十九話 シルフィン夫婦喧嘩の仲裁をする

 私とヴイクリートは、それから一月ほど帝国内部を視察して帝都に帰ってきた。ハイアッグから南に下り、東へ進みグルッと帝国を構成する半島の先を回って帝都に帰ってきたのだった。


 本当は帝都東部、つまり私の故郷の辺りも見て回り、もう一月くらい旅をするつもりだったのだ。しかし、未視察の部分を残して切り上げて帰る事にしたのは重要な行事に間に合わない可能性があったからだった。


 皇太子殿下とスイシス様の結婚式である。


 お二人の結婚は冬になる直前に帝都で行われる事になっていた。今は秋なのでもう直ぐだ。何らかのトラブルが起きて万が一間に合わないなどという事態になると困る。それで私とヴィクリートは予定を切り上げての帰還を決定したのだった。


 まぁ、視察の後半、帝国の最南部地域はそもそも収穫量に全く問題の無い地域だったので、私の仕事はほとんど無かったという事情もある。というのは、この辺りはそもそも暖かく乾燥した地域で、麦の栽培には向かないと昔から分かっている地域だったのだ。


 それでこの地方の栽培作物は、葡萄やオリーブなどが主なのである。後は果物や豆類。そういう作物でワインやオリーブオイルなどを生産し、帝都に出荷してそのお金で麦を買って食料を得ている地域なのだ。


 なのでぶっちゃけ私に分かる事が全然無い上に、そもそも収穫量が少なくて困っているという事も無く、私は葡萄農園や果樹園、ワイン製造所を見て歩いてほうほうと楽しむだけのお仕事になってしまった。物凄く興味深くて楽しかったけどね。


 点在する離宮や上位貴族の現地屋敷を泊まり歩いて、現地の貴族や豪族と社交もして、そこで様々な相談(政治的、経済的な相談が多かったわね)を受けて重要なものは帝都の公爵閣か皇帝陛下にお手紙を出して問い合わせていたから、全く遊んでいたわけではないわよ?


 むしろ皇族の方々が来てくれて社交に出てくれたと感謝されて大歓迎だったわね。帝都から遠いところに所領のある貴族の中にはほとんど帝都に行かない者もいて、そういう貴族は何か問題があっても皇帝陛下に訴えることも容易ではないのだ。


 なので私とヴィクリートはどこへ行っても大歓迎で、私は社交技術を磨いておいて良かったとホッとしたわよね。こんな地方に来れば私が男爵令嬢出身だなんて誰も知らず、皇族のお姫様だと崇め奉ってくるのだ。隙は見せられない。皇族の恥になる。


 反面、田舎であるので貴族達も素朴で親しみ易く、裏表の無い人が多くて、その点は非常に楽だった。帝都の社交界は魑魅魍魎の跋扈する恐ろしいところだからね。田舎万歳だ。


 本当は故郷に行きたかったけど、我慢した。ヴィクリートも残念がってくれたが「まぁ、また機会はある」とも言ってくれた。ただ、故郷に帰っても昔馴染みの農民に会って旧交を温めるなんてことは出来ないだろうし、実家だった家や土地はとっくに人手に渡ってるだろうしで、行っても仕方がないのよね。


 そうして私たちは視察を切り上げて、二ヶ月ぶりの帝都に帰還したのだった。帝都はもうすっかり木の葉色付く秋だったわね。


 公爵ご夫妻に帰還の報告をして、お土産を渡す。公爵ご夫妻は南には毎年行っているのでお詳しいけど、西部には行った事が無いらしくて私が語るハイアッグの港の様子を興味深げに聞いていたわね。 


 私が話す帝国内部の農業の問題には公爵閣下は難しいお顔で考え込まれていた。自領でも起きていた魔力頼みの強引な農業については、既に私の報告書簡を元に皇帝陛下と大臣達で色々話し合われているそうで、議案がまとまったら元老院に諮ってみるというお話だった。


「皇帝陛下はシルフィンの事をしきりに褒めておられたな。女にしておくのは勿体無いと言っておられた」


 どういう褒め方ですか。それは。


「非常に公平に物事を見ていて、報告書も分かり易く、しっかり問題の対策や解決案まで添えてあって、地方に出している皇帝代官よりもよほど有能だと感心しておられた。男なら大臣に抜擢するところだと」


