-34 キミは友達?
「随分と好き勝手しているみたいだけど、誰がそこまでして良いと許可した? ……僕が気付かないとでも思ったか。」
呆気に取られて固まるぼくの前で、彼は淡々と静かに、そして冷ややかな怒りすら感じさせてくる声を砂埃が舞う路地裏に響かせるのだった。
思わず目を疑ってしまう光景に一体何が起きたのかと始めはちっともわからなかったぼく。
だけども、さっきまでは霞み掛かって上手くものを考えられなくなっていた頭の中が、途端に枷を外したかのように段々と鮮明になっていくと、ようやっと思うように回り始めた思考回路が徐々にその現状をぼくに理解させていき、そして驚愕させた。
もしかして、蹴っただけで壁までがあんなことに?
しかも、それをあんな……ぼくと同じくらいの子供に対してやることか?
ぼくはまさかの出来事に大きく口を開いたまま唖然とした。
石煉瓦を砕くなんて、普通常人には簡単に出来るようなものではない。
一蹴りで壁一帯を打ち抜くなんてことであらば、それは尚更のこと。
どれだけ必死に身体を鍛えようとも、当然人には力の限界と言うものがある。
だから常識的に考えれば考える程に、人の力だけで──それもたった一人分だけのもので──身体を鍛えた成人男性とて思い切りに殴り付けた所で傷一つ付けることは不可能な代物を壊すなんて、ましてやそれが一つ二つとひびを作るだけとは言わずに、壁一体を纏めて粉砕するなんて事、普通考えられるものではない。
どう考えたって、人にあそこまでの力を出せる筈がないのだから。
ただ、それがもし筋肉達磨とも呼べそうな、ガッチリとした体格の力こそが自慢とする亜人であるのならば勿論話は別だ。
彼らならばその丸太のように太く、山のように盛り上がった腕で大岩を持ち上げたりすることくらいならば容易く出来ることだろう。
しかし、目の前にいるのは角もなければ尾もなく、翼も鋭い爪もなくて、尚且つ細身の肉体。
伸ばした手足とて細くて筋骨隆々には程遠く、何処からどう見ても風貌が少しばかり特殊なだけの、何処にでもいるただの人にしか見えない青年だ。
そんな彼をもし一言で言い表すとするならば、(決して口には出せないけれども)言わばそれは──“ひょろがり”と呼べそうなもの。
だからこそ、そんな身体のどこからあんな尋常ではない力を出せるのかと、理解しがたい光景にただただぼくは絶句した。
そして──、
きっと次はぼくの番だ……!
それと同時に、そんな彼に容赦のない蹴りを食らって吹き飛ばされてしまった少年の姿に、ぼくは全身を震え上がらせた。
だってあの少年はぼくと鏡写しのように見目が殆んど同じなのだ。
まるで自分がそうされてしまったかのような錯覚を覚えてしまって思わず恐怖に身を竦み上がらせてしまう。
……と言うか、そんな蹴りを受けたあの子は無事なのだろうか?
最悪の事態を想像したぼくはまた泣きそうな顔をした。
がたがた、ぶるぶる。
身体を震わせ涙を浮かべて、怒り心頭らしい彼の“お仕置き”が今度は自分へと向けられるのでは、と恐ろしい想像ばかりを頭に浮かべる。
だって、ただ“ぼくを呼んだ”だけのあの子に、あんな酷い目に合わせるんだ。
“離れるな”って言われていたのに離れてしまったぼくが許される筈がない。
そうして恐怖で身を竦めるぼくの視線の先で、汚れを払い落とすように降ろした脚を平手で軽くポンポンと叩いていた彼が一つ息を吐くと、こちらには一切見向きもしないまま、一人言らしき小さな声をポツリと溢した。
「あーあ……また眼鏡が壊れてしまった。」
また修理しなくちゃ……。
そうぼやいて屈み込んだ先には、先程まで彼が目元に飾っていたあの硝子板を嵌め込んだ装飾品……だった残骸だ。
金具はひしゃげて、硝子は割れて砕け、その破片が地べたの至るところに散らばっている。
見るも無残な有り様だった。
恐らく、先程の割れた音の正体はあの装飾品なのだろう。
どうもただ落としてしまっただけのようだが、彼が“メガネ”と呟いたそれはとても壊れやすいものらしく、その口振りからはこうも壊れてしまった経験と言うのは一度や二度ではないようだ。
実際、それは細い金具に薄い板状の硝子で構成されたものなのだ。
見た目からして既に繊細で脆そうなので、ただ落としただけで簡単に壊れてしまったとしても何も不思議ではない。
ただ一つ、どうしてもぼくが懸念してしまうのは、それは何処で売られているものかと言うところだ。
あんな、何処で作られているのかさっぱり検討の付かない、寧ろ簡単に手に入れられるものなのかどうかすら怪しい、彼以外に他の誰かが身に付けているところも見たこともないそれに、ぼくは不安を覚えた。
もしもそれが大変貴重なもので、凄く高価なものだとしたのなら。
そして、そんなものを壊してしまう切っ掛けを作ったのは、一体この場にいる誰になるのだろう?
