第27話 急展開な話し。

 あと何日だろうかとカレンダーをみて数えた。三週間を切っている。土日を抜かすと十三日。

 仕事中にはろくに話しもできないし、明日から引き継ぎが始まるなら、休憩のときにも話す時間はないだろう。

 そうなると、声を掛けられるのは帰るときだけだ。それだって、もしかすると新しい人や湊さんと一緒になってしまって、二人ではいられないかもしれない。

 会社から駅までの短い時間で、なにを話せてなにを伝えられるだろう。


 本当は、また一緒に映画に行こうと誘いたいところだけれど、こんなときにかぎって、好みの映画がやっていない。

 アメコミヒーローものや、ド派手なアクション、どっぷり世界観にはまれるファンタジーとかを観たいのに、やっているのはアニメとヒューマンドラマ、甘い恋愛ものばかりだ。

 今このときに恋愛ものとか、まずオレの精神がもたないと思う。

 ほかになんの売りもない、提供できるような話題もなければ遊びも知らない。


(オレって普段は一体なにをやってんのか……)


 休みの日や一人でいるときは、本を読むくらいか……。

 それでやれることと言ったら、一体なんだ?

 せいぜい、マンガ喫茶にでも行くくらいだろう。おすすめのマンガや小説を教えて、隣り合わせのブースで本を読んで過ごす?

 そんな馬鹿な。

 運転はできるけれど、途中で変な色に巻き込まれて具合が悪くなったらと思うと、遠出もできない。ドライブも却下だ。


(空っぽすぎるよ……人として……)


 設計書をプリントしながら、オレはさすがに頭を抱えた。

 視線を下に落としたとき、足もとにまた変な色が視えて両手で払った。そっと顔を上げて平林さんの姿を探す。

 フロアの奥に、その姿はない。

 この色は平林さんとは違うんだろうか?

 フロアの離れた場所はまだ色が視え難く、誰が発しているのかわからないのが余計に不安をあおる。

 はっきりわかればわかったで、きっと当てられて具合が悪くなるに決まっている。

 なにもかもが悩ましくてしょうがない。


 最初からなにも視えない世界で生きていたら、こんなに悩むことなく人づき合いができていたんだろうか。

 人を苦手と思わずに、湊さんみたいにタメ口で、もっと気軽に話せたんだろうか。あちこちに出かけたり、いっぱい趣味を持ってたくさんの人と出会って、ひょっとすると結婚なんかしてたかも……?

 安本さんにだって、もっと積極的に話しかけたりいろんなジャンルの映画にも誘ったり、できたかもしれない。


(あのときのあいつ……どんな話しをして、どこへ出かけたりしていたんだろう?)


 設計書をまとめて図面とあわせてクリップをつけ、受付をお願いしながら安本さんの背中をみた。

 いつものように画面を見たまま返事をする姿は、案件が減ってきたとはいえ忙しそうなのに、なぜが今日も魔王は出ていない。

 ただ、肩口のあたりに陽炎のような空気の揺らぎが視えた。


(透明……? 透明って、視えていないんじゃあなくて、無色ってことか?)


 揺らいでいるということは、なにかになっているんだろうけれど、透明だから視えない。

 なにになっているのか気になるけれど、確認のしようがなくて、オレはため息をつくと、また設計書の作成に取り掛かった。


「木村くん、ちょっとよか?」


 作業を続けてしばらくしたころ、千堂副部長がオレに声を掛けてきた。


「はい……?」


 書棚の向こうへ歩いていき、通路から手招きをする。嫌な予感がするけれど、無視するわけにもいかずに席を立った。

 サッと部署の島をみると、森村副部長は少し離れた事業部長の席でなにか話し込んでいる。

 浅川さんはほかのフロアに出てしまって席を外している。毛塚さんは印刷機のところでなにか作業をしていて、ここからはみえない。

 安本さんも湊さんも、離席中で姿がない。

 門脇さんと目があった。

 つと視線を逸らせてしまい、その隣の前川さんは顔を上げようともしない。

 なにかヤバいとわかっているのに、どうにもしようがなく、千堂副部長のあとを歩いた。

 また、このあいだの会議室へ入っていく。


(もしかして、また製本の手伝い……?)


 後に続いて会議室へ入ると、正面に竹林統括部長が座っていた。

 促されて椅子に腰をおろす。


「木村くん、いつも頑張ってくれているね」


 竹林統括部長はにこやかにオレをみた。


「……ありがとうございます」

「今は派遣でうちへ来ているんだったね」

「もうすぐ二年になりよるよね」

「はい」

「派遣さんは雇用期間が決まっていると思うんだけれど、木村くんはうちとの直接雇用で働く気はないのかな?」


 聞かれている意図はなんとなくわかる。うっかりしたことを言ってはいけないきがして、オレは黙っていた。

 コツコツとノックが聞こえ、振り返ると平林さんがお茶を手に入ってきた。

 オレたちの前にそれを並べると、そのままドアの前に立ってこちらを見ている。


「どうだろう? まだ期限じゃあないだろうけれど、希望があれば私から話しを進めることもできるのだが……」


 竹林統括部長も千堂副部長も、真顔でオレをジッと見ている。

 テレビドラマみたいな展開だ。二人の目が怖い。それになんで平林さんまでここに?

 うつむいたまま黙っていると、足もとに重苦しいグレーが充満してきた。

 断らなきゃいけないと思うのに、言葉が出ない。だんだんと息苦しくなってきた。


「あの……オレは……多分残りません」


 オレがそういったとたん、平林さんが突然、悲鳴をあげた。

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