三十二話 シルフィン公爵領を一人で統治する

 私と義両親は帝都から公爵領まで十二日で到達した。急ぐので、途中での歓待をかなり断ったからである。もっとも、これでも野営をして進む軍勢よりも遅いので、軍勢なら九日で、早馬なら七日くらいで帝都から来るそうだ。


 公爵閣下と公妃様そして私は到着翌日にはお城に登り、魔力奉納を済ませた。相変わらず私の魔力は悲しいくらいにちょっぴりだったわね。


 魔力奉納をするとお二人はすぐに帰り支度を始めた。休養のために三日滞在するけど、豪族との話し合いやその他の現地業務は全て私に任せるとのこと。


 魔力奉納で、普段の年なら南部まで行って一ヶ月は十分に休養を取るお二人が、戦争に備えるためにすぐに帝都にお帰りになるのだ。私に出来る事なら何でも致しますとも。


 今回、私は護衛の兵士を三百人引き連れている。アンガルゼ王国のファルシーネ王妃様が、万が一公爵領を狙って来る可能性が無いとも言えないからだ。ただ、公爵領はアンガルゼ王国とは国境を接していないし、国境は警戒しているからまず心配は無いだろうとヴィクリートは言っていた。しかしそれ以外にも戦争中は国内の山賊やならず者が活気付くものだから、何が起こるか分からないのだ。


 帝都から連れて来た者が三百名。領都の警備兵がそもそも百人いて、それ以外に国境や領境を警備する兵が方々に五百人いる。これだけいれば余程の事が無い限り大丈夫だろう。ただ、私は軍隊の指揮などしたことが無い。したいとも思わないので、護衛部隊の指揮官として一人の士官の方が公爵領まで来てくれた。


 アーセイム・ブロリュード伯爵令息という方で、伯爵家の次男。優秀な士官だそうだ。焦げ茶色の髪のがっちりとした体格の男性。ちなみに年齢は三十歳で、結婚はしていない。次男なのでもう結婚は諦めているそうだ。ヴィクリートが選んだ方なので信頼しても大丈夫だろう。


 他にも勿論、レイメヤー、ミレニーを始めとする侍女と、公爵家の執事が二人、私の補佐のために残ってくれた。


「では、シルフィン。くれぐれも気を付けるのだぞ?」


「なるべく早く帰るのですよ? 分かりましたね?」


 お義父様もお義母様も私を抱き締めて私の身を案じて下さった。私もちょっと涙ぐみながら別れを惜しむ。


「ありがとうございます。お義父様、お義母様。お疲れなのですからご無理をなさらず、道中お気を付けて」


 ちなみに、このお義父様お義母様呼びは、まだ結婚前だというのにお二人がどうしても、と仰るのでそうお呼びしている。私としても既にお二人はかけがえのない両親であると思っていたので、喜んでそう呼ばせて頂いている。


 そうしてお義父様お義母様はお帰りになった。寂しいし心細いが、私も仕事を早く済ませて帝都に帰らなければならない。私は早速外出着に着替えて公爵領の農村の視察に出た。


 公爵領の領都は領地のほぼ中央にあり、領地の境まではどこも一日でギリギリ往復出来る。前回来た時も視察先で宿泊しなければならなくなった事はほとんど無かった(やむを得ない場合は国境の砦の貴賓室で宿泊した)。今回の場合、警戒のために護衛を引き連れる事もあって速度が落ちるので、視察出来る範囲は限定されてしまうだろう。やむを得ないが不満である。


 視察に出てすぐに判明したのは、明らかに麦の出来が良いという事だった。まだ青い穂がキラキラと輝いている。去年の秋に麦を蒔いた畑は去年の夏場は休ませて家畜を放し、場合によっては堆肥作って蒔いた土地だ。去年見た時よりも明らかに色鮮やかで根も太そうだ。


 実際、農村に行き(村人は護衛を大勢連れている私を見て何事かと顔を引き攣らせていたけど)農民に話を聞くと、今年は豊作間違い無し。麦の耕地は三分の一になっているけど、収穫は去年より多いだろうと興奮気味に話してくれた。私は少なからずホッとした。効果があったなら良かった。そして、夏場に育てた野菜や芋や豆を市場で売ったお陰で余裕も出来、家畜も育って乳製品や毛織物、肉類の生産も増えて、生活が豊かになっているそうだ。


