結婚編

二十七話 シルフィン帝都社交界で無双する

 皇太子殿下の結婚式が終わり私は社交に復帰した。そこで待ち受けていたのは想像以上の皆様の反応だった。


 皇帝陛下の命を受けて帝国の農業を調査したことはヴィクリートのお手柄にしてあった筈なんだけど、大臣の皆様は私の報告書を見ていたし、皇帝陛下がそれを読んで褒めて下さった事も知っている。それで大臣の皆様から奥様へ話が伝わって、社交界に広まったようだった。


 それだけならまだ良かったのだけど、皇帝陛下が私を「男だったら大臣にした」とか言ったのも噂になってしまっていて、そんな評価を受けた貴族女性は前代未聞だということで、社交界で「シルフィン様は皇帝陛下もお認めになる凄い才媛」だという話になってしまったのだ。どこの誰が才媛なんですかね?


 それだけなら私は「男性の領分を侵す」として、男性や昔ながらの貞淑な淑女の皆様から反感を買ってしまう所だったのだけど、これに加えて私は例の件で皇太子殿下と妃殿下から物凄く感謝されてしまって、特に妃殿下からは「姉とも思っております」とまで慕われるようになってしまった。いやいや! 私の方が一つ年下の筈ですわ! と言っても聞いては貰えない。


 皇太子妃殿下は社交界の事実上の頂点だ。妃殿下がいる場合、皇妃様は社交界に出る頻度を減らすのが普通なのである。その社交界に君臨されている筈の妃殿下が私をあからさまに頼りにしている様子を見れば、私に対して悪意を見せる事を躊躇わざる得ないだろうね。妃殿下に嫌われる事は社交界で主流を外れる事を意味するからね。


 これは妃殿下から直接言われたのだが、妃殿下は内向的でそもそも社交が得意では無く、まだ婚約者の段階から社交で上位者として振る舞う、つまり偉そうにするのが苦手で苦痛だったのだそうだ。それが大きなストレスになっていて、皇太子殿下と喧嘩になった事もよくあったらしい。


 上位者の方に従っているのが性に合っているらしく、それで皇妃様の無茶振りに逆らえなくなっていたようだ。だから「頼りになるシルフィン様がいてくださって助かった」という事らしく、皇妃様と違って無茶振りもしない私は理想的な上位者であるという事らしい。いやいや、ちょっと待って頂きたい。


 ただ、実際に私が居てくれて護ってくれるおかげで精神状態が安定し、皇太子殿下との関係も改善。ラブラブ新婚生活を楽しんでおられ、皇帝陛下と皇妃様とも穏やかな関係を築けているのだ、と言われては無下にも扱い難い。


 皇太子殿下も妃殿下を助けてくれてありがとうとまで言われ、くれぐれもスイシスを頼むと言われては受け入れるしかないというもの。


 私は結局、妃殿下の相談役みたいな立場になり、妃殿下出席の社交ではお側から離れらないような関係になり、それ以外にも何かと帝宮に呼ばれて共に過ごすようになった。


 まぁ、スイシス様はストレスさえ溜めなければ大人しく穏やかな方だし、一緒にいて嫌な方では無かったから別に良いんだけどね。


 ただ、皇太子ご夫妻がこんなだし、視察旅行に関して頻繁に皇帝陛下や大臣達に説明するめに外宮に上がったり、元老院で説明するめに議場で話をしたりしてもいるものだから、周囲の私に対する誤解が大変な事になってきた。


 何でもシルフィン様はあのご様子では女性初の大臣におなりになるに違いないとか、ヴィクリートと並んで次の皇太子ご夫妻になられるとか、荒唐無稽な噂話が乱れ飛んだのだった。そんな事あるわけないでしょ、と私は呆れたのだけど、無責任な噂話こそ恐ろしい。お義母様は私を呼んで頭が痛そうなご様子で仰った。


「そのような噂が出ること事態が問題です。少し自重しなさい」


 私は困惑した。


「自重と言われましても、私は特に何もやっておりませんけども」


「政治的な話で呼ばれても、貴女が正直に行くことはありません。夫か、ヴィクリートに行かせなさい」


 屋敷でヴィクリートに説明し、ヴィクリートが皇帝陛下や元老院で説明すれば良いのだと仰る。二度手間で面倒くさいけど、夫を立てるというのはそういう事で、それが私への悪意を逸らす一番の方法なのだとの事。


