最終話(前) シルフィン結婚する(下)

 まぁ、その、凱旋式を結婚式だった事にするのはちょっと無理だった。知ってた。だって儀式としての種類が違うもの


 それに、凱旋式の前後から、私とヴィクリートの結婚については貴族界で意見が紛糾してしまったのだ。やはり、聖女は皇妃になるべき、という意見が非常に大きかったのである。そんな事を言われても困るんだけど。


 これについては皇帝陛下他、皇族の方々が奔走してくれた。ヴィクリートは皇帝になるのだから、私は皇妃になるので、何も問題は無いと強弁して。私もなるべく聖女っぽい態度はしないように気を付けたわよ。普通にしていれば聖女とは縁遠い田舎娘なんだから大丈夫だと思うのよね。


 ただ、この過程で戦勝将軍のヴィクリートと聖女である私は、皇太子殿下と妃殿下より次期皇帝と皇妃に相応しいみたいな話も出てしまって、それは一生懸命に否定したけどね。皇帝になる物は魔力を他に使ってはならないという話も持ち出して、戦地で魔力を使って戦ってしまったヴィクリートは大地の女神様のお気持ちに叶わないかもよ、という風に匂わせもした。


 実際、あの時の大地の女神様の仰りようだと、大地に注ぐべき魔力を魔道具だとか魔力兵器だとかに使用するのをよく思っていらっしゃらないようだったしね。そんな物に使わず地に注いで、大地の女神様の領域を広げなさい! って感じだったわ。


 結局、ヴィクリートが一瞬でも皇帝になるのなら問題は無いか、というところで貴族界の論調は落ち着いたようだったわね。でも貴族界を納得させるのに一番大きかったのは皇太子殿下と妃殿下が吹聴した、私とヴィクリートの子供を、お二人のお子と結婚させて聖女の血筋を帝室に取り込む、という考えだったわね。


 この時実は、妃殿下のご懐妊が発覚して、貴族界はお祝いムードだったのだ。そこで両殿下は「この子と聖女の子を娶せる予定だ」と言いふらしたのだ。


 聖女と皇族の中でも高い魔力を持つことで知られているヴィクリートの子供なら、間違い無く高い魔力を持つことは確実で(帝室ながら伯爵家の血筋である両殿下のお子より間違い無く高い魔力を持つだろうと思われる)、その子供を帝室に取り込めば、その次代の皇帝陛下の魔力が高くなる事は確実だ。これで貴族界としてはレクセレンテ公爵家が帝室よりも高い魔力を持ってしまうという懸念を払拭出来たらしい。


 私としてはまだ生まれてもいない娘の未来を勝手に決めてしまう事に強い抵抗があったのだが、帝国の平和のためにはやむを得ないと説得された。まぁ、そもそも問題として私が娘を産むかどうか今からは全然未定なんですけどね。


 ということで、私とヴィクリートは貴族界の意見が落ち着いたところでさっさと結婚してしまえ、という話になった。同時に、結婚したら一刻も早く子供を、特に娘を作れという話にもなった。そんな事言われても困るんだけど。


 そうして改めて結婚式の準備を始めたんだけど、これがかなり大騒ぎになってしまったのだ。


 それというのも、ヴィクリートが皇嗣になる事が決まってしまったからだ。正式な任命は結婚式の後になるのだけど、これはもう決定だ。なので私達の結婚式は未来の皇帝陛下、つまり皇太子殿下と同等の結婚式になる事が決まってしまったからだ。


 つまりアレですよ。前後十日のお祭りと大宴会ですよ。そして諸外国から来賓を招待して、大神殿で全貴族臨席の中でやる、アレですよ。


 それを聞いて私は頭を抱えてしまった。そもそも私もヴィクリートも派手なことがあんまり好きではないので、出来るだけ小規模な結婚式にしようと計画していたのだ。まぁ、それでも公爵家の結婚式なのだから限界はあったのだけど、そんな計画はどこかに飛んで行ってしまった。


 何しろ予算が、公爵家の予算から帝国の予算になったからね。そう。皇嗣の結婚式ともなればそれは国家的行事。つまり企画進行は帝国政府となり、動くのは公爵家の人間以上に帝国の官僚貴族になってしまったのだ。


 こうなるとドレスから宝飾品から何から何までグレードアップすることになり、その辺の手配は一からやり直しになってしまった。それも前後十日間。結婚式そのものを合わせると二十一日間。毎日祝宴に出るためのドレスや宝飾品を全部手配しなければならない。何でも祝宴を私達のために開きたいという要望が殺到してしまって、仕方なく昼の祝宴と夜の祝宴に分けた日もあったので、この場合はそれぞれ違う装いの手配が必要だった。


 私も参ったが、そもそもあんまり着飾る事が好きでは無いヴィクリートは「全部軍礼服で良い」と言って、周囲の全員から却下されて、衣服の試着や仮縫いをやらされまくって本当に参っていた。しかしこればかりは仕方が無いことなので頑張ってもらうしか無い。私も着飾ってイケメン度合いがマシマシになったヴィクリート見るの楽しみだし。


 そういう風に結婚式の手配もしながら、普通の社交もこなしてゆく。私が聖女になった事を皇太子妃殿下はこの上なく喜んでいた。なんでそんなに喜んだのかというと、これで自分は名実ともに私の下位になったからだという。普通は逆じゃ無いかと思うんだけど。


「シルフィン様に形式上でも上位として振る舞うのは心臓に悪かった」


 のだそうだ。この方はどうしても人に対して偉そうに振る舞うのが苦手な方で、自分が皇妃になる事に対して全く拘りが無かった。彼女曰く、愛しの皇太子殿下と結婚するためだから色々頑張ったのだけど、別に皇妃になどなりたくないので、ヴィクリートが皇帝になり私が皇妃になるのなら、そのままで良いのでは無いか、などと仰る。いやいや、困ります。私だって皇妃なんて荷が重い。


