十六話 シルフィンヴィクリートと念願の甘々生活を楽しむ

 公妃様は私を置いて先に帝都に帰ることには反対だったようなんだけど、農業革命が一段落するまではちょっと帰れないと主張して、どうにか認めて頂いたのだ。せめて麦刈りを見届けて、秋の麦蒔きの計画を立てなければならなかったので。


 公妃様としてはせっかく一人前の貴婦人に育ったのだから、農民に長く触れ合って平民に戻してしまいたくないというご意向があったのだろう。私は公妃様にそんな事にはならないよう、レイメヤーに教わりながらお作法やお芸術の訓練にも務めるから、と言って公妃様を安心させた。


 他にも、私は帝都の友人に手紙を出し、社交界から完全に離れてしまわないように気を付けたわよ。公妃様やイーメリア様、スイシス様にもお手紙を出し、公爵領で採掘される宝石や隣国から輸入される特産品を贈り物として届ける。こういう風に私の情報を送って社交界で私の名前をお話に出させるだけでも、社交界に私の存在感を出すことが出来るのだ。社交で大事なのは存在感なのでこれが以外に馬鹿に出来ないのよね。


 特に仲良しのブロクレンツ侯爵夫人には、公爵領の風景を描いたスケッチだとか、農家で作られる民芸品だとかを添えて、公爵領で農業革命に取り組んでいる事を手紙に書いた。そうしたらもう興味津々、自分も是非見てみたいという返信が届いた。まぁ、実際に来るには遠過ぎるから来ることは出来なかったんだけど、私は詳しいことを書いた手紙を送り、侯爵夫人はそれを園芸愛好家仲間に話して聞かせたらしい。それが社交界にもかなり広まったようだ。


 私は公爵ご夫妻がお帰りになってから二ヶ月ほど忙しく公爵領を走り回り、農業指導に明け暮れたんだけど、その間は当たり前だけどヴィクリートとずっと一緒だった。公爵ご夫妻はほとんどの使用人を引き連れてお帰りになったので、私にはミレニーとレイメヤーだけが付き、ヴィクリートもメルマイヤーという侍従が一人付くだけ。地元の通いで来てくれる下働き以外は後は護衛の兵士くらいで、お屋敷の中は閑散とした状態になった。


 この状態になるとヴィクリートは明らかに嬉しそうだった。


「ようやくいつも通りになった」


 ヴィクリートはそもそもこの領地にいるのが好きで、領地経営を任されてからはそれを良いことに一年のほとんどは領地に居座っていたらしい。ここから軍の砦に定期的に出向く他は帝都に寄り付かず公妃様を嘆かせていたそうだ。


 ヴィクリートは別に、公爵閣下や公妃様との関係は悪くないのだが、公妃様は顔を見る度に「結婚しろ」とうるさく言ってくるし、公爵閣下は帝都での政務も早く引き継げと言ってくるので、彼は逃げて歩いていたのだそうだ。魔力奉納の時期はいつもと逆に領地から出て軍の砦や基地の視察をしていたのだそう。


 なので領地のお屋敷でほとんど一人暮らしをするのがここ数年の普通の生活だったのだ。ようやく帰ってきた気分だったのだろう。ヴィクリートは社交も中央での政務も好きでは無いそうなので、私に付き合って半年以上も帝都にいなければならなかったのは彼にとっては結構負担だったのではないだろうか。


 ヴィクリートは何しろ婚約前から私を領地に連れて来たがっていた。彼は花や木々が好きで帝都の公爵邸でも私と庭園をよく散策していた。領地に来ると視察と称して馬に乗ってお供を一人連れてバーッと駈けていってしまっていたそうだ。農民の間に入っていって親しく交わり、彼らの話を真剣な顔で聞き、場合によっては即座に人を集めたりお金を出したりして対応する。


 何年もそうしているヴィクリートは豪族や農民に信頼されており、私の農業革命が意外にスムーズに展開出来たのはそのお陰でもあった。私は農地を潰せだの麦ごと耕しちゃえとか結構無茶も言ったからね。ヴィクリートが間に入ってくれなければもめ事の一つや二つは起こっただろう。


 お屋敷から人の目が減って肩から力が抜けたのは私も同じだったわよね。お部屋に控えている侍女が五人から二人になっただけでも随分違うのだ。帝都のお屋敷は中も外も人が沢山で、お姫様である私は常に多くの人の視線に晒されている。勿論だけど社交に出ればご婦人方の厳しい視線が四方八方から向けられている。気を抜く暇など全く無い。


 それが、レイメヤーとミレニーだけになったのならそれはもうほとんど無いも同然。それは平民仕草をすればレイメヤーに怒られるけど、最低限のお嬢様作法さえ守っていれば良いならそれはもうかなり楽ちんだ。なるほど。ヴィクリートがこの領都のお屋敷を好む理由が分かったわよね。


 しかもお屋敷には公爵閣下もお妃様もいない。つまり私とヴィクリートが最高位。私達が何をしでかしても怒る人はいない。となればある程度はやり放題(あんまりな事をしでかすとレイメヤーが公妃様に報告して帝都に帰ってから怒られるでしょうけど)。わーい。開放感!