「身分低いところから成り上がった貴女に反感を持つ者は沢山います。そういう者は貴女を引きずり下ろす機会を常に狙っていると思いなさい。女性の分を超える事は男性からの嫉妬も招きます」


 そういう私への悪意とレクセレンテ公爵家への反感、皇帝陛下への不満。そういうものが結びついて、大きな陰謀が生まれるのが怖いのだと公妃様は仰った。


 長年、社交界を公妃として過ごしてきたお義母様の言葉には実感が籠もっている。そして本心から私を心配して下さっていることも分かる。


 私は有り難くお義母様のお言葉を受け入れ、それからは政治的な場所に出ることを止めた。全部事前にヴィクリートに説明して、彼の意見として説明してくれるようお願いしたのだ。ヴィクリートは「私だって元老院の連中の前で講演などしたくは無いのだがな」と嘆いていたけど、彼だって視察に行き現地を見ているのだから貴族達に説得力のある説明が出来ないわけがない。


 実際、ヴィクリートは次期公爵の威光も使って私が考えた農政や流通についての法案を元老院でいくつも可決させ、帝国の農業改革は少しずつ動き出した。これによって必然的にヴィクリートの政治家としての評価も上昇して行く事になる。自分は政治家には向いてないと思っているらしいヴィクリートはあんまり歓迎しないような顔をしてたけどね。彼が評価されることは私にとっても嬉しい事なのだ。


 政治から離れた私は女性社交界に注力した。男性の領分を侵したりはしませんよ。私は次期公妃で皇太子妃殿下の側近として、これからも女性社交界でやっていきますからよろしくね? と皆様にアピールしたのだ。


 まぁ、それだって私の本来の身分からしたらとんでもない大出世で、妬んだり嫉んだりする人は沢山いたと思うけどね。でも、同時に私には仲の良いご婦人もたくさん出来ているから、私はそういう方々と親しくお付き合いして、私を嫌う方達には近付かなかった。


 仲良しの方々には皇太子妃殿下が含まれているのだもの。嫌う方々を遠ざけても私は何も困らなかった。むしろ皇太子妃殿下は私にべったりなので、私を避ければ妃殿下にも近付けない。妃殿下に近付かなければ社交界で貴族夫人としての格を落としてしまう。


 なので内心は私を嫌いながらも私に擦り寄ってきたり、おべっかを使ってくる方もいた。そういう人は見れば分かったけどね。私としては社交界の居心地が良くなれば十分だからね。心から私を好きになってくれなくても、悪意をあからさまにして来なければそれで十分だと思っていた。


 ただ、そういう方でよく分かっていない方は、私には諂っておいて、影で皇太子妃殿下に私の悪口を吹き込んでくる方もいたらしい。私と妃殿下の仲を裂こうとしたんだろうね。でも、そういう者に対しては目論見とは逆に、妃殿下の方が物凄く怒って下さって、その方を近辺から遠ざけて下さった。


 なんでも「私がシルフィン様に嫌われたらどうしてくれるのですか!」と怒ったらしいのよね。いや、妃殿下の方が上位者なんですからね? しかし実際問題、私が妃殿下に依存されているのは間違い無いのであり、それが知れ渡るとそういうつまらない事をする方もいなくなった。


 最終的にはほんの一部の方を除いて私(というか本当は妃殿下)の派閥は女性社交界を制圧したので、私は女性社交界では大変居心地良く過ごすことが出来るようになってきた。


 妃殿下はおとなしいのでお部屋で演奏会を聞いたり朗読を聞いたり、刺繍をしたりするのをお好みで、アクティブな私とは社交の趣味は合わなかったのだけど、私がお誘いするとお散歩くらいには付き合って下さった。そうやって二人で過ごしていると本当に彼女を妹みたいに思えてきて困ったわね。いや、彼女は妃殿下で年上なんだからね。


 妃殿下の夫である皇太子殿下とヴィクリートの関係にはやや変化があったようだった。以前は同い年の兄弟みたいな感じで、上も下も無い関係だったものが、皇太子殿下が上の立場でヴィクリートに命令するようになったそうだ。もちろん仲が良いのはそのままで。ヴィクリートはこれを凄く喜んだ。


「あのようにしっかりすれば、メルバリードは素質があるのだから、きっと良い皇帝になれる」


 ヴィクリートは以前から皇太子殿下の事を凄く買っているのだ。だから自分が殿下の代わりに皇帝に推されかけた時に怒ったし、皇太子殿下が次代の皇帝であるという自覚を出して、ヴィクリートにも毅然と命令をするようになった事が嬉しいのだろう。