 着実に農業革命が成果を上げていることで、農民たちの私への態度は感謝と崇敬に満ちていた。故郷の農法をただ伝えただけで、特別な事は何もしていないのだからそんなに褒め称えられると面はゆいのだけどね。


 ただ、問題が無いこともなかった。地質の違いや水はけの善し悪しで、作物の出来が良い土地と悪い土地がはっきり分かれてしまった所があったのだ。そういう場所は土壌を改良するか耕地としては放棄して森や湿原に戻した方が農民の生活に役立つかも知れない。


 他にも、庄屋が管理する土地によって収穫に差が出そうだという問題もあった。これまでは魔力頼みでほぼ差が無かったものが、農地の地力を回復させた事で、土地の潜在能力の差によって違いが表に出て来てしまったのだろう。そんな事を言ってもこれまでは平等だったものが、同じように頑張っても差が付いてしまったのでは農民たちには納得が行かないだろうね。


 これらは土地の境の変更というデリケートな問題になってしまうため、私が高圧的に境の変更を命じても反発を呼び、かえって農民同士の争いの火種になりかねないだろう。私は豪族を呼んで彼らにこの問題の対処を要請した。彼らの方が農民たちと距離が近いので、事を荒立てずに問題を解決出来るだろう。


 勿論、解決策は私が考える。土地の区割りを変更するにしても、せっかく収穫が増えた土地をただ取られれば庄屋も納得は行くまい。なので私は、管理する庄屋が変更された収穫の多い土地の税率を少し上げるようにした。こうすればその土地を失った者にしてみれば、実質的な減税になるからだ。


 ただ、この施策はあんまり上手くいかなかった。理由は簡単で夏作物の売り上げが農家の収入になっている以上、減税分よりも夏作物や家畜で得られる収入の方が多い場合が多かったからだ。麦がよく取れる土地は夏作物や牧草の収穫も多くなる。道理ではある。


 そのため、この土地の間の格差の問題の解決には、不作地の土壌の改良や灌漑の充実によって、領地内の地力の格差を解消する必要があって、結構長いこと揉めて引きずってしまうことになるのである。


 そういう感じで問題は色々ありつつも、公爵領の収穫は全体としてはかなり良くなり、市場も活況を呈していてここからの出店税も大幅に増加。公爵領の財政はそもそもかなり豊かなのだけれど、昨年までに比べると相当な増収増益になったようだ。


 公爵家では今回の戦争には軍兵は出していない。ただ、皇帝陛下に戦時献金という形で軍事資金を提供しているのと、やはり次期公爵のヴィクリートが出征しているので、かなり戦争に協力していると言える。事が長引けば公爵家として更に献金が必要になる可能性もあるから、増収は公爵家としても心強い。私の施策でお義父様お義母様が助かるのなら何よりだ。


 私はそんな感じで公爵領各地を視察し、問題があれば対処、来年に向けての指示などをして忙しく過ごした。お屋敷に帰れば去年はヴィクリートがやっていた、農業以外のお仕事もせねばならない。公共事業の認可、承認、確認などは結構大変だった。私は良く知らないので。これは街道の整備や村々に設置されている公爵家の持ち物である水車(麦や雑穀の粉挽きはこの公爵家所有の水車でしなければならないという決まりがある。もちろん有料)の整備、そして国境や領境にある砦や烽火台修繕などで、これも農業に負けず劣らず重要だ。というか、私は今回あちこちで灌漑設備の整備も指示したので、その予算の承認や工事夫の募集なども計画して指示しなければならなかった。


 これも立派な公妃になるための勉強。魔力では役立たずなんだからこういう所でお家のお役に立たないとね。それにしても領地の経営にはやはり膨大な予算が必要なのだわね。公爵領は豊かな方だけど、去年視察した高位貴族の中には結構な収穫があるのに予算がかなり厳しいという家も多かった。自分で領地経営の細目を見てみれば、あれも無理も無い事だったのだと分かる。


 何しろお貴族様ときたら、帝都の社交界では見栄を張りまくるんだもの。毎日毎日違うドレスを着て社交に出るとか頭おかしいでしょ。宝石もお屋敷と同じお値段のものとか有るのよ? でも、これをケチると各方面から「公爵家のご予算は苦しいのかしら?」なんて嫌みを言われてしまうので仕方が無いのだ。公爵家は余裕があるから良いけれど、ご予算が本気で苦しい家が贅沢三昧したあげく、他の家や果ては平民の商人からまでお金を借りて首が回らなくなり、皇帝陛下に泣きついたなんて話はいくらでもある。