 ということで、私とヴィクリートは二人だけの生活を満喫したのだった。なんだか新婚生活みたいよね。


 朝はダイニングではなくテラスでヴィクリートと二人で朝食だ。公爵邸のテラスからは池のある庭が見える。帝都のお屋敷の庭ほど手入れは行き届いていないけど、その雑然とした感じがまた田舎っぽくて良い。お料理も、実は公爵ご夫妻が料理人を連れ帰ってしまったので、地元の方が料理を作りに来てくれるているそうで、この地方の素朴な郷土料理だ。それは流石にヴィクリートに食べさせるのでそれなりに豪華だけど(農民は肉なんてお祭りか祝い事でしか食べない)故郷の味を思わせる料理もあって私はいたく気に入った。


 朝食が終わるとお出かけだ。村々を回っての農業指導。この時の服装はきちんとした貴族の外出服で、馬車なんだけど、たまに馬車にはミレニーだけを乗せて私はヴィクリートの馬に同乗した。子供の頃はお父様の鞍の前に跨がったものだけど、貴婦人的には跨がるなんてはしたない格好は大NGなので、ヴィクリートの前に横座りで乗る。ヴィクリートは大柄なので私が大きな帽子を被ったままでも別に視界は遮られないらしい。


 農村の長閑な風景の中、ゆっくり歩く馬の上で「揺れはきつくないか?」「平気よ。それよりやっぱり横座りは安定しないから、ズボンを履いて跨がりたいわね」「そんな事がバレたら母上に叱られるから無理だな」「残念」なんてヴィクリートといちゃいちゃ会話しながら進むのはなかなか楽しかったわよ。


 村に行って農民と話したり、農場に出てこの農地はどうしようこうしようという話をするのも、持って来たお弁当を木陰で食べるのも、夕暮れの中また馬で歩くのも、ずーっとヴィクリートと一緒。今まで彼とこんなに一緒だった事は無かった。帝都のお屋敷でも良く会ってはいるけど、ヴィクリートには軍務があり私には社交がある。それが一日中一緒で馬に乗る時は密着、それ以外の時も手を繋いだり腕を取ったりとべったりなのだ。


 こんなに一緒だとどうなんだろうね。流石に相手が煩わしくなったり飽きちゃったりしないものなのかしらね? と思ったのだが、これが一向にそんな事にならなかった。というのは、ヴィクリートは基本無口で、あまり余計な事は言わないタイプだ。そして真面目なので、農村で農業指導している時は仕事モードで、私の邪魔は一切せず、私をフォローすることだけに専念してくれる。このため私も農業指導に集中し易く、彼の存在は仕事的にも欠かせないものになっていた。


 それに彼はあんまりベタベタしないのだ。いや、べったりくっついているのはくっついているのだが、イヤラシく無いというか、さっぱりしているのだ。甘いのは甘いけどすっきりしているというか。そう、束縛感が無いのよね。だから一緒にいても疲れないし気にし過ぎないで済む。


 私は結構、思い立ったら好き放題動きたいタイプだから、束縛しないヴィクリートは理想的なパートナーだと思う。次期公爵とか皇族とかそういう部分を除いても、単純に男として完璧な旦那様よね。この人。よくぞ私の前に現れて、私を気に入ってくれたものだと思う。