もしかして………ぼく?
ぼくの顔が一気に青ざめていく。
視界の端には壁に叩き付けられ、気を失ってしまっているらしいぼくと同年代の子。
そして、当の本人と言えば散らばったメガネの残骸を黙々と掌に集めている。
どうしたら良いのか、これからぼくはどんな酷い目に遇わされるのか、とまたおろおろとし始めるぼく……だったのだが、彼の掌を見た時にぼくは思わず二度見。
視線がそこから動かせなくなっていた。
「……あれ?」
ぼくは思わず目を擦る。
それから再び視線をあのメガネの残骸を乗せた掌へと向けて、そして目を凝らした。
ぼくがじぃっと見遣った先にあったのは、今まで確かにボロボロになっていたメガネ──ではなく、いつの間にかすっかり元通りになっている傷一つとしてないメガネだったのだ。
真ん丸に見開いた目がぱちくりと瞬く。
呆気にとられて見詰める先で、壊れていないメガネを身に付けようと持ち上げた手が途中でピタリと止まった。
「………ああ、今はもう、要らないのか。」
そう呟いてコートの内側へとメガネをしまい込むと、小さく「よっこらせ……っと」と言葉を溢して彼は立ち上がった。
「ところで……腹が減ったのなら僕に言え、とも何度も言った筈だ。なのに何故、僕の命令に背いたんだ?」
ゆらり。
身体が揺れて、今までずっとこちらを見向きもしなかった顔がゆっくりと向く。
「なぁ、答えろよ──“ナイト”。」
振り向いた彼を見て、ぼくは思わず「ひっ……!」と悲鳴を溢した。
つい先程までずっと見知らぬ人物やぼくに対し、ニコニコと穏やかで人が良さそうな笑みを浮かべていた顔はもう、そこにはなかった。
代わりにあったのは、何と言ったら良いのか………例えるならばそう、無の表情だ。
口角を上げも下げもしていない、閉ざして横に伸びた唇。
目に映すものを睨むかのように、何処か不機嫌そうにも見える目付きを悪くさせる僅かに伏せた瞼。
あの子と同じ色白っぽくもも、まるでずっと室内にでも籠っていたかのような何処も不健康染みた黄交じり色の素肌。
その佇む姿は少しだけ身体を前屈みにして、何処か気怠げな印象を感じさせてくる猫背。
そんな彼の瞳にはあのメガネの硝子板越しに見えていた翡翠の色はもうなく、代わりにそこを彩っていたのは、今まで見てきた人の中で一切見たことのない珍しい色彩だった。
それは、どんな色をも塗りたくり消し去ってしまいそうな、おどろおどろしいまでの瞳の中の真っ暗闇──漆黒の色。
「………けほっ、けほっ! なんだこれ? なんでオレ、こんなところで寝てるんだろー?」
彼の問い掛けに対し、咳き込む音と何処か間の抜けた声が瓦礫の方から聞こえてきた。
砂煙が巻き上がっているその向こうからもぞりと身動ぐ影が見えてくると「うわっ口ん中に砂が! ぺっぺっ!」と声を上げながら少年が姿を現す。
舞っていた土埃が落ち着き始めた所で、土に汚れた頬を袖でぐいっと拭っていた少年が漸くこちらへと視線を向けると、途端に「あーっ!!」と大きな声を上げた。
その大声に吃驚したぼくの身体がびくぅっと大きく跳ねた。
