二十八話(後) シルフィン魔力問題で苦悩する
魔力についての研究書は沢山あった。農業研究書より余程多い。
それはそうかもね。本を書くのは貴族だ(平民は字を知らないことが多いし)。貴族は農業などほとんどやらないけれど、魔力は身近な問題だもの。
だけど、そういう魔力についての本はほとんどが魔導書。つまり魔法についての研究体系がほとんどだった。これも当たり前で、貴族にとって魔力はあって当たり前ものなのだから、これをどのように使用するか、どのように効率良く魔道具に使用するか、という事が大事なのだ。
魔力をどのように増やすか研究している本も少しはあったわよ? でもそれは結婚で血を濃くした方が増え易い、と簡単に結論されている事が多かったわね。それはそうでしょうけども。
そういう風に根気よく魔力について書かれた本を漁っていると、時折、やはり魔力量の低さに悩んだ方が研究した手記に巡り会うこともあった。魔力が低い魔力研究者(勿論読んでみた限りでは私の何倍もの魔力を持っているのだけど、研究のためにもっと欲しい、と悩んでいるのだ)はその悩みを、魔力を溜める魔道具に溜め込んで一気に使う事によって解決していた。使った魔力は放っておけば次第に回復するので、大魔力を必要とする魔法を使いたい場合は何日も前から魔力を魔道具に移しておいて、一気に使うのだ。
ふむ、私はそれを読んで思った。魔力の大きさというのは要するに溜めておける魔力の大きさの事なのだな、と。確かに、私とミレニーが同時に魔力を全力で使用すると、回復するまでに掛かる時間は私の方が早かった。つまり、魔力が回復する量は、恐らく魔力の大小にはあんまり関わりが無いのだ。
実際、大魔力を使用する大地の女神への魔力奉納をすると、公爵閣下たちは一ヶ月とかそのくらい魔力回復に時間を必要とするらしい。同じ期間くらい私も魔力を溜める魔道具に魔力を込め続けておけば、一ヶ月後には同じくらいの大魔力を使用出来るのでは無いだろうか。
魔力奉納の前に魔道具に地道に魔力を貯蓄しておき、それを持って領地に行って奉納すれば、魔力が少ない私でも領地に十分な魔力が奉納出来るはず。
私はその発見を喜び勇んでヴィクリートに報告してみた。ヴィクリートは呆れて言った。
「随分気の長い話だが、確かにどんな大魔力の持ち主でも使用出来ないくらい大魔力が必要な戦争用の魔道具を維持管理する為に軍の者が国境の兵器には魔力を供給しているのだからな。同じと言えば同じか」
しかしヴィクリートは首を横に振った。
「しかし無理だな。止めた方が良い」
「? なんで?」
「それを実現するには、毎日のように魔力を全開で使用せねばならないだろう? 貯蓄のために。そんな事をしたら君の健康に差し支える」
……確かに、魔力を全力で使用するともの凄く疲れる。いくら魔力の回復は早いと言っても、体力が回復し切れない。それだけで無く、魔力の使いすぎは身体を壊す原因なのだそうで、魔力奉納で一年に何度も魔力奉納するなどの無理をし過ぎて早死にする領主は多いのだとか。
「そのような無理をする必要は無い。君の健康が何より一番大事では無いか」
……そう言ってくれるのは嬉しいけど、それでは自分が公妃として半人前のような気がして嫌なのだ。何とかしたい。
私が図書館で、暇さえ有れば魔力について研究している事を知った皇太子妃殿下は興味を持ったらしく、たまに図書館までやってきて下さった。そして私が膨大な書物に埋もれているのを見て仰天したようだ。
「学者にでもなるおつもりですか? シルフィン様?」
「そんなつもりはございませんけど、中々目的の書物が見つからなくて……」
私が自分の魔力が少ないので、何とか増やす方法は無いものかと探しているのだ、と言うと、妃殿下は少し考え込むような姿勢をなさった。
「……それなら、多分おとぎ話の方にございますわ」
「え? おとぎ話?」
「ええ。子供の頃、乳母が話してくれたお話に、大地の女神が敬虔な信徒であった平民に魔力を授けてくださった、というものがありました」
もちろん、おとぎ話で本当の事かも分からないとは仰ったが、僅かでも参考になるなら、と私と妃殿下は、おとぎ話を記録した書物がある書架を探してみた。
すると、幾つかのおとぎ話に、魔力を授かるお話があったのだった。
