二十一話 シルフィン皇太子殿下と妃殿下に大変感謝される

 公爵邸に戻った私は公爵閣下と公妃様にご報告をした。細大漏らさずお伝えしたわよ。一緒に聞いていたヴィクリートは呆れて憤慨していたわね。


「なんだそれは。私がメルバリードに変わって皇帝に? あり得ない」


 そうよね。そう言うと思ったわ。


 公爵閣下も唖然としていらっしゃった。そしてスイシス様と皇妃様と面会して状況を掴んでくれた事を私に感謝して下さった。まぁ、今回およそ私何にも出来なかったんですけどね。


 公爵閣下とヴィクリートは対策を協議するとのことで別室に行かれた。もしも皇妃様の行動が彼女の独断ではなく、他の貴族を巻き込んだものだった場合面倒な事になるかも知れないと仰って。


 サロンには私と公妃様が残された。私は疲れたのでお部屋に下がろうと思ったのだけど、公妃様が何だか額を抑えてぐったりしていらしたので気になって声を掛けた。


「どうしたのですか?」


 すると公妃様はいつもからは信じられないくらい弱々しいお声で仰った。


「私のせいなのです……。お姉様がそんな事を企んだのは……」


 はい? 公妃様のせいとは? 何がどのように公妃様が関わってくるのでしょう?


「お姉様は私の夫の事が、ヴァレジオンの事が好きだったのです」


 は? 私は目を丸くしてしまう。それは初耳だし、確かに今回の件に大きく関わってきそうな話だ。


「当時レクセレンテ公爵家とウィプバーン公爵家は仲が良くて、両家の間に家族ぐるみで交流があったのです……」


 そう公妃様が話し始めたところによれば、当時両家の間に縁談が持ち上がり、そこでまず取り沙汰されたのは、ウィプバーン公爵家長女であるイセリアーネ様とレクセレンテ公爵家嫡男であるヴァレジオン様の縁談だったそうだ。これにはイセリアーネ様は狂喜なさったそうだ。元々ヴァレジオン様の事が好きだったから。


 ところが、話は上手く進まなかった。というのはヴァレジオン様よりイセリアーネ様の方が二つ歳が上だったからである。妻の方が年上である夫婦など珍しくは無いが。やはり妻が年下の方が良いと見做されるのも確かだ。


 で、イセリアーネ様の下には公妃様、ロイメヤ様がいた。年齢的に適当なロイメヤ様の方が相手として相応しいとレクセレンテ公爵家が考えてもまぁ、不思議では無い。


 ロイメヤ様は必死にご辞退申し上げ、何とか姉君とヴァレジオン様を結ばせようとしたのだそうだ。実はロイメヤ様もヴァレジオン様の事を密かにお好きだったのだが、イセリアーネ様の熱情を知っていたロイメヤ様は姉の想いを優先したのだ。


 ところがここで、現皇帝陛下、当時の皇太子殿下マクファーレン様とイセリアーネ様の縁談が持ち上がる。当時、マクファーレン様は伯爵家令嬢の恋人、つまり後の現皇太子殿下のお母様とお付き合いしてらしたそうだけど、どうも身分を超えてまで妻に迎えたいとは思っていなかったようだ。


 で適齢期になったので婚約者探しを始め、同年齢で身分も適当であるイセリアーネ様に白羽の矢が立ったのだそうだ。


 イセリアーネ様は嫌がったそうだが、相手が次期皇帝ではこの上なく名誉なお話だから、ウィプバーン公爵家としては断る理由が無い。ロイメヤ様は自分が皇帝陛下に嫁入りするとまで言って姉の恋路を成就させようとしたのだが、皇帝陛下とロイメヤ様は五歳差だ。こちらは少し歳が遠くて無理だったのだ。


