口を衝くよりも先に、ビュンッと風を切る音が鳴り空を裂く。

 そしてそれはあっという間にグリモアへと向かっていったのだった。




 ──バチコーンッッ!




 凄まじい音が響きクリーンヒット、撃ち込んだのは額ど真ん中。

 距離なんてさしてないと言うのに、そこには容赦など微塵もない。

 当然それを額で受け止めた──と言うよりも受け止める羽目となってしまった──グリモアは、勢いそのままに後ろへと吹っ飛ぶように倒れていく。

 その時聞こえた悲鳴がなんと痛ましいことか……。

 響いた音も凄かっただけに、思わずグリモアの額が心配になってしまう。


「……って言うか、ぼくのお守りがーーーっっ!!?」

「よし、ナイスキャッチ。」


 何が「ナイスキャッチ」だ!!

 ぶっ倒れるグリモアを見て、真顔で満足そうにサムズアップする彼。

 思わず内心ツッコんでしまう。

 人の持ち物でなんてことしてくれてるんだ、このヒトは!?


「アイタタッ……な、何か飛んできたんだが……?」


 それほど経たずにグリモアが起き上がってきた。

 衝撃は凄まじかったものの、どうやらそこまでダメージはなかったようだ。

 グリモアはそう呟きながら額を擦っていた。


 ……うん?

 そういえば、さっきまで様子のおかしかったグリモアが普段の口調に戻っている。

 見れば普段通りとなった彼の額は真っ赤に腫れて、お守りの痕がくっきりと残っているのが見えた。

 …って言うか、あそこまで痕が残るほど力を込めて投げたのかこのヒトは!

 グリモアが元に戻ってくれたのは良いのだが、お守りの方は無事なんだろうか……。


 そう思っていたらグリモアがお守りを手にしていることに気が付いた。


「ううん……? もしかしてこれかな?」


 グリモアはそう言って額を擦りながら拾ったものを見下ろすと、それをまじまじとじっくり観察し始めた。

 すると……。


「(……んん? 何か、変な音がする……?)」


 グリモアがお守りを手にしたくらいの頃からだろうか、ふとぼくの耳が妙な物音を拾った。

 それは“しゅーしゅー”とか“じゅうじゅう”と言うような、まるで肉か何かが焼けるような音だった。


 始めはとても小さくて、ぼくの耳がようやっと拾えるくらい、耳の良いぼくでさえ気のせいかと思ってしまうほどに微かな音。

 しかしそれは次第に大きさを増し、段々ハッキリと聞こえるようになってくる。

 それに加えて、思えば何だか香ばしいような……と言うよりも、焦げ臭い臭いがふんわりと鼻腔を掠めるようになってきた。


 何だろうと思ったぼくはその音と臭いの発生源はどこかと、くるりと辺りを見渡した。


「(ううんと……こっちかな?)」


 耳を傾け、音を辿り、そう思って向いた先にいるのはグリモアだ。


 その時グリモアはそのお守りが余程物珍しいのか何なのか、時折目を擦りながらまじまじと眺めていた。

 それをじっと見詰め、目を細め、時折遠ざけたり、近付けたり……。

 しかし、そんな風に観察していたのは束の間だ。


 何度も何度も目を擦り、用心深く観察していたグリモア。

 ぼくが彼の方へと視線を向けた時、その手元から何やら薄く煙が立ち昇っているのが見えたのだ。

 それを視認した次の瞬間、次第に血相を変えていったグリモアが大声を上げた。




「って、これエルダーサ──ぃあ゛ッッッッづぁッッ!!!?!?」




 ブォンッッ!!


