7-1.「アレは胃をきりきりさせておくのが、一番の使い道であろうに」
その後に行われた政治的な駆け引きについて、ハタノは、知らない。
致命傷を負ったガルア王国の弱体化は確実視される一方、帝国を脅威とみなす諸外国がより増えた、とか。
そもそも此度の戦は宗教国アザムがガルア王国を弱体化させるため、帝国と仕組んだマッチポンプであった等、様々な噂が飛び交っている。
全ては、ハタノの知らぬ世界のことだ。
ハタノにとって大切なのはそれよりも、日々の仕事を着実にこなすことである……が。
人様の背中に翼を生やしておいて、そう容易く見逃されるはずも、ない。
*
「なに? 翼が出せなくなった?」
戦より帰還した翌日。
ハタノはチヒロと共に、静養中である雷帝様の元へと顔を出していた。
傍にはフィレイヌ様もおられる様子から、帝国の今後について協議中だったのだろう。
「申し訳ございません。原因のほうはまだ、分からず」
翌朝目を覚ますと、チヒロの翼が消えていた。
元より魔力で構築した器官であるため、チヒロの意思で再構築できるのでは?
とも思ったが、うまくいかないらしい。
竜の血を流し込んだことによる体質変化が馴染んでないのか、或いは別の原因か。ハタノにすら不明だ。
ふむ、と雷帝メリアスは眉を寄せる。
「そうか。まあ人の身に竜を宿したのだ、不可思議もあろう。で、もう一度出せそうか?」
「まだ何とも言えない状態です」
「であろうな。まあそちらの方はつど、研究を進めよ。で、お前達の処遇だが」
考え込む雷帝様に、ハタノは緊張する。
今後もただの治癒師です、という訳にはいかないだろう。
意図した訳ではないが、フィレイヌの依頼である尻尾移植、その上位互換を成し遂げた。
そのうえ自由飛行を可能にする翼など、世界が一変する存在と言ってもいい。
ハタノは帝国地下に繋がれ、生涯、人体実験をさせられるのか。
或いは秘密を知った者として、殺されるか。
死にたくはないなと思いつつ、半分諦めていたのだが……
「お前達は、どうしたい?」
「「え」」
「地元に帰って、今まで通り治癒を続けるか? 帝都に残るなら席を用意するが、お前達が好むとは思えんな」
「……宜しいのですか?」
「なんだ、帰りたくないのか? それはそれで、余は有難いが」
そういう訳ではないが、……あっさり言われすぎて、逆に怪しい。
翼の有用性は、ひとつ間違えば帝国四柱をも上回る価値があることくらい、ハタノにも分かる。
ふん、とつまらなさそうに、雷帝様が鼻を鳴らした。
「深読みするなよ、ハタノ。チヒロ。これは余の好意だ。確かに、今のチヒロは帝国にとって大変貴重な存在だ。当然、ハタノもただの治癒師です、では通らん。が、そなたらの自由をいきなり奪うのも失礼であろう?」
「しかし……」
「翼も、今は出せんようだしな。静養は必要だし、チヒロの容体がそのまま無事とも限らん」
ならば帝都より、地元の方がお前達は好むだろう? と、雷帝様。
まあ帝都に残るより、チヒロの実家の方が気は落ち着く。
今さら帝都中央治癒院に戻ったところで居心地も悪いし、チヒロも騒がしい帝都を好むとは思えない。
「無論、地元に戻っても帝国直属の警備はつくが、しばらくはお前達の好きにしていい。どうだ?」
「……では、有難く」
仕事が好きな訳ではないが、平凡な仕事に従事できる間が一番、心安まる。
人体実験も戦争も、ハタノの仕事ではない。
「チヒロは、どうだ?」
「……私も、望めるのであれば現状の生活を希望します。ただし必要とあれば、いつでも赴きますので」
「それで良い。ハタノ、チヒロを死なすなよ。それと、貴様自身にも価値があること、ゆめゆめ忘れぬように。……ああ、あと」
最後に、雷帝はハタノに鋭く告げた。
「余を、裏切るなよ? お前達が裏切らぬ限り、余も最大限の信頼で応えよう。お前達が日常生活を送れるようにするのも、命を救ってくれたお前達への、せめてもの温情と信頼の証だ。分かるな? 返答はイエスのみ受け付ける」
「勿論です」
こうして、ハタノ達は雷帝様の元を辞し、改めて地元に帰ることになった。
*
「メリィちゃん、良かったのぉ? 繋いでおかなくて」
「阿呆か。空飛ぶ夫婦など、どうやって繋げと?」
ハタノ達が姿を消した後、メリアスはフィレイヌに小さく愚痴た。
温情? 信頼? 命を救ってくれた礼?