 こうしてイセリアーネ様は泣く泣くマクファーレン様のお妃に、皇太子妃殿下になり、残されたロイメヤ様がヴァレジオン様のお妃様になられたのだった。


 マクファーレン様は自らの後ろ盾になる家柄のお妃様が欲しかっただけで、愛情はかねてからの恋人であった伯爵家出身の方に向けられていた。その方はご成婚と同時にご愛妾となられた。つまりイセリアーネ様は最初から愛されない妻として帝宮に入られたのだ。酷い話ではあるが、貴族としては珍しくもない普通の話であるそうだ。


 ただ、マクファーレン様はイセリアーネ様の事を尊重なさり、公的にも私的にもただ一人の妻として扱い、ご愛妾は表に出さなかったのだそうだ。後継者争いの元になるからと子供も産ませないようにしていらしたという。


 だが、イセリアーネ様との間にはご結婚後すぐに女子、つまりファルシーネ様が生まれたのだが。その後はお子が生まれなかったのだそうだ。こうなると、次代の皇帝陛下を得るためには手段を選べない。


 皇帝陛下はこの時にあえてご愛妾を増やされた。以前からの最愛のご愛妾だけに子供が出来るような事があるとイセリアーネ様がショックを受けると思ったのだろうという。


 しかし案の定というかなんというか、その最愛のご愛妾が男児を出産。これがメルバリード様だ。その後に他のご愛妾も女子イーメリア様をお産みになったのだが、問題はやはり男児を出産なされたご愛妾だ。次代の皇帝の生母ともなると、日陰の身にはしておけなくなる。


 正妻としてのイセリアーネ様とご生母様としてのご愛妾が帝宮内で鼎立するような自体になれば、皇妃様の立場が揺らぐ。イセリアーネ様としてはせっかく泣く泣く嫁いできたのにそんな扱いをされてはたまらないと考えた事だろう。


 ところがメルバリード様のお母上はメルバリード様ご誕生の二年を待たずしてお亡くなりになってしまった。なのでご生母様の扱いに困る事態は起こらずに済み、メルバリード様はイセリアーネ様の元で育てられる事になったのである。


 ……何ともはや覚えきれないくらい複雑な事情があったものだ。貴族の家庭事情は複雑怪奇。まして皇族においておや。


 しかしそれなら、メルバリード様のご生母様はもういないのだし、メルバリード様も育ての親として皇妃様をしっかりと尊重してくださっているのだから、何の問題も起こらないような気がするけども。


「どうも皇太子殿下がスイシス様と婚約なさりたいと仰った時に『スイシスは愛妾にすれば良いではないか。私はそうした』と皇帝陛下が仰ったようなのです」


 あちゃー。それを聞いた皇妃様はご自分の嫁入り時の事情をまざまざと思い出してしまったという事なのね。


 で、皇太子殿下は「私はそんな事はしたくない!」と叫んで周囲を動かし、身分ロンダリングをしてスイシス様と婚約した。この時、かなり極秘に上手く動いたため、スイシス様が身分低い伯爵令嬢である事はほとんど公にならなかったらしい。


 これを見て、皇妃様は「そんな方法があるなら皇帝陛下もやればよかったのだ。そうすれば私は想い人と結婚できたのに!」と思った事だろうね。


 ここで皇妃様は長年抱えていた不満とか悔恨とかが爆発してしまったのだろう。それがどう変質したものか、かつての想い人と妹の子供で、もしも自分と公爵閣下が結婚していたらこういう子供が生まれただろうと思える容姿のヴィクリートを皇帝にしたいという妄執になってしまった、という事らしい。


「……どう考えてもお義母様のせいではありませんよ」


 まぁ、誰が悪いとは言い難い。強いて言えば、誰も悪くない。単純に皇妃様が勝手に妄執を膨らませただけで。


「そうかもしれませんが、もしもあのままお姉様がヴァレジオンと結婚していれば、お姉様は今頃平穏な思いで暮らしておられたかも……」


 むむむ。ちょっと待って欲しい。私は公妃様にそんな事を思って欲しくない。


 私にとって公妃様は愛しいヴィクリートの母親で、私を受け入れてくれた大恩人で、教育もしてくれて、尊敬も出来て、たまに厳しいけどお優しくて、とにかく自慢のお義母様なのだ。実の母が亡くなっているのだから唯一のお母様だ。私は公妃様が公妃様で良かったと思っているし、その事を誇りに思っていて欲しい。