 こうして、私もヴィクリートも次代の皇帝陛下である皇太子殿下ご夫妻の元で着々と次期家臣筆頭の地位を固めつつ(ヴィクリートはあまり自分が家臣筆頭大臣になる事には乗り気では無いようだったが)あったのだが、これを快く思わない方々もまだいた。


 三大公爵家の一つ、フレイヤー公爵家の方々である。


 フレイヤー公爵家は皇太子妃殿下であるスイシス様の名目上の実家である。皇族に嫁ぐ場合は一度皇族の家に形式的に養子入りするという慣習がある(私もレクセレンテ公爵家に養子入りしてから婚約して再度公爵家の姫となっている。複雑なのだ)。これはかつては血を薄めないために皇族同士でしか結婚しなかった時代の名残だそうで、近親婚の弊害が分かってきてからあまり近い血の結婚は避けられるようにはなったものの、「皇族同士でしか結婚してはならない」という形式だけが残ったものらしい。


 実際には妃殿下はサッカラン侯爵家の養子になって、更にフレイヤー公爵家の養子になるという身分ロンダリングをしているんだけどね。サッカラン侯爵家はフレイヤー公爵家の一族だ(お生まれになった伯爵家もサッカラン侯爵家の分家らしい)。つまりスイシス様はフレイヤー公爵家一族を代表する姫君として皇太子殿下に嫁いだのである。


 自分の家の一族から皇太子妃が出るというのは大変名誉なことで、当然、家の格が大きく上がる出来事である。三大公爵家の中で、現状三番手に甘んじていた(皇帝陛下の信任を受けて家臣筆頭をお勤めになっているレクセレンテ公爵閣下が最上位。皇妃様のご実家であるウィプバーン公爵家が二番手なので)フレイヤー公爵家にとって、これは逆転の大チャンスだったのだ。


 ところが、皇太子殿下はヴィクリートを信任し、妃殿下は私を頼っている。これを見ればお二人が即位された後に、次代のレクセレンテ公爵夫妻である私とヴィクリートが重用され、レクセレンテ公爵家が三大公爵家筆頭の位置を守る事は明らかだろう。フレイヤー公爵家としては当てが外れたという事になる。


 ちなみにスイシス様は名目上のご実家であるサッカラン侯爵家で、かなり厳しい教育をされて、しかも怒鳴られたり鞭で手を打たれるなどの虐待もされ、義理の母親であるサッカラン侯爵夫人には上から目線で毎日説教されたそうで、彼女に対して全然親しみを持っていないらしいんだけどね。養子入りを引き受けてくれたおかげで皇太子殿下と結婚出来た事には感謝しているそうだけど。


 その事もあってスイシス様はプレイヤー公爵家一族の方とは親しくしようとせず、レクセレンテ公爵家の私とばかり仲良くしている。フレイヤー公爵家としてはせっかく自分の一族から妃殿下を出したのに、見返りが少ないと不満を言っているらしい。ならもう少しスイシス様に優しくすれば良かったんじゃないかしらね。


 だが、実際問題としてヴィクリートは軍事的には有能、政治的にも最近、元老院で貴族達に演説をして議案を通すほどの力を付け、皇太子殿下の信任も厚いのだ。フレイヤー次期公爵であるドローヴェン様より能力も実績も勝るということは衆目の一致するところである。


 そしてその婚約者である私は、皇帝陛下から直接命令を受けたこともある才媛で、皇太子妃殿下の懐刀とも知恵袋とも言われる存在である。女性社交界をほぼ完全に牛耳り、畏れられているらしい。どうもそうらしい。


 これではフレイヤー公爵家としては三番手評価が確定してしまいそうという事で焦ってもいるらしい。何とか妃殿下の傍から私を引き剥がそうと考えているようなのだが、そのやり方がちょっと頂けなかった。


 時折、私や妃殿下のところにサッカラン侯爵夫人やドローヴェン様の婚約者であるワイヴェル様などがやってくるのだ。これにたまにウィプバーン次期公爵ザイモンズ様の婚約者であるクリューゼ様が巻き込まれてくる。どうやらレクセレンテ公爵家以外の皇族の総意を演出しているらしい。


