二十三話 ロイメヤ元男爵令嬢の嫁に翻弄される(下)
シルフィンは面白い娘でした。公爵家に来て三日目くらいにはもうすっかり公爵家の姫っぽく見えるようになっていましたからね。
彼女に付けた主任侍女のレイメヤー曰く、非常に貪欲にお作法を上級侍女から学び、習得しているのだとのこと。
そしてこれは重要な事なのですが、シルフィンは堂々としているのです。いきなり上位貴族になったら、私なら随分と戸惑うと思いますのにね。
帝宮に上がり、皇帝陛下とお会いした時もそうです。シルフィンは堂々と皇帝陛下に自分の意見を言い、皇帝陛下を感心させました。これは私が同じ立場でしたら恐らく出来なかったでしょう。
その後、私は同席しなかったのですが、姉の皇妃様と皇太子殿下、殿下の婚約者のスイシス様、第二皇女イーメリア様とヴィクリートとシルフィンでお茶会が行われたそうです。その事について後日お姉様がしきりに感心しながらお話くださいました。
「あのシルフィンというのは面白い娘ですね」
私はおや? と思いましたよ。お姉様はヴィクリートとイーメリア様の婚姻を強くお望みでしたから、シルフィンとヴィクリートの婚姻には良い思いをお持ちでないと思ったのです。
それなのに感心したようなお顔でシルフィンを「面白い娘」と評したのです。お茶会に席で何があったのかは分かりませんが、どうやらシルフィンは皇妃たるお姉さまにも認められたようなのです。
皇帝陛下と皇妃様の承認があるのですから、シルフィンとヴィクリートの婚約はもう確定です。元老院も当家の承認、皇帝陛下の承認を覆すような事は出来ません。
こうなると後は、シルフィンを何とか社交界全体から認めさせる事です。困った事にどこから漏れたものか、シルフィンが男爵令嬢出身であることは社交界に広まってしまっていました。
実は皇太子殿下の婚約者であるスイシス様は格の低い伯爵家出身で、侯爵家の養子になって身分を誤魔化して殿下と婚約なさっていました。その時のように極秘で動ければ楽だったのですが、どこから漏れたものか……。
ですから男爵令嬢ではあるけども、シルフィンは公爵家の嫁に相応しいほどの貴婦人である、と社交界に認めさせるほど、立派なお作法とマナーと教養を身に付けてもらう必要がありました。
言うまでもない事ですが、これは教育を受けるシルフィンは元より、教育を施す側の私にも大変困難な事です。私は教育者として名高い高位の婦人に頭を下げ、シルフィンの先生になってくれるように要請しました。
お作法、マナー、教養は元より、ダンス、芸術などの講師を招くのですから十名以上の方にお願いしました。勿論多額の報酬をお約束致しましたよ。
そうしてシルフィンの教育を始めたのですけど、最初は講師の方々は呆れていましたね。シルフィンがあまりにも何も出来なかったからです。まず立ち方歩き方から始めるのですから三歳児レベルのスタートだったのです。講師のご婦人方はため息を吐かれ「これは無理ではないかしら?」とはっきり仰ったくらいです。
ところが、シルフィンは熱心な上に根気もありましたから、上達が非常に早かったのです。講師の方というのは、熱心な生徒を喜ばれますから、すぐに講師の方も熱を入れてシルフィンの教育に取り組んでくれるようになりました。
特にダンスの上達はあっという間でしたね。シルフィン曰く、元々農民の間にも踊りはあるので、素養はあったのでしょうとの事でした。
反面、最後まで苦戦したのが貴族の家系や序列の暗記で、でもこれも熱心に取り組んだからある程度は克服していましたよ。
おかげでほんの一ヶ月ほどで社交界デビューの見込みは付きました。私としては望外の速さでしたよ。講師のご婦人方も感動して、彼女達はシルフィンの事を非常に褒め、シルフィンの熱心な支持者になってくれました。
さて、シルフィンをどのように社交界デビューさせるかは色々考えましたよ。ただ、この時はヴィクリートがしきりに婚約式を早く行いたいと主張していました。
早く婚約して安心したいというのと、婚約したらシルフィンを連れて領地に引き篭りたいとかとんでもない事を考えていたようですが、早く婚約してしまうのは悪い方法ではございません。
というのは、現状ではシルフィンはあくまで伯爵家養女です、男爵令嬢よりはマシですが、公爵家がお付き合いする方々の中に入りますと身分が低い部類に入ってしまいます。
そうするとそれなりに謙った社交をしなければなりません。それだと当然予想される彼女への誹謗中傷や嫌がらせから逃れ難くなってしまいます、
それならば正式に婚約式を挙げてしまって、シルフィンにヴィクリートの婚約者、つまり準皇族の地位を与えてしまって、階位で身を守らせた方が楽でしょう。
ということで、ヴィクリートとシルフィンは婚約式を挙げ、その披露宴がシルフィンの社交界デビューとなりました。ですからいきなりホストとしてのデビューだったのです。シルフィンは大変だったでしょうね。
しかしシルフィンはこれを難なくこなしましたよ。皇族が集まる婚約式でも全然緊張したご様子は見せず、皇帝陛下とも皇妃様とも皇太子殿下ご夫妻とも親しげに堂々と談笑する様は、何年も公爵家の娘でしたよ? と言わんばかりでしたね。
ウィプバーン公爵家、フレイヤー公爵家の者達は、最初はあからさまにシルフィンと私たちレクセレント公爵家に批判的な態度でした。しかし皇帝陛下御一家がこうまでシルフィンに好意的だと、あからさまに拒絶するわけにもいかなくて困ってしまっていましたね。
それにしても人の好悪が激しいお姉様までが、身分低いシルフィンにこうも好意的なのはどういう訳なのでしょうね?