 そんな事を思っていたらある日ヴィクリートも一緒に馬に乗っている時にこう言ったのだ。


「君と婚約出来て本当に良かった」


 耳元で囁くように言われたのでちょっと驚いたわよね。


「そう?」


「ああ。どんな貴族令嬢を妻に迎えても、こうやって一緒に馬に乗る事を喜ぶ者はいなかっただろうからな」


 そうね。例えばイーメリア様はお外での散策も「日に焼ける」と好かないようだったからね。


「それに、農業に詳しくて領地の農業を改革しようなんて者も君だけだろう」


 そりゃ、普通の貴族令嬢は農業なんて知らないものね。でも……。


「普通のご令嬢は魔力で領地を癒やすのだもの。私はそれが出来ないから代わりに知っていること出来る事で頑張ろうと思っているだけよ」


 するとヴィクリートは嬉しそうに微笑んだ。


「そういう志が如何に尊いのか、君は分からないのだろうな。君を見つけたのは本当に幸運だった。それに比べれば死に掛けたくらいは大した事では無い」


 そんな感じで四六時中一緒にいたのに、私もヴィクリートもお互いに全くストレスを感じないで済んだのね。むしろもうずっと一緒にいるものだから気分は夫婦。しかも庶民の夫婦よね。お貴族様のご夫婦は、あの仲が良い公爵ご夫妻でもこんなに距離が近く無いと思う。


 惜しむらくはまだ結婚していない事で、お部屋は別で夜だけは別々に寝ていた事ね。ヴィクリートはこれについてもの凄く残念がっていた。毎晩お別れの時は私を名残惜しそうに抱き締めてくれていたわね。ただ、私は魔力のアレの事を聞いてちょと怖くなっていたから、まだ婚約期間である事に逆にちょっとホッとしてたけどね。


 そんな感じで私は充実した甘々二ヶ月間を楽しんだのだけど、流石にそれ以上の滞在は無理だった。私の社交もあるしヴィクリートの軍務もある。本来であればヴィクリートはこの時期、国境の砦を回って魔力供給や視察に励んでいる筈なのだ。なので、帝都には私だけが帰り、ヴィクリートはそのまま国境視察に出るというプランもあったのだが、私もヴィクリートもあんまり一緒に居過ぎたせいでどうにも離れ難く、結局一緒に帝都へと帰ったのだった。


  ◇◇◇


 行きは十五日も掛けたのだけど、帰りは十日で帰り着いた。ちなみに馬車で飛ばせば九日、早馬なら七日らしい。久しぶりの帝都。私は公爵邸の門を潜ると気持ちを引き締めた。領地にいる間に緩んでいたままでいたらお妃様にどやされると思ったからだ。まぁ、領地でも私が緩んでいるとレイメヤーが叱ってくれたから心配は要らないと思うけどね。


 お屋敷に帰り、サロンにいらっしゃった公爵ご夫妻に帰還のご挨拶に向かう。私の挨拶を受けて満足そうに頷かれた公爵閣下は早速という感じで私達に仰った。


「其方たちの帰りを皇帝陛下がお待ちだった。二日後に謁見の予定を取ったから、帝宮に行ってくれ」


 私とヴィクリートは顔を見合わせた。なんでしょうね。帝宮には社交のために頻繁に上がる(皇妃様やイーメリア様、スイシス様との社交の時だけでは無く、高位の貴族婦人が集まる場合や夜会の開催は帝宮のサロンや広間をお借りする事も多い。それと帝宮内には劇場や楽堂もある)けど、皇帝陛下に謁見する事は流石にあまり無い。社交の場に皇帝陛下がお忍びでいらっしゃる事はあるけどね。


 謁見、しかも名指しの呼び出しだ。何でしょう。あんまり良い予感がしないんですけど。


 しかし公爵閣下は私達の不安を感じ取ったのか、笑いながら言った。


「心配するな。何でもシルフィンが公爵領で行った農業改革に興味がおありのようだったぞ。その話だろう」


 あらま。皇帝陛下にまでお話が届いているの? 私がやった事なんて故郷の農民には常識的な事なんだから、あんまり大げさに広めないで欲しいんですけどね。


 そんな訳で、私とヴィクリートは帰還の翌々日、早速帝宮へと上がったのだった。


 もう何度も帝宮には来ているし、最初はびびった帝宮の門を潜ってももう何の緊張感も無いけど、流石に帝宮内を歩いて内宮に入るのは緊張する。内宮は皇帝陛下が御座す場所であり、内宮の奥にあるという礼拝堂はこの帝国の中心であり皇帝陛下が魔力を奉納すると全帝国にあまねくその恵みが行き渡るという帝国最高の聖地だ。まさに帝国の要なのだ。


