4-3.「さぞ胃痛で悶絶するだろうな、あの男!」

「それで? 尻を掘られた感想はどうだ」

「まだじんじんするぅ~! でも優しい手つきだったわぁ」


 ハタノ達が辞した後、雷帝メリアスは資料を眺めつつ友人に尋ねた。

 フィレイヌはベッドにはしたなく寝そべり、お尻をさすりながらニタニタと笑う。


「ねえ。彼、あなたが見つけたの? メリィ」

「偶然の産物だ。チヒロの相手で揉めてただろう? バツアリア卿にアングラウス所属の証拠がでて、番がいなