3-1.「次はきちんと治療してさしあげます。今度はしっかり、腹を割いて、ね」

「院長外来、ですか?」

「はい。今度新設するそれを、シィラさんにも手伝って貰えないかと思いまして」


 ガルア王国の一件が片付いた翌日。

 ハタノはシィラを誘い、新しい企画に着手することにした。


 帝都中央治癒院に、ハタノ専用の外来を設けることだ。


 通常、治癒院の院長職につく人間には何かしらの実績がある場合が多い。

 ガイレス教授はその典型例、“才”を含め生粋の実力者であったことから、名実ともにトップであることを認める者も多かった。


 対するハタノにはまだ、実績らしい実績がない。

 もちろん自身のもつ外科治癒には理論も理屈もあるが、やはり結果を見せなければ人はついてこない。

 であれば地道に、合間の時間を見つけて自分らしい治癒を行おうと考えた。


(実際、院長が治癒を担当している治癒院も珍しくありませんし)


 またこの外来には、シィラやミカを手持ち無沙汰にさせない理由もある。

 帝都中央に席を移した彼女達だが、そのまま現場に放り込んでは――特にシィラはいじめられる可能性があると思い、別口の仕事を担当して貰っていた。

 が、やはり治癒師の本分を全うして貰うのが彼女達にとっても良いだろう。

 ということで、改めて院長外来を設立した――




 が、結果から言えば難航した。

 患者がまったく寄りつかないのだ。


 理由は幾つかある。

 治癒魔法以外の手法を使う、ハタノのやり方そのものに生理的嫌悪を抱く、患者自身の問題。

 また仮に患者が訪れても、他の治癒師がハタノを毛嫌いし、遠回しに拒否させている問題。


 もちろん、彼等を攻めるつもりはない。

 ハタノの手法が異質であることは、ハタノ自身認めているし、今までと違う常識に反感を覚えるのは人の常だ。

 そんな状況だからこそ、ハタノ自身が結果を示さねばならないのだが……中々、難しい。




 もう一つの取り組みとして行ったのは、院内の勉強会。

 ハタノの手法への理解を論理的に広めようと考えたが、こちらも同じく、シィラやミカを除いて出席者ゼロ……

 と思ったら、意外な客が訪れた。

 白いフードを被った、帝都中央治癒院では見慣れぬ治癒師ご一行様だ。


「ええと……そちらの五名様は?」

「お久しぶりにございます、ハタノ様。私達は以前、勇者チヒロの治癒に同席させて頂いた、宮廷治癒師です」

「ああ、あのときの! 先日はお世話になりました」

「いえ。こちらこそ興味深い治癒を見せて頂きましたので、宜しければ私達も学びを得たいと」


 予想外の味方を得たハタノは、その後も地道な活動を始めた。

 残念ながら、帝都中央治癒院の風潮がいきなり変わることはないが……

 仕事において、一発逆転というのはなかなか発生しない。

 華々しい成果の裏には必ず、地道な積み重ねがあるものだ。


 まずは形を作ることだ、と、ハタノは焦る気持ちを抑えつつ過ごした、ある日――


*


「ハタノ院長。すみません、急患が出たと外来スタッフから連絡が。通常の治癒師で対応できない症例だというので、お願いできませんか」

「……私に?」


 予感がなかったと言えば、嘘になる。

 急患はいつだって絶え間なく訪れるが、信頼されていないはずのハタノの治癒法を頼りに声をかけてくる、なんてあり得るだろうか?


(普段は現場スタッフで対応してるはずですが……)


 が、治癒師であるハタノは、現場に向かうしかない。


 救急処置室へ早足に入り、治癒師の合間を割るように、中央のベッドへ。

 患者は二十代男性。

 腹部を押さえ、青ざめた様子でお腹を押さえたまま身体を丸め、唇を食いしばり蹲るような姿勢になっていた。


「状況は?」

「腹痛です。お腹全体が痛いと、先ほどからうめいてまして。治癒魔法を使ったのですが効果がなく」


 ふむ。主に痛む場所は?

 右下腹部痛か。それとも心窩部痛か。

 どのように痛むのか、いつ頃から痛むのか。最近食べたものは?


「今日の昼すぎから、いきなり痛くなって……痛いのは、ええと、お腹全体、のような?」

「何時頃からです?」

「い、一時半くらい、です」


 矢継ぎ早に尋ねながら、ハタノは魔力走査をかけ、……眉を寄せる。


(魔力精査に引っかからない)


 症状にもよるが、盲腸や腸炎などの場合は炎症に対応するため、魔力変調が発生しやすい。

 ”才”が極端に低い場合は、魔力走査をかけても反応が薄い場合もあるが、男に当てた聴診器から返ってくる魔力エコーはかなり高い反射を示している。

 少なくとも、この患者は二級治癒師クラス相当の魔力がある。


(その痛み方のわりに、該当する魔力異常が見当たらない)


 もちろん腹痛の原因が腹部にあるとは限らないし、ストレス性のものなど魔力走査にひっかかりにくい症例もある。

 が、男は先ほど「一時半から」と、ハッキリ口にした。


 通常、腹痛にしろ頭痛にしろその多くは「何となく始まる」ことが多い。

 何時から、と、時間を明言できることは少ないのだ。

 その時間が明言できたのなら、その時間に極めて重大なイベントが発生した可能性がある――最初に思いつくのは大動脈解離だが、解離ならまず背部痛が主であり腹痛とはマッチしない。