 内宮のサロンで待っていると、皇帝陛下は比較的すぐに現れた。陛下はお忙しいから待たされる事も多いんだけどね。ご様子も実に身軽にフランクな調子だった。


「おお、よく来たな。シルフィン。ヴィクリート」


 私達がご挨拶しようとしても「いらんいらん」と手を振って止めさせる。そういう堅苦しいのを嫌うところは皇太子殿下の父らしくもあり、ヴィクリートの叔父らしく思える。


 お出でになって一緒にお茶を飲みながら、私の公爵領の感想などの話をしてから、皇帝陛下は本題を切り出した。


「シルフィンはレクセレンテ公爵家の農業を改革したのだそうだな? 一体どういうことをやったのだ」


 興味津々でいらっしゃる所を申し訳無いが、私のやったことはごく普通の事なのだ。私はそう前置きして、皇帝陛下に公爵領が陥っていた状態と、改革で行った施策を話した。念のため、まだ最初の一年目だし、魔力の要素もあるし気候の問題もあるから上手く行くかどうかは分からないと念を押しておいたわよ。


 しかし皇帝陛下は私の話を真剣に聞き、何度も頷いていた。


「実はな。特に大貴族の領地で顕著なのだが、最近麦の収穫量が減って問題になっていたのだ。それで、シルフィンが公爵領で農業革命をしたというので、是非話を聞きたかったのだ」


 ……もしも大貴族領が魔力頼りの強引な農業をやっているのなら、原因はレクセレンテ公爵領と同じでもおかしくないわね。


「そもそも貴族に農業に詳しい者などおらんからな。シルフィンが飛び抜けて詳しいのではないか? 勿論皇族としては随一だろう」


 園芸が好きでかなり農業に詳しい方だと思うブロクレンツ侯爵婦人でさえ、正直その知識は私に全然及ばない感じなのだ。それはそうだろう。毎日毎日農場に出て、作物の変化を目を皿のようにして観察し続けていた農家の娘と、片手間で園芸をやっている貴族婦人では、農業に対する理解度や真剣度合いが違う。


 つまりこの帝国貴族界で、私は高位貴族婦人としては飛び抜けて農業知識があることになる。まぁ、言われてみればそれはそうかもね。


 でも、帝都には農業の専門家や研究者がいるんじゃないの? 御用学者とかいそうよね? と私は思ったのだけど、これが意外にも全然居ないのだそうだ。


「帝国では農業は魔力を如何に奉納するかで何とかしている部分があってな。まぁ、たまには研究者が出て研究成果を皇帝に献上してくることもあるのだが、誰も興味を持たないせいで大図書館に仕舞われっぱなしになっておる」


 それは勿体無い話だ。してみると、故郷の農法やお父様が研究していた様々な事は、やっぱりなかなか先進的なモノだったのかも知れないわね。


 そういえば、お父様の遺品に日記や数冊のノートがあった筈ね。お父様お母様が亡くなって、お家を引き払う時にほとんどの物は処分したのだけど、それは何となく捨て辛くてブゼルバ伯爵家に行く時にも荷物の中に入れておいたのだ。公爵邸に入る時にも私物としてまとめて送ってもらった筈。


 一度も読んだ事が無いどころか、ブゼルバ伯爵家から送って貰った私物に至っては開梱もしていないけどある筈よね。あれにはもしかしたらお父様の研究成果なんかが書いてあるかも知れない。農業革命に役立つ事が書いてあるかも知れないわ。今度読んでみよう。


 私はそんな事を考えていたのだが、その私に皇帝陛下は真面目なお顔で仰った。


「そこでシルフィンに頼みたい。収穫が落ちている地域に出向き、農業を改善出来ないか見てきて貰えないだろうか」


 はい? 私は流石に驚いた。


「……その、申し上げました通り、私は別に特別な事をやったわけではありませんし……。特別詳しい訳でもございませんよ? それなら私の故郷の、それこそ実父の実家であるエミレル子爵家の者に申しつけては如何でしょう?」


 エミレル子爵家は帝都にはほとんどおらず(お屋敷も無い。帝都に来る時は本家であるブゼルバ伯爵邸に泊まる)領地にずっといる。当然、地元の豪族とも公爵家より密な付き合いを持っているし、子息であるお父様が男爵家を興して農家になったような話は歴代に何度かあったようだから、農業に密接に関わっているだろう。そこから誰かを呼んで、不作の地域に派遣すれば良い。


 しかし皇帝陛下は首を横に振った。


「駄目だ」


「なぜですか?」


「不作の地域は高位貴族の所領ばかりだ。そこに子爵家の者など派遣しても門前払いになってしまう」


 ……なるほど。それは分からない話では無い。


 貴族領というのは大きな意味で言えば帝国領、つまり皇帝陛下の所領だが、実際には貴族に与えられた所領の治め方には皇帝陛下ですら口出しが出来ない。治外法権なのだ。そんなところに皇帝陛下が命じたとはいえ、身分低い子爵家の者を派遣しても歓迎される筈が無い。良くて冷遇。悪ければ立ち入りを許されないだろう。