そして夜会ではそれはもう立派な振る舞いで、儀式的なお料理の取り分けなんて数時間に及ぶ難行苦行ですのに嫌な顔一つ見せず、ヴィクリートと踊ったダンスはあまりの見事さに私までが思わず本気で拍手したくらいです。
これはどうも、私もシルフィンをまだ侮っていた、と思わざるを得ませんでしたね。
実際に様々な社交に出ても、シルフィンは全く見劣りしませんでしたよ。お茶会に出ても所作は無難ですし、受け答えもしっかりしていますし、出席者の方々の名前や経歴もしっかりと予習していて、話題にも普通に乗ってきます。
初めてお会いする方々はどんなものかと身構えていらっしゃったのに、シルフィンがあまりに普通なものですから、拍子抜けしておりましたよ。
芸術系の社交は教養がものを言うので、シルフィンも苦戦するかと思いきや、これも無難にこなしていました。レイメヤーの報告では、前の晩にレイメヤーや上級侍女と予習をしているのだそうで、そもそもお芸術が嫌いではなさそうだ、という事でした。確かにシルフィンは絵も上手く、彼女の選んだ宝飾品のセンスも良いのです。
特にシルフィンと仲良くなったのはブログレンツ侯爵夫人でした。この方は庭園の造園が趣味なのですが、それで農民だったというシルフィンとお話が合ったようなのでした。親密な友人が出来れば社交はグッと楽になります、私は安心して、シルフィンを一人で社交に送り出せるようになりましたよ。
ただ、やはりどうしても男爵令嬢出身ということで、身分に強い拘りを持つ方はシルフィンを避けましたし、シルフィン本人や私に嫌みを言う方もいましたよ。でもシルフィンは上手にスルーしていました。その対応が正しいです。シルフィンは今や皇族です。高貴な者は下々の雑音に心を惑わされてはなりません。
ですが、ある時サッカラン侯爵夫人がシルフィンに因縁を付けた事がございます。サッカラン侯爵夫人は皇太子殿下の婚約者であるスイシス様の実の母、という事になっております。実際は義母ですが。そのためこのところ社交界でかなり勢力を拡大しているのです。
ちなみにシルフィンの義母であるブゼルバ伯爵家は、我が家の支援で貴族界での格を大幅に上げたのですが、夫人などは恐縮してしまってむしろ社交界にはあまり出なくなったのです。
それはともかく、サッカラン侯爵夫人はわざとワインをこぼし、シルフィンに掃除をしろと言ったわけです。シルフィンが侍女だった事を当てこすっているのでしょう。
そんなものは無視して構わないのですが、その時のシルフィンは何やら考えて、そして侍女に何かを命じ、続けてレイメヤーに手袋を外させました。な、なにをしでかすつもりでしょう?
