四十話(前) シルフィン結婚する(上)

 確認した結果、遊牧民の土地はかなり広範囲の草原が癒されていた。これなら餓え死にしかけていた家畜も冬までには太るし、子供を産むことも出来るだろう。


 草原の中には穀物や芋などが自生していて、これを採取する事でかなり食糧を増やせるとのこと。これに加えて公爵領からある程度援助すれば、なんとか翌冬を越すことは出来るだろう。


 もちろん、家畜が激減してしまっているので、彼らの生活が元に戻るまでにはまだまだ時間が必要だとは思うけどね。でも、この地に魔力を注いて大地を肥やし潤すのは大地の女神様から命ぜられた私の義務である。責任をもって毎年魔力を奉納しようと思う。そうすれば程なく家畜の数も元に戻るだろう。


 私とヴィクリートは遊牧民たちと話し合って、私が魔力を注いだ大岩を中心から魔力が届いた範囲(大体馬駆けて一日くらいの範囲だったようだ)を、新たに公爵領に付け加える事にした。


 これは帝国貴族が帝国の地以外に魔力を奉納することは禁じられているからだ。毎年魔力を奉納するのなら、この草原を帝国に付け加えるしかないのである。


 私は遊牧民達が反発したらどうしようかと思っていたのだが、意外にも反対の声は出なかった。彼らは一瞬で大地を癒した私の事を彼らの神の生まれ変わりだと信じたようで、私がこの地を支配するのは当然だと言った。うーん。いや、正確には私が領主になるわけじゃ無いんだけど……。


 そういうわけで、レクセレンテ公爵領の領地面積はざっと三倍規模になった。そうはいっても、草原地帯は草原地帯のままなので農作物が採れる訳では無いから収益は上がらないんだけどね。


 ただ、何の納税義務も無しにすると他の領民と差が出てしまうので、馬が増やせるようになったら毎年馬を貢納させようと思っている、馬は帝国内部でも外国でも需要が高いからね。うまく回り出せば公爵家の大きな収入源になるだろう。


 本当は魔力をガンガン奉納して土地を肥やし、開墾して麦を植えようという案もあったんだけどね(かつての公爵領はそうやって元々遊牧民だった領民に農業をさせたのだそうだ)。でもそれだと必要魔力は多くなるし、遊牧民に無理を強いる事にもなるから、当面は遊牧生活を続けてもらおうという事になったのだった。


 遊牧民の話だと、もっとこの地を北に向かうと大森林地帯があって別の民族がいるし、その民族や草原の先の違う国とも交流があるそうなので、遊牧民たちの生活が落ち着いたらそういう国との交流を考えてもいいかもしれない。


 そういう風に色々取り決めてから、私とヴィクリートは遊牧民の歓呼の声に見送られて、領都に戻ったのだった。


 公爵領では復興の手配を行い、農地を見回った。幸い、麦は無事に生育していて、夏作物も順調。帝都に援助を物資の援助を要請した事もあり、どの村でもすぐに普通の生活に戻れたようだ。これなら侵攻の影響は最小限に食い止められたと言っても良いだろうね。


 私としてはもうちょっと、麦刈の季節まで領地にいたいところだったんだけど、そういうわけにもいかなかった。何しろ私とヴィクリートはこの秋に結婚する予定だ。その準備を進めないといけない。


 それに、戦勝将軍であるヴィクリートには凱旋式も予定されているそうだし、それにどうも公爵領での出来事も大問題になっているそうで、「「早く帰ってこい」」と帝都の各方面から矢の催促だったのだ。


 確かに、色々あったアレコレの後始末をして、それから結婚式の準備をするとなると、麦刈直前のこの時はもうギリギリだ。仕方ない。私は帰京に同意して、ヴィクリートと二人、馬車に乗り込んだのだった。


  ◇◇◇


 支援をしてくれた近隣の領地にお礼を言って周り、それから私たちは帝都に戻った。


 帝都のお屋敷に帰ると流石にホッとした。領都のお屋敷は何しろ略奪に遭ってしまったので、急拵えで直したとはいえあちこちまだ侵攻の傷跡が残っていた。それを見るとお城に立て籠っていた時の事を思い出してしまって、どうにも落ち着かない気分だったのだ。


 帝都のお屋敷は馴染んだ元のままだ。ようやく私は日常に帰ってきた気分でのびのび出来たのだった。お家はいいわねぇ。


 ちなみに、このお部屋は結婚してもこのまま私のお部屋のままだ。夫婦のお部屋はまた別に整えるのである。こちらのお部屋は私のプライベートルームの扱いとなる。


 夫婦のお部屋は去年からヴィクリートと共に二人で考えながら整えつつある。ヴィクリートは家具や内装にこだわりが無いから、主に私が考えた。全体を緑系統の色でまとめて、派手さは極力抑えたわよ。私はやっぱり地味な内装の方が落ち着くのよね。