 私は椅子を降りて公妃様の前に跪き、彼女の手を取った。


「そんな事は分からないではありませんか。大事なのは現実です。公妃様と公爵閣下はあんなに仲睦まじいではありませんか。それにお二人が結ばれなければヴィクリートは生まれませんでした。私はその事だけでもお二人が結婚してくださって良かったと感謝することしきりなのです」


「シルフィン……」


 私は公妃様の右手を両手で包みながら、公妃様のお顔を笑顔で見上げた。


「大丈夫です。皇帝陛下は皇妃様を大事にしておられます。悪いようにはなさいません。ご安心くださいませ」


 公妃様はしばし呆然と私を見ていたが、やがて目に涙を浮かべて微笑むと、私の手に左手を添えた。


「ありがとうシルフィン。私は良い娘を得たわね」


 私と公妃様は微笑み合い、手を握り合ったのだった。


  ◇◇◇


 結局、問題が公になる事は無かった。


 皇妃様が罰せられるような事は起こらず、何の動きも無かった。


 ただ、スイシス様は嫌がらせをしたご令嬢方に謝罪をしたそうだ。ご令嬢方は快く(貴族表現ね)謝罪を受け入れて下さったそうで、これで一件落着。という事になったらしい。


 まぁ、皇帝陛下とか公爵閣下とか皇太子殿下とかヴィクリートとかが一生懸命動いてくれたんだろうね。お義母様が悲しむような結果にならずに何よりだ。


 その公妃様は皇妃様に何度かお会いしてお話をしていたわね。お二人は元々仲の良い姉妹でいらしたのだけど、結婚の事情でやはりどうしても感情的なしこりがあったらしい。今回の事で話し合って綺麗にそれが取れると良いんだけどね。


 問題はあらかた片付き、そして予定通り、皇太子殿下とスイシス様の結婚式が行われる事になった。


 何しろ大帝国の皇太子のご成婚である。それは単なる結婚式ではなく、国家行事だ。


 まず、結婚式の十日前から祝日扱い。帝国の全土に結婚を祝うようお触れが出て、十日分の食べ物が配られる。結婚式当日には各領の領都で酒が振舞われるのだそう。


 帝国全土でこれだから、帝都では十日前からお祭りだ。帝都全体が華やかに飾り付けられ、出店も出て大騒ぎになっていたらしい。


 庶民がこの騒ぎなのに貴族が普通に過ごしている筈がない。帝宮では複数のホールで十日前から祝宴が行われる。これは大貴族が持ち回りで次々と連続で行うもので、どの家も次代の皇帝陛下に気に入られる為に、威信を賭けて趣向を凝らして盛大に開催される。


 そして皇族である私達はこれに毎日出なければならない。強制参加だ。勿論だが私とヴィクリートだけじゃないよ。皇帝陛下ご夫妻も、イーメリア様も、三大公爵家も、そして主役の皇太子殿下とスイシス様もだ。


 大変です。何しろ大貴族各家が'全力で開催している祝宴である。こちらも気合を入れて臨まないと失礼になる。なので正装に身を包み完璧な礼儀作法を意識し、皇族に相応しい立ち振る舞いをしなければならないのだ。三日でバテたわよもう。


 ところがこれが十日では済まない。結婚式を挟んで更に十日も開催されるんですよ。頭おかしいんじゃないですか? 前後三日ぐらいにしましょうよ!