 褒められて嬉しいけど、私みたいに遠慮無くズカズカ皇帝陛下に私見を出すなんて、分を弁えた上位貴族ならやらないというだけよね。


 そうやって報告をして、それ以外にも旅の土産話をして、楽しくお話ししていたのだが、ふと、公爵閣下がお顔を曇らせて仰った。


「そうだ。ヴィクリート。シルフィン。疲れているところを悪いが、近い内になるべく急いで帝宮に上がって皇太子殿下にお会いしてくれ」


 ヴィクリートが眉を顰める。


「メルバリードに? 何かあったのですか?」


 すると公爵閣下はうーんと唸る。


「良く分からぬのだ。内宮の方で少し難しい事になっているようなのだ。其方は皇太子殿下と仲が良かろう? お話を伺ってみて欲しいのだ」


 ? どうも歯切れが悪い仰りようだ。私とヴィクリートは顔を見合わせたが、お断りする事は出来まい。一応は了承した。


 帝宮に使者を出して皇太子殿下への接見希望を問い合わせると、なんと明日来いとの返事が届いた。これには驚いた。皇太子殿下ご夫妻はお忙しいから、面会を希望しても一週間は待たされるのが普通だからだ。


 これは、ちょっときな臭い香りがするわよ? なにか面倒な事態が起こっているような。巻き込まれなければ良いけど……。


 なんて言って巻き込まれない方が珍しいんだけどね。


  ◇◇◇


 帝宮に上がると、内宮では無く外宮のサロンの一つに通された。日当たりの良いサロンで豪奢だが落ち着ける内装だ。


 皇太子殿下はすぐに現れた。私達が頭を下げて出迎えると手を振って止めさせるが、一言も発しない。無言でソファーにどっかりと腰掛ける。……珍しい。私は皇太子殿下はいつでも明るくざっくばらんな方だと思っていた。それが今日は随分と不機嫌そうだ。明後日の方向を見てその麗し顔を私達から背けている。


 私とヴィクリートは顔を見合わせた。なんぞやこれは。


「何しに来たのだ!」


 皇太子殿下はイライラしたようなお声で仰った。何しにとはご挨拶な。ヴィクリートはこちらも気分を害したように口をへの字にしてしまったので、仕方なく私が言う。


「帝都に無事に帰り着きましたので、ご挨拶にと」


「嘘を吐くな! 父上から言われて私を説得に来たのであろう!」


「説得?」


 私はこっくりと首を傾げた。なんぞ説得。何を説得? 本気で分からない様子の私を見て皇太子殿下は更に苦々しそうに顔を歪めた。


「……喧嘩か?」


 ヴィクリートが言うと、皇太子殿下の肩が分かり易く跳ねた。


「スイシス様と喧嘩をしたのか? メルバリード」


 返事が無い。図星のようだ。ヴィクリートが溜息を吐きつつ言う。


「お前な……」


「うるさい! ヴィクリート! あんな女はもう知らぬ! 婚約は破棄だ破棄!」


 婚約破棄? 私は仰天した。


 貴族の婚約はただの約束事では無い。まず神への誓いであるし、家同士の契約でもある。帝国への届け出もしてあるので、これは帝国という国が保証する契約でもある。これを破棄するという事は当人同士の破局に止まらず、大地の女神との約束を破り家同士を対立させ、更に婚約を保証した帝国と皇帝陛下の権威に傷を付ける行為でなのだ。


 これを破棄するには相当な理由が必要で、普通は不可能だ。どちらか一方に婚約時に明らかになっていなかった重大な瑕疵があったとか、婚約後にどちらかが死病、もしくは生殖能力に問題を生ずるような事態に陥ったとか、どちらかの家が不祥事を起こして家が取り潰されたとか、そういう次元の問題が発生しない限り婚約破棄など認められないのである。


 そんな事は重々承知の皇太子殿下が婚約破棄を口にされるなんて、スイシス様は一体何をしでかしたのか……。


 私はそう考えたのだが、ヴィクリートは首を横に振った。呆れたように言う。


「何度目だ。メルバリード。その度ごとに振り回される私の身にもなれ」


「うるさい! 頼んでおらぬ!」


「ほう。そうか。では帰るかシルフィン。無駄足だったな」


 ヴィクリートは未練無く立ち上がり、私の手を取った。え? 良いの?