「“ナイト兄さん”じゃなくなってる! オレまだ全然堪能してなかったのにーっ!」
なんで変装解いてるんだよー! と大きく声に出した少年が瓦礫の山の上から彼へと指を指す。
その様子にはかなりの威力がありそうな蹴りをその身に直撃したようだと言うのにも関わらず、不思議と痛がるような素振りは全くないその子年──“ナイト兄ちゃん”だった彼から“ナイト”と呼ばれた少年は、今までとは打って変わって別人みたく振る舞い、全く恐ろしくない膨れっ面からじとりとした不満げな目をこちらに向けるのだった。
*****
………失敗か。
『
*****
………かと思えば、少年“ナイト”は自身の眼前で掌を合わせると彼に対し深々と頭を下げたのだった。
「ねぇ、お願い。もっかい、もっかいだけで良いから“ナイト兄さん”になって! オレも“ナイト兄さん”に会いたいの!」
そうしてナイトは何度も何度も頭を下げて、先程までの“ナイト兄ちゃん”としての演技をすっかり止めた彼に「“ナイト兄さん”に会わせてよう!」「オレも“ナイト兄さん”とお出掛けしたいー!」と、それはもうしつこいくらいに懇願を喚き続けた。
何と言うか、見てる方が憐れに思えてしまうくらいに。
しかし、そんなナイトに返されたのは快い返事、ではなく……凄まじい苛立ちを込めた舌打ちだ。
「五月蝿い、黙れこの糞餓鬼が。お前のせいで僕の予定が目茶苦茶だ。挙げ句の果てに余計な手間まで幾つも増やしやがって……どれだけ僕の邪魔をしたら気が済むんだ? え?」
ドスの効いた低い声が、懇願する彼に向かって無情にとそう吐き捨てられる。
ぼくは肩をびくりと震わせながらと恐る恐るに見上げてみれば、彼の眉間にはこれ以上ないくらいに眉間に皺が寄っているのが見えた。
彼は自身に対し質問には答えずに自分の要望ばかり口にする少年の事を忌々しい汚物を見るかのように、酷く嫌悪感に満ちた眼差しで睨み付けていた。
「だから嫌だったんだ。余計な事ばかりするお前を連れて行くのなんて、本当に厄介極まりない。自殺行為にも程がある。……一層の事、此処に置き去りにしてやろうか。」
「やだやだ! そんなこと言わないでよう! オレだって役に立てること沢山あるよ、だから置いてったりしないで! 一緒に連れてってよー!」
彼の心無く、そして容赦も無い言葉に、ナイトの目尻にはぶわりと涙が込み上がった。
そして「やだやだ!」「一緒が良いー!」と喚きながら、ひっくり返ったかと思いきや、今度はじたばたと四肢を振り回し始めたのだった。
それはもう、何処からどう見ても聞き分けの無い幼子みたいに、立派な駄々っ子だ。
そ、そんなことをしてしまったら逆に火に油を注いでしまうのでは……!?
胸の内でそう突っ込んでしまうぼくだけど……悲しいかな、小心者のぼくにはそれを口に出せる程の度胸はない。
案の定、ますます機嫌を悪くした彼が、駄々を捏ねるナイトを怒鳴り付けた。
「ああもう喧しいッ静かにしろと言っているだろうがッ…!!」
──ガンッ!!