「そうすると、開催したいと希望する大貴族の間で争いになってしまうではないか」


 ヴィクリートの言葉に私は絶句した。こんな途方もない費用が必要な祝宴の開催を希望する貴族は、これだけ長い期間開催してもまだまだ居るのだという。


 ちなみにレクセレンテ公爵家でも一日開催した。一晩ではない。一日だ。流石は三大公爵家。この日は何しろ私はホスト側であるので、出席するよりも更に大変だったわよ。


 そんなこんなで大騒ぎの中、天気の良い秋の一日に、帝都の中央大神殿で皇太子殿下とスイシス様の結婚式は執り行われた。


 伯爵以上の上位貴族が総出で出席し、外国からの招待客も百人くらい来ているという凄まじい数の出席者が見守る中、まず皇帝陛下ご夫妻が重厚極まりない儀式正装を纏って入場する。


 皇妃様は普通に微笑んでいらっしゃる。まぁ、皇妃様ともなれば社交笑顔は鉄壁だろうけどね。


 続けて皇族の入場だ。イーメリア様、そしてその後に某系皇族たる公爵家一同だ。つまり私もここに入っている。……まだ婚約者なのに良いのかしら?


 何しろ千人くらい(貴族だけでなく従者も含むから)の人々に見守られながら、暑苦しく重苦しい儀式正装で、儀式作法に則って進むのだ。緊張するし間違えたら大変だしでもう大変だった。


 しかし後日そういう感想を漏らすとヴィクリートは笑って言った。


「何を言っているのだ。君と私の結婚式も大体あんな感じなのだぞ? 良い練習になったと思えば良い」


 ……ちょっと待って下さいませ。流石にあんなに盛大にやる必要は無いと思いますよ。しかし聞けばお祭りは流石に無いし、祝宴も前後六日になるけども、結婚式の出席者は外国の使節がちょっと減る以外は大体同じになるだろうとのこと。……後でスイシス様にどう心構えをしたら良いか感想を聞いてみよう。


 そのスイシス様は花嫁にしか許されない純白の豪奢なドレスに身を包み、やはり白いコート姿の皇太子殿下に手を引かれて入場していらっしゃった。


 それはもう周辺が暖かくなるくらいお似合いのお二人で、お二人とも社交笑顔の範囲を遥かに飛び越えた幸せそうな笑顔で、見ている私は勝手に目が潤んでしまった。はー。いいわー。


 大神官の指導に従って大地の女神に結婚の誓いを立て、巫女からの祝福を受けたお二人は、誓いのキスを交わして満座の出席者からの万雷の拍手を浴びせられた。……見ている分には良いけども、これを私にやれと? 本気で? この人数が見守る中でキスをしろとかどういう世界なの?


 しかしこれも私が後で慄いていると、ヴィクリートが悪戯小僧のような顔で言った。


「なに。キスだけなら良い方だ。かつては、新婚初夜の際や出産の際に親戚一同が立ち会ったという時代もあったのだ」


 な、何ですと?


「皇族の血統を間違い無く引いている事を一族に証明するためにな」


「……実家に帰らせて頂きます」


「大昔の話だ。今は大丈夫だから安心せよ!」


 ま、まぁ、それは兎も角、皇太子殿下とこの瞬間に皇太子妃になられたスイシス様はもうお二人とも涙を浮かべながら来客の歓呼の声にお答えになっていた。祭壇の上から降りてきたお二人を皇族が取り囲む。


 皇帝陛下も皇妃陛下も嬉しそうにお二人を抱擁し、祝福していた。皇妃様と皇太子ご夫妻のご様子にギクシャクした物は見られないので、おそらくは蟠りの解消がこの時までに色々謀られたものと思われる。皇太子殿下はご成婚と同時に帝宮の内部に皇太子宮殿を興し(離宮を皇太子宮殿に指定することが多い)皇太子府を設置。皇帝陛下の権限をかなり移管される。


 つまり皇帝と皇太子の間の権限差、権力差が減るので、皇帝と皇太子の不仲は帝国政治の不安に直結するのだ。皇妃と皇太子妃の関係も同様だ。スイシス様にどの程度事情が話され、どの程度スイシス様が納得しているかは微妙ではあるのだけど、とりあえずお二人の間で折り合いが付いていると良いのだけどね。


