十八話 シルフィン海でヴィクリートといちゃいちゃする

 この海沿いの一帯は皇帝直轄地だ。皇帝直轄地はその名の通り皇帝陛下が直接お治めになる領地の事である。


 皇帝直轄地は帝都の周辺と、国境付近、そして海沿いに多いそうだ。今回来たハイアッグの街は外国との交易に使われている貿易港で、その重要性から皇帝直轄地になっているのだそう。


 私達が今回この港町に来たのは私の任務のためではない。ヴィクリートの任務のためだ。忘れてはいけない。ヴィクリートには私の補佐以外にも軍事施設の視察と魔力供給のお仕事があるのだ。


 ハイアッグには貿易港と共に軍事基地があり、帝国の海軍が駐屯しているのだそうだ。帝国最大の軍港なのだという。


 私達はハイアッグの丘の上にある離宮に入った。……えーっと。離宮って、皇帝陛下の物よね? 私達が使って良い物なの?


「当たり前ではないか。私達は皇族なのだぞ?」


 傍系だけどね。ただ、離宮は上位貴族であれば申請して借りられるそうで、別に私達が皇族で特別扱いだから、という訳でも無いそうだ。


 四階建ての離宮の最上階にある貴賓室に入る。妙に明るい。見ると一面が大きなガラス窓になっており、その向こうにはバーンと海が見えた。これには私もミレニーも、レイメヤーもビックリだ。はー。ガラス窓は貴族のお屋敷には珍しくないとはいえ、ここまで巨大なガラス窓がお部屋に使われているのは流石に珍しい。流石は離宮。どうしてもこの大パノラマを大きく見せたいという建物設計者の執念を感じるわね。


 見えるのは海だけではなく、ハイアッグの街や港もだ。半円を描く湾や海に突き出した桟橋が日差しを浴びて輝いている。ふわ〜。こ、これは凄い。面白い!


「もっと近くで見てみたいわね! 海! 行ってみましょうよ!」


 私はレイメヤーとミレニーに向けて叫んだのだが、レイメヤーは笑顔を引き攣らせて返事をせず、ミレニーは呆れ果てたような顔をして言った。


「明日にしましょうよ。シルフィン様」


 なんでよ。と一瞬思ったんだけど、そういえばこの二人に限らず帝都から付いてきた従者たちがずいぶん疲れた様子だった事を思い出す。


 何しろここまでずいぶんな強行軍で来たからね。元農民の私と軍人で旅慣れてもいるヴィクリートは平気だったけど、帝都育ち、特に侍女とはいえ侯爵家生まれのお嬢様であるレイメヤーにはかなりキツかったようで農村への視察にはついて来られない事があったくらいだ。


 この辺で休養を取らないとみんなが潰れてしまうわね。私はそう考え、ああ、だからヴィクリートはこの街に五日ほど滞在しようと言い出したのだと気が付いた。流石はヴィクリートだ。


 ならとりあえずノンビリしましょう。そう思ったその時、部屋のドアがノックされた。ミレニーが出て対応する。


「殿下が、シルフィン様をお茶にとお誘いです」


 あら。私は軽いドレス(ここは何しろもう夏も終わろうかというのにまだかなり暑い)に着替えると、いそいそとお部屋を出た。


 ヴィクリートがいたのは広いバルコニーで、そこに簡素なテーブルと椅子とパラソルが置いてあった。ヴィクリートもかなり寛いだシャツ一枚の姿で、なんというか、色っぽい。ごちそう様です。


「ああ、来たか」


 ヴィクリートは椅子を引いてくれて、私が座ると自分も対面に腰掛けた。椅子は座面が布で、最初は不安定に思えたが、慣れるとフワフワして面白い座り心地だ。


「ここで晩餐までノンビリしている予定だ。皆は下がって良い」


 ヴィクリートはレイメヤー達や自分の侍従であるメルマイヤーに向けて言った。やはり従者たちが疲れているのを気にしていたようだ。


 ヴィクリートに慣れているメルマイヤーは一礼し「晩餐の支度が整ったらお迎えに上がります」と言って下がって行ったが、レイメヤーとミレニーはどうしたものか迷っていた。私は二人に言った。