 良い訳無かった。皇太子殿下は、うぬぬぬぬっというような顔で私達を睨んでいる。美男子が台無しだ。……これは帰ったら駄目な奴ね。


「……ヴィクリート」


「はぁ。メルバリード。正直に、ちゃんと話せ。聞いてやるから」


 ヴィクリートは仕方なさそうに座り直した。


 皇太子殿下はなおもウジウジとブツクサと何やら言い訳をしていたが、結局は私達を婚約者同士の喧嘩の仲裁のために呼んだのは間違い無かったらしく、小さな声で喧嘩の理由を話し始めた。


 どうも要領を得ないが、どうもスイシス様が他のご令嬢、特に皇太子殿下と親しいご令嬢に嫌がらせをし続けているというお話らしい。初対面の時のアレが思い浮かぶ。あの時、イーメリア様も「また」と仰っていた。あんな感じで高位貴族令嬢に嫌がらせをし続けているとしたら、それは問題だ。誰も彼もが黙っているとは限るまい。


 皇太子殿下はこれを止めさせようと何度も叱ったそうだ。しかし、嫌がらせは止まず、遂に先日、皇太子殿下はかなり強くスイシス様を諫めたそうだ。これ以上続けると婚約者の皇太子殿下の評判にも関わる。絶対に止めるように。止めないのであればこれを理由にして婚約を破棄する事まで考える、と。勿論そう簡単に婚約破棄は出来ないのだから脅かしただけのつもりだったようだ。


 ところがこれを聞いたスイシス様は泣き出し「殿下は私と結婚したくなくなったからそんな事を仰るんですね!」と皇太子殿下を詰ったのだそうだ。


 後はもう売り言葉、買い言葉で大炎上。皇太子殿下は激怒しスイシス様は泣きわめき、帝宮のご自分のお部屋に閉じこもって仕舞われた、と。それはまた。


 皇太子殿下はお話を終えてしまうと明らかに憔悴したご様子だった。


「なんでスイシスがあのような事をするのかが分からぬ。仲が良いと言っても子供の頃から知っているから気安く話をする程度で疚しいところは何も無いのだ」


 そうですね。嫌がらせは殿下のお姉様のイーメリア様や私にまで及んでいた。嫉妬だけが原因とは思えない。そもそも、もう婚約しているお二人なのだから結婚は確定的で、嫉妬の必要さえ無いと思うし。


 どうもお話を聞いていると、お二人はちゃんと想いを通じ、愛し合っていると思える。政略結婚にしては珍しいわね。それに何度も喧嘩して婚約破棄騒動を起こしているようだしね。


「このままあのような事を続けられると、本当に婚約破棄するしかなくなってしまう。今回は私が苦情を言ってきた者達にスイシスを強く叱るからということで収めさせたのだが……」


 皇太子殿下は本当にお困りのようだった。事情がそんな事情では、皇太子殿下は怒って見せるしかないし、自分から折れる訳にも行かないのだろう。うーん。これはなんだか色々おかしいわね。


「殿下。一つ確認をさせて下さい。皇太子殿下はスイシス様と婚約破棄などしたくないとお考えなのですね?」


「当たり前だろう。ようやく婚約出来た相手なのだぞ? それにもうすぐ結婚だ。こんなタイミングで婚約破棄など許されぬ。近隣各国からも笑いものになってしまう」


 そんな事になったら皇太子殿下の権威に関わる大問題。彼が皇帝陛下として即位出来るかどうかという話になってきちゃうものね。それにしても「ようやく婚約出来た相手」と仰ったわね。どうもお二人の婚約は訳ありらしい。


 私は考え、ヴィクリートをチラッと見上げた。ヴィクリートと目が合う。彼にも私の考えが伝わったようだ。ヴィクリートが軽く頷く。ヴィクリートの許可が出た私は皇太子殿下に言った。


「皇太子殿下、私がスイシス様とお会いします。内宮への立ち入りの許可を下さいませ」


 皇太子殿下はあからさまにホッとしたような表情を浮かべた。


「ああ、無論。許可する。だが気を付けよ。かなり感情的になっていたようだからな」


 ヴィクリートも私の手を握りながら言う。


「気を付けるのだぞ?」


「分かっているわ」


  ◇◇◇


 私は侍女に案内されて帝宮の奥、内宮の女性区画に向かった。スイシス様は婚約者だが、既に帝宮にお住まいだ。この辺はケーズバイケースで、婚約したら帝宮入りと決まっている訳では無いらしいけど。


 大きな白い扉の前に案内される。先導してくれた帝宮の侍女が扉を叩き、中の侍女と話をして私の来訪を告げる。ちなみに私にはいつも通りミレニーとレイメヤーが付いていてくれた。