会場全員の注目を十分に集めておいて、シルフィンは侯爵夫人を叱り始めました。
「良いですか? 侯爵夫人。赤ワインは大変落ちにくいので絨毯に零すなんてとんでも無い事です。無作法にも程があります。気を付けなさい!」
これには場の全員が驚きました。しかしながら私はすぐに気が付きました。シルフィンの方が身分高い者なのですから、これで良いのです。
つまりシルフィンは侯爵夫人が意地悪でワインを溢したことを侯爵夫人の不手際、粗相と捉えて侯爵夫人を叱責してみせたのです。
そしてシルフィンは自分で掃除をしてみせながら、何度も何度も侯爵夫人の粗相を叱りつけます。最終的には侯爵夫人は謝罪までさせられていましたから、サッカラン侯爵夫人は大恥をかいてしまいましたね。
何ともまぁ。見事な嫌味返しではありませんか。しかも貴族的な返しでは無いので私どもには予測が出来ません。シルフィンを下手に怒らせると何をされるか分からない、ということになれば、その評判がシルフィン自身を守る事になります。
こうしてシルフィンはそれこそあっという間に社交界で確固たる地位を築く事になりました。
そして私はシルフィンの教育の総仕上げとして、シルフィン主催での夜会を開催させたのです。晩餐会及び舞踏会です。皇族を始めとする大貴族が招待される大きな夜会です。場所はあえて公爵邸で行いました。帝宮を使わなかったのは、シルフィンが公爵家の使用人を使いこなせるかどうかを見て見たかったからです。
夜会のホストを務めるというのは大変な事です。準備にも手が抜けませんし、独自の趣向が凝らせねばなりません。そうして開催しても主催者に人望が無く、招待客が出席を次々辞退するような事になりますと大恥になってしまいます。並大抵で出来る事では無いのです。
しかしシルフィンはごく楽しそうに夜会の開催準備をしていましたね。
使用する大広間に庭園で摘んだものや購入した花をとんでもないほど飾りまして、広間に匂いが充満する程でした。驚く私にシルフィンはニコニコしながら「サミュエリの詩の一つのイメージですの」なんて言っていましたね。確かに息が出来ぬほどの花の匂いの中を蝶々が踊るという詩がありましたね。そんな詩まで覚えたのですか?
と、私は驚いたのですが、レイメヤーが言うには、花をたくさん飾るという発想がまずあって、それに合う詩をレイメヤーと一緒に探したとのこと。でも、それでも大した物です。
テキパキと使用人にも指示を出していまして、使用人曰く指示が的確で分かりやすいとのこと。恐らく自分が侍女だったので、使用人がやり易く分かりやすい指示が出せるのでしょう。
上級使用人も問題無くシルフィンに従っているようです。高圧的に振る舞うでもなく自然と我が家のプライドの高い上級使用人を従わせているのですからこれも大した物なのです。
夜会は大成功でした。シルフィンの趣向は好意的に受け取られました。既にシルフィンが、庭園散策が好きなのは有名でしたから彼女らしい趣向だと思われたようです。それとブログレンツ侯爵夫人曰く、飾られた花は珍しいものが多かったらしいのです。シルフィンがお客様にそれを一つ一つ解説して感心させる事で、自然とシルフィンを皆様が尊敬するようになるという構造にもなっていたのです。
私は感心を通り越して感動いたしました。独自の趣向を皆様に理解して楽しんで頂くというのは簡単な事ではございません。それを易々とやってのけたのですから、もう誰も、シルフィンを半人前扱いは出来ないでしょう。
◇◇◇
シルフィンが思いの外早く社交界に受け入れられたので、私と夫は予定を変更して、翌春の魔力奉納にシルフィンを伴いました。
元々侯爵領にヴィクリートと共に行きたがっていたシルフィンですから、それは喜びましたよ。麦畑が広がるだけの公爵領の何が楽しいのかは私には全然分かりませんけれどもね。
ところがこの公爵領でシルフィンは、この何年も公爵領を悩ませていた麦の不作の原因を見つけてしまうのです。これには私は元より夫もヴィクリートも驚嘆しましたよ。ヴィクリート曰く、実際に農業に従事していた彼女でなければ気が付かない事だったそうです。
そしてシルフィンがそこらの貴族婦人と一味違うのは、ここで公爵領の農業の改善策を発案し、それを夫やヴィクリートに提案させて認めさせてしまった事です。
つまり公爵領の政治に口を挟んだということで、シルフィンはこれに関連して領地の税制にまで意見を述べたそうではありませんか。何ともこれは恐るべき事なのです。
