三十七話(前) ヴィクリート苦戦する(下)
ボステニア王国艦隊の内一隻は舳先の赤い鳥の文様も鮮やかに、一気に帝国旗艦、私の乗っている艦に突っ込んで来た。
敵艦の水面下には衝角が有り、これでこちらの船腹を突き破って浸水させ、沈没させるつもりなのだ。そうはいかぬ。私は副官に命じた。
「砲撃を集中させて、船足を緩めさせよ! そして回頭して衝撃を受け流せ!」
まともにぶち当たるまで待っている馬鹿はいない。私の乗る帝国旗艦は左舷の砲門を全て解放し、既に近距離に迫っている敵艦に一気に砲撃を放った。
砲撃音とほぼ同時にグシャっと鈍い音がして、敵艦のマストが吹っ飛んだ。舷側にも数カ所穴が開き、大きな被害が生ずる。しかしそれでも敵艦は身をよじるようにして前進を続けた。うむ。敵ながらあっぱれだ。しかしその隙に帝国旗艦は回頭し、横腹を敵艦から避け、敵艦と併走するような形になった。
そして、その頃には私の周りの甲板上には帝国軍の兵士がぞろぞろと上がってきていた。思い思いに身体をほぐしている。何しろ、船底の倉庫に奴隷さながらに詰め込まれていたのである。出られたことで全員が晴れ晴れとした顔をしていた。
「おい。鎧は外せ。落ちたら助からないぞ」
私は騎士の一人に注意をした。金属鎧など着けていたらあっという間に沈んで浮かび上がれなくなる。しかしその騎士(貴族出身である)は肩をすくめて言った。
「なに。私は泳げませんので、落ちたらどのみちお仕舞いですよ」
帝都は内陸にあるし、貴族なら泳げなくても不思議では無い。
「そうか。なら、落ちぬように気を付けることだ」
旗艦に乗っているのはほとんどが騎士で、魔力を持った貴族だ。彼らは剣を抜き、剣に魔力を込め始める。剣がぼんやりと光を放つと、誰も彼もがこれから起こる戦闘の興奮に顔を笑うかのように歪めた。
併走状態になった帝国旗艦と敵艦は舷側同士をぶつけ合う。バリバリともの凄い音が響き、目の前に敵艦の甲板の光景が広がった。砲撃を受けてマストを失うなど、多大な損害を受けている。こちらに切り込もうと甲板に待機していた者達も大きな被害を受けたようだ。しかしこちらに躊躇する理由など無い。
「行くぞ! 続け!」
私は剣を掲げ、真っ先に舷側に足を掛けた。敵艦との間には馬一頭分くらいの幅があり、その下には大波荒れ狂う海が垣間見える。しかし私は一気に船縁を蹴って宙を跳び、敵艦に降り立った。
「殿下に続け!」
ほぼ同時に帝国の騎士達が同じように船縁を蹴って敵艦に躍り込む。驚いた敵の兵達が応戦の準備を整える前に、私は数人と陣列を組み、足並みを揃えて一気に敵へと突入した。
全員で一気に敵に剣を突き出す。その瞬間、剣から白い光が放たれて一人一人のそれが合流し、白い奔流となって敵に襲い掛かる。それを受けた敵の兵士達は跳ね飛ばされ、吹き飛ばされ、中には海へと真っ逆さまに落下する者もいた。そうやって混乱させた敵の中に私達は剣を掲げて躍り込んだ。
剣を突き、なぎ払い、よろけた兵士の腹を蹴って海に叩き落とす。戦場の興奮に、私はしばしシルフィンとの約束を忘れた。
我々は甲板上を制圧し、何名かは艦の中を制圧に向かう。気になるのは包囲しつつあったアンガルゼ王国艦隊の動きだったが、帝国艦隊の攻撃力は圧倒的で、見れば後方に回り込んだ十隻の帝国艦隊が至近から砲弾の雨を降らせている。あれならば心配いるまい。
程無く、私達は敵艦の艦長を捕らえて降伏させ、敵艦の制圧に成功した。砲撃で既に大きな被害を受けていたし、こちらの方が兵の数も多かったからあっという間だ。私が旗艦に戻ると、副官が渋い顔で言った。
「殿下。ご自重下さい」
「すまぬ。つい熱くなった」
指揮官自ら指揮を放棄して敵陣に躍り込むなどあまり褒められた事では無い。私は自分が冷静な性格だと思っているのだが、何かのきっかけで熱くなって我を忘れる性格でもあるらしい。
