二十八話(前) シルフィン魔力問題で苦悩する

 社交では何の問題も無く、楽しく過ごしていた私を苦しめたのは、やはり私が下位貴族どころか半分平民の出身であるとこらからくる魔力不足だった。


 魔力というのは基本的に、初代皇帝陛下(実はその数代前の方らしいのだけど)が大地の女神から授かったお力で、それが婚姻を結ぶことによって家臣の家にも広まって行ったものらしい。つまり魔力をほんの少しでも持つという事は、その者が初代皇帝の係累である、という事を基本的には意味する。


 そういう力であるから、血が薄くなれば薄くなるほど、魔力は基本的には弱くなる。これには例外もたまにあるらしいけど。つまり概ね下位貴族になればなるほど魔力が弱くなるのである。なので皇族や上位貴族は魔力を薄めさせないために基本的には上位貴族の間で婚姻を結ぶ。


 この魔力については分かっていないことも多い。下位貴族の中にも大魔力を保持して生まれたり、なんなら平民の中に大魔力の持ち主がいたりという事もあるらしい。だから何度も基本的に、と強調したのだけど。


 なので、その例外的な存在に、私がなれれば良かったのだけど、大変残念な事に子爵家子息と平民の女性から生まれた私は、生まれなりの魔力しか持っていなかった。


 つまり極小。僅か。ちびっとしか魔力が無かったのだ。これは領地の時の魔力奉納以前に、貴族教育で魔力制御の授業を受けた時に既に判明していた。魔力を込めて動かす機械というのが色々あるので、それに魔力を込めれば動かそうとしても、講師の婦人があっさり動かせる機械が、私が真っ赤な顔で全力で魔力を込めても全然動かなかったのだ。


 魔力の講師のご婦人も気の毒がって「まぁ、慣れれば効率良く魔力を出せるようになって来ますし」なんて言ってくれたが、それからいくら練習しても私の魔力はそれはもう悲しいくらいに発揮されなかった。何しろミレニーより全然無いのだ。


 ミレニーは夜になるとシャンデリアの明かりを魔力を込めて点けて行くのだけど、彼女の魔力でもシャンデリア五つくらいは全部点けられる。それが私だとシャンデリア一つがやっとなのだ。ちなみにレイメヤーならお屋敷全部のシャンデリアを点けて回れる(彼女の仕事じゃ無いのでやらないけど)そうだ。


 これには私は凹んだ。がっくりだ。私は自分の生まれの身分が低いことなど、もうほとんど気にしていなかったのだけど、こうもあからさまに上位貴族と下位貴族の格差を見せ付けられると、これは流石にがっかりする。


 何しろ、上位貴族が大きな魔力を必要とするのは、領主として魔力を領地に奉納しなければならないからで、魔力の少なさは領地の収穫に直結するのだ。私はその実例を視察旅行でつぶさに見てきた。


 もの凄くいい加減な農業をしている大貴族領地の方が、丁重に耕している下位貴族領よりも遙かに収穫が多いのである。魔力には気候や土地を潤す効果もあるので、大魔力を奉納していると気候変動や日照りにも強くなるらしい。正直「ずるいじゃない!」と叫びたくなった事が視察中何度もある。


 おまけに、領民の病気に掛かり易いかどうかも魔力が関わっているらしく、大貴族領地では疫病の発生確率が非常に低かった。本当にずるい。チートだ。良いことずくめだ。


 しかし、その代わりに大領地を抱える大貴族の魔力奉納は結構過酷らしく、魔力が足りなければ収穫が減ってしまうから必死に奉納するものらしい。


 レクセレンテ公爵領ではお義父様とお義母様二人が奉納しているが、魔力が足りなめな領地では家族一同、それでも足りなければ分家の者も動員して必死に奉納するのが当たり前らしい。つまり流石は公爵閣下と公爵家出身の公妃様なのだ。本当はヴィクリートも奉納に参加すべきなのだが、彼は帝国が国境に設置している防衛装置や兵器に魔力供給していて、これのために魔力の温存をしていたのだ。勿論、結婚したら彼が公爵領に魔力を奉納する事になる。彼と、私がだ。