 両殿下は次に公爵家当主の祝福を受けられ、次は次期当主の祝福を受けられる番になる。当然最初はヴィクリートと私だ。……いや、私本当は婚約者なので、まだヴィクリートと並んで堂々と出ちゃいけない気もするんだけど、誰も何も言わないので仕方なくヴィクリートと並んで進み出た。


 すると両殿下は見るからに緊張した面持ちとなり、私の、そうヴィクリートでは無く私の前に来て、深々と並んで頭を下げたのだ。えー!


 ちょ、ちょい、ちょっと待って下さいませ! 祝福を受けるべき花婿花嫁、しかも皇太子殿下ご夫妻が頭を下げるべき人なんてこの会場にはいませんよ! 見なさい! 会場中がドヨドヨしちゃっているじゃない! 止めて止めてー!


 と心では叫んでいるけどそんな事は言えませんよ。私は表面上はゆったり笑いながら、お二人に顔を上げるように促すしか無かった。


「そのような事をなさられては困りますよ。皇太子殿下。妃殿下。お顔をお上げ下さい」


 するとお二人は顔を上げて下さったのだけど、それはもう緊張感というか、感激というか、そういう感情を露わにした表情で私を見詰めていらした。そして皇太子殿下は私の手を取るとこう仰った。


「ありがとう。シルフィン。何もかも其方のおかげだ。其方が父と母を説得してくれたのだと聞いている。本当にありがとう」


 はい? 父と母? 皇帝陛下と皇妃様? を説得した?


 な、何の話でしょう?


 するとスイシス様も私の手をぎゅっと握り、涙を零しながら仰る。


「シルフィン様。このご恩は生涯忘れませぬ。これからも殿下と私をどうかお導き下さい」


 はい? 私が何をどうやって次代の皇帝陛下と皇妃様を導くというのですか? 何か途方も無い誤解を受けている気がするのですが?


 何度も何度もお願いしますと繰り返す両殿下を何とか宥めて次に行って頂いたのだけど、私の頭の中はハテナで一杯だったわよね。何がどういう話になっているのやら。


 その疑問はその日の夜会が終わってお屋敷に戻り、公爵閣下の説明を受けてようやく晴れた。


「スイシス様に嫌がらせを指示したのは皇帝陛下だった、という事になっておる」


 なんと! 公爵閣下曰く、皇妃様の事を庇うために皇帝陛下がそうしろと仰ったそうな。


 つまり、皇太子殿下とスイシス様の婚約が気に入らなかった皇帝陛下は、二人の関係を壊すために、皇妃様を通じてスイシス様に問題行動を起こさせるよう指示。目論見通りスイシス様の行動に皇太子殿下は激怒。このままだと婚約解消やむなし、という状況に陥ってしまった。


 ちなみに動機は「自分は伯爵令嬢との結婚が許されなかったのに、メルバリードだけずるい」と考えた、つまり私怨だという事にしたそうだ。なるほど、これだと皇帝陛下は皇太子殿下のご生母様と結婚したかったのに、という事になり、皇太子殿下の同情を誘い易い。


 そして皇妃様は皇帝陛下の命令でやむを得ずスイシス様にやらせたという事になり、こちらも同情の余地ありということになる。皇太子殿下としては次代の皇帝を生んでいない皇妃様の立場の弱さを以前から気に掛けていたようなので、それで皇帝陛下の命令を断れ無かったのだろうと考えたようだ。


 で、そのような状況の中、スイシス様の相談を受けた私が、内宮に乗り込み、皇帝陛下と皇妃様を並べて叱り飛ばした。ということになっているそうだ。……なにそれ!


 私に無茶苦茶に怒られた皇帝陛下と皇妃様は反省し、皇太子殿下とスイシス様を呼んで事情を説明し、謝罪。もうこのような事は二度としないと誓い、皆様は涙ながらに和解なさった。ということだった。


 めでたしめでたし。……は、良いんですけどね!