(痛み方のわりに、痛む部分に対する言及がハッキリしない。自分の痛みを言葉で表現しきれないことは、ままありますが……)


 整合性の取れない内容に、ハタノは眉を寄せ――

 嫌な予感は、すぐに的中した。


「おや、ハタノ院長。騒がしいようですが、何事ですかな?」


 振り返れば、”半端者”グリーグ教授がこれ見よがしに、ニマニマとこちらを見下ろしていた。

 周囲の治癒師からも蔑むような視線を向けられ、ようやく、ハタノは理解する。


(そういうこと、か)


「……グリーグ教授。今しがた腹痛の急患にて、普通の治癒師では対応できないと聞いたので、私が診ておりました」

「なるほど。しかし”一級治癒師”のハタノ院長には、荷が重いご様子。ここは”特級治癒師”の私が診ましょうか」


 ハタノは黙って代わり、グリーグ教授がさらりと腹部を撫でる。

 手に込められたのは、通常の“治癒”。

 もちろん特級である彼は、ハタノでは及ばぬ程の魔力を秘めているが――内容はごく普通の”治癒”だ。


 が、男はすぐに青ざめた顔をゆるませ、ほっと息をついた。


「……ありがとうございます。さすがは、特級治癒師の先生だ。そこらの治癒師とは訳がちがう」

「いえいえ。私はただ、才に恵まれただけ。才ある者が人を救う、治癒師でれば当然のことですよ」


 教授が答えつつ、ハタノに唇を歪めて笑いかける。

 ハタノは、もちろん言いたいことはあったが、言ったところでどうにもなるまい。

 ――名医であろうと”仮病”は治癒の対象外だ。


(私に恥を掻かせるために、わざわざ呼びに来させるとは……)


 雷帝様に言いつけてやりたくなるが証拠はなく、また、この程度のことで雷帝様の手を煩わせるのも申し訳ない。

 苛立ちながらも、ハタノは淡い笑みを浮かべて一礼する。


「ありがとうございます、グリーグ教授。私はまだまだ力及ばぬ治癒師です、これからもどうか、ご助力頂ければと」

「いえいえ。まあ、物事には分相応というものがございます。ハタノ院長も今一度、己の立場について見直してみてはいかがですかな」

「ええ。新しい仕事につき日々研鑽を送っている最中ですので、どうかご容赦を」


 適当な返事をしながら、こんな場所に長居するだけ無駄だ、と踵を返す。

 本当、余計なことをしないで欲しい。


 と、帰ろうとしたハタノへ、グリーグ教授がふと、独り言のように呟いた。


「……全く。それでよく当院の院長等という大役が務まるものですね。もしや、雷帝様の男妾にでもなられましたかな?」

「は?」

「でなければ、帝都中央を追放された者が院長などと、まかり通らない話でしょう。……しかも噂によれば、あなたはかの”血染めのチヒロ”の旦那だとか。まあ、血に塗れた汚い女より、帝国の柱たる雷帝様のほうが、さぞ都合が」

「グリーグ教授」


 ハタノは、じろり、と――

 珍しい怒りを露わにしながら、グリーグ教授の足を踏みつけんばかりに詰め寄った。

 教授が唇をひくつかせ、周囲がざわつくのにも構わず、ハタノは威圧を込めて男をにらむ。


 自分を馬鹿にするのは、構わないが……


「私の実力不足は認めましょう。ですが、うちの妻を馬鹿にするような発言は、謹んで頂きたい」

「っ……ち、治癒師が暴力とは、院長も語るに落ちましたな?」

「妻を馬鹿にされるくらいなら、語るに落ちた方がマシですよ。……仮病の件は見逃してあげます」

「これはこれは、仮病とはご冗談を。どこに証拠が?」

「同じ症例に当たりましたら、次はきちんと治療してさしあげます。今度はしっかり、腹を割いて、ね」


 ハタノはじろりと、患者だった男を睨みながら手をあげるそぶりをする。

 ひっ、と、教授の子飼いである男が喉をひきつらせるのを見ながら、ハタノは教授に背を向けた。


(本当に、どうして人の足を引っ張ることしか考えないのか)


 治癒院に来てまで、政治家ごっこをして何が楽しいのか。

 それとも自分が、人の嫉妬心について知らなさすぎるのか。


 ハタノはらしくもない苛立ちを抱えながら、ふっと溜息をつき……

 己の頬を、パチンと叩いた。


(やはり早急な対策が必要です。こんな生活を続けていたら、妻に合わせる顔がなくなってしまう)


 聡いチヒロのことだ。

 自分が精神的に参っていると気づけば、下手すれば帝都中央治癒院に殴り込みに来るかもしれない。

 それはそれで面白そうだが、ハタノの望みではないし、治癒院を恐怖で支配するのも好みではない。


(何とか、風向きを変える方法を見つけなければ)


 改めてそう考えるも、ハタノには結局、手段が思いつかず。

 そうして数日が過ぎた頃――




 ”半端者”にして政治屋グリーグ教授は、またも余計な仕事を増やしてくれた。


「は? 私の、治癒院の資金の私的流用疑惑?」




――――――――――――――――――

今年の更新はこれが最後になります。

中途半端な所ではありますが(たまたま更新日がこうなってしまった……)、来年もよろしくお願いいたします。



以下、お知らせです。

本作品はカクヨムコン9に応募しております。

宜しければ感想、☆評価コメントなど、応援よろしくお願いいたします。


また、カクヨムサポーター様限定にて、次回更新分の早読みを掲載しております。

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