「下がって良いわよ。二人とも」


 給仕は離宮常駐の侍女がやってくれるようだし。


「そういう訳には……」


 レイメヤーは困った顔で言ったが、私はレイメヤーこそ休ませたい。すると、ミレニーがレイメヤーに言った。


「私が付いていますから、レイメヤーはお休み下さい。顔色が悪いですよ」


「しかし」


「私はまだ平気ですから」


 レイメヤーは迷っていたけど、実際かなり体調が悪かったのだろう。ミレニーの言葉を受け入れ、一礼すると下がって行った。ヴィクリートが感心したように言う。


「なかなか忠誠心のある侍女だな」


「どっちが?」


「どっちもだ」


 ミレニーは済ました顔をして私の横に立つ。この顔はレイメヤーに恩を売って、自分への指導をちょっと優しくしてもらおうとか目論んでる顔ね。甘い甘い。レイメヤーがそんなに甘いはず無いけどね。だけど私はご褒美に、テーブルの上に出されていたフルーツを一つミレニーにあげた。


 白く塗られた木で出来たテーブルには籐篭に入ったフルーツとガラスコップに入った果汁らしきものがある。果汁は冷たい。あら? こんなに暑いのに。


「魔法だ」


 ヴィクリートが魔法で冷やしてくれたそうだ。魔法便利。ちなみに魔力を込めると冷える冷蔵庫は公爵邸で使われているけど、べらぼうに魔力が必要なんだとか。


 冷たい果汁が喉に気持ち良い。私は少しずつ果汁を飲みながら港を眺める。三角形の帆を張った船が青い海面をゆっくり進んで行く。気が付けば海の色が少し濃くなっているようだ。空も暗くそして鮮やかに赤く染まりつつあった。日暮れが近いのだ。


「ここからの夕陽を君と見たかった。天気が良くて良かった」


 ヴィクリートはそう言うと黙りこみ、その後はジッと視線を水平線に沈み行く夕陽に注いでいた。私も色を複雑に変化させる海と空の境目を眺めていた。私はコッソリとヴィクリートの麗しい横顔も見てたけどね。


 翌日、ヴィクリートは私を港見物に誘ったのだけど、レイメヤーが疲労から熱を出して完全に伸びてしまったので断って、私はレイメヤーの看病をした。レイメヤーは恐縮して断って来たけど、私は無視して看病したわよ。レイメヤーが居なくなったら困るのは私だもの。いつもお世話になってるからこれくらいはね。


 ミレニーに頼んで水を持ってきてもらうと、ずいぶん冷たい水が桶に入っていた。これは、昨日と同じくヴィクリートが冷やしてくれたんだろうね。気が利く旦那様だ。


 翌日、レイメヤーの熱も下がったので、私はレイメヤーにそのまま静養を申し付け、ミレニーを看病役に残すとヴィクリートと港見物に出掛けた。ミレニーは行きたがったがレイメヤーを一人には出来ない。


「いや、シルフィン様こそ一人にするわけには……」


「心配するな。私が馬に乗せて行くし、護衛も二人付ける」


 ヴィクリートの言葉にレイメヤーは黙り込んだ。これは、アレだ。昨日桶の水を冷やしてくれたのは、ここでレイメヤーに譲らせるためだったんだわね。二人きりになるために。それを察したレイメヤーは諦めたように言った。


「お気を付け下さい」


「もちろんだとも」


 二人きりと言っても護衛はいるのだけど、レイメヤーとミレニーはお屋敷に帰ったら公妃様に私たちの行動を報告する義務があるっぽいのよね。何しろ公務なのであんまり人前でベタベタしないように、とは出発前に公妃様に釘は刺された。レイメヤーも同じような注意を道中何度かしてきたわね。


 勿論気を付けてはいたわよ。公務だし私たちはまだ婚約者なのだから節度あるお付き合い大事。分かってる。


 でも、この海に近い離宮にいる間は私は休養のための休暇扱いだし、ヴィクリートは昨日の内に軍務は終わらせたって言うし、バケーションという事で多少は良いんじゃない? そう思ったからレイメヤーも許可してくれたんだろう。


 という事で私はワンピースの軽いドレスで大きな帽子を被る他はサンダルを履くだけという軽装でヴィクリートの馬に乗った。バケーション仕様という事で、ね?長手袋とかブーツなんて暑いから無理よね?