「その点、シルフィンは準皇族。次期公爵の婚約者だ。これに私の命令書があれば立ち入りを拒まれる事はあるまい」


 はっきり言って、私よりも身分が高い者は今やこの帝国にも十人くらいしか居ないのである。それに皇帝陛下の命令書までくっついていればその権威は絶大。領内への立ち入り拒否は勿論、私への協力を拒否などしたら、皇帝陛下も含めて皇族を敵に回すことになる。


 そう言われれば私が適任ではあるだろう。でもねぇ。私の知識なんて大したこと無いから、行ってみて原因が特定出来ませんでした、ってなる可能性は高いと思うのよ。それじゃぁ格好悪いし、命令した皇帝陛下の権威にも傷が付くんじゃ無いかしら。


 私は微笑んだまま困ったのだが、そこで助け船を出したのはヴィクリートだった。皇帝陛下への助け船ね。


「そういう事であれば、私も同行しましょう。それなら全ての責任をシルフィンが負うことは回避出来ましょうから」


「どういうことだ?」


「私はこれから帝国各地の軍事施設を視察及び魔力供給のために巡らなければなりません。ですからその任務と同時にシルフィンと同行します。シルフィンが原因を特定出来なくても、軍事施設の視察のついでという事であれば、立ち入りを許したのに何の成果も無かったではないか、という領主からの批判は回避出来ます」


 なるほどだ。私の任務をヴィクリートの視察のついで、という事にすれば、私の目的はカモフラージュされるし、原因が分からなくても領主は私に責任を問い難くなるだろうね。成果が出るか分からないのだから、成果が出なかった時に責任を回避出来るかどうかは大事だ。私の評判的な意味で。


 皇帝陛下は考え込み、私を見て仰った。


「それならやってくれるか? シルフィン」


 ヴィクリートがこうしてフォローしてくれるというのなら、やってみるしか無いわよね。それに、余所の農村はどんななのかちょっと興味あるし。


「分かりました。非才な身でございますが、謹んで陛下の名代を務めさせて頂きます」


 私が一礼すると、皇帝陛下はホッとしたように微笑まれた。どうも結構本気で大貴族領の収穫減にはお困りだったようだ。それなら皇帝陛下の臣であり皇族の一員としては、陛下のお助けになれるよう頑張るべきだろう。


 これは後で聞いたが、この頃、収穫が下がり続けていた大貴族からは皇帝陛下への不満の声が上がっていたのだという。何でも自分たちは先祖と同じように魔力を奉納しているのに収穫が減っているのは、皇帝陛下が帝国全土への魔力奉納をサボっている、もしくは大地の女神からの加護を失い掛けているからではないか、という話だったらしい。いや、不敬にも程があるでしょうよ。


 だが、そういう不満は無視出来ないが、事が大貴族の所領で起こっている事なので迂闊に視察も検査も出来ない。どうしたものかと悩んでいた所に私の農業革命の話を聞いて、皇帝陛下は藁にも縋るつもりで飛びついたらしい。


 うーん。でもねぇ。私がお役に立てるのかしらねぇ。


 帰りの馬車で私が悩んでいると、ヴィクリートは優しく言ってくれた。


「あれほど公爵領を見事に変えて見せたではないか。シルフィンなら大丈夫だ」


 見るとヴィクリートは随分と機嫌が良さそうだった。なぜ? 私がそう思ったのが分かったのだろう。ヴィクリートはそれはそれは嬉しそうに言った。


「なに。また君と農村を歩けるかと思うと、楽しみなのだ。それにまた二人でしばらく過ごせるであろう?」


 ああ、それで皇帝陛下のご要請の助けになるような事を言い出したのか。言われてみればそれは楽しみだ。私も社交からまたしばらく逃げられるのは嬉しい事よね。私はヴィクリートを顔を見合わせて、ちょっと悪い顔でうへへへへ、っと笑い合ったのだった。


 ただ、皇帝陛下から直々に命じられた任務なのだ。出来れば成果無しは避けたい。私はやはり研究成果が多数載っていたお父様の遺品のノートや日記を熟読し(懐かしいお父様を思い起こしてちょっと泣いてしまったけれど)、帝宮の大図書館で昔の農業研究者が書いた研究成果を片っ端から読んだ。


 そうやって準備をしながら社交も行い、そして夏の終わり頃、私はヴィクリートと共に再び帝都を旅立ったのだった。今度は故郷や公爵領と反対側の西へと向かったのである。


――――――――――――

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