……ある大地の女神を心から信奉する農民の女性がおりました。ある年、その地方が日照りに襲われ、大地は渇き、作物は枯れ、このままでは村が全滅してしまうという事態に陥りました。
これを悲しんだ信徒の女性は神殿に籠もり「我が身と引き換えに村を救い給え」と何日も心から祈りました。そして幾日も飲まず食わずで祈り、遂には倒れてしまったその瞬間、大地の女神は信徒の女性の祈りに応え、彼女に魔力を授けました。
彼女はその魔力を大地に奉納し、それによって大地は復活し日照りは薄れ、収穫は回復して村は救われたのでした。そしてその女性は聖女として崇められました……。
こんな感じのお話が複数見つかった。地方も状況も様々なのだけど、共通しているのは命がけで大地の女神に祈った結果魔力を授かり、その魔力で村を救い聖女となった、というものだった。
気になった私は公文書にもあたり、このおとぎ話の信憑性を確かめてもみた。すると、数件、平民の女性が魔力を授かって大地を癒やしたという実例がある事も分かったのである。これがおとぎ話の元になったようだ。
うーん。私は考え込んだわよね。
「これを見て何かお気づきになりませんか? 妃殿下?」
私の言葉に妃殿下は首を傾げた。
「何をでしょう?」
「私は、これまで領地への魔力奉納は『大地の女神』に対して奉納するものだと思っておりました」
妃殿下の首の傾きが深くなる。
「違うのですか?」
「おとぎ話によれば、魔力を授けて下さったのが『大地の女神』で、その魔力を『大地』に奉納した結果土地が癒やされる、という事でございましょう?」
妃殿下は驚きに目を見張る。
「確かにそうですわね」
「大地の女神が魔力を下さって、大地の女神に奉納したらおかしいですものね。大地を癒やすのは魔力で、大地の女神様はあくまで私たちに魔力を下さる存在だという事なのですわ」
もしも大地の女神様が自ら土地を癒やせるのなら、信徒に魔力を下さるなんて手間を掛けずに直接大地を癒やして下されば良いのだもの。呼ばれ方が『大地の女神』なものだから誤解してしまうのだけどね。
そして信徒の女性が命掛けで祈った結果、大地の女神に声が届き、魔力を授かって大地を癒やすという共通の事象から、重要なのはやはり祈りだという事になる。私も領地で魔力の重要性を知ってから、毎日のお祈りの際にはしっかり女神様に加護を願っているし、皇族として様々な儀式に出て神殿で祈る機会にも真剣にお祈りしているのだが、魔力が増えた気はしない。
やはり生半可なお祈りじゃ駄目なのだろうか。おとぎ話の信徒の女性は大抵死にかけて初めて魔力を授かっているものね。神殿に籠もって飲まず食わずで何日も何日もお祈りしてみようかしら?
まぁ、無理よね。ヴィクリートに怒られる。そこまでして魔力を増やす必要なんか無いってね。彼の気持ちは理解出来る。私だってヴィクリートが同じ事をすれば彼を無理矢理でも神殿から引っ張り出すでしょうよ。
それに、おとぎ話に出てくる信徒の女性は全員が平民だ。そして全員「魔力を授かった」と描写されている。
それに比べて私は一応は(半分だけでも)貴族女性である。基本条件がちょっと異なるのだ。大地の女神様は魔力が無い者に授ける事は出来ても、少しある魔力を増やす。魔力の器の最大容量を増やすことは出来ないかも知れない、という危惧もあるのよね。
結局、このおとぎ話ルートでの調査も頓挫してしまった。ちなみにこのおとぎ話調査では、おとぎ話が気に入ってしまった妃殿下が協力してくれて、暇さえ有れば一緒に図書館にいたおかげで更に仲良しになり、これを見た本好きな貴族女性もこれ幸いとやってきて色々協力してくれて、これまで付き合いが薄かった婦人たちと仲良くなれたという副次的な効果もあったのだった。
それと、とにかく魔導書を分からないなりに乱読したために、私の魔力に関わる知識がもの凄く増えた。これは後々いろんな場面で役に立ったのよね。
しかしながら結局は「魔力を増やす方法なんて無い」という結論になってしまった。がっかりだ。しかし落ちこむ私を見て、ミレニーが二人だけの時にこっそり慰めてくれた。
「気にすること無いわよ。公爵邸で侍女仕事しているとね、魔力って結構使うのよ? ブゼルバ伯爵邸では使わなかったけどね」
そうね。伯爵邸でミレニーと一緒に働いていた頃は魔力の事なんて全く気にしなかったわね。
「私なんてこのお屋敷では一番魔力の低い侍女だから、最初は色々困ったんだけど、その内気が付いたのよ。『出来ない事は他の人にやって貰えば良い』って」
