領地編

十二話 シルフィン公爵領でスローライフを満喫する筈だった。

 遠くに山々が見える他は緩やかな丘陵が続く土地。それがレクセレンテ公爵領だった。あちこちに森も見えるし、黒土の畑は続くし、私の故郷に比べて非常に豊かな土地だと、一目見て思えたわね。


「いい所ですね」


「気に入ったか?」


「ええ。とっても」


 公爵家の旅行用の巨大な馬車。何しろ六頭引きなのだ。いざという時にはこの中にで寝泊まり出来るようになっている。貧乏な庶民の家より確実に大きいわね。


 もちろん、道中馬車で寝泊まりすることなんてなかったわよ? 悪くても街で一番立派な宿屋。普通は当地の領主のお屋敷。一番凄い時にはお城をまるごと貸してくれたわ。


 故郷から帝都に出た時には、お父様の実家の子爵家の馬車で、ギュウギュウ詰めで馬車の中で蹲って寝る旅をしたものなんだけどね。その時から考えると夢のように楽ちんな旅を十五日(途中で領主貴族に引き止められて宿泊を伸ばしたのも含めて)続けて、私たちはレクセレンテ公爵領へと入ったのだ。


 ちなみに、馬車は五台連なっている。私たちの馬車。公爵閣下とお妃様の馬車。ミレニー達が乗っている馬車。その他は荷物だ。これを守る騎馬の兵士が三十人。これはもう行列ね。あまりの物々しさに見物人が出るほどだったわよ。


 私は走る馬車の窓から公爵領ののどかな風景を眺めながら、ほんのちょっとだけ開放感を覚えていた。ほんのちょっとだけね。


 本当はもっと大々的な開放感を覚える予定だったのだ。ヴィクリートと二人で公爵領に来て、当分の間甘々スローライフ、を楽しむつもりだったのだから。……そうならなかった事は公爵ご夫妻が同行している事で分かるだろう。


  ◇◇◇


 そもそも、私とヴィクリートの婚約式から既に半年以上が経過している。ヴィクリートが立てた計画では婚約式後すぐに私たちは旅立つ予定だった。


 しかしまぁ、そうはならなかったのだ。ヴィクリートが公爵ご夫妻にその計画を話すと、お妃様が怒ったのだ


 いや、もう、無茶苦茶に怒られた。


「一体何を考えているのですか! そんな事を言い出すなら、あなた達の結婚を認めませんよ!」


 ひー! ごめんなさい! と私はその一喝で諦めたんだけど、ヴィクリートは不満そうにお妃様に言い返した。


「なぜです? 私は例年、ほどんど領地に行っているではありませんか。それにシルフィンを伴うだけです」


 お妃様は呆れ果てたように天を仰いだ。


「本気で言っているのですか? そもそも貴方が領地に行きっぱなしな事に問題が無いと思っていたのですか?」


 公妃様曰く、次期公爵が社交を投げ捨てて帝都に帰って来ない事には批判もあったそうだ。ヴィクリートには軍務もあるからと誤魔化していたそうだけど。


「貴方は婚約したのです。結婚すれば慣例として正式に公爵家を継ぐわけです」


 ヴィクリートは結婚すると公爵家を継ぎ、公爵閣下とお妃様は引退して前公爵ご夫妻となる。


「何のために婚約期間があると思っているのですか? 政務の引き継ぎや他家との顔繋ぎがあるからでしょうに。それを放り捨てて長期旅行ですって? 冗談も大概にしなさい!」


 なるほど、と思わざるを得ない話だったのだが、ヴィクリーとはそれでも抵抗した。


「政務と言っても、私は領地経営は既に引き継いていますし、他家との交流はそれなりにやっておりますよ。現在軍務で一緒に仕事をしている者たちは、その内自分の家を継いで帝都に戻るのですし」


 帝国では上位貴族の子息は結婚前は軍務に就き、結婚後は家を継いで(継げない者もいるけど)帝都で皇帝陛下にお仕えするのが慣わしらしい。


 しかしお妃様はヴィクリートの意見を一蹴した。


「貴方は公爵家を継いだら家臣筆頭として皇帝陛下に、ゆくゆくは次代を継がれる皇太子殿下にお仕えしなければなりません。そういう中央での政務の引き継ぎは一切やっていませんでしょう?」


「私は家臣筆頭なんてガラではありませんよ。そういうのはドローヴェンにでもやらせておけば良いのです」


「皇帝陛下も皇太子殿下も、明らかに貴方を信頼なさっているではありませんか。辞退は無理ですよ。それに一番重要な問題は、シルフィンのお披露目です」


 はい? なぜここで私の名前が出てきたんですかね?