 ただ、皇太子殿下は一貫して「私が皇帝になるのだ。ヴィクリートはあくまで一時的に皇帝になるだけだ」と仰っていた。勿論私もヴィクリートもそのつもりで、頼もしく殿下の事を見ていたのだけど、殿下としては私達の上を行かなければならないというプレッシャーで結構大変だったらしい。


 それと、ある時私にこっそり漏らされたのだが、殿下は皇妃様の実のお子であるファルシーネ様を死なせてしまった事をもの凄く申し訳なく思っているのだそうだ。


「これで、育ての子である私が立派な皇帝にならなかったら、母上に本当に申し訳ない。だから私は必ず、母上の名に恥じない皇帝になるのだ」


 と仰っていた。うん。殿下の資質なら全く心配は要らないと思う。それに、私達を排斥するのでは無く、努力して良い皇帝になろうとする気概をお持ちの殿下を、皇帝陛下も皇妃様も応援していらっしゃる事も知っている。私もヴィクリートも全力でお助けするつもりだ。


 そもそも、ヴィクリートもだけど私も、皇妃に全然向かないと思うのよね。私は結局、農家の娘だしね。どうしても視点が平民の農家寄りになる。時には平民から搾取してでも帝国を護らなければならない皇妃の立場は無理なんじゃないかしら。公妃ならまだ公爵領の中では農民優遇は許されるけど。


 私もヴィクリートも田舎が好きで旅が好きなんだもの。大昔の皇帝陛下は全帝国内部を旅して歩いたそうだけど、今では帝都から離れたら勤まらない。私達には無理よね。やっぱりここは両殿下にお任せしましょう。


 その代わり、聖女になったらしい私は、帝国の政治に口を出しても文句を言われるような存在では無くなった。男の領分を侵したなんて文句を付けられなくなったのよね。なにせ聖女は皇帝陛下より偉いのだ。聖女の立場で皇帝陛下に助言する事は推奨される事ですらある。


 なので私はもう遠慮なく帝国の政治について皇帝陛下とお話をさせてもらった。具体的には遊牧民対策である。


 公爵領の北の遊牧民に関しては、今回私が女神様のお力を頂いてなんとかした。しかし、遊牧民は帝国の西北にもいて、実はこちらも一昨年あたりから冷害のために困窮しているようだとの事だったのだ。


 私は皇帝陛下やお義父様にも相談して、こちらの地域でも魔力奉納をしてその地域を帝国に加えてしまう事を大臣の皆様に提案した。


 草原なのでそれほど魔力は必要ではなく、農耕に転換させるとか強力な統治をする気が無ければ、それほど魔力も労力もいらないだろう。北の国境を安定させるだけで良いのだから。


 私が一番恐れたのは遊牧民達が突然侵略して来る事だった。たまたま公爵領は直前に侵攻に気が付いて対処の時間があったからあの程度で済んだが、無警戒の所に侵略されたら大変な事になる所だった。


 それと、アンガルゼ王国の件で理解したのは、隣国との関係が不安定になると、それ以外との関係も不安定になってしまということだった。西北の遊牧民はその向こうに国との交易も担っていると聞いた。遊牧民がその向こうの国に味方して帝国に侵略してくるようになったら事だ。


 なら今のうちに取り込んで、属国化し緩衝地帯にした方が良い。それと、魔力を奉納してその土地を大地の女神様の土地にすれば、女神様もお喜びになるだろうし。


 私のこの提案は色々検討された結果採用され、近接した領地の者が派遣されて、私が奉納した場所のような黒い大岩を探して、魔力を奉納(私の時みたいに劇的な変化は無かったようだけど)、冷害を和らげる事が出来て遊牧民たちは喜んだそうだ。


 ただ、この地に魔力を注ぎ続けるのは実際には結構な負担になってしまい、後々結局、皇族、特に言い出しっぺの私が毎年派遣されて奉納するようになってしまったのよね。


 でもおかげで帝国の西北の国境は安定して、海向こうの大国と後に問題が生じた時も、陸路での侵攻を気にしないでも済んだのである。


 そんな感じで私は農業、交易、国防にまで帝国の政治について色々口を出すようになってしまった。本当はそこまでする気は無かったんだけどね。皇帝陛下、公妃様、そして特に妃殿下に相談される事が多くてどうしてもそうなってしまったのだ。


 そもそも西北の遊牧民の話も、最初は皇太子妃殿下が社交で、遊牧民の土地に近接した地域の領主夫人から懸念というか不安を伝えられた事が発端だったのよね。


 それで妃殿下が私に「なんとかなりませんか? シルフィン様」と相談して、私が皇帝陛下に話を持って行ったら、陛下に何か案は無いかと聞かれて、それで私が魔力奉納の案を言ったら。採用されてしまったのだ。


 そうやって色々やっている内に、私が政治向きの話をする事は普通になってしまった。そうすると、妃殿下を通して持ち込まれる話も次第に多くなって、私と妃殿下はそういう政治のお話をする機会も増え、分からない事、相談事を仲の良い婦人達とお話しする事も増えた。


 するとお茶会などで政治の話をする事も増える。政治に意欲がある女性も結構多くて、私に対してこういうことをやってみたい、と訴えてくる方もいたから、そういう人は担当の大臣とか官僚の方に紹介したわよ。聖女権限で。


 そうやって、女性もだんだんに帝国の政治に関わって行ければ良いと思うのよね。能力のある女性は沢山いるし。帝国を良くするのに男女なんて関係ないじゃない? そもそも帝国を始めたのは大地の女神様と一人の聖女なんだから。


___________

今日はここまで。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る