 そういう風に見て行くと、公爵領ではこれまで、領都や領内での市場に関してあまり力を入れて整備してこなかった事に気がついた。街や村の組合に依頼して適当にやっているだけ。帝都のように商業についてのギルドなどが整備されていないのだ。これまで流通するものが少なかったからだろうね。


 これからは余裕の出た農家が各種の商品を持ち込むだろうし、それを聞きつけた商人が大量にやってくるかもしれない。今のうちに市場についての法整備を考えておいた方が良いだろうね。


 そう考えた私は、護衛とレイメヤーとミレニーを連れて、領都の市場に出向いてみた。領都の市場は五日おきに立つらしい。去年までは十日に一度だったらしいから倍に増えたという事になる。


 流石に帝都の大市場の(こちらは常設だ)の賑わいにこそ敵わなかったが、それなりに賑わっていた。沢山の出店が立ち並び、農作物だとか肉、乳製品、布、衣服、そして生活に必要な様々な品物が並んでいる。見ていると、取引の方法は貨幣決済と物々交換が半々くらいだった。帝国では貨幣を発行しているけど、こういう田舎では貨幣が通じない場合も多い。


 レイメヤーは雑踏の汚さと騒音に嫌そうな顔をしていたが、帝都育ちで侍女時代には私と一緒に帝都の大市場で買いものをしたこともあるミレニーはなんという事も無さそうだ。あの混沌とした帝都の大市場や、殴り合いがそこら中で見られたハイアッグの港に比べたら、多少大声が響くくらいのここは随分お上品だ。

 

 私は楽しく市場を見て歩いていたのだが(物々しい護衛を何人も連れているのでみんなは引いていたけれどね)途中で気になるものが目に入った。


 それはあまり見覚えの無い様式の服装を着た者だった。見ると、羊と馬を何頭か連れていて、これを売ろうというものらしい。青地に赤い柄の筒袖で、足下はしっかりした生地のズボン。頭には頭巾を被っている。このような服は領地でも帝都でも見覚えが無い。なんだろう。どこの人なんだろうね。


 私は気になって近付いてみた。その男性は私を見て驚いたようだったが、逃げる事は無く、少し陰鬱な目つきで座ったまま私を見上げた。


「家畜を売りに来たのかしら? どこの者ですか?」


 私は声を掛けてみた。護衛が止めるのであまり近付けないし、レイメヤーが素性の知れない下々の者に声を掛けるなんて! と視線で怒っていたけれど。すると座り込んだ男性は力なく言った。


「ああ。あまり肥えていないが、買ってくれ」


 どうも私の事を知らない感じだ。こんな護衛付きだし、私は領都の人には結構知られている筈なのに。服装、私を知らない、そしてこの疲れ果てた様子。もしかして

……。


「貴方は、他国の者ですか?」


 すると男性は面倒くさそうに頷いた。


「ああ。北から来た」


「北というと、遊牧民ですか?」


 公爵領の北には少し寒冷で乾燥した草原が広がっていて、遊牧民の諸部族が割拠しているという話だった。遊牧民は土地の私有の概念がないから、国とは言えないらしいけど。一応は遊牧諸部族が集まってやる会議でこの地域の色んな事を決めているらしく、そこにはたまに公爵領というより帝国から使者が派遣される事もあるそうだ。


 男性は頷いた。


「ああ。いつもは遊牧をして暮らしている」


 なるほど。遊牧民が家畜を連れて、領都に売りに来たと。別に、おかしいことでは無い。国境は軍隊や不審人物の警戒はしているが、一般庶民の往来には寛容だ。行商人などが国境を出入りすることはある。遊牧民なら馬がいるのだから、国境まで半日強といったところである領都まで来ることは容易いだろう。しかし……・


「遊牧民にとって家畜は財産だと聞いていますが、売ってしまって大丈夫なのですか?」


 遊牧民は夏の間に家畜を太らせ、冬になる直前に保存食にするか売るかして冬越しに備えると聞いた事がある。今は春でこんな時期に家畜を処分するのは遊牧民的では無いのではないだろうか。