「次期公妃なのにシルフィンは社交界に一切出たことがありません。こんな状態でいきなり公妃になったらどうなると思いますか?」


 ……えーっと、レクセレンテ公爵家は現在、公爵家筆頭で、ヴィクリート様も今のお話だと皇帝陛下並びに皇太子殿下の最側近となる予定だから彼の代になってもこれは変わらない事になる。


 という事は、私は家臣筆頭の妻になるのだ。つまり将来的に帝国で、皇妃様(予定)のスイシスに次ぐナンバーツーになることになるのね。


 そんな超高位の夫人が、社交の場に出ないなんてあり得ない。それくらいは私にだって分かる。地位には責任が伴う。私はもうヴィクリートと結婚して公妃になる決意をしているのだから、責任を負う覚悟もある。


 しかしながら社交は一人では出来ない。何しろ社交の目的は言葉通り交流だ。貴族同士の。社交の目的は貴族同士で緊密に交流することによって、帝国の政治運営を円滑にする事にある。


 もっとぶっちゃけて言えば、貴族同士交流して、味方を増やし(上位の者なら配下の者を増やし)帝国政界で大きな力を持つためだ。


 つまり、なるべく多くの貴族と社交で交流する事が重要になる。もちろん次期公妃としては交流するだけでは無く、その威で婦人たちを圧倒し、信服させ、配下を増やして女性社交界を掌握する必要があるだろう。


 ……無理じゃね? 無理よね。無理無理。そんなの、考えるまでも無く分かる。私を何だと思っているのか。


 こちとら男爵令嬢だぞ。農家の娘だぞ? 社交なんか見たことすらない。帝宮でのあの恐ろしかったお茶会が唯一それらしい経験だ。あれで社交にはトラウマが出来掛かっているというのに。


 つまりこんな状況でいきなり公妃になって社交に出るなんて無理。という結論になるわけである。


「シルフィンを一人で社交に出すわけにはいかないでしょう? 私が公妃である内に次期公妃ですよ、と他家のご婦人方に紹介して良くしてもらうようにお願いする必要があります」


 そうね、それは大事だ。今皇妃様の妹にして公妃という帝国貴族界で二番目に尊重されている公妃様に「私の義理の娘でございます。以後よしなに」と上から圧を掛けつつご紹介してもらわねば、こんな男爵家出身の小娘が社交界に受け入れて貰うなんて絶対に無理だ。


「本来ならこれは婚約前に縁談が本決まりになったら即座に始める引き継ぎです。それが婚約以降になってしまうのですから大変な事なのは分かるでしょう! それなのに婚約期間中に帝都を長い時間離れるなんて論外です。絶対にダメです!」


 これはもう、圧倒的に公妃様が正しい。流石のヴィクリートも黙り込む。彼だって私が社交界で爪弾きにされる事態は避けたいのだから。


「最低限の教育に婚約までの一ヶ月を当てるにしても、そこから社交界デビューさせて上位貴族婦人に紹介して顔をつないで、出来ればシルフィン個人とご婦人方の友誼を結ばせて最終的には我が家でシルフィン主催の夜会を開いてみて、その様子を見てみないとシルフィンがこの先どの程度社交界でやっていけるかの見通しも付きません」


 それには最低でも婚約後半年は掛かるだろう、というのが公妃様の見込みだった。


「では、それ以降になら領地に行っても構いませんか?」


「駄目だって言っているでしょう!」


 公妃様が青筋立てて激昂したので私はヴィクリートを止めて、平謝りしながら一生懸命教育に励み社交も頑張るから、と公妃様に言って何とかご機嫌を直して頂いた。ヴィクリートはしょんぼりして私に謝った。


