十五話 シルフィン農業革命に邁進する
私はヴィクリートの後押しをもらってレクセレンテ公爵領の農業革命を高らかに宣言したわけなんだけど、まぁ、勢いであんな事言わなきゃ良かったと何度も後悔したわよね。
何しろ私は確かに農家の娘を十三年もやった事はやったのだけど、それだけで何もかも出来るようになるほど農業は甘く無いのよね。
正直、昔は意味も分からずお父様の言う事をただ聞いて仕事をしていた部分も多かったのだ。豪語したような専門家とは程遠い。
ただ、私は跡継ぎ娘だったので、お父様はそのつもりで読み書き計算を私に教え、農地管理についても多少は教えてくれていた。農地をどのように分け。どんな作物を植え、何年周期で休耕させた方が良いのかなどは一応教わっていたのだ。
もう薄れ掛かった記憶の底に沈んでいるそれを、うんうん言いながら思い出して、私は公爵領の農業革命に取り組んだ。
公爵閣下も公妃様も、私が語った公爵領の農業問題に大いに驚いていた。それはそうよね。一生懸命魔力を奉納しているのになんで収穫が年々下がっているのか悩んでいたら、それが農法の初歩的な誤りのせいだったというのだから。
「しかし、農地を三分割してローテーションするのでは、小麦は一つの土地で三年に一度しか収穫出来なくなる。結局小麦の収穫はこれまでより減るのではないか?」
公爵閣下は私が語る新農法を聞いてそんな懸念を示された。尤もな懸念だ。正直、魔力で地力を上げるという反則技があるのだから、これまで通りのやり方にちょっと手を加える、例えば休耕地を作って土地を毎年順繰りに休ませて行くとか、これまで全然やっていなかったらしい肥料を畑に入れるとか、それくらいの対策でも良いのでは無いかという気もしなくはない。
しかし私は実際に(あの後最初の村以外にも色々見て回ったのだ)農村を見て歩いて、それでは対策として不十分だと思ったのである。
というのはどの農村に行っても、農民が随分と疲弊していたからだ。
「公爵閣下。一番重要な問題は、公爵領は耕地が広すぎるという点です」
「耕地が広すぎる?」
公爵閣下は何を言われたのか分からないというお顔をなさったわね。
「はい。人口に対して耕地が広過ぎるのです。減った収穫をカバーするために森を焼いて耕地を増やした結果、手が回らない農地が増え過ぎています」
視察で訪れた農地にはどうにか適当に種を蒔いただけ、という畑も多かった。灌漑も十分ではなく、ほとんど実らないだろうと思える場所も少なくなかった。
「なので、耕地をローテーションした方が手がきちんと掛けられて収穫は増えると思いますよ」
正直、その辺はやって見ないと分からないけどね。
「それより、輪作で収穫した作物の売り上げを市場出店税で回収したり、休耕地で育てた家畜をお金にする事を考えた方が良いですわね。近隣の領地への輸出が出来ればもっと儲かるのではありませんか?」
私がそう言うと公爵閣下は呆れたようなお顔をなさった。
「シルフィンは商売の才能もあるのだな」
「それほど大層なものではございませんよ。故郷では普通の事でした」
これは後で知ったのだが、私の故郷の辺りは大貴族がおらず、中小の貴族の所領が多かったため魔力に頼れず、そのため逆に庶民達が農業や商業で創意工夫をしていたのだそうだ。そのため、相対的に進歩的な農業や商業が行われていたらしい。
公爵領はつまり歴代公爵の大魔力による恵みに甘えていたのだ。
これからはそれでは困る。なぜなら。
「私には全然魔力が無いことが明らかになりましたからね」
私は溜息を吐く。この数日前、公爵閣下とお妃様の魔力奉納が行われて、私も同席したのだ。そこで見た光景を思い出すとどうしても憂鬱になる。
◇◇◇
魔力奉納は岩山の頂上にあるお城の中の礼拝堂で行われる。麓のお屋敷から城までは道が細いし傾斜もきつくて馬車では行かれないので、輿に乗って行く。男性が十人ほど掛けて棒で担いでくれるアレだ。私はこんなモノに乗った事は無かったので随分と驚いた。ただ、岩山の道は曲がりくねっているし傾斜がきついところはあるから、結構揺れるし怖いしで正直歩いた方が楽だったわね。
戦争に備えたお城というだけはあって、岩山の上の石造りのお城は内装はもの凄く簡素で無骨。壁も床も石がむき出しで、それを絨毯やタペストリーで覆っている。春だというのに中はひんやりしていたわね。お城の中央の奥まった所に礼拝堂はある。ここも石造りで全く装飾は無い。帝都の大神殿は華麗な装飾で埋め尽くされているんだけどね。