 すると、遊牧民の男性は言った。


「去年も悪かったが、今年も寒くて草原に草が生えない。このままでは家畜が皆死んでしまう。それなら今のうちに売ってしまった方が良い」


 ……なるほど。連れている羊と馬は随分痩せている感じだ。……というか。


「もしかして、他の家畜は?」


「ああ。冬が越せずにみな死んでしまった」

 

 遊牧民は一家族で何十頭もの羊や馬を飼っているはず。この男性が連れている羊は十頭ほど。馬も三頭。かなりの家畜が死んでしまったもののようだ。


「……今、公爵領では家畜の需要が上がっていますから、すぐ売れるでしょう」


「そう願いたいね」


 可哀想だけど私が買ってあげるわけにはいかないものね。立場的に。男性は疲れたように顔を伏せた。よく見れば本人も痩せている。家畜を大量に潰してギリギリで冬を越して生き残ったのだろう事が分かる。


 遊牧民も楽じゃ無いのねぇ。と、この時は私はよく分からず同情しただけだった。のだが、お屋敷に帰ってふと考えたのだ。


 北の草原にはかなりの数の遊牧民が暮らしていると聞く。実際にどの程度の数が暮らしているのかは知らないけれど。そして、あの男性曰く、去年の夏から冷害で、草原の草の生育が悪かったのだという。


 だとすればもしかして、困窮しているのはあの男性だけでは無いのではなかろうか。もしかしたら草原全体の遊牧民の諸部族全部が飢えている可能性があるのではないか。


 ……まずいのでは無いだろうか。


 遊牧民たちは食糧を備蓄しない。というか、農業をしないから出来ない。なので家畜の生育不良は飢餓に直結する。


 飢餓に陥った時、そのまま潔く死ぬ人間なんていない。普通であれば何とか生き残る手段を考えるだろう。取り得る手段は二つ。新たな食糧を探すか、どこかから持ってくるかだ。


 新たな食料なんてそう簡単に見つかるはずが無いので、切羽詰まっている場合は事実上一つしか選択肢は無い。他から持ってくる。豊かな人であればどこかから買ってくることになるだろう。実際、先ほど会った男性は残った家畜を売って食糧を手に入れようとしていたではないか。


 しかし、裕福な者で無い場合。困窮しているからこそ飢餓に陥るのだから、裕福で無い者の方が多いだろう。そういう者が生きるか死ぬかの覚悟を抱えて「他から食糧を調達するしか無い」と覚悟した場合、これは当然だがそれは「余所から奪ってくる」という決意になることだろう。


 そして北方遊牧民が食糧を奪いに来るとすれば、これはもう帝国にやってくると容易に想像が出来る。遊牧民の土地の北の事は知らないけれど、誰がどう考えても温暖な南方にある帝国の方が豊かであると思うだろう。


 結論として、遊牧民が困窮しているとすれば、帝国に略奪に来るかも知れないと考えられるのである。その事に気がついて私は戦慄した。


 北方の遊牧民はここ百年ばかりは友好的で、戦争など無かったと聞いている。しかしながらそれ以前には、しばしば帝国に攻め寄せてきたという話が、おとぎ話になって沢山残っていた。この間帝宮の図書館で読んだばかりだ。


 そういえば、この公爵領自体も、何百年か前に帝国が遊牧民を併合した地域であり、それを魔力で肥やして農耕地に変えたのだと聞いている。おそらくそれで領民に農業知識が足りないのでは無いかと、いつかヴィクリートが言っていた筈だ。本来は寒冷地であるのに魔力で気候を温暖にしているのだとも。


 つまり遊牧民にとってはやって来やすい土地であり、魔力のお陰で自分たちの土地よりも遙かに温暖であり、食糧調達には手っ取り早い土地なのである。長期に渡って友好的な関係だったけれど、そんなものが食い詰めてしまった今の状態でどれほど役に立つかどうか。


 私は慌てて護衛隊長のアーセイムを呼んだ。


「遊牧民ですか?」


 私の説明にアーセイムは考え込んだ。


「姫のご懸念はもっともですな。分かりました。偵察部隊を出しましょう」


 ということで、アーセイムはその日の内に十名ほどの偵察隊を組織して北へと向かわせた。ただ、アーセイムはこの時点では私の懸念をあんまり重大なものとして受け取っていなかったようだ。一応私の言うことだからという感じで、動いてくれたに過ぎない。


