第34話 派遣最後の日の話し。

 一週間はあっという間だと思っていたけれど、一カ月もあっという間だ。

 気づけばオレも最終日を迎え、湊さんと一緒に部署のみんなからブーケとプレゼントをもらった。

 最後の挨拶を済ませ、僅かに残った私物といただきものを手に、湊さんと二人で会社をあとにした。


「結構いろいろもらっちゃったね。花……電車で潰れないかなぁ」

「大丈夫ですよ。意外とみんな、花を持ってると気を遣ってくれますよ」


 オレはカバンから湊さんに渡すプレゼントを出した。


「荷物、増えちゃいますけど……これまでいろいろと、ありがとうございました」

「えーっ! 私にもくれるんだ? 嬉しいー! ありがとう~。開けていい?」


 オレが返事をする間もなく、湊さんは歩きながら器用に包みを開けた。


「あっ! 可愛いー! でも、私のはレインボーローズじゃあないんだ?」


 湊さんはそういって笑った。オレが渡したのは、ガーベラのプリザーブドフラワーだった。

 というか、なんでレインボーローズのことを知っているんだろう。


「私も木村くんに、これ。あのね、カードケース。次の職場は社員さんなんでしょ? きっと使うと思って」

「ありがとうございます。買わないとって思っていたんで助かります。大事に使いますね」

「うん、そうして。あと、こっちは安本さんから」

「えっ?」


 突然、安本さんの名前が出て驚いた。差し出された包みを受けとる。


「ね、ね。開けてみてよ」

「えっ? あ……はい」


 歩きながらのまま、オレは包みを開けて箱を開いた。入っていたのはタイクリップだ。

 シルバーでシンプルなデザインだ。これも持っていなかったから嬉しい。


「あ、それにしたんだ。安本さん、ずいぶん長い時間、悩んでいたんだよ」

「一緒だったんですか?」

「うん、そう。このあいだ一緒に買い物にいってきたの。好みの問題もあるから、シンプルなのにしたんだね」

「……ありがとうございます」

「それは~、本人にいいなって」


 湊さんが笑う。明るい黄色が暖かく感じた。


「でもオレ……あれから連絡取ってないですし……」

「だって連絡先は知ってるよね?」

「それは一応……」

「じゃあ、連絡しなよ。安本さんもそのほうが安心するだろうし、嬉しいと思うよ」


 そうだろうか……?

 嬉しいと思ってもらえたら、そりゃあもちろんオレも嬉しいけれど……。

 気づくともう駅前で、湊さんは交差点でオレに手を振った。


「じゃあ、私はあっちだから。木村くん、元気でね! ちゃんと安本さんに連絡しなよー!」

「わかりました。湊さんも、お元気で」


 オレも手を振り返し、湊さんの後ろ姿を見送ってから地下鉄への階段をおりた。

 湊さんともきっとこれが最後だ。湊さんだけじゃあなく、さっきまで一緒に働いていたみんながそうだ。

 これまでに何度となく経験してきたことなのに、今回ばかりは変な感傷が湧いてくる。

 改札をくぐり、ホームに立った。

 スマホを取り出してメッセージアプリを起動した。

 入力しては消し、消してはまた入力し、オレは何度も文面に悩んだ。


≪お久しぶりです。湊さんからプレゼントを受けとりました。タイクリップ、大切に使わせていただきます。ありがとうございました≫


 あとは送信ボタンをタップすればいいだけなのに、押す勇気が出ない。

 お礼くらいは言わなければ、と、意を決してボタンを押した。情けないくらいに手が震える。

 すぐにメッセージが届き、オレは冷や汗とともにアプリを確認した。


≪今、駅前の店。和樹さんと飲んでいるから、弘樹もこいよ≫


 オレはスマホを胸にあて、目を閉じた。

 匡史か――。

 どんなタイミングだよ……。

 ちょっと期待しちゃったよ。そうだよな、そんなにすぐに返信がくるわけがない。

 最寄り駅に着き、二人が待っている店の暖簾をくぐった。


――翌朝――


 目が覚めたのは昼過ぎだった。

 派遣終了のお疲れさま&社員就職おめでとうの会だといって、兄と匡史にごちそうになった。

 そこまでは覚えているけれど、それ以降の記憶がない。どうやって帰ってきたのかさえ覚えていない。

 だいぶ遅くまで飲んでいたらしく、兄もまだ寝ているようだ。

 今日が土曜日で良かった。

 スマホに手を伸ばして時間を確認したとき、メッセージが届いている通知がきていて飛び起きた。

 震える手で確認する。


≪喜んでいただけたら嬉しいです。次のお仕事も頑張ってください≫


 がんばれと書かれたスタンプと一緒に、安本さんからのメッセージが届いていた。

 時間は二十時十三分。

 まったく気づいていなかった。この時点ですでにオレはできあがっていたのか?

 ものすごい後悔が襲ってくる。これに返信をするには時間が経ちすぎている。


(また繋げられなかった……これって縁がないっていうことか?)


 もう、泣きたくなった。

 ふと見ると、もう一件メッセージが届いている。

 匡史だ。

 動画が添付されていて、オレはそれを開いた。

 酔ってへべれけになっているオレが映っていて、安本さんへの気持ちと、どれだけいい人かという話しを呂律の回っていない状態でしゃべっている。


(……最悪だ)


 時間は二十時十五分。

 この時点でこれじゃあ、そりゃあメッセージにも気づくわけがない。

 っていうか、なに撮ってるんだって!

 よく見るとメッセージもついている。


『弘樹が色のこと以外で好き嫌いを語っているの、初めて見た。武士の情けでこれは萌美には送らないから安心しろ』


 武士の情けっていうんなら、こんなところを撮るなよ……。

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