 ヴィクリートは楽しそうに笑いながら私を馬上に引き上げてくれたわよ。


 ヴィクリートも薄いシャツを着てズボンとサンダルという軽装だ。軍人さんらしく剣は履いていたけど。私達は馬に乗って丘の上の離宮を降り、港へと出た。


 何というか、帝都の市場でもあまり見ないほどの活気だった。ここは海の向こうの国との貿易及び漁業、それと帝国海軍の本拠地という事で、人口は十万人を超えているのだとか。それは凄い。そんな大きな街は今回の旅ではここまで他に無かったわね。


 それに加えて船乗り、海の男たちは気が荒いのだそうで、そこら中で怒号が飛び交い、時には殴り合いまで普通に起きている。はー。これはなんというか、庶民出身の私でも呆然としてしまうわ。


 ただ、港に近接する市場では、隣国から輸入された珍しい物や、今朝上がったお魚、内陸から運ばれてきたワインだとかオリーブオイルだとか(これはもっと南部の乾燥地域で作られているそう)までもが並ぶかなりカオスな市場で凄く面白かった。私とヴィクリートは馬を下りて市場を見て歩いた。


 隣国は香辛料が多く採れるそうで、聞いた事の無い香辛料が山のようにあった。胡椒は有名だから分かるとして、クミン? コリアンダー? ターメリック? ほうほう。これらを混ぜて煮て肉とかを茹でると美味しいと。ほうほう。


 面白いけど、お姫様である私が調味料抱えて帰って自分で厨房で何かしたらレイメヤーが怒ってまた熱が上がってしまうから無理ね。


 他にも面白い色の絹の反物や宝石類なんかもあって、これなら私が買って帰っても問題無い気もするけど、実は私が買い物する商人は公爵家御用商人からだけ、と基本的には決まっているのだ。例外はお買い物会(ご婦人方が集まって商人を複数呼んでお買い物を楽しむ会)くらいだが、その時も実は御用商人を通して余所の商人の商品を買うという形式を取るくらいこれは徹底されているのだ。


 絹だとか宝石みたいな値の張る物を他所で買ってしまったら、後日御用商人からクレームが入ってしまうだろうね。ただしこの場合逆に、私が後日「ハイアッグの港の市で見たアレが欲しい」と言った場合は、御用商人は例え隣国まで船で出向いてでも必ず手に入れて私に用意しないといけないという義務が生ずる。無理はあり得ない。無理などと言ったらその瞬間に御用商人の首が飛んでしまう。物理的に。


 つまり何も買えない。まぁ、見ているだけで楽しいから良いけどね。そんな風に思いながら市の店を見て回っていると、ヴィクリートが何かを私の髪に巻き付けた。?? 何ですか?


 それは濃い赤のリボンだった。複雑な異国の文様が金糸で刺繍してある。あら、素敵。私がヴィクリートを見上げると、彼は嬉しそうに言った。


「これくらいなら文句は言われまい。君の髪には合う色だと思う」


 ふむ。それなら。私は並んでいるリボンの中から一本を選び、ヴィクリートに贈る。濃紺のリボンに金糸で文様が入っている。男の人の髪にリボンを巻く事は出来ないけども、今日のヴィクリートはシャツ一枚の姿だ。軽く首に巻いていると良いのではない? 白いシャツに濃紺のリボンは映えるわよね。この人、元々は色白でもあるし。


「ふむ。良いな」


 ヴィクリートは満足そうにリボンを首元に軽く巻いた。うふふふ、お揃いだ。私は嬉しくなって、ヴィクリートの腕を胸に抱え込んだ。


 市場の商品を見て回っていると、穀物が幾つか積んである所に出くわした。ふむふむ。これは小麦。大麦。ライ麦。蕎麦。エンパク。稗。豆……。と見ていると、私が見たことが無い穀物があった。白くて楕円形をした不思議な穀物だ。なにこれ?