 私の方はその夜に考えている内にどんどん心配になってきた。遊牧民の領域との境は細い川が流れているだけで、防備らしい物はほとんど無いらしい。何千人もの遊牧民が一気になだれ込んできても防ぐ物は何も無いという事になる。


 そうなれば領民は蹂躙されるだけとなるだろう。私の護衛や国境と領都の警備兵を含めても千名に満たない現状の防衛部隊では領都の防衛すら怪しい。


 考え過ぎなら良い。笑い話で済む。だが、事が起こった後に後悔しても遅い。私は翌日、再度アーセイムを執務に使っている部屋に呼んで尋ねた。


「もしもこの領都が攻められた場合、どのように防衛するのですか?」


「はぁ、領都を囲む防壁に拠って守る事になりましょうね」


「現状の兵力でどのくらいの敵に耐えられるのですか?」


 するとアーセイムは苦笑しながら言った。


「そうですな。現状の人数では五千もの兵で攻められたらひとたまりもありませんな」


 遊牧民の人数は知らないけれど、五千を超える可能性は十分にありそうだし、他の村や町を守っている余裕は無さそうだ。


「大丈夫ですよ。シルフィン姫。東の国境を守っている兵が来ればもう少し兵は増えます。ご不安なら呼び寄せましょうか?」


「いえ、必要ありません」


 私は考えた。笑い事なら良い。しかし、最悪の想像はして、備えておくべきだろう。農業をやっていると想定外の理由で作物が全滅したり、実りが少ないなどという事が突然起こったものだ。だから、そういう時のために食糧を備蓄したり換金出来る物を作成しておいて備えるのだ。いつ起こるか分からない事に備えるのは恥では無い。今回、もしも何も起こらずに私が臆病者として笑われても、その時は甘受しよう。私は今現在、領主代理なのだ。土地と領民に責任を持つ者なのだ。


 私はアーセイムに命じた。


「東の国境の部隊に使いを送り、もしも遊牧民が攻め寄せた場合には、領民を護りながら出来るだけ南へと退避せよと伝えなさい。南と西の領境にいる兵士にもです」


「は?」


「それと、早馬を帝都に送ります。準備しなさい」


 私が言い出したことにアーセイムは呆然とし、レイメヤーは慌てだした。


「シルフィン様。どうしたのですか?」


「レイメヤー。事は一刻を争います。大急ぎで領都の者達に遊牧民の侵攻に備えるように伝えなさい。出来れば領都から避難するようにと。それと、アーセイム。もしも領都に敵が侵入してしまった場合、丘の上のお城に入ればもうしばらくは耐えられますね?」


「ま、まぁ、城はそのための物ですからな。防備は固いです」


「ならばレイメヤー。使えるように大至急準備をして下さい。急いで!」


 アーセイムもレイメヤーも呆れ顔だったわね。私が突然何を言い出したのかと思ったのだろう。その時、ミレニーが言った。


「レイメヤー。アーセイム。動きましょう。シルフィン様は怒ると怖いですよ」


 冗談めかした言い方だったが、レイメヤーはきゅっと表情を引き締めた。


「分かりました! 今すぐ! ミレニー! 侍女や従僕、下働きを動員して構いません。領都の者達にお触れを出し、避難するように伝えなさい! 私はお城に物資を運び込ませます!」


 レイメヤーとミレニーはバタバタと動き出した。アーセイムも二人の勢いに慌てたように動き出し、言ったことの手配はしてくれたようだ。しばらくしてアーセイムは、帝都に私が書いた書簡を届ける早馬を出した事を半信半疑の表情も露わに報告しに来てくれた。


「早馬は出しましたが……。考えすぎではありますまいか? このアンガルゼ王国との戦争が忙しい時期に変な事を伝えて帝都を騒がせては……」


「それならばそれで良いのです。もしも何も起こらなかった時には、私が皇帝陛下に怒られます」


 しかし、その時決定的な凶報が届いたのである。


 私達が話をしていた執務室に従僕が飛び込んできた。


「シルフィン様! 大変です! 今偵察に出ていた兵士の一人が戻りまして! 遊牧民に侵攻の兆しありと!」


「なんだと!」


 アーセイムは青い顔で驚愕し、そして私は天を仰いだ。ううう。こんな予想は当たらなくて良いのよ! 最悪の想像ばかり当たるのは何でなのかしらね。


 こうして私は遊牧民による公爵領侵攻という大事件に対処することを強いられたのだった。


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