帝国艦隊は後背からの奇襲を物ともせずに、勝利しつつあった。アンガルゼ王国艦隊の砲撃は我が方の魔法防御を崩せず、ボステニア王国艦隊の衝角攻撃も、我が艦隊の巧みな操艦と、乗せていた兵士達の奮戦によって防がれた。
やがて、敵の旗艦のマストに降伏旗が上がり、敵艦隊は降伏したのだった。
◇◇◇
残った敵艦隊を全て拿捕し、グレンアイの港に回航させた後、私達はアンガルゼ王国の港に向かった。アンガルゼ王国には大きな港はここしかなく、港街の名前もアンガルゼ港というらしい。
湾の入り口に灯台とちょっとした砦があるが、せいぜい矢を射かける事しか出来ないのでは何の障害にもならないというもの。帝国艦隊は堂々と港の入り口を通過して港の中に乗り込んだ。
敵の艦隊は全艦出撃し、全て拿捕するか沈めてしまったので、何の抵抗も無かった。小舟に兵士を乗せて先行部隊を形成し、桟橋の機能を制圧した後、帝国艦隊は桟橋に順番に横付けし、兵士達を下ろした。少し遅れて輸送船団もやってきて兵士と馬と物資を陸揚げする。
その間に私は上陸して先行部隊を率いて、アンガルゼ港を見下ろす丘の上にある代官屋敷を目指した。アンガルゼ港は国王の直轄地なので、国王代官が統治しているのである。
私が五百名の兵士と共に丘を登って行くと、屋敷の門が開いて少し太ったちょび髭の男が走ってきた。そして徒歩で坂道を登っていた私の前に滑り込むようにして跪く。頭を地面に付くぐらいに下げている。
「お許し下さい! 命だけは! 命だけはご勘弁を!」
立派な身形であるので、これがどうやらアンガルゼ国王の代官らしい。代官はブルブル震えてさえいた。
「降伏するというのか?」
「降伏もなにも! なぜ帝国軍がこの港に来るのですか? 艦隊が一斉に出て行ったと思ったら! なにがどうなっているのですか?」
どうもこの代官は事情が良く分かっていないらしい。本当か嘘かは知らないが。私は男の後頭部を睨みながら言った。
「アンガルゼ王国は帝国で内乱を誘発しようとした。その責を問うために我々はここに来たのだ。現在帝国とアンガルゼ王国は戦争状態にある」
「て、帝国と戦うですと! なんと無謀な! 誰も陛下をお止めしなかったのか!」
これはどうやら本当に知らなかったらしい。ファルシーネ様の息が掛かっていないとなれば、この男は色々使い道があるな。
「では、其方は帝国と戦いたくない、と言うのだな?」
「勿論でございます! 帝国に逆らったら港は封鎖され、この国はたちまち干上がってしまいます!」
そう。そんな簡単な事がどうやら分からないのだ。この国の国王と王妃は。
「よろしい。では、其方の名前でアンガルゼ王国国王に、降伏を勧める文書を書け」
「こ、国王陛下にでございますか?」
「帝国軍の言うことは聞けずとも、忠臣からの進言なら届くかも知れぬ。それから、この港に一部を宿営地として提供せよ。物資もだ」
代官の頬が引き攣った。五千名の兵士および艦隊の宿営地や物資などの用意には膨大な費用が掛かる。しかし彼には否と言う権利は残されていない。
「わ、分かりました。すぐに! すぐにご用意致します!」
私はそのまま代官屋敷に入り、兵士を入れて一部を接収した。そしてその日はここに泊まり、翌日から伝令や偵察を出してアンガルゼ王国の状況と同時に侵攻した筈の帝国軍の動向を調べさせた。艦隊にボステニア王国の艦隊の姿があったのだ。当然陸にもかの国の援軍が来ていると考えるべきだろう。帝国軍の精強さは信じているが、侵攻時点では予測していなかった要素だ。
大きく計算が狂っていなければ良いが。私は少しだけ心配した。まぁ、陸上部隊を任せたハイフェンは優秀で勇猛な男だ。昨冬に結婚して気合いも入りまくっている。大丈夫だとは思うが。
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今日はここまでです。すいません(´・ω・`)
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