特に床はどうやらお城が建っている岩山をそのまま削って平らにして使っているようだ。一番奥には綺麗な円形の礼拝所がありそこも岩山の地肌で形成されているようだ。その前には大地の女神の真っ白な像がある。
「ここが大地の女神に魔力を奉納する礼拝所になります。ここで魔力を奉納すると、公爵領全体に魔力が行き渡り、土地が肥えるのです」
公妃様が教えて下さった。この場合の土地が肥えるというのは、土が黒く水分を含むようになるだけでは無く、水が綺麗になったり気候が暖かになったり、大雨干ばつ竜巻などの災害が起こりにくくなる事を意味する。凄いものだ。だから魔力は大事で、公爵閣下やお妃様はこの日のために魔力を溜めているのだという。
礼拝堂には公爵閣下、お妃様、ヴィクリートと私、そして執事長と侍女長だけが入る。筈なのだが、今回はヴィクリートの主任執事と私の主任侍女であるレイメヤーも入る事を許された。これは順調に行けば再来年の魔力奉納は私とヴィクリートがこなす必要があることから、手順を将来の執事長、侍女長である彼らに見せておくという意味があるそうだ。
薄暗い(シャンデリアなどは無いので、壁に何個か設置された燭台が頼りである。壁の高いところにある明かり取りの窓はなぜか小さい)礼拝堂の中、公爵閣下とお妃様はゆっくりと円形の礼拝所に進み出る。ちなみに格好はいつものもので、特別なものでは無い。ただし朝にお風呂に入って身を清める必要はあって、私も先ほどお風呂に入らされたばかりだ。
円形礼拝所の中央で、公爵様は天に向かって右手を高く上げて祝詞を唱える。
「天にまします神々の加護によって帝国は繁栄せり。北の果てより南の外れまで、大地の女神の加護により帝国の地は豊かに平和になり、人は産み増えて地に満ちる。大地の女神は加護の代償として魔力の奉納を求めけり。我は今より古の盟約に従いて我が魔力を大地の女神に奉納せんとす」
神話によれば、神々というのは天上に沢山おられるのだけど、その中の一柱である大地の女神様がある時地上に降りてきて、初代皇帝陛下と盟約を結び、大地の女神が帝国の大地を潤す代わりに女神に魔力を奉納する事になったのだそうだ。そもそも魔力も大地の女神が与えてくれた力なのだ、という話もあり、与えてくれた力を後で回収するみたいな話? と私はちょっと不思議に思ったわよね。
公爵閣下は公妃様と共に跪き、胸に両手を当てて拝礼する。私達も礼拝所の外で跪き、拝礼する。ちなみに神への拝礼は両手を胸に目上の人への拝礼は片手(普通は右手)を胸にが正式な作法なのだそうだ。
公爵閣下とお妃様は片膝の状態のまま、両手を地面に付ける。お二人とも素手だ。お妃様は先ほど侍女長に手袋を外して貰っていたわね。私もレイメヤーに外してもらって素手になっている。礼拝所の外で私とヴィクリートも素手で岩で出来た床面を触る。ひんやりした硬い手触りの床だったわね。岩山を削り出しているから平滑で継ぎ目も何もない。
「大地の女神よ。我がレクセレンテ公爵家の大地にご加護をお与え下さい。大地に潤いを人には健康を」
公爵閣下がそう言った瞬間、岩で出来ている床がフワッと虹色の輝きを放った。それはもう驚いたわよ。私が手を触れている部分で床がパチッと僅かに光った。ビックリして手を離しそうになるが我慢する。
見ると、公爵閣下とお妃様の周囲には雷でも起きたのかというような金色の光がバチバチと飛び交い、虹色の光が渦を巻いてお二人を包んでいる。そんな尋常じゃない光景の中、お二人は微動だにしない。
気が付くと公爵閣下たち程では無いが、ヴィクリートの突いた手の周りにも盛大に光が踊っていた。虹色の光はどうやらヴィクリート自身から沸き上がり、彼の周りで渦巻くようにしながら手を突いている床面に吸収されていっているようだ。
……私は? よーく見るとほんのり全身が淡く光っているかな? くらいで、手を突いている床のところで時折火花みたいな光が発生する。だけである。
しょぼっ! しょっぱっ! なにこれ私だけショボすぎるんですけど。どういうことなんですか? ってこれが多分魔力量の差というものなのだろうね。
皇族と男爵の娘の明らかなる魔力格差を見せ付けて、魔力奉納はほんの数十秒で終わった。公爵閣下が手を床から離し、お妃様、そして私も床から手を離すと、僅かな余韻を残して光は消え、礼拝堂は先ほどの薄暗い状態に戻った。
「これにて魔力奉納を終了する。皆、体調に異変は無いな?」