 領地の収穫量と領民の健康のためには領主夫婦が大魔力を持っていた方が良い。当たり前だがそうなのだ。大領地を持つ公爵家の次期公妃が、全然魔力を持っていないなんて本当はあり得ないのだ。愕然とする私にお義父様は笑って仰ってくれた。


「なに。前公爵になっても魔力奉納してはならないという決まりは無い。どうせ妃は子育て期間は魔力奉納が出来ないので、その間は先代が妃の分の魔力奉納を肩代わりするのが当然だからな」


 自分たちの時もそうだったと仰った。お義母様も微笑んで言う。


「そうです。それより結婚すれば魔力を溜めて子に継がせなければなりません。そちらの心配をしていなさい」


 ……実はそっちも心配だ。魔力は基本的には男性の魔力が子に引き継がれるが、当然女性の持つ魔力にも影響される。当たり前よね。じゃないと血の濃さがどうとかいう話はどうなるのという事になる。ただ、男性の魔力が大きければ影響が小さくなるというだけ。母親の魔力が低いと子供の魔力が少なくなってしまい易い。


 その辺は夫婦仲の良さとかそういう部分でカバー出来る、事もあるらしいけど、子供の魔力があまりに低ければ、これでは領地を担えないから跡継ぎにさせられないという話も当然出るのだそうだ。そうでないまでも私の魔力が低かったお陰で子供の魔力が低く出て、次代の公爵領が困窮するようになってしまったら大変では無いか。


 私にとってこの魔力についての悩みは大きかった。私は他の事は頑張って努力して何とかしてきたのだが、生まれながら大きさが決まっている魔力量については頑張りとか努力では如何ともし難い。


 悩む私に対してヴィクリートは優しかった。


「大丈夫だ。私達の子が魔力が低く産まれるわけが無い」


 それはあれよね。結婚して夫婦生活を頑張るとむにゃむにゃという話よね。でもあれはその後調べた所によると確実なものでは無いそうなのだ。確かに、魔力が貯まってから出来た子供は良いけど、すぐに子が出来てしまったら、私の魔力が低い状態の子供になってしまうのよね? その辺を上手くコントロール出来れば良いけど、子供は大地の女神様の思し召しだもの。思うように行かなくて当たり前だ。


 しかしヴィクリートは自分には大魔力があるから(実はお義父様よりも多いらしい)私との子供でも公爵領を支える程度の魔力を持って生まれるに違いないと考えているようだ。


 ちなみに、同じような境遇である皇太子妃殿下は、伯爵家の生まれにしてはそこそこ魔力があるとのことで、私ほどは悩んでいなかった。そもそも伯爵ともなれば本当は十分上位の貴族だからね。伯爵家の女性から生まれた皇太子殿下も十分な魔力を持って生まれているし、愛人の子が相当数いると思われる上位貴族でも魔力量の少なさが問題になることは少ないから、私の考えすぎだとヴィクリートは笑う。


 のだけど、いくら何でも半分平民の血が混じっている男爵令嬢が、公爵家に嫁いだ、もしくは愛妾になって後継者を生んだ、という実例は無いからね。可能な範囲で調べたのだがこの三百年の記録において一件も無かったんだから。だから私は本当に心配なのだ。その事を考えると眠れなくなるほどに。


 私は皇帝陛下の許可を得ていたので帝宮の大図書館に出入り出来る。中でも禁書庫と言われる帝国の古い記録が保管されている別室に入る許可も頂いているのだ。これは農業について調べるために頂いたのだが、私はこの図書館で一生懸命に魔力について学んで、魔力を増やす方法を探したのだった。


――――――――――――

力尽きました。今日はここまで。明日明後日は概ねお休みなので頑張ります。


 


 


 

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