「ああ、それは米だよお嬢さん」


 市場の店主が言った。へー。これが米か。


「南西に海を超えた先の島々では良く食べられているものだ。煮たり蒸したりするらしいぞ」


 文献で見たように、保存が利く上に栄養も多いらしい。ふむ。これを帝国で作ってその海の向こうに輸出出来れば、栽培を奨励しても領主は儲けられるんじゃない? あるいは食べ方を習得して帝国に広める方が早いのかしらね? それよりもまずは栽培方法を確率する方が先か。


 並べてあった物は脱穀されていたけど、聞いてみると籾に包まれた種子もあった。私は頼んでそれを譲って貰った。さて、いきなり貴族の所領でこれを作れというのは無理だから、まずは公爵領で試すしか無いのかな? でも気候的には向いていなそうなのよね。


 そういえばこのハイアッグの街近郊は皇帝直轄地だったわね。この辺りなら気候的に向いているはずだから、皇帝陛下に頼んで土地を貸してもらって、試験栽培する事は出来ないかしらね? でも、ここはいくら何でも遠すぎるなぁ。私が確認のためにそう何度も来られないわね。うーん。


 私が考え込んでいると、ヴィクリートが嬉しそうに笑った。


「シルフィンは凄いな。休暇中でも任務の事を考えているのか」


「そんな大層な事でも無いわよ。たまたま米を見つけただけじゃない」


「だが、それをどうやって広めようか考えているのであろう?」


 なんで分かったのかしら? 私ってそんなに分かり易いかしらね? それともヴィクリートが鋭いだけなのかしら?


 港の船着き場に行くと、色んな船が相変わらずの喧噪の中、桟橋に着けられていた。帆柱の数も一本だけのものから二本、三本の物もあり、中には一本の帆柱に二つも三つも帆が架けられているものもあった。へー。ちなみに、軍船の場合は帆では無く櫂をを人が漕いで進むタイプの船が使われるらしく、ちょっと離れた所にある軍港にはそういう船が何十隻か停泊しているそうだ。


「海の向こうにはいくつもの国があり、中には海の上を何ヶ月も掛けて航海せねば行かれない国というのもあるらしい」


 世界は広い、とヴィクリートは呟いた。この口調は多分、そういう世界の果てみたいな所まで行ってみたいと思っているんだわね。この人、公爵家の生まれなのに旅が好きで色んな所に行き色んな物を見るのが好きで、こう見えて好奇心が旺盛なのよね。じゃなきゃ私みたいな女を嫁にしないとは思うんだけど。


 今までも帝国中を年中駆け回っていたようなんだけど、それに飽き足らなくなったら公爵領の隣にある国や、北の草原地帯を越えてその向こうに行きたがるかも。あるいはここから船に乗って更に遠い国まで行きたがるかも。


 もしも彼がそんな所に行きたいと言い出したら、私は……。


「行けば良いじゃ無い。私も一緒に行くから」


 ヴィクリートは驚いたような顔をした。


「なぜ、私の考えていた事が分かったのだ?」


「貴方の考えている事なんてお見通しよ」


 ヴィクリートは明るいグレーの瞳を丸くすると破顔した。声を上げて笑う。


「やはりシルフィンは素晴らしいな。そうだな。その内一緒に行こう。どこまででも」


 私とヴィクリートは馬に乗り、ハイアッグの街の中を歩いた。他の国との交易も盛んな街であるから建物の様式や装飾も様々で、歩いている人々の肌の色さえ違う。私は内陸の田舎出身だから、見るモノ全てが面白く、楽しかったわね。色々ヴィクリートに聞いて教えて貰ったわ。途中で屋台で売っていた食べ物を買って昼食にする。帝都にいる時は昼食は食べない(代わりにお茶の時間にお菓子を食べる)んだけどね。丸く焼いた種なしパンの上に香辛料とチーズを載せて焼いたような料理だった。ちょっと匂いがきつくて辛いけど美味しい。


 そしてまた馬を進めて街を出て、海岸線を進む。白い砂が一面に広がる不思議な光景だ。砂浜というらしい。波が音を立てて打ち寄せ、そしてザーッと引いて行く。なんで何度も何度も波が定期的に繰り返して打ち寄せるのかが不思議で、私はまぶしく青く光る海をじーっと眺めた。


「降りてみよう」


 私は馬から下ろされ、波打ち際に近寄る。すると意外と波って勢いが強くて、大きくてね、迂闊に近付いたものだから凄い勢いで打ち寄せる波に私はビックリして駆け戻ってヴィクリートに縋り付いた。ヴィクリートがまた声を出して笑う。


「気を付けるがいい。波に呑まれると沖まで運ばれてしまうからな」


 はー。それは危ない。だけどヴィクリートは私の腰を抱いたままグイグイと波打ち際に近寄って行く。コラコラ。今さっき危ないって言ったわよね?