公爵閣下がそう言いながらお妃様を気遣う。お妃様は額を押さえながら立ち上がれないようだ。侍女長のエマリアがお妃様に向けて走り寄り、助け起こすようにしていた。私も思わず駆け寄ってしまう。
「大丈夫ですか? 公妃様?」
「ありがとう。大丈夫ですよ、シルフィン。ちょっと目眩がするだけです。魔力奉納をするといつもなるのですよ」
公妃様は少し目の間を揉むようにしていたが、やがてゆっくり立ち上がった。大丈夫そうね。それを見て公爵閣下は安心したように頷いた。ヴィクリートが少し渋い顔をしている。
「私も少し魔力を持って行かれましたよ父上。軍務に必要なのに困るではありませんか」
「ほんの少しなのだから文句を言うな。それに、其方はもう婚約したのだ。軍務より領地の事を優先せい」
ヴィクリートの話では、国境に設置してある大砲などの大きな兵器には魔力が必要であり、軍人さんたちは定期的に国境の砦を巡ってそういう魔力兵器に魔力を注いでいるのだそう。
……実際に魔力奉納を見て、公爵領が魔力奉納の効果で肥えている現状を見てしまった今では、魔力というのが如何に貴族にとって、領主にとって重要な力であるかがよく分かる。故郷は多分あんまり魔力が奉納されていなかったからか、お父様お母様が亡くなった流行病のような悪い病気が数十年に一度猛威を振るったものだ。しかし、公爵領ではもうそんな病気はしばらく起きていないらしい。
この豊かな公爵領の維持に領主の魔力は欠かせないのだ。皇帝陛下が最初にお会いした時に懸念していたのはこれなのだろうね。
……ううう。あの礼拝堂の光景を思い出すにつけ、私には魔力が全然まったく無いというわけでは無さそうだけど(完全な平民だと全く光らないそう)すぐ隣にいたヴィクリートと比較して十分の一、いや、もしかしたら百分の一くらいの魔力量しか無さそうだ。公爵ご夫妻は二人とも同じくらいの魔力の光を放っていた。本来はああじゃ無きゃ駄目なのだろう。
なんてことだ。魔力が無くても公妃になってみせると私は豪語したんだけど、とんだ勘違いだった。こんなに大事な魔力が全然無い私が公爵家に嫁に来るなんて無理な事だったのだ。私が魔力奉納出来ないせいで公爵領の収穫が落ちたり疫病が流行るようになったらどうしよう。
魔力は奉納し過ぎると、本人の健康に悪い影響を出してしまうので、公爵閣下は身体に異常が出ない線を狙って奉納する魔力量を計っているのだそう。だけど、私に魔力が無ければ公爵領は没落してしまうので、恐らくヴィクリートは私の分もカバーするだけの魔力量の奉納をしなければならなくなるだろう。そのせいでヴィクリートが健康を害したら大変では無いか。私はどうしたら良いのだろう。
そんな感じで私は麓のお屋敷に帰ってから落ち込んでいたのだけど、そんな私の様子はヴィクリートにはお見通しだったのだろう。彼は私を庭での散策に誘うと、私の肩を優しく抱いて言った。
「魔力が無いことで落ち込んでいるのであろう? 心配するな。そんな事は婚約前に分かっていた事なのだから」
流石はヴィクリートなのか私が分かり易いのか。しかし魔力が無ければ困るではないか。本当は大魔力の持ち主であろう、第二皇女イーメリア様がお嫁に来た方が公爵家にとって良かったのでは無いだろうか? 私はヴィクリートの婚約者になどなるべきでは無かったのではないか? もしも婚約前に魔力の重要性をよく知っていたら、私はヴィクリートの事がこんなに大好きでも婚約を辞退しただろう。私の個人的感情で公爵領の人々を困らせる訳にはいかないのだから。
しかしヴィクリートは不安を漏らす私の事を優しく抱き寄せながら言った。
「君以外と私は結婚などせぬ。それは君も分かっているではないか。大丈夫だ。魔力は後天的に増える事もあるし、結婚すれば君も増える」
え? 魔力って増えるの? 私は驚き、その方法を教えてくれるようヴィクリートにせがんだ。
すると、ヴィクリートはなぜか少し頬を赤くして私から顔を背けた。
「魔力は、何かのきっかけで増える事がある事が知られている。平民がある日突然大魔力を授かった例もあるらしいからな。ただ、何をしたら増えるのかは良く分かっていない。どうやら大地の女神への信仰心が関係しているようなのだが……」
信仰心! そ、それは大変だ! 私はこれまで大地の女神様への信仰心など全然無かったけど、今日この日からは敬虔な信徒になろう。朝と夕のお祈りもちゃんとやろう。そうしよう!