苛立ちが最高潮となった彼が拳で壁を殴り付ける。
びくっと跳ねる二人の肩。
瞬間壁を走る亀裂の波紋に、拳の先に現れたのは大きな風穴。
それは一通であった筈の通路に突如発生した小さくも大きな横道だ。
その隣で込み上げる怒りをどうにか抑えようと、フゥフゥと肩を上下させている彼を目前にして思わず口を閉ざして固まるぼくとナイト。
その額や背筋にはとても冷たく感じる汗がじんわりと浮かび上がっていた。
「………これ以上、僕を、怒らせるなよ。」
「うー………解ったよう。」
光を映さないままぎらつく眼がぎとりとナイトを睨む。
すると、今まで散々喚き散らして「一緒に行く!」と頑なだったナイトはしょんぼりと頭を下げ、渋々彼の言葉を了承し大人しくなった。
そんなしょぼくれた姿を見て、黒目の彼がフンと鼻を鳴らした。
「態々町に入って、人の目を遠ざけてまでして此処に来てやったんだ。役に立ちたいのならさっさと開けろ。」
「はぁい。それじゃ、何処の扉を開けたら良いのかなぁ~っと。」
乱暴な物言いで命令されたナイトが瓦礫の山から身軽に降りてくると、機嫌良さげにぼくと彼の間を通り抜けていった。
その先にあるのは行き止まりの袋小路と、奥にひっそりと佇む一つの扉。
随分と長い間使われていないらしいその扉には、誰も侵入出来ないようにと木の板で罰点状に塞がれており、しっかりと釘を打たれたそれは見るからに開けるのは困難そうだ。
そしてその他に扉と言う扉はなく、強いて言うならば物やカーテンで締め切られて中を見えなくされている窓が幾つかある程度と言ったところだろうか。
であるならば、彼が「開けろ」とナイトへ指示したのはあの扉に他ならないのだろう。
真っ直ぐに閉め切られた扉へと向かったあの子がその前にて立ち止まる。
しばし周りを観察して回り、それから大きく頷いた。
「………よし!」
何やら意気込んだナイトがその扉を塞ぐ板へと手を掛ける。
そんな姿を後ろから眺めていたぼくは思わず怪訝な顔を浮かべた。
まさか、あれを剥がそうとしているのか?
しかも素手で?
何せあの扉には幾つもの釘が打たれていて、如何にも頑丈そうなのだ。
力任せに引っぺがそうとしたところでどうせ失敗に終わるに違いない。
加えてあの子はぼくと殆んど同じくらいの見た目で──どういう訳か、自分そっくりなのに美醜の差が激しいけれども(いやぼくがすごく不細工ってわけじゃなくて、ただ単に平凡な見た目ってだけなんだけどさ!)──兎にも角にも、十二歳くらいの子供でしかないのだから尚更当然とも言えるだろう。
そう考えながらナイトの動向を見守る。
すると案の定木の板を引っ張り始めたあの子が「ふぬぬーっ!」と声を上げた。
「んぐ、ぎ、ぎ………!」
腰をくの字に曲げて、腕を突っぱねて、尚も懸命に立ち向かっていく──木の板に。
顔を真っ赤にして扉に足を掛けて、身体の向きを何度も変えながら力一杯に引っ張るけれども……。
「あ、あれぇ? なんで取れないの……?」
汗だくでぜぇはぁと息を見出しながら困惑顔のナイトがそう溢す。
「(いやいやいや、寧ろ何でそれを自力で剥がせると思ったの……!?)」
思わず胸の内で突っ込んでしまうぼく。
隣で頭を抱えた彼が深い深い溜め息を吐いた。
「……もう良い。そこ退いて、僕がやる。」
そう言ってナイトの肩を押し退かした気怠そうな彼が扉の前に立つ。
罰点印の中心部、二枚の板が交差するその上部へと右手を置くと、何の予備動作もなく腕をそのまま下へ降ろしたかと思えば──。
──ベキッメリメリメリッ!!
………あの木の板が呆気なく剥がされた。
いや、正確に言えばそれは濡れて脆くなった紙を裂くように、彼は粉砕させてしまったのだ。
しかも………信じられないことに、片手で!