 ザイモンズ様もクリューゼ様も大人しくて気が弱く、侯爵夫人やワイヴェル様に強く言われて巻き込まれているようなのだ。皇妃様やお義母様の係累にしては情けないわね。


 サッカラン侯爵夫人もワイヴェル様も典型的な上位貴族婦人で、こういう方は身分の上下を絶対視して、上下関係でしか物事を図れないし進められない。上が良いと言えば良く、下が出しゃばることは悪。一度侯爵夫人主催の社交に出たのだけど、ひたすら侯爵夫人を崇め讃える会で何も面白いところがなかったため、私はすぐに帰って二度と招待に応じまいと思ったほどだ。


 そんな彼女が私と妃殿下の前に来て言うことは決まっている。やれ「妃殿下とシルフィン様、そのように身分低い者と話をしてはいけません」「そのような身分低い者と付き合うとご自分の品まで落としますよ」「貴女。身分をわきまえなさい」などと私や妃殿下が伯爵夫人くらいの方とお話ししているとやってきて、その方を責め立てるのである。


 これは、伯爵夫人を責めているようで、それでいて実は、そもそもの身分が低い私や妃殿下を当て擦っているのだ。巻き込まれた方こそ災難だわね。


 あまりにも程度が低い嫌味であるので、私は聞き流し、妃殿下にもそうするように言い、巻き込まれたご婦人には後できちんと謝罪をしておいたわよ。妃殿下を交えてお話するくらいなのだから、伯爵と言ったって格は高いご婦人ばかりなのだ。


 しかし、ある日、サッカラン侯爵夫人一味がまた私と妃殿下がレクセレンテ公爵一族の伯爵家令嬢とお話をしていたところにやってきて、まだ年若い伯爵令嬢を叱り始めた。伯爵令嬢はまだ社交界デビューから日が浅く身分高い侯爵夫人に居丈高に怒鳴りつけられ。耐えられずに泣き出してしまった。


 とうとう私は我慢の限界に達した。私は貴族の微笑みを消して侯爵夫人とワイヴェル様を睨んだ。ちょっと凄い目付きになってしまったようで、正面に座ってらした妃殿下が「ひぃ!」と悲鳴をあげる。


 侯爵夫人はしめた、という顔になった。私を挑発して怒らせて、私が怒った事を揶揄して私の評判を下げる作戦だったのだろうからね。ふふん、そんな事は百も承知ですよ。私はおもむろに口を開いた。


「侯爵夫人。貴女は勘違いしています」


「? 何でしょうか?」


「このご令嬢は身分低い者ではごさいません」


 侯爵夫人は戸惑ったような表情になった。


「その者は伯爵家の者でございますよね?」


「そうですよ。今は、ね」


 私はニンマリと笑った。


「今は伯爵令嬢ですけど、嫁入り先によってはどのような身分になるか、分からないではありませんか?」


 私の言葉に侯爵夫人の頬が引き攣る。私は更に真っ黒な悪意を込めて言い募った。


「貴女もご存知の通り、女性は嫁入り先によって身分が変わります。事によったら貴女もご存知の通り、貴女の身分を通り越して上の身分に立つ可能性も十分にあるのですよ。貴女もご存知ですよね。侯爵夫人」


 そう。例え男爵家に生まれても、伯爵家に生まれても、身分高い男性に妻にと望まれれば、公妃にも皇太子妃にもなれる。それが女性だ。ここに実例が二人もいるでしょ。この伯爵令嬢にもそのような可能性が無いと誰が言えよう。


「そ、そんな事があろう筈がありません。その者は……」


「私が次期公妃になろうと、貴女が予測し得たというのですか? そんな貴女の考えで未来を推し量らない方がよろしいでしょう」


 私はあからさまに嘲笑った。こちとら平民の世界でお上品でなく育ってきたのだ。乱暴な口調で悪ガキ共と口ゲンカしたことなどいくらでもある。その気になれば幾らだって罵詈雑言の類は捻り出せるわよ。ちなみに私は子供の頃から口ゲンカに負けたことは一度も無いんだからね!


