三十四話(前) シルフィン苦闘する

 遊牧民達はそれから五日間ほど、お城に絶え間なく攻撃を仕掛けてきた。


 しかしながら、お城の防御力は非常に高く、なかなか陥す事が出来ない。これは、私たちが頑張ったという事もあるが、アーセイム曰く遊牧民が攻城用の兵器を何も持っていないからだ、という事だった。


 本来であればこのような城攻めの時には、大きなハシゴや投石器などの大型な兵器が必要なのだが、困窮して場当たり的に侵攻してきた遊牧民達には用意出来なかったのでしょうとのこと。


 確かに、遊牧民たちの攻撃は勢いがあるとは言えず、連続して攻撃を仕掛けてきてもすぐに息切れする印象だ。


 そして遊牧民は、お城の守りが固いと分かると、当面お城を陥す事を諦めたようだった。麓に監視の部隊をだけ置いて、領都の略奪に専念し始めた。領都はそれなりに大きいから、略奪を終えるまでここで数日掛かった。


 しかし、どうやら略奪品が十分では無かったみたいね。今度は遊牧民の大部分が領都を出て南へと向かった。どうやら他の地域にある町や村を略奪に行ったようだ。


 しかし、公爵領全域の住民の避難は完了している。町や村はもぬけの殻だ。貴重品は隠され、食料はそもそもこの季節は備蓄が少ない。北の地域と同じく、大した略奪が出来なかったようなのだ。


 南の領境まで遊牧民たちは侵攻したようだけど、近接する各領地は既に警戒体制だ。領境に近付くと防衛部隊が接近して威嚇した。おかげで遊牧民は領境が越えられ無かったようだ。


 遊牧民の略奪者というと、勇ましく剽悍で残酷なイメージがあるのだが、実際には困窮して生きるためにやむを得ずやって来る者達なのであり、けして命を惜しまぬ戦士の群れではない。


 彼らは略奪品を持って帰り、飢えて待つ家族を救わなければならないのだ。完全武装の帝国軍が威嚇してきたら。それは侵攻を躊躇うだろう。


 というわけで、公爵領中を略奪して回ったにも関わらず、大した実入も無かった遊牧民たちは、どうやら全てのものはこのお城に隠されたらしい、と想像したようだ。そして領都に戻って来て再びお城への攻撃を始めたのだった。


 遊牧民は弓矢の技術が高い。騎乗したまま平然と矢を放てるし、物凄く遠くから信じられないほど正確に目標を射抜いてくる。うっかり油断して城壁の上に頭を出していると、ちゃんとそこに当てて来るのだ。粗忽な兵士がこれで何人も怪我をした。


 ただ、今回はその弓矢の腕もなかなか活かせなかったようだ。お城は岩山の上に高く城壁を建てているから、遠くからではなかなか矢が届かないし、近付けば高所から射掛けられてしまう。それでも雨のように矢が降ってくるのは怖かったけどね。


 そうこうしている内に遊牧民達は矢が足りなくなってきたようだった。帝国側が射掛けた矢を再利用して撃ち返して来るようになったのだ。ただ、帝国の弓と遊牧民の弓は仕様が違う。射撃の威力は極端に落ち、狙いも定まらなくなってしまっていた。


 もっとも、こちらの方も矢が無限にあるわけではない。なので敵が撃ち返して来た矢はありがたく頂戴し再利用するほか、敵が射てきた矢も分解して、避難民に帝国規格の新たな矢として生まれ変わらせてもらった。


 他にも、投石用の石が足りなくなってきてしまったので、私はこれも避難民に命じてお城の塔の一つを壊して、石積みを崩して投石用の石にしてしまう事にした。屋根や芯材は木なので、これも削って矢の軸などに再利用だ。


 つまり帝国側も遊牧民側も、物資の欠乏に悩み始めたのである。


 なんでこんな事が起こったのかと言えば、ひとえに戦闘が長引いてしまったからである。私は当初、半月もあれば帝都から援軍が来てくれると考えていた。


 しかしこれが二十日経っているのにまだ来ないのである。おかげで激しい戦闘に耐え切れず、物資が不足し始めたのだった。


 これは困った。計算違いもいい所よね。しかしながら、考えてみれば軍隊、しかも五千騎の遊牧民に対抗し得る援軍を即座に送るなど、流石の帝国軍にも容易ではない。まして今は他国との戦争中だ。


 準備に半月くらい掛かってもおかしくは無い。それだと公爵にたどり着くまでには一ヶ月以上掛かってもおかしくない。私はその事に気が付いてちょっと自分の甘さに頭が痛くなったわよね。