貴族夫人は社交がお仕事です、政治や軍事は男性の仕事。場合によっては領地との連絡や予算の管理などを請け負う方もありますが、基本的に女性は領政には口を出しません。知識も経験も無いから出来ないのです。
それをシルフィンは夫もヴィクリートも持たない知識を元に二人を説得し、認めさせてしまったのです。つまり彼女はこの時点で貴族夫人の範疇を超えてしまったのでした。
改革が終わっていないから戻れない、と言うシルフィンを渋々領地に残して夫と共に例年通り南の離宮に下る間、私は反省しきりでした。私も領地のためにもう少し出来る事があったのではないかと。先日まで男爵令嬢だったシルフィンに負けた気分だったのです。
すると夫が慰めてくれました。
「ロイメヤは出来る事で私や領地の役に立っておる。気にする必要はない。シルフィンには魔力奉納が出来ぬのだからおあいこではないか」
夫はそう言ってくれた後、面白そうな顔をして続けます。
「どうもシルフィンはとんでもない女性のようだな。ヴィクリートの奴の手に負えれば良いのだが」
全く同感でした。そしてその予感は当たりました。シルフィンはこの後、帝都に戻ってから皇帝陛下直々の命を受け、帝国中の農地視察を命ぜられたのです。そんな勅命を受けた貴族婦人はもちろん前代未聞です。私も夫も驚愕して顎が外れそうになりましたよ。
そして彼女はヴィクリートと一緒に帝国全土を視察し、非常に的確な改善提案を皇帝陛下に提出したのだそうです。それを見た大臣諸卿は顔色が無かったそうですよ。何しろ大臣達は長年、麦の収穫量が減ることは分かっていながら、何も出来なかったのですからね。
皇帝陛下は「惜しい。シルフィンが男性なら大臣に取り立てたのに」と嘆いたそうです。最大級の賛辞だと言えましょうね。
◇◇◇
どうもこれは、家の嫁は只者では無いと分かってきた私ですが、実はまだまだ分かっていなかったと理解したのは、皇太子殿下のご結婚式の直前の事件の時でした。
皇太子殿下と婚約者のスイシス様は、何しろ皇太子殿下が一方的に惚れ込んだのですから、ご関係が悪かろう筈が無いのですが、何かと喧嘩をしてはヴィクリートが仲裁に入るなどしていました。まぁ、喧嘩するほど仲が良いとも言いますしね。
しかし、結婚式前のこの時期、どうもひどい喧嘩をしてしまったらしく、ヴィクリートとシルフィンに仲裁に入ってもらえるよう、皇帝陛下から夫に打診があったようです。
本来であればこのような場合、皇妃様が仲裁に入るべきでしょう。ですがお姉さまにとって皇太子殿下は実のお子ではありません。そしてスイシス様に対しては、お姉様はどうも良い感情をお持ちでは無いのではないか、という節がありました。
なので仲裁に入りにくいのだろうと、この時は思っていました。
しかし事情がそれどころでは無かった、と分かったのはシルフィンとヴィクリートが帰宅してからでした。
シルフィンの報告ではかねてから噂になっていたスイシス様のご令嬢方への嫌がらせがお姉様の指示であり、皇太子殿下を怒らせて、お二人を別れさせるための策略だったというのです。
な、何ということをするのですか! お姉様は! そんな事をしたら婚約破棄という汚点が付いてしまった皇太子殿下は皇位を継げなくなってしまいます。
ところがお姉さまの狙いは皇太子殿下を皇位継承出来なくさせて、代わりにヴィクリートを皇帝にする事だったというのです。
私の頭の中に、もう二十年も前になる情景が鮮明に浮かびました。
ヴァレジオンと結婚したいと泣いていたお姉様。皇帝陛下には既に最愛の愛妾がいらっしゃいました。ご自分に公爵家の後ろ盾がほしいという理由だけでお姉さまを妻にと望んだ身勝手さには私も怒りを覚えたものです。
必死に慰める私にお姉様は叫んだのです。
「貴女がヴァレジオンと結婚したくて、皇帝陛下を唆したのでしょう!」
そんな事ができる筈がありません。私は悲しみましたがお姉さまのお気持ちも分かりましたから黙っておりました。
お姉さまの中にあの時の恨み辛みが未だに残っていたのでしょうか。ヴァレジオンを私に奪われたと考え、取り戻すためにヴィクリートを皇帝の座に付け、自分は上皇妃、つまりヴィクリートの義理の親になろうとしたのでしょうか。
私はやはりヴァレジオンと結婚すべきではなかったのではないでしょうか。何とかお姉様とヴァレジオンが結婚出来ていれば、こんな事には……。
私が落胆のあまりそう漏らしますと、シルフィンが私の前に跪き、私の目をしっかり見据えて言いました。その目には気遣いとそして励ましの強い光がありました。