で、結婚すると増えるっていうのは? 結婚するだけで増えるんならお祈りするより楽よね? と私は無邪気な顔でヴィクリートに聞いたのだが、ヴィクリートは困ったような顔で唸ってしまうと「レイメヤーに聞くが良い」と返答から逃げた。??? なんだろうね?
で、お部屋に帰った後に、当然付き従っていたレイメヤーに聞いたのだ。
「あれはどういう意味だったの?」
レイメヤーも大変困った顔をしていたけど、私があんまり真剣に聞くものだから溜息交じりに答えてくれた。
「……結婚してご夫婦になられると、その、子作りをなさいますね?」
子作り? ……ああ。あーあーあー。アレね。うんしますね。するでしょうね。子供を作るのが目的で結婚するんですもんね。しないって事は無いでしょうね。私は勿論まだしたことは無いけどね!
「……そうね」
「その、子作りをすると、男性の魔力が女性に入って来ます」
……生々しい話になってきた。私もレイメヤーも顔を赤くしてしまう。横にいるミレニーなど顔を覆っている。この三人には勿論だが男性経験など無い。一応教育でそういう話は習ったけども。
「本来はこれはお子が宿るとお子の魔力になるものです。しかし、お子が生まれるまでは女性の体内に溜め込まれて、女性の魔力になるのです。勿論、女性自身に魔力が多いに越したことはありませんが、男性に魔力が多ければ子供の魔力にあまり影響が出ないのはこれが理由です」
もしも女性の魔力が低ければ子供の魔力が低くなってしまうのなら、愛人の子が跡取りになるなんて認められないだろうし、ヴィクリートと私の婚姻にはもっと強い反対があっただろうという。
「その、ですから仲睦まじいご夫婦の間に生まれた子供は魔力が高くなる事が知られています。その沢山魔力を頂いて胎内に溜め込むからだということですね。ですから夫婦仲が悪く、子作りをあまりしないご夫婦の子供は魔力が……」
「ストップ! 分かったわ! もう良いわ! ありがとう!」
これ以上聞くと恥ずかし過ぎて床を転がりながらのたうち回ってしまいそうだ。子作りの話は結婚してから! 私にはまだ早い!
つまり、結婚するまでは恐らく私の魔力はこのまま低いだろういうことだ。それで、結婚してもその、子作り具合によっては魔力があまり高くならない事も考えられる(そんな心配はいらないとレイメヤーもミレニーも断言したけど)。だから魔力に頼り過ぎないような農業を振興させ、領地の状態を整える事は、魔力を全然持たない公妃になるだろう私の義務だと思うのだ。
なので私は農業革命に邁進した。馬車で広い公爵領内を走り回り、各地で農業指導を行ったのだ。秋蒔きの土地、春蒔きの土地、休耕して牧畜に使う所の三種類に土地を分類し、村々の土地を分割して指定して行く。土地を分けるのは大雑把に三つに分けるより、少し細かくしてパッチワークのように分け、秋蒔き春蒔き牧畜を細かく入り組ませた方が効果が高い。その方が害虫や病気が移り難くなるのだ。
もう麦は生えてしまっていたけれど、私は容赦無く畑を耕し直させて、春蒔きの豆をや芋や野菜の種を蒔かせ、休耕の土地には牧草の種を蒔いた。勿体無いという意見もあったけど、手の回らない麦畑など碌な収穫も見込めまいと断行した。
何しろ無秩序に麦畑を広げてしまっていて、水も引けないような丘の上まで麦畑になっているのには呆れた。明らかに収穫が期待出来なそうなそういう畑は潰してしまい、後でどんぐりでも蒔いて森に戻す事にする。実際、森を減らしすぎると森から流れ出る川の水が悪くなり、下流の畑が肥え難くなる。森は大事なので絶対に減らさないようにと厳命した。
公爵領の農民は堆肥の作り方もよく知らない有様だった(魔力に頼りすぎた弊害だろう)のでこれも各地で教える。人間の糞尿も良い肥料になるのよ、と言ったら随分と驚かれたわね。輪作で牧草地を作って家畜を入れると、家畜の糞や枯れた牧草がいい肥料になるから、そもそも魔力で肥えている公爵領の土地にはあまり沢山の肥料はもう必要無いかもだけどね。麦はあまり肥料をくれすぎても良くないからね。