「済まない私の見通しが甘かった。せっかく君が喜んでくれたのに……」


「いいわよ。仕方が無いわ。それに公妃様の言っている事は分かるもの。社交界に受け入れられなければ、妻として貴方を助けられないものね。頑張るから大丈夫よ」


「シルフィン……」


 と、こんな感じで、とりあえず私達の領地行きはキャンセルとなったのだった。


  ◇◇◇


 それから一ヶ月、死ぬ思いで各種教育を受け、夏の終わりの吉日に、私とヴィクリートの婚約式は行われた。


 婚約式は帝宮の大神殿で、皇族の皆様大集合で行われた。皇族はこの場合、皇帝陛下ご一家と、三家ある公爵家の事を指す。


 公爵家はレクセレンテ公爵家とあと二つ、公妃様の実家であるウィプバーン公爵家。フレイヤー公爵家がある。レクセレンテ公爵家が筆頭という事になっているけどこれは現公爵閣下が皇帝陛下と個人的に親しく信任を受けていて、家臣筆頭の地位にあるからで、本来は身分にも格にも差は無い。


 しかしながらそんなきれい事など一切通用しないのが貴族社会というもの。他の公爵家の方々はレクセレンテ公爵家を強く意識しているらしい。特にヴィクリートをライバル視していると聞いているフレイヤー公爵家の次期公爵ドローヴェン様という方は、私達を祝福するような顔をしてヴィクリートにこう言い放った。


「良かったなヴィクリート。これで其方の願い通り、領地に引き籠もっていても誰も文句を言わなくなるぞ。最適な妻を迎えたのでは無いか?」


 ドローヴェン様は濃いめの金髪に藍色の瞳のかなりの美男子だが、私を見る目には侮蔑がありありと現れていた。まぁ、良い感じではないわよね。ヴィクリートはうんざりとしたような表情を僅かに浮かべて応えた。


「出来れば私もそうしたいと思っているのだがな」


「それは駄目だなヴィクリート」


 やってきたのは皇太子殿下だった。ドローヴェン様は畏まって頭を下げるが、皇太子殿下は彼の事には構わず、ヴィクリートの肩を抱くと私に片目を瞑った。


「せっかく頭の切れる嫁を貰ったのでは無いか。夫婦でこの私を支えてくれなければ困るぞ。なぁ、シルフィン」


 皇太子殿下があまりにも私に親密な態度を見せるものだからドローヴェン様の表情が引き攣った。恐らく男爵家出身の身分卑しい妻を迎えたヴィクリートは皇族の総意として爪弾きにされ、政権の中枢から追われるものだと思い込んでいたのだと思われる。先ほどの言葉にはそれを揶揄する意味があったのだ。


「そうだな。シルフィンであれば立派に女性社交界を統率出来るだろう。私はそれ以上も期待しているがな」


 と言いながら近寄ってきたのは皇帝陛下だ。こんな庶民女にそんな過大な期待をされても困るんですがね。だけど皇帝陛下までが私に対してあからさまに親しげにして、期待の言葉を掛けたことに周囲からざわめきが起こる。皇族の皆様は私がまさかこれほど皇帝一家から信頼を受けているとは知らなかった模様だ。


 皇帝陛下には皇妃様とイーメリア様が付き従っていた。私がお二人に深く頭を下げると、皇妃様は私の所に近付き私の手を取った。


「皇族に良い娘を迎え入れられて本当に良かった事。ヴィクリート共々よろしくね」


 何をよろしくなんでしょうねぇ? どうよろしくしたら良いのでしょうかね!


 私が内心プルプルしているとも知らず、皇妃様は艶然と微笑んで私に楽しげにお声を掛けて下さった。イーメリア様も少し硬い表情ではあるけども微笑みながら私に祝福のお言葉を下さった。ちなみに皇太子殿下の婚約者であるスイシス様は私とヴィクリートに型通りの祝福の言葉を掛けた後はサーッと離れて近付いて来なかったわね。


「アレはどうも其方の事を恐れているようだぞ」


 皇太子殿下はスイシス様のご様子を見て苦笑していたけれど、私何か恐れられるような事を致しましたかね?