「貴女は侯爵家の生まれでしたね。可哀想に。皇族の男性に望まれなくて皇族になれなかったのですね? それは残念な事でした。もう夫人なのですから皇族入りの目はありませんものね。だから下の身分の者を虐めて憂さを晴らしているのでしょう? 浅ましいこと」


 あまりにもドス黒い悪意に満ちた、ハッキリとした嘲笑に妃殿下の表情は引き攣り、周囲の貴婦人が唖然とする。誰よりサッカラン侯爵夫人が呆然としている。しかし、次第にサッカラン侯爵夫人の顔色は赤く、しまいには黒く見えるくらいになった。


「よくも!」


 激怒した。サッカラン夫人はそれはもう怒った。それはそうよね。あれ程の侮辱を受けて怒らなければ誇りある上位貴族夫人とは言えない。しかし……。


「よくも男爵の娘風情が! 侯爵夫人たる私に向かって! 次期公爵を誘惑しただけの淫売の分際で!」


 はい。暴言頂きました。そう、怒っても良いのだ。いや、怒らなければならない。しかし、キレてはまずい。そんな事は侯爵婦人も百も承知だった事だろう。だが、私の嘲笑は、よほど侯爵夫人の逆鱗に触れたものらしい。何か辛い恋の思い出でもあったのかもね。


 だが、許されざる暴言は満座の人が聞いてしまった。横にいたワイヴェル様が真っ青になる。


「夫人!」


「⁉︎」


 侯爵夫人も我に返るがもう遅い。私はチラッと皇太子妃殿下に流し目をくれた。


 それを見たスイシス様は思わずといった感じで反応した。


「サッカラン侯爵夫人! 控えなさい!」


 妃殿下は立ち上がり、義理の母を弾劾した。


「準皇族たるシルフィン様になんという物言いですか! 身分をわきまえぬのは貴女の方です! シルフィン様に謝罪しなさい!」


 義理の娘からの叱責に侯爵夫人が愕然とする。


「す、スイシス、貴女……」


「侯爵夫人風情が皇族を侮辱してタダで済むと思っているのですか! フレイヤー公爵家まで巻き込んで大問題になりますよ! 今なら私がこの場の事として収めます! 謝罪しなさい!」


 そう。彼女にくっついてワイヴェル様がいる以上、問題は公爵家を巻き込む。フレイヤー公爵家がレクセレンテ公爵家を侮辱した事になってしまうのである。そんな大問題が起こった時に、重要な分家とはいえ侯爵家の、しかも夫人をフレイヤー公爵家がどこまで守ってくれるかしらね?


 その事に気が付いたサッカラン侯爵夫人は冷や汗を額に浮かべて震え始めた。この時に、本来頼みとなる筈は義理の(周囲からは実のと思われている)娘である妃殿下なのだが、その妃殿下自らの弾劾ではどうしようもない。


 ちなみに、サッカラン侯爵夫人が暴言を吐いた瞬間、ウィプバーン次期侯爵と婚約者の方は逃げ出している。彼女を守ることが出来る方はこの場にはいらっしゃらない。


 進退極まった侯爵夫人は私に跪いて頭を下げるしか無かった。


「も、申し訳ございません。シルフィン様……」


 私は完璧な貴族微笑で鷹揚に応対した。ただし発する台詞は真っ黒な悪意に満ちている。


「構いません。卑しき者の言葉など高貴な者の耳には雑音のようなもの。ですが、雑音を耳に入れるのも優雅ではありませんので、しばらく私に近づかないで下さいませ」


 私に追い払われてサッカラン侯爵夫人はフラフラと退場していった。


 私は一転、柔やかな笑顔で皇太子妃殿下に頭を下げた。


「申し訳ございません。妃殿下。お母上を叱るような事をさせてしまって」


 妃殿下はなんだかプルプル震えながら仰った。


「いえ、私も母には言ってやらねばと思っていましたから良い機会でした。……それに、シルフィン様の方が遥かに怖いですから」


 そういうわけで、ちょっと暗黒面を露出させ過ぎた私はこの後、フレイヤー公爵家一族のご婦人方と対立関係になってしまって、色々と面倒な事になってしまった。おまけに私の怒りに引いてしまって、しばらく私に寄り付かなくなったご婦人もいた。せっかくこれまでは温厚な才媛という評判だったのに。


 だけど私が伯爵令嬢を庇ったことは、身分低い者にもお優しい方である。理不尽な事は身分を超えて怒って下さる方であるという良い評判にも結びついたようだった。


 ただ、私が庇った伯爵令嬢をそのままにはして置けないという事になり(サッカラン侯爵夫人の復讐が彼女に向かう可能性がある)、結局は色々と手配して侯爵家嫡男に嫁入りさせる事にした。その手配が大変だったとお義母様がぼやいていたわね。申し訳ない。やっぱり皇族たるもの感情のままに動いてはいけないと私は反省したのだった。

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