私は毎日毎日ヴィクリートと一緒に農村に出て、農業指導を行った。本当は農民と同じ格好で、泥まみれで一緒に作業をしたかったけど、公妃様がそれは駄目だと譲らなかったので私は活動的な膝丈スカートとはいえ、気取ったドレス姿に大きな帽子、日傘を差し掛けられるという格好だった。私が不満を漏らすとレイメヤーが言った。
「シルフィン様は貴族なのです。しかも貴婦人です。農民と仲良くなるのは良いことですが、支配者と被支配者の一線ははっきりとさせて置かなければなりません」
服装というのは如実に身分差を示す。そういえばヴィクリートも農民とは親しく付き合っても、格好はきちんとしたコートか、軍服だ(公爵領を巡りながら国境の砦の視察をすることもあったので)。その辺の線引きは彼もしっかりしている。
懐かしい農村に行って農業について考えてはいるけど、私はもう次期公妃。私はその一線を向こう側に越えたのだから、もう農民の娘には戻れないのだ。
その事は私にも分かっていた。だから私は手を泥だらけにしてみんなと一緒に農作業がしたくても我慢をした。農民が作業する時に歌う歌を一緒に歌いたくても我慢をしたのだった。
そうして、二ヶ月ほど麦刈りが終わるくらいまで私とヴィクリートは公爵領で農業指導をして過ごした。ちなみに公爵ご夫妻は半月ほど滞在してもう帝都にお帰りになっている。ご夫妻は一度帝都に帰り、その後例年通り南の海の離宮へご旅行に行かれるのだという(つまり、ヴィクリートが行き倒れてから丸一年。私達が出会って丸一年という事になる)。
何度も農村を巡ったので、豪族や農民とも随分仲良くなった。勿論主従の一線を挟んでだけどね。ただ、私はとにかく子供に懐かれるので、村の子供たちは私につきまとって離れず、それが農民たちには好印象を与えたようだ。そのため、最初から隔意ある態度をされずに済んだ。
麦刈りが終わった後の収穫祭にいくつの村から招かれ、歓待を受けたわね。この時はお祭りでみんなお酒が入ったこともあって、いつもより親しげに無礼講みたいな感じになって、私もこっそり羽目を外してお酒を回し飲みして歌って、村人と輪になって一緒に踊ったわね(レイメヤーも見て見ないふりをしてくれた)。勿論この時はヴィクリートも一緒で、彼も農民たちと肩を組んで歌って踊っていた。
農業革命は順調で、きちんと手を掛けられるようになったせいか麦の収穫も畑の面積を減らしたにも関わらず予想以上の量が収穫出来たようだ。これなら来年はもっと良いわね。それに春蒔きの作物もかなり順調に育っていて、これを全て自分たちの物にしても良いと言われた農民たちは活気付いていた。勿論、領内の市場税は設定済みだから、作物が豊作なら公爵家にもリターンがかなりあるだろう。勿論、これらの作物、増やせる家畜は農民も食べるから、公爵領内は豊かになるし人々も健康に元気になるだろう。
そうして農業革命の目処が立った私たちは帝都へと帰ったのだった。私達の馬車が村々の間を通過すると、農民がみんな歓声を上げて私達に手を振ってくれたわね。その様子を見て私は、自分がこの人々の支配者であり、彼らの人生と生活に重大な責任を負う者であるという自覚を強くしたのだった。これからも頑張って公爵領を良くしよう。魔力は足りないけれど、自分に出来る事を一生懸命やっていこう。
……魔力の事を考えてしまって、私はちょっと恥ずかしくなり、馬車で向かい合って座っていたヴィクリートからちょっとだけ身を引いた。それを見てヴィクリートはいぶかしげにしていたわね。
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