 その時、ぼくのお守りが宙を舞った。




「ぼくのお守りーーーーっ!!?!?」




 全く、これで何度目なのだろう。 ぼくのお守りはまたもや乱暴に、天に向かって放り投げられたのあっでた。




 ひゅるるる………。




 綺麗な弧を描いて飛び上がり、ささお守りが頭上でくるくると宙を舞う。

 ぼくはそれを見て掌ほお椀を作ると、何とか受け止めれないかと軌道を読んで待ち構える。


 落下地点はここだろうかと悩んでいると、やがて降ってきたそれは掌の上へ。

 一瞬跳ねたそれを落としそうになって、慌てふためくも何とかキャッチ。

 何とかしっかり握り締める。


 ようやく手元に戻ってきたお守りに、ぼくは直ぐ様傷が出来ていないか確かめる。

 あちらこちらへ飛び回って、時には乱暴に扱われもしたのだ。

 “大事にしなさい”と他人ひとから貰った以上、傷を付けてしまうなど言語道断。

 ぼくはくまなく入念に見て目立った外傷がないことを確認し、それからようやっと安堵出来たのだった。


 しかし、それもやはり束の間である。

 直ぐ様キッと眉の両端を釣り上げると、ぼくはグリモアと黒髪の彼に向かって厳しい眼差しを向けた。


「ちょっと! ぼくのお守りに何てことをするんだ! 壊れちゃったらどうするんだよ!」


 そうしてぼくは怒ったように……と言うより、やや本気で怒りながら非難の声を二人に送った。

 当然である。

 彼らは人のものを粗末に扱ったのだから。


 けれども黒髪の彼は素知らぬ顔をしてこう言った。


「悪いね。必要だったんだ。こうするしかなかった。」


 一方でグリモアは負傷したらしい手をヒラヒラと振りつつ、それから申し訳無さそうにしながらも怪訝な顔を浮かべてこう言った。


「あ痛たた……すまない、そんなつもりはなかったんだが……って、そんな事よりお前、どうしてそんなものを持っているんだい?」


 そんな風にそれぞれ違った反応を見せつつも、やっぱり反省の色のない二人にぼくの機嫌は急降下。

 ムスーッと不機嫌募らせて、思わず頬も膨らんでいく。


 “そんなことより”ってなんだ、“そんなことより”って!

 ぼくにとってはとても大事なことなのに、全く!


 これには流石のぼくだって本気で(ちょっぴり)怒っていると言うのに、彼らはこれっぽっちも本気にしてくれていない。

 二人共イイ年した大人なのに、他人ひとのものは大事に扱いなさいって教わらなかったのだろうか?


 ぼくはちゃあんと教わったぞ。

 モチロン、爺やから!


「もう、そんなことはどうでもイイでしょ! それよりもあなた達の方だよ!」

「うん? 私達の方?」


 グリモアはきょとんとした。


「さっきまで変になってたでしょ! もう大丈夫なのかって聞いてるの!」

「さっきまで……? あっ。」


 すっかり忘れていたのか何なのか、ぼくが頭からポコポコと煙を吹かして怒るようにしてそう言えば、一瞬何のことか検討がついていなかったグリモアがハッとして声を上げる。

 それから慌てた様子で黒髪の彼の方へ振り向いたかと思うと、切羽詰まった顔でグリモアはこう言うのだった。




「そ、そうだ! 大変な事になってしまったのだ! ──ネコが、ネコが此処に!!」




 ……なんだ、全然大丈夫じゃないみたい!


「振り出しに戻ったか……仕方ない、もう一回くらいぶつけておこうか。」

「もうお守りは貸さないからね!?」

「ネコがっ、ネコがー! ……って、二人共! 何をこそこそと……真面目に私の話を聞いておくれよ!」

「にゃー?」

「っひぃ!? で、出たっ……!! わっわわ私は別にお前の事を呼んだわけではっ……ひぇっ待っ、此方に来なっイヤァァーーーッッ!!!」


 ダダダダダッ…。

 好奇心旺盛なネコさんが近付いただけで、涙目のグリモアは一心不乱に駆け出していく。

 時折足を縺れさせて転けそうになりながらも逃げていくグリモアの背中に、付かず離れずで追い掛けるネコさんはどうやら遊んで貰っている気分なのだろう。

 楽しそうに鳴き声を上げた彼女は、そのままグリモアと追い掛けっこに興じ始めるのだった。

 グリモアの悲鳴が空間内を轟いていく……。


「………なんだ。グリモアはただ、ネコさんが苦手なだけだったのか。」


 ぽつりと呟いたぼくの一人言。

 仕方ないなぁと溜め息混じりに腰に手を当てそうぼやく。

 あんなに可愛いのに……勿体ない、ネコが苦手だなんて損してるよ。

 ぶつぶつと文句を言うように言葉を続けるぼくに、隣の黒髪の彼がちらりと視線をこちらに向ける。

 しかし、黒髪の彼は何も言わず沈黙したまま。

 頷くこともしてくれないで、やや間を置いて瞼を伏せてしまった。


「(……そう言う事にしておくか。)」

「ね、あなたもそう思うでしょう?」

「………。」

「……なんで目を逸らすの?」

「ベツニ、ナンデモ。」

「何故にカタコト!?」


 このヒトはこのヒトで、やっぱり良くわからないや!





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