 私は慌てて食料の節約を指示した。合計で五百人を一ヶ月以上も籠城させようと思ったら流石に備蓄が足りない。このお城は元々戦いになった時に籠城することを想定して食料を備蓄しておく決まりがあったから、かなりの穀物や芋、干し肉などが保存されていたのだけど、それでも一ヶ月となると厳しい。


 幸いな事は水は井戸が複数あるし、火も魔道具があるので魔力がある侍女や従僕がいるかぎり心配無い。私は毎日お風呂に入れたからね。兵士たちにも身体を清めるお湯を配る事が出来た。


 季節もまだ春で暑くも寒くも無い。籠城には向いた季節だった。しかしそれでも尚、お城での籠城は過酷だった。


 何しろ一日中油断が出来ない。遊牧民は夜は動かない傾向が強いとはいえ、全く行動しないわけではない。万が一忍び込まれて城門を開けられたらその時点でもうお終いである、


 そのため、夜にも昼間の半数の兵士に警戒させ、交代で睡眠を取らさざるを得なかった。つまり、普段の半分しか休めないのだ。これがもう二十日。疲労や睡眠不足は蓄積される。しかし解消させてあげる手段がないのだ。


 昼間は毎日戦闘が起こる。とは言え、この頃になると戦いはかなりグダグダだった。遊牧民達も疲弊していたからだ。


 そもそも遊牧民は備蓄不足の中、厳しい冬をなんとか乗り越え、しかし春になっても草がろくに生えず。家畜が痩せ衰えて死ぬ事態になってしまったが故に、やむを得ず略奪侵攻に踏み切ったのだ。


 故に誰も彼も痩せていてボロボロ。馬も含めて酷い有様だった。略奪で手に入れた食料は全て自分たちの家族の元に送っているようで、私たちと同程度には兵糧は厳しいようだ。


 なので崖を登ってきても勝手に転げ落ちてしまったり、単に下から罵声を浴びせるだけとか、体力気力ともに限界である事を感じさせる醜態を見せていた。


 こうなってくるとお互い我慢比べの様相を呈してきた。敵としてはこちらの食料備蓄が尽きるのを待ち、こちらは援軍の到着を待つ。そんな感じだ。


 分が良いのはこちらよね。食料備蓄は節約すればまだあと半月は保つ。流石にそこまで経てば援軍は来ると思うの。


 私がそう言うと、アーセイムは厳しい表情で首を横に振った。


「援軍が本当に来るか分かりません」


「え? それは無いわよ。帝都を預かる皇太子殿下もお義父様もお義母様も公爵領を見捨てたりしませんわ」


「シルフィン様。帝国は今、戦争中です。アンガルゼ王国との戦いが厳しいものになっていた場合、援軍を出せる余裕など無いかもしれません」


 ……無いとは言い切れない。


 ファルシーネ様のあの自身ありげな態度。あれは勝算を確信している態度だった。ヴィクリートは軽視していたが、あれがハッタリでは無かった場合、帝国軍は敗北とまで行かなくても苦戦に陥っている可能性はある。


 そうなれば帝国としてはそちらへの対処を優先せざるを得ず、レクセレンテ公爵領への救援は後回しになってしまうだろう。そうなれば援軍がいつ来るか、全く予想出来なくなる。


 これ以上籠城が長引くと、病気が発生したり疲労から兵士の士気が落ち切って、防御に綻びが生じるかも知れない。アーセイムとしてはこの辺で籠城戦には見切りを付けたいという。? どうするのかしら?


「敵も疲弊して、油断しております。この際、シルフィン様をお守りして一気に包囲を突破し、南の国境にまで徹底したいと思います」


 そうした上で改めて塀を整えて、領都奪還作戦を行いたいとの事だった。確かにこのまま籠城して不測の事態を招くよりも、新たな作戦を行いたいというアーセイムの焦りは分からない事は無い。


 しかし私は却下した。


「敵は疲弊しても五千騎ですよ。勝ち目はありません。アーセイム。気持ちは分かりますが焦ってはなりません」


「しかし、このままでは……」


「其方の気持ちは分かります。私も援軍がいつ来るのかの情報は欲しいです。ですから、一人か二人、ここを抜け出して行ける使者の者を準備してください。お隣の領地まで行き、現状を伝え、戻ってきて援軍の見込みをこちらに伝えてもらいます」


 情報の不足による焦りは私にもある。ここで焦って行動して、もしかしたら間近かった救援をふいにする事は避けたい。


 私の命令に、アーセイムは若い者を三名選出し、ある日の夜に密かにお城を抜け出させた。遊牧民たちは疲弊して特に夜はこちらへの警戒が緩んでいることも観察の結果分かっていたので、抜け出す事はそう難しく無いだろう。


――――――――――――

今日はここまでです。すいません(T-T)


 

 

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る