「心配は要らない。私は何度も海で泳いだ事がある。君が流されても必ず助けよう」


 頼りになる旦那様だ。まだ結婚していないけど。ちなみに私も故郷で川や湖で泳いだ事はあるわよ? でもこんなザブザブいうような波の中で泳げるかどうかは分からないわよね。


 その時バーンと波が跳ねて水が私の頬に掛かった。あら? 私はその飛沫を指に付けて舐めてみる。……なにこれ。もの凄くしょっぱい。驚く私にヴィクリートは言った。


「凄いであろう? 海の水は塩水なのだ。というか、塩はこの海の水を煮詰めて作るのだそうだ」


 はー、この海の水が塩の大本なんだ。こんなに有るんだから、塩が調味料の中で一番お安いのも当然なのかもね、と私はこの時思った。まぁ、後で調べたら実は海の水から塩を作るのは結構大変で、帝国の北の方の山の中から採れる岩塩の方がお安いらしいんだけどね。


 しばらく見ていて慣れてきた私は恐る恐る波打ち際に出て、打ち寄せるギリギリまで出て、波が来たら慌てて逃げる、というのをやってみた。波が引いた時にサンダルでぐりぐり線を引いておくと、波がそれを覆った時に跡形も無く消えてしまうのが不思議で、私は夢中で遊んでしまった。波が引いて、今度はもう少し大きな絵を砂に描いてやろうと近付いた、その瞬間。


 バーン! と思ったよりも全然大きな波が来て私は膝まで海に漬かってしまった。そしてその波が引こうとすると、一緒に私も引っ張られてしまう。キャー!


 その瞬間、ヴィクリートが飛んできて私を助け上げてくれた。ヴィクリートは流石、波が来ても微動だにしなかったわね。


「あ、ありがとう」


「気を付けろと言ったであろう?」


 ヴィクリートは微笑んで私を横抱きにしたまま波打ち際から離れる。二人とも完全にずぶ濡れだ。暑いから風邪を引く事は無いだろうけど。


「波の大きさは一定では無いからな。たまに予想外の大波が来る。嵐になるとこの何十倍もの大きさの波が押し寄せてくるのだぞ?」


 ううう、波怖い。海怖い。こんな予測も付かない海の上を進んで行く船と船乗りって凄いわね。でも、こうしてヴィクリートに抱かれていれば安心だもんね。私はそうして彼と二人で白波が立つ海をしばらく眺めた。


 自然に口が動いた。


「ありがとうね。ヴィクリート」


「? 何がだ?」


「貴方と婚約したから、というか、貴方と出会えたから私はこんな所まで来られた。海を見る事が出来た」


 あのまま帝都で伯爵家の侍女のままでいたら、恐らく帝都を出る事も無く一生を終えただろうからね。東北の外れの公爵領も、西の果ての海も見る事は無かったに違いない。


 それだけじゃ無い。貴族生活、皇族生活も大変だけど、毎日毎日新しい事が起こる刺激的な毎日だとも言える。皇帝陛下の命を受けて各地の農業について考えるなんて、彼と出会う前の私には想像も出来なかった。あの日、倒れている彼を見つけて、見て見ぬふりをして通り過ぎないで本当に良かった。彼を助けて本当に良かった。


「貴方と会えて良かった。貴方と婚約して良かったわ。これからもよろしくね。ヴィクリート」


「シルフィン……」


 私達は見つめ合い、そしてそっと、唇でキスをした。軽くだけどね。


 唇のキスは本当は結婚してからじゃなきゃしちゃ駄目なんだけどね。ま、バケーションという事でこっそりとね。それに私達はもうとっくにもっと沢山しているからね。


 そんな感じで楽しくイチャイチャしまくって、大満足で離宮に戻った私達は、ずぶ濡れ及び日焼けし放題な所をレイメヤーに見つかって、無茶苦茶に叱られたのだった。


――――――――――――

「私をそんな二つ名で呼ばないで下さい! じゃじゃ馬姫の天下取り 」(SQEXノベル)イラストは碧風羽様。「貧乏騎士に嫁入りしたはずが!? 」(PASH!ブックス)イラストはののまろ様です。好評発売中です! 買ってねー(o゜▽゜)

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