「そんな事は分からないではありませんか。大事なのは現実です。公妃様と公爵閣下はあんなに仲睦まじいではありませんか。それにお二人が結ばれなければヴィクリートは生まれませんでした。私はその事だけでもお二人が結婚してくださって良かったと感謝することしきりなのです」
どんなにその言葉が私を救ってくれた事でしょう。どんなに嬉しかった事でしょう。
どうしてシルフィンがあんなにあっさり社交界に受け入れられて、しかも皇帝陛下に認められるくらい政治にも大活躍出来たのか、私は不思議に思っていました。
しかしこの時に理解いたしました。シルフィンはいつも物事にこのように真摯に、真心を込めて取り組んでいるのでしょう。私手を握って、私の目を見て語り掛けるその姿には一つの嘘偽りも誤魔化しもありません。
思えば私はお姉さまに、これほどの姿勢で語り掛けた事があったでしょうか? やはり相手は気性の激しい怖い姉だから、言ってもわかってもらえないから、という遠慮があったように思えます。
反省いたしました。そうです。今からでも遅くはありません、お姉様と真摯に真心を込めて話してみよう。私はシルフィンに感謝の言葉を掛けつつ、そう決心していました。
数日後、帝宮に上がった私はお姉様と面会いたしました。
お姉さまのお顔を見てびっくりいたしました。何だかお姉様が、憑き物が落ちたようなスッキリした顔をなさっていたからです。私を見る目に翳りもありません。
お姉様は言いました。
「……陛下と、仲直りしたのです」
え? 私は耳を疑いました。お姉様は結婚時の事情で陛下の事を強く恨み、憎んでいた筈です。
「陛下が、言葉を尽くして私に謝り、そして今では私を唯一の妻として愛している。そして結婚してから自分に尽くしてくれて感謝している。結婚時の事情についても詫びて下さいました」
……にわかには信じられません。あの皇帝陛下が妻相手とはいえ、それほど赤裸々に自分の思いを率直に述べられるとは……。
「それで、気が付いたのです、長年連れ添い、一緒に苦労をしてきた皇帝陛下を、私ももう愛している事に。その事に気が付きたく無かったのかも知れませんね」
長年夫婦をやっていれば、自然とお互いを労り愛する気持ちが湧いてくるものですう。まして最高位だけに孤独な皇帝と皇妃ですもの。お互いにお互いしか分からない感情を抱えることになるのでしょう。
お姉様の心が安らかになったのなら何よりです。私は思わず目を潤ませました。
「貴女にも謝罪を。ロイメヤ」
しかしお姉さまの意外な言葉に涙が引っ込んでしまいました。
「せっかく私を気遣ってくれた貴女に、私は酷い事を言いました。すみませんでした」
「お、お姉様……」
私は驚きました、まさかお姉様がそんな事を覚えていて下さるとは思っていなかったのです。
「そ、そんな、謝罪されるような事では……」
言いながらまた涙が復活してきてしまいます。しかも今度は潤む程度では止まりません。ポロポロと流れ出してしまいます。それを見て、お姉様は席を立ち、私の手を取りました。
「許してくれとは申しません。ですが、これからも仲の良い姉妹でいて下さいませ。ロイメヤ」
「はい……、ハイ!」
私とお姉様は涙ながらに手を取り合ったのでした。
お姉さまの話では、シルフィンはお姉様を相手に一歩も引かず、皇妃であるお姉様の怒りを買うことも恐れずに立ち向かい、ついにお姉様を諦めさせたのだとか。
「それを自分の為ではなくスイシスの為にしたのですからね。心底呆れました」
そう言いながらお姉様は嬉しそうに微笑んでいましたよ。そんなシルフィンの姿を見て皇帝陛下は黙っていられなくなって、お姉様と真剣に向き合う事を決めたのだとか。
私が決意した時と同じです。シルフィンの真っ直ぐな姿勢には、見る者を動かす何かがあるのでしょう。
「ロイメヤ。シルフィンを大事にしなさい。あれは帝国を変えてくれるかも知れません。今やヴィクリートはどうでも良いですが、シルフィンは皇妃の座に上げたかったですわね」
厳しいお姉様がこのように褒めるのですもの。皇帝陛下も皇太子殿下ご夫妻もシルフィンには感謝することこの上ありませんでした。
おかげでシルフィンは帝室から一目置かれる存在として帝国中に認知されてしまいました。一年前には誰がそんな事を予測出来たでしょうかね。
私はこの時点ですっかり感心していたのですよ。ですが実は、私はまだまだ、シルフィンの実力を知らなかったのだ、とこの一年後にまた思い知らされる事になるのです。
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