 それで両殿下があんなに恐縮した態度だったのか。明らかに帝国で二番目にお偉いはずのお二人が、私を畏れ敬うような態度だったんだもの。それはそうよね。私はこの帝国で一番お偉い皇帝陛下ご夫妻を上から怒鳴り付け、改心させた事になっているのだもの。


 お陰で外国から来ている使節の方々も含め、他の皇族の方々も高位貴族の方々も、一体この女は何者なんだ? という目で私を見てたわよ。おまけに夜会でお話しした皇帝陛下ご夫妻まで私に非常な親愛と感謝の意を示して下さり、それを見た周囲の顔色が変わっていたんですよ!


 しかし公爵閣下曰く、私の功績を前面に押し出す事で非常に丸く収まって、両陛下と両殿下のご関係は非常に良好になられたので受け入れて欲しいとの事だった。そう言われればもう我慢するしか無いんだけどね。良いのかしら。しがない農民の娘が次代の皇帝陛下の頭が上がらないような存在になってしまって。


 皇太子殿下のご成婚の大騒ぎが終わって、通常の社交の日々が戻ってきたんだけど、皇太子妃殿下は私の事を何度も帝宮の皇太子宮殿に招いて下さり、何かと私を頼りにして下さるようになった。政治のお話から個人的な事情の相談までだ。頼られるのは嬉しいんですけどね。


 お陰でそもそもヴィクリートが皇太子殿下と仲が良く、次代の皇帝陛下の腹心と見做されていたのに加えて、私まで皇太子妃殿下の懐刀と見做されるようになってしまった。レクセレンテ公爵家の株は爆上がりすることになり、他の公爵家や高位貴族までが私の事を完全に一目起き始めた。


 もはや私に嫌みや嫌がらせなどすれば皇太子妃殿下の逆鱗に触れる事が分かり切っているため、私の社交は非常に快適になった。その、私特に何もしていないんですけどね。良いんでしょうか。しかも扱いが何というかちやほやされると言うよりは、その、畏れられているようなんですよ。


 そりゃそうかもですよね。社交で皇妃様にお会いすると、皇妃様がそれはもうフレンドリーなんですもの。私の手を取って席に導き、何かとお話して下さる。皇妃様は以前から女性社交界では畏れられていた方だ。その皇妃様と堂々と対峙出来るというだけど周囲からは何者だこの女、という目で見られるわけよ。まぁ、実際は私だって未だに皇妃様に会うのは緊張するんですけどね。


 そんなわけで私は帝国社交界における立場を完全に固め、冬を越えて春になる頃にはヴィクリートと秋には結婚式を挙げる予定も決まった。婚約した時にはどうなることかと思ったけどなんとかなった訳ね。ヴィクリートとの仲はもちろん良好よ。ラブラブよ。うふふん。


 私は皇帝陛下と皇太子殿下に帝宮に呼び出され、大臣たちの前で帝国の農業についての話もして、引き続き帝国の農政についての相談に乗って欲しいとまで言われた。公費でまた帝国中を視察しても良いとも言われたわね。ヴィクリートとは今年は結婚式もしないといけないので無理だから、来年以降に今度は私の故郷を含む東部を見て回ろうか、という話をしていたわね。


 そうして年が明けて私は十七歳になった。私はこの年は結婚式で忙しくなるだろうけど、まぁ、去年までよりはまだしも穏やかな年になると思っていたのよ。


 それがまさかあんなとんでもない、激動の一年になるとは思ってもみなかったわね。


――――――――――――

「私をそんな二つ名で呼ばないで下さい! じゃじゃ馬姫の天下取り 」(SQEXノベル)イラストは碧風羽様。「貧乏騎士に嫁入りしたはずが!? 」(PASH!ブックス)イラストはののまろ様です。好評発売中です! 買ってねー(o゜▽゜)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る