ミレニーはふふんと得意そうに笑った。
「私は上級侍女だもの。下級侍女に『これやっておいて』って言えば良いのよ。それに気が付いたのよね。それからは私は魔力不足に悩む事は無くなったわ」
せいぜい私が夜に読書をする時にベッドサイドの明かりを点けて上げれば良いのだ、というのである。
「貴女だって偉いんだから、必要なら他の人に命令すれば良いのよ。このお屋敷には上位貴族出身の人が沢山いるし、そういう人で魔力を余らせている人は一杯いるもの。そういう人にやらせれば良いでしょ?」
私はマジマジとミレニーの得意げな丸顔を見上げてしまった。乱暴な意見だが、私の悩みの核心を突いていると思えたのだ。
確かに、公爵領以外の領地では、領主一族が総出で祈る場合もあると聞いている。現在、公爵閣下と公妃様の魔力が十分であるために、お二人だけが魔力奉納をしているが、そうしなければならない理由は無い。
どうも私はいつの間にか、公妃様のやっていることは私も全て出来なければならないという風に思い込んでいたらしい。危険な兆候だった。
私はそもそも男爵令嬢で、公爵家出身の生粋の皇族であるお義母様より魔力は低いし育ちも悪い。教養も付け焼き刃、お作法は張りぼて。及びもつかない存在だ。そんな事は分かっていたはずでは無いか。それを頑張りと工夫で色々なんとかしてここまでやってきて、周囲から認められ、才媛だのと持て囃される内に思い上がってしまったものらしい。危ない危ない。
出来ない事は出来ない。出来ないなら出来ないなりに工夫して、色々頑張る。そうやって私なりの公妃になろうと決めたはずなのに。魔力が増えないなら、魔力以外で頑張るか、魔力を調達する方法を考えるしか無いではないか。
それを出来ないと結論されている魔力を増やす方法に拘るから苦しくなってしまうのだ。出来ないものを何とか使用として無茶をしても良いことなど一つも無い。むしろ周囲に迷惑を掛けてしまうだろう。
私は自分を見詰め直した。うん。諦めよう。そしてそこから工夫をなんとか考えよう。
「ありがとう。ミレニー。貴女凄いわね」
私がお礼を言うとミレニーは目を丸くした。
「貴女に凄いって言われると変な気分ね?」
私とミレニーは少しお作法を外して声を上げて笑い合ったのだった。
そうして私は魔力を増やすことに関しては諦めたのだけど、一つだけ、子供の魔力を増やす方法に関しては研究を続けた。これは自分の事だけではなく、公爵家の将来にも関わってくる話だったからだ。そして、子作りのむにゃむにゃでなんとかなる事が分かっていることでもある。
要するに確実に魔力を溜めてから子供が出来れば良いのだ。そうなのだ。魔力の大きな子供が生まれて欲しいのは、恐らく貴族女性共通の願いなのだから、絶対の誰かが方法を考えていると思うのよね。
と思って探してみた(ちょっと微妙な事な調査だったので、妃殿下がいらっしゃらない時間を選んで調べてみた)のだけど、やはりこちらの方面は研究が進んでいて結構資料があった。でも、その、こっちの話はいわゆる房中術と結びついていてね? 内容がその、真面目に描いてはあるんだけど、色々刺激が強くて、読むのが大変だったのよね? ミレニーとレイメヤーと三人で顔を赤くするやら悶えるやらでちょっと大変な思いでの調査になった。
まぁ、お陰で成果はあって、女性には妊娠しにくい時期があるから、そこで魔力を溜め、溜まったら子供が出来る時期にスルと良いらしい。あるいは、妊娠し難くなる薬があるからそれを飲んでシテ魔力を溜めるとかいう方法もあるらしい。ただ、魔力を溜め過ぎると妊娠し難くなるとか、魔力中毒になって母親の健康に問題が出るとも書いてあって、読んでいて少し怖くなった。でも、子供に大きな魔力を持たせるのは次期公妃としての義務だからがんばろう。そうしよう。
そんな風に貴族生活の中で一つだけどうにもならない魔力について研究している内に年は明け、春になったらまた公爵領に言って農業改革の確認をしなければならないな、と考えていた頃、帝都に一人の客人が華やかな行列と共にやってきたのだった。
帝国東の隣国、アンガルゼ王国の王妃様、ファルシーネ様である。
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