 なんて私はのんびりしていたのだけど、晩餐のお席でお会いしたお義父様とお義母様は私の無事を泣いて喜んで下さった後、揃って深いため息を吐かれた。? どうしたのだろう。


「このままだとシルフィンとヴィクリートの結婚が出来なくなるかもしれません」


 頭が痛そうな顔で仰ったお義母様の言葉に私もヴィクリートも目を丸くした。しかし、理由が一切分からない私と違ってヴィクリートの方には心当たりがあったようだ。苦々しい口調で言った。


「……シルフィンが聖女になったからですか?」


 は? 聖女? 私は首を傾げたのだが、お義父様は重々しく頷いた。


「そうだ。歴代の聖女は全員、皇妃になっている。その前例から言えばシルフィンは皇妃になる事になる」


 えー? 驚く私にヴィクリートが説明してくれた。大地の女神様に直接魔力を授かった者を聖女と呼ぶらしい(必ず女性なのだそうだ)。


 聖女は血を継ぐのではなく女神様から直接に魔力を頂いただけに大魔力を持っていて、その魔力を帝室に取り込むために、聖女は歴代全員(これまでに五人ほどいたらしい)皇帝の妃に迎え入れられてきたのだそうだ。


 そ、それはまた……。私が絶句しているとお義母さまがため息を吐く。


「これまでの聖女は全員平民で独身。皇妃に迎えられて問題が生じたという事もないようです。が、シルフィンは……」


 まぁ、平民だったかつての聖女なら、もしも恋人や婚約者がいても黙殺されていたんだろうね。もしかしたら愛人として帝宮に一緒に連れて来られたかも。


 でも、流石に私はそういうわけには行かない。私が皇妃になってヴィクリートを愛人にするなんて、流石にあり得ない。


「……その、皇帝陛下はなんと仰っているのですか? まさか皇妃様を廃して私を迎えようなんて仰らないでしょう?」


「もちろん、陛下はそんな事しないと仰っているし、皇太子殿下も同様だ。しかしな。聖女が帝室以外の貴族に嫁ぐという前例を作りたくないというのも事実なのだ」


 聖女の魔力は極めて多い。これはいわば直接に魔力を授かった「初代」なのだから当たり前である。ここから代が下がって血が薄くなるに従って魔力は減って行く事になる。


 帝室にとって、薄くなり弱くなりつつあった魔力を、現れた聖女を取り込む事によって盛り返す事は重要で、それによって帝室は他の貴族に抜きん出た魔力量を守ってきたのだ。


 それが、聖女が他の貴族に娶られてしまうと、その家が帝室よりも多い魔力を誇るようになってしまう。そうすれば帝国の不和の元になる。それが皇族であり帝室に近しい公爵家であってもだ。


 つまり、このまま私がヴィクリートと結婚すると、レクセレンテ公爵家は次の代から帝室を上回る魔力量を持つようになる可能性が高く、そうなる事を承知で聖女を家に取り込む事は、皇帝陛下への叛意を疑われても仕方が無いくらいの行為であるらしい。


「そ、そんな事を言っても、私とヴィクリートが婚約したのは、私が女神様とお会いする前ですし、女神様が魔力を下さったのは遊牧民の土地を手に入れるためですし……」


 私がオロオロと涙目になってしまうと、ヴィクリートは私の手を握って言った。


「落ち着けシルフィン。大丈夫だ。皇帝陛下もメルバリードも君と私を引き離すような真似はせぬ。良い方法を考えて下さるさ」


 それは私だって、皇帝陛下も皇妃様も、皇太子殿下も妃殿下もそんな事をなさる方だとは思っていない。


 しかし、問題は帝国の根幹に関わる魔力に関わる事で。帝国を支えるために必死で魔力を奉納している帝室の皆様にとっては、聖女の大魔力は喉から手が出るほど欲しい事だろう。


 それに、周囲の貴族達からの見え方の問題もある。貴族達にしてみれば、聖女が皇妃になる慣例があるのに、ヴィクリートやレクセレンテ公爵家が私を譲らない、ように見えるだろう。レクセレンテ公爵家は帝室に取って代わる事を狙っている、などという話になりかねない。


 ううう、私は魔力が増えた! これで魔力に関する問題も無くなって、心置きなくヴィクリートと結婚出来るわ! くらいに思っていたのに。ちょっと呑気過ぎた。そんな慣例があろうとは……。


 帰京して一週間後、お義父様お義母様、ヴィクリート、そして私は、皇帝陛下からのご招待を受けて帝宮に上がった。多分、絶対、私が聖女になった件のお話よね。じゃないと公爵家一家揃って呼び出されるなんて無いものね。


_________


今日はここまでございます。

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