「ひぇっ……!」
尋常ならざる彼の怪力さに、ぼくの口からつい悲鳴が溢れる。
至るところで人ではなさそうな異質な様子を見てきたが、その様を見てぼくの中の彼と言う人物像がより人から遠ざかっていく。
「(本当に………本当にあのヒトは一体、何なんだよぉ……!!)」
ぼくの中で彼への恐怖心が益々強まって、尚且つ彼が引き起こすその信じ難い光景を再び目の当たりにしてしまったことで、いよいよ竦み上がった身体がガタガタと震えを起こし始めた。
見た目だけは何処からどう見てもただの人。
それなのにあの尋常ではない怪力と言い、時折別人かと錯覚してしまいそうになる妙な気配がすることと言い、ぼくにとって彼と言うのはこれ以上なく得体の知れない存在だった。
「わはー、さっすが! あの人ってばホントーに、困った時ほど頼りになるなぁ!」
ぼくが少し離れた場所で一人ビクブルとしていると、手持ち無沙汰になっていたナイトがこちらへと近付いてきた。
「そんなに怖がらなくても大丈夫、大丈夫~。あの人はキミには害を与えることはないだろうし……ほら、言ってたでしょぉ? “黙って大人しく後ろを付いてきていればそれで良い”って。」
「た、確かにそうだけど……ナイトくんは怖くないの?」
間延びした如何にも子供っぽい口調のナイト──改め、ぼくが知る普段通りの友人、ナイトくんからの言葉にぼくは眉をハの字にして不安顔で返した。
ナイトくんはニコニコとした笑みのまま頭を横に振った。
「ぜーんぜん! ちっとも怖くないよ!」
「ホントに? だってさっきも蹴られてたし……そうだ。ナイトくん、痛いところはない? どこか怪我してない?」
「してないよぉ、むしろチョーシが良いくらいさぁ!」
「………ホントかなぁ。」
少し下向いた顔の半信半疑な眼差しを相手に送る。
だって壁を壊す程の威力を持った蹴りをナイトくんはその身で受けているのだ。
何もない筈がない。
ぼくはナイトくんが怪我を隠していないか確認しようとして上から下へ、下から上へと視線を動かしじろじろと見回った。
しかしぼくの心配とは裏腹に、彼の身体の何処を見ても外傷はない。
それどころか、身に付けた衣服ですら擦り傷一つとしてなかったのだ。
変だなぁ、おかしいなぁと首を傾げながら尚もぐるぐると回って眺めていると、そんなぼくの手をナイトくんが取った。
「だーいじょーぶ、ねっ?」
屈託のない笑顔がこてんと横に傾けられる。
その笑みに一瞬目をぱちくりとさせたぼくだったが、彼のどこか嬉しそうなニコニコとした笑みを見ていると、何だか胸の内をモヤモヤとさせていた不安や心配な気持ちが段々と薄れ、落ち着いてくる。
まるで毒気を抜かれたかのように、疑いを抱いていた心からスッと力が抜けていくかのように、憂いが晴れた心地のぼくに彼はもう一度「ね!」と念を押すように言うとその眩しいばかりの笑顔を近付けた。
「……わ、解ったよ。きみがそう言うのなら。」
「うん! ふふふー、ありがとねぇ、心配してくれて。」
一人勝手に、それも大袈裟っぽく心配したせいか、何となく気恥ずかしくなって仕方なさげそうにぼくはそう言った。
するとニコニコ顔だったナイトくんは表情をふにゃりとふやけさせて、少し朱色が滲む自身の頬っぺたを包むように両手を添えた。
「すーごくキミの気持ちが伝わってきたの、嬉しいなぁ……嬉しいなぁ……! こんなに貰っちゃったら、すぐお腹イッパイになっちゃいそうだよ。」
えへへ、えへへ、と本当に嬉しそうにうっとりとする様は、まるで美味しいものを食べた時に頬っぺたが落ちてしまいそうなのを堪える時みたいな姿だ。
そんな彼を眺めていたぼくは、別段そこまで喜ばれるとは思っていなくて……いやむしろ、喜ばせようと思ってした訳ではなかったので、何だか照れ臭くってつい視線を反らしてしまい、口からはつい「別に……」と素っ気ない言葉が小さく溢してしまうのだった。
しかし、直ぐにその冷たい言い方をしたことで、次第にぼくはばつが悪くなってくる。