「姫様は誰にも会わないと仰せですが……」


 そう言うとは思ったけどね。私は言う。


「皇太子殿下のご依頼で来たのです。それと……」


 私はちょっと鎌をかける。


「私はスイシス様の秘密を知っておりますとお伝え下さい」


 すると、侍女が再び出て来て入室が許された。


 お部屋は濃い緑で統一されたお部屋で、ゆるふわな外見であるスイシス様とは合わない気がした。広さは私のお部屋と同じくらい。豪奢な応接セットのソファーに座ってスイシス様が待ち受けていらっしゃった。


 私が挨拶をすると、スイシス様が開口一番仰った。


「秘密って何よ!」


 なるほど彼女には秘密があるようだ。


「さて、そんな事を言いましたか?」


 私はおほほほ、っと笑って誤魔化した。しかしスイシス様はフワフワした外見に似合わないほど怖いお顔で私を睨んでいる。お化粧は少し崩れ、明らかに憔悴したお顔をなさっていた。ふむ。彼女も困って、皇太子殿下との関係修復をしたいと思っているらしいわね。それが分かればやりようはあると思うの。


「皇太子殿下は二度と他のご令嬢に嫌がらせなどしないと誓えば許すと仰っておりましたよ?」


 私がそう言うとスイシス様は下唇を噛んで悔しそうなお顔をした。変だな。そんなに嫌がらせがしたいのかしら? って、そんな筈ないか。愛しの皇太子殿下との婚約を壊してまで人に嫌がらせをしたいなんて明らかにおかしいじゃない。


 これはあれね。嫌がらせが止められない事情があるんだわね。


 人が自分の意志で無く、やりたくも無い事をさせられるという事情。それはやむを得ない事情がある時か、あるいは、自分の上位者にやれと命令されている場合だろう。ふむ。彼女の上位者ね。


 未来の皇太子妃であるスイシス様の上位者はこの帝国にはあんまりいない。


 皇帝陛下、皇太子殿下、私のお義父様、ヴィクリートは間違い無く現状では上だろう。各公爵家の当主、次期当主もまだスイシス様の上ではあるけど、まぁ、この人たちがスイシス様に何かを強いる事が出来るかと言えば微妙なところだ。


 スイシス様を養女にしているフレイヤー公爵はギリギリ、スイシス様に命令は出来るだろうけど、この場合彼に皇太子殿下との関係を壊してまで嫌がらせを続けさせる意味など無いと思う。多分。


 となると男子陣は除外出来る。では女性陣。皇妃様、イーメリア様は間違い無く上位者ね。でその下に各公爵家の公妃様がいる。ここまでがギリギリスイシス様の上にいることはいる。それと彼女の実の母親であるサッカラン侯爵夫人は身分を度外視して上にいるとは言えるけど。


 で、この中でサッカラン侯爵夫人はどう考えても娘を皇太子妃にしたがっているはずだから除外出来る。私にあんなに嫌みを言ってまで社交界で上に行きたがっていたご夫人だ。万が一にも娘が婚約破棄されるような事態は望むまい。


 各公爵夫人も除外しても良いと思う。特に筆頭のお義母様はそんな事をしそうに無い。理由があればすると思うけど。フレイヤー公爵夫人も義理の娘のスイシス様の嫁入りを妨害する理由は無い。ウィプバーン公爵夫人は政治欲の薄い方だからまぁ除外で良いだろう。


 後は二人。で、イーメリア様は嫌がらせを受けている方だから除外で良いわよね。じゃぁ残るは一人。


「皇妃様に怒られますか?」


 私が言うとスイシス様は仰天したように顔を上げて私を呆然と見た。


「ど、どうして……!?」


 消去法なんだけどね。ただ、当たっているなら理由は推察出来る。そうねぇ。


「未来の皇妃になるには他のご令嬢に恐れられるように、嫌がられるようになるべきだとでも言われましたか?」


 スイシス様はガタガタと震えだした。


「なんで分かったの! どうして!」


 当てずっぽうなんですけどね。私はそんな事をおくびにも出さずに完璧な社交笑顔でホホホホっと微笑んだ。まぁ、私も公妃様に似たような事は言われた。舐められちゃいかん、と。確かにそれはその通りなんだけどね。でもいくら何でも嫌がらせはまずいと思うんだけど。


「……私には教養も芸術の才も無いのだから、嫌がらせくらいしか出来る事は無いだろうと言われて……。方法もその、お義母様が考えて下さったの……」


 ……まずい。これはまずい。色々真っ黒だ。


 最初にお会いした時のあの事件。あの時別れ際ににんまりと微笑んだ皇妃様のお顔が思い浮かぶ。今のスイシス様の仰りようだと、あの時の計画も皇妃様がお立てになったという事にならないかしら? いやいやいやいや。


「私はもう、皇太子殿下も怒るしやりたくないと言ったのだけど『未来の皇妃がそんな事でどうしますか!』って怒られて。どうしてもやれって……。でも皇太子殿下はあんなに怒ってしまって。……もう私はどうしたら……」


 スイシス様は両手で顔を覆って泣き出してしまう。こ、これはうっかり途方もない泥沼に足を突っ込んでしまったようだわ!