「いや、スイシスには困っていた所があったからな。これからもあの時のような感じでちょっと脅かしてやったら良い。頼んだぞシルフィン」


 そんな事を頼まれても困るんですがね。しかし皇帝一家が私にしきりに期待の言葉を掛けるのを見れば、他の公爵家の皆様も私をあからさまに排除する姿勢など見せられなくなる。多分ものすごーく葛藤はあったと思うけど、表面上は全員が私とヴィクリートの婚約を祝福するしか無かったようだ。


 そうして私とヴィクリートは大地の女神の像の前で婚約指輪を交換し、正式に婚約者となった。薄桃色の華麗なドレスに身を包んだ私と、濃紺のスーツに身を包んでキラキラ微笑んでいるヴィクリートは、皇族の皆様の祝福の拍手に手を上げて応えたのだった。


 その日の夜に帝宮の一番豪華で大きなホールで行われた晩餐会及び舞踏会が私の社交界デビューとなった。この大ホールは国家的行事の時くらいにしか使わない物を特別に使わせてくれているそうですよ。その、もうちょっとこじんまりやって頂いた方が……。


 なんて言っている場合では無いそれどころではない。私は濃いグリーンのドレスに白金のティアラを頭に乗せられ、身体中にルビーだのサファイヤだのダイヤモンドだのじゃらじゃら重苦しい宝石のアクセサリーをこれでもかと装備して、ホールの皇族専用口から白いコートを着た無茶苦茶素敵なヴィクリートに手を引かれて入場したのだ。そう主役だ。私が主役なのだ。なにせ私のお披露目なのだから。ひー!


 光り輝く広間には着飾った貴族の皆様が約三百名。それが私達に一斉に拍手を浴びせ、視線が私に集中する。そんなに人がいてもまだ余裕のある広さを誇る大ホールには呆れるしか無いが、もっと凄いのはそのホールの奥にある晩餐会会場だった。その三百人位が一斉に食事が出来る席がバーッと設けられていた。真白なテーブルクロスが掛けられた何個もの長大なテーブルに、銀のカトラリーが延々と並ぶ様は圧巻で、いやー、帝宮の侍女たち頑張ったわねぇ。と感心してしまう程だった。


 そのテーブルに全員が着席すると早速食前酒とお料理が大皿で運ばれてずらっと並ぶ。大皿取り分け式なんだわね。この場にいるのは上位貴族の方々ばかりだから当然、全員が自分専用の侍女か従僕を連れている。彼らは主人の後ろに立っているので、主人がアレ食べたいと言えば取ってくれる。ちなみに、自分で食べる分を取り分けるのはマナー違反。他人が食べるものを取り分けるのは大丈夫だが、今回の場合はNGだ。


 というのは開会のご挨拶と乾杯が済むと、私とヴィクリートは席を立ってテーブルを挨拶回りに出る(つまり私は食べられない)のだが、その際に、出席者の方に私とヴィクリートが手分けをしてお料理を(この時取り分けるのは必ず肉料理と決まっている)出席者の方々に取り分けて差し上げるのだ。


 お料理を取り分けるのには自分の血肉を分けるという意味があり、こういう儀式的な晩餐の時の作法なのだそうだ。主催者が料理を取り分け、それをお客が食べる事には神聖な契約の意味があり、今回の場合は特に私とお客様が友好親善の盟約を結ぶという意味合いがあるそうだ。


 それにしてもご挨拶をしながら三百人一人一人にお料理を取り分けるのは、ヴィクリートと二人で手分けしても大変で、しかもこの時初対面の方ばかり、皆様私に興味津々ということで、ご挨拶をして少し談笑もするから、全員に取り分け終わるまでに遠大な時間が掛かった。勿論、これは身分が上の方(この場合は勿論皇帝陛下から)から始めるので、一番身分が低い方は恐ろしい時間を待たされただろうね。まぁ、途中で従僕に取って貰った分は食べて良いのだから、一切食べられなかった私達よりは楽だったろうけど。