せめて何かもっとマシなことを言わなくちゃ、と言葉に悩む口をもごつかせてしばらく、ぼくは思い切って誤魔化しかけた自身の本心を口にするのことにしたのだった。
「だってきみは、ぼくの……──」
意を決して踏み出したは良いものの、言葉を吐き出す最中に顔へと熱がぎゅうっと集まってくる感覚に襲われる。
思わず額に脂汗が滲み、頭は真っ白、視線が泳ぐ。
握り拳の中はあっという間に汗でぐっしょりと濡れ、尻すぼみとなっていく声は徐々に徐々に消え入りそうなものへ。
「……その………ええっと………と………友達、だか、ら………。」
結局、最後に吐き出せた言葉はとてもとても小さな音になってしまっていた。
しかも俯いてしまってもいたのだから、きっとかなり聞き取り辛い。
ぼくは顔も耳も、フードが脱げて露になっている首筋をも真っ赤にして、羞恥にうち震えながら背中を丸めていった。
人に思ったことを伝えると言うのは、どうしてこうも恥ずかしく感じてしまうのだろう。
不馴れなりに何とかコミュニケーションを取っているつもりではあるぼくだけれども……如何せん、そんなぼくにとって彼は生まれて初めて出来た唯一の友人だ。
人と関わり慣れていないだけでなく、不甲斐ないくらいに不器用な自分には友人と言う存在に対しての上手な接し方を知らないし、どうしたら良いのかもわからない。
わからないことだらけで、どれだけ頭で考えても身体が上手く動かなかった。
「(こ、これって大丈夫なのかな? 重いって思われないかな…? 友達に友達だって言うのは押し付けがましい言い方だったかな……うう、こう言う時、何て言うのが正解なんだろう……?)」
折角初めて出来た友達なんだ。
今更失いたくはないし、幻滅だってされたくない。
そうしてぼくは一人考え落ち込んでいたのだけれども、どうやらそれは杞憂だったらしい。
当のナイトくんはと言えば、それはもう嬉しそうに目を輝かせていた。
「トモダチ……友達……! うん、うん、そうだね! そうだよね! オレ達は友達だもんね!」
自身の胸元で握り拳を作ったナイトくんがこくこくと何度も頷く。
「嬉しいねぇ、嬉しいなぁ。えへへ、えへへへへ。キミにそう言われちゃうと嬉しくって笑いが止まんないや。もしかしてキミって、オレを喜ばせる天才だったり? だとしたらスゴいねぇ、スゴいなぁ!」
「い、言い過ぎだよ……大袈裟だなぁ。」
思った以上の喜びようにちょっぴり引き気味にたじろぎながらも、ぼくは照れ臭くなって後頭部を掻いた。
前髪を左寄りから左右に分けた、栗色のふわふわと浮く毛の先が所々で跳ねているぼくの髪は、ナイトくんのさらさらとした琥珀色の髪とよく似ている。
しかし、それは正直なところ、パッと見だけだ。
ぼくの出来が良いバージョンみたいな容姿のナイトくんがもし見た目通りの年齢だとしても、それにしては些か幼い言動がよく目立つ──それが彼の大きな特徴でもあった。
もう大分見慣れてしまったナイトくんのそんな姿。
しかし先程のはそれは、別人かと思ってしまいそうな程に違和感しかないものだった。
それがふと頭に過ったぼくは、改めて彼の様子を見て、幼い子供みたく無邪気にはしゃぎ喜んでいる姿に一人ホッと胸を撫で下ろす。
「(さっきまで、何だか知らない人みたいで変だったけど………良かった。普段のナイトくんに戻ってる。)」
「──呑気にお喋りとは、随分と良いご身分だな。口だけの無能なら必要ないんだけど?」
そうしてぼくが安心してナイトくんとの心休まる談笑に耽っていると、木材が砕け散る音と共に苛立ちの声がこちらへと向けられた。
びくっと身体を震わせ振り返れば、足元に粉々の木屑を散らばらせてもう既に開けるだけとなった扉の前に立つ黒い目の彼が、じとりとした伏せ目でぼくらを睨み付けていた。
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