 でも変ね。なんで皇妃様がスイシス様にそんな事を強いる必要があるのかしらね?


 考えられるのは、皇妃様がスイシス様を皇太子妃にしたくない、とお考えの可能性だ。何らかの理由で皇妃様はスイシス様が皇太子妃に相応しくないと思っており、それで婚約破棄をせざるを得ない状況に追い込んでいる、という可能性である。なんで? スイシス様がそう、私みたいなどこの馬の骨かという女なら兎も角……。


「……もしかしてスイシス様は、お生まれのお身分が低いのですか?」


 私がポツリと推論を口にするとスイシス様がお顔を上げて真っ青な顔で叫んだ。


「な、なぜそれを!」


 ……え? そうなの? 私は逆にビックリだよ。思わずスイシス様のお顔をマジマジと見てしまう。言われてみればサッカラン侯爵夫人は派手めの美人。ゆるふわなスイシス様とはあんまり似ていないなぁ、と前から思ってはいたのよね。


「私はサッカラン侯爵家の分家であるファイマー伯爵家の生まれなの」


 ファイマー伯爵家は聞いた事がある。それほど高い格の伯爵では無かった筈ね。


 聞けばスイシス様はファイマー伯爵家の次女としてお生まれになったのだそうだ。


 それで、社交界デビューした夜会で皇太子殿下と出会い、見初められ、熱烈恋愛に陥った。そして皇太子殿下がスイシス様との婚約を熱望した結果、サッカラン侯爵家からフレイヤー公爵家へという身分ロンダリングが行われて、晴れてスイシス様は皇太子殿下と婚約する事が出来たのだそうだ。


 へー。身分ロンダリングって私の専売特許じゃ無かったのねぇ。私ほど強引なものでは無いけれど。


 なるほどそれではスイシス様がこの帝宮に引き取られている理由も私と同じように、皇太子妃に相応しい私物など何も持っていなかったからなのだろう。そして皇太子殿下が私に最初から好意的であった理由も分かる。自分と同じようにヴィクリートが身分低い婚約者を迎えたことが嬉しかったに違いない。ついでに言えば流石に従兄弟。血は争えないわね。


 これではスイシス様のお立場が弱く、皇妃様の言うなりになるしか無かった理由も分かるわね。


 ……でもねぇ。疑問はもの凄く残るのよね。スイシス様は兎も角、皇妃様の方に。


 でもでもねぇ。その、これ以上進むと泥沼に埋まりかねないのよねぇ。社交界というか女性皇族界の泥沼に。ううう、進みたくない。


 でもでもでも、しくしくと泣いているスイシス様を見て、これを放置出来ないと思う私もいる。その、スイシス様は私と同じように大恋愛して身分差を乗り越えて婚約した先達なのだ。幸せになって貰いたいじゃ無い?


 私は進みたい気持ちと退きたい気持ちの両方に引っ張られて笑顔のまま固まっていたんだけど、そこへ一人の侍女がやってきて私の都合をどこかに蹴り飛ばしてしまった。


「シルフィン姫。皇妃様がお会いしたいと仰っております」


 ……ぎゃー!


 まさかの皇妃様からの召喚ですよ。しかも私がスイシス様とお会いしている事も何故かご承知ですよ! これはアレですよ。絶対にアレですよ! 行ったら泥沼に頭まで漬かってしまう奴ですよ。


 出来れば行く前にヴィクリートなりお義母様となりお話しして対策を練ってから向かいたいような重大な事態だ。しかし、皇妃様のお呼び出しを断る事など出来ない。無策で出たとこ勝負で立ち向かうしかない。


 うおおおお、っと内心頭を抱えている私を、スイシス様が不安一杯の表情で見ていた。……そうね。私が頑張らないと、スイシス様は皇太子殿下と引き離されてしまうだろう。それは何というか、似た境遇の私にとって気分が良くないことよね。


 私は自信ありげに微笑みながら、スイシス様に頷いた。


「お任せ下さいスイシス様。私が皇妃様とお話をつけてきて差し上げます!」


――――――――――――

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