そんな単語は、メリアスの辞書には一粒も存在しない。
「奴等は金や女で吊れる相手ではない。人質を取ろうにも、奴等はどちらも両親揃って没している。そもそも下手に武力に訴えようものなら、勇者が空飛んで来るとか勘弁しろという話だ。真正面から戦えば余が勝つが、寝首をかかれたら一撃だぞ?」
「危なっかしいわねぇ……。うーん。あんまり気は進まないけど、処分は?」
「あんな稀少戦力を易々と処分できるかっ。帝国に反旗を翻す兆しがあるならまだしも、あんな仕事熱心な連中を手放すなど勿体ないにも程があるぞ? であれば、とりあえず誠意で懐柔するのが一番早い。……いまは、な」
二人揃って、職務に忠実な人柄だ。
正直、翼とあの治癒力なら帝国外のどこでも食っていけるが……本人達が望んで帝国の歯車になると言うのだ。わざわざつついて、歯車をきしませる必要はない。
「それより、フィレイヌ。例の話だが」
メリアスが書類を放る。
リストアップされたのは、祝勝会に紛れ込んだテロリスト共の名だ。
銃撃した男の名。彼を祝勝会に招待した者。銃の持ち込みに関与した者、あの場に皇帝が挨拶に現われると知る者――可能性がある者は山ほどいる。
裏でアングラウスが糸を引いてることも、アザムを焚き付けたことも把握している。
「”才殺し”の銃が魔力探査に反応しなかったのが、暗殺を容易にした原因だ。魔力精査に引っかからない。厄介な時代になるぞ」
「そうねぇ……私の顔出しもまずかった?」
「かもしれんが、後の祭りだ。まあ肝心の事はバレなかったから良いだろう。――我が帝国に、皇帝陛下などという者は実在しない、という最大の秘密がな」
そして此度の戦こそ勝利したものの、今後、帝国が周辺国に問い詰められることになるだろう。
空飛ぶ雷帝――そんな史上最大級の戦略兵器を前に、他国が黙っているはずもない。
その時、帝国はどのような舵取りをすべきか。
「まずは暗殺対策だな。あとはロビー活動。チヒロが今すぐ翼を出せないことは、決してばれないようにせんとな……っ」
メリアスは椅子から起き上がろうとして、ずきんと痛む左肩に顔を歪めた。
くそ、と舌打ちしつつ、メリアスは何故かにやりと笑う。
「余も時間があれば、ハタノの治癒院をひやかしに行くか。ついでに、圧をかけてこよう」
「圧?」
「当人は嫌がるだろうが、あれは他人に振り回された方が実力を発揮するタイプだ。人体実験も戦争も好まないが、目の前に患者がいれば助けずにいられない。ならば、奴の方から余にすり寄らざるを得ない状況に追い込むのだ」
「あらあら。雷帝様が受診するうえ、厄介事を放り込まれるなんて、胃がきりきりしそうねぇ」
「アレは胃をきりきりさせておくのが、一番の使い道であろうに」
かか、とメリアスは笑い、しかしその瞳は笑っていない。
使えるものは恩人でも使う、それが彼女の基本方針だ。
「それと、フィレイヌ。ハタノの実家、レイ家を調べておけ」
ハタノは強大な”才”持ちではない。
しかし帝国はおろか王国すら凌駕する知識は、並大抵の”才”より武器になることを、最強の”才”を持つ雷帝は理解している。
メリアスはその利用価値を思い浮かべつつ、けれど彼等に敵対心を抱かせないよう、慎重に駒を進め始める。
「とはいえ、待ちの姿勢は趣味に合わん。――次はこちらから、仕掛けるか」
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