 ようやくお取り分けが終わっても終わりでは無い。私達が席に戻ってすぐ晩餐会は終わり(なので私は一口も食べていない)舞踏会に移行する。皆様お互いのパートナーと手を取り合って大ホールに移動する。大理石の床と柱に金の装飾が施され、五段のシャンデリアが無数に高い天井から下がる大ホールは真昼のようで、楽団がゆったりとした音楽を演奏する中、まず私とヴィクリートがホールの中央に出る。そう。私が。


 本日の主役なのだから仕方が無い。まず私とヴィクリートがダンスを披露してからで無いと他の方は踊れないのだ。いや、こんな私の下手くそなダンスを見て貰わないで、勝手にさっさと皆様踊ると良いですよ、と言いたいのだけど、そういうわけにはいかない。私が主役なのだから。つまり私とヴィクリートのダンスを見て、私のダンスのレベルだとかヴィクリートとの息の合い方、親密度合いとかを皆様が見極めるのである。


 このダンスのお披露目があるために、私はダンスを練習した。もう無茶苦茶に練習させられた。毎日毎日来る日も来る日もステップの練習、ポーズの美しさ、表情、バランス、美しい裾の翻り方、踊り続けても体勢を崩さない方法などを、それはもうダンスのコーチと嫌という程練習し、最終的にはヴィクリートと食後に猛特訓をしたのである。


 なんでこんなにダンスにこだわるのかというと、パートナーとのダンスほどその二人の関係性、相性を現してしまう物は無いと考えられているからだそうで。つまり婚約のお披露目で下手くそなヴィクリートと息も見栄えも合わないダンスなど見せれば即座に社交界に「シルフィン様はヴィクリート様に相応しく無い」という噂が流れる事になってしまうのだそうだ。なにそれ面倒くさい。


 しかしそもそも一分の隙が命取りになるのが社交界という物。最初のお披露目からそんなガバガバな隙を見せるようではこの先やってはいけない。せめて目の厳しいご婦人方にダンスくらいは感心して貰わないと、舐められてしまって私が女性社交界を率いるなんてとても無理な話になってしまう。


 なので私は死に物狂いで練習して、公妃様の合格を得るレベルにはなったらしい。私はそもそも体力はあるので練習する気になれば延々出来たので、上達が驚くほど早かったようだ。「普通の貴族女性は半日も踊り続けられません」とダンスのコーチの方が先に倒れたくらいだったからね。


 私はヴィクリートと密着して音楽の始まりを待つ。ううう、あんなに練習したのに緊張する。しかしヴィクリートは余裕のある微笑みで私を見下ろしていた。


「どんどん君は美しくなるな」


 あら。私はちょっと驚く。ヴィクリートはあんまり私の容姿を褒めない。彼は女性の容姿にそれほど重きを置いていないのと、やはり私は子供っぽい容姿なので褒め難いのだろう。


「そうかしら?」


「ああ。この先も楽しみだ。君をこれからずっと間近で見ていられるなんて、私は本当に幸せ者だよシルフィン」


 うふふふ。お上手ね。ヴィクリートは人にお世辞など言わないタイプだから褒められるとより嬉しいわね。


「私も幸せですよ? ヴィクリート」


 その時音楽が始まった。鍛えられた私とヴィクリートは滑るように動き出す。緊張はもう無く、ただヴィクリートと息を合わせてダンスをする楽しさだけが残る。こういうダンスはお互いの息と動きがシンクロして、二人が一体になったような心地になると最高に気持ちが良いのだ。私は練習している時からヴィクリートとダンスを踊るのが大好きになっていた。


 特にこの時は気持ちよかったわね。ヴィクリートの瞳に私が映るのを感じながら、フワフワとここでは無いどこか、光り輝く世界に二人だけで移動して、心も身体も通わせながら、ひたすら踊り続けているような心地だった。


 だから曲が終わってヴィクリートと離れて一礼し、万雷の拍手が沸いた時には何事が起きたのかと思ったくらいだったわよ。


 こうして私は無事に社交界デビューも果たし、翌日から公妃様に連れられて社交をはしごする毎日を始めたのだった。言うまでも無いことだけど、これがもうもの凄く大変だったのだ。


――――――――――――

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