ケーキ
イチゴの甘酸っぱい風味が口いっぱいに広がって、気が付くとふたりはどこかの家のキッチンに立っていた。碧依は左に立つ鈴乃と顔を見合わせる。
「ねえ、新しいケーキのレシピ、思いついた?」
「考え中…。」
女性がキッチンで作業する男性の手元をのぞき込んでいる。
「私はさっきのやつで十分おいしいと思うけどな。」
「それじゃダメなんだよ。普通においしいんじゃなくて、もっとこう、食べた人の記憶に残る感じの、忘れない感じの味にしたいんだ…。」
男性のことばに女性は微笑んだ。
「代々続く大切なお店のコンセプトだもんね?」
「そういうこと。」
男性が大きくうなずく。
「味って記憶に直結するってどこかで聞いたことあるよ。だからさ、このイチゴがもっとアピールできたらいいのにね。ほら、インパクトがある感じになったらもっと記憶に残りそうじゃない。あ、イチゴだ、みたいな驚き。」
男性が女性の顔をまじまじと見つめた。見つめられた女性は首をかしげる。
「今、なんて言った?」
それから男性は急いで何かを書き留めると素早くケーキを作り始めた。女性はまたその手元をのぞき込む。
「今の私のことば、何かのヒントになった?」
「最高だよ。」
場面が切り替わって二人はまたさっきのカフェに立っていた。ただ、店主はカオルという少年ではなく、さっきまでキッチンでレシピを考えていた男性だ。カウンターに立っている男性の隣には一緒にレシピを考えていた女性もいる。
テーブル席の女性客がケーキを一口口に運んで目を丸くした。興奮した様子で目の前に座るもう一人の客に言う。
「このケーキ、おいしい!」
「ね。本当に。イチゴがケーキの中からも出てきて楽しいし。」
もう一人の女性客も大きくうなずいた。二人は微笑んでおいしそうにケーキを頬張る。
客の会話を聞いていた男性はカウンターの中で嬉しそうに微笑んだ。
「だってさ。どう、今の感想聞いて。レシピの考案者さん?」
女性は苦笑して静かに首を振る。
「ううん。あのケーキは私がひとりで作ったんじゃないもん。あれは二人で作り上げたケーキだよ。それにしても、コーヒーカップによく合うケーキ用のお皿が見つかってよかったね。」
男性は微笑んでうなずく。
女性のことばに碧依と鈴乃が目の前のテーブル席に置かれたケーキのお皿をのぞき込むと、それにはさっき二人の前におかれたお皿と同じ、水色の花があしらわれていた。
「ねえ、あのカップもおんなじだね。」
鈴乃は碧依の服の袖をくいくいと引いた。碧依はうなずく。
「初代の願いだからね。どんなに大変でも後を継いでいく俺たちが守っていかないと。」
男性と女性は顔を見合わせて微笑んだ。
次に場面が切り替わると二人は向かい合ってソファに座っていた。
「ねえ碧依。このケーキ、中に大きなイチゴが入ってるよ。」
鈴乃がケーキの断面を碧依に見せた。碧依は無言でうなずく。
店主が二人にケーキを二つに切るように言った理由。それは、ケーキの中に入れられたイチゴの断面を見せるためだ。大きないちごが丸ごと入っていることで食感も、風味もよりイチゴらしさを増している。きっとこれが、あの男性が女性と一緒に考案したケーキのレシピなんだろう。
いつの間にかタマは隣のテーブル席に移動していて、ソファの上で丸くなっていた。眠たそうな目を碧依と鈴乃に向けている。
店主がコーヒーポットを持って二人のテーブル席に近づいてきた。
「ケーキはお気に召されましたか?」
「はい。」
二人は迷うことなくうなずいた。それを聞いて店主は嬉しそうに微笑む。
「それはよかったです。ところで、コーヒーのおかわりはいかがでしょう?」
「お願いします。」
店主は二人のカップにコーヒーを注いでくれた。そのコーヒーポットにもまた、水色の花があしらわれている。
碧依と鈴乃は思わず顔を見合わせた。
「当店のコーヒーは飽きの来ない、すっきりとさわやかな味わいを特徴としております。」
「それで何杯でも飲めるんですね。」
鈴乃は納得したようにうなずいた。
「では、また後程クッキーをお持ちしますね。」
「ありがとうございます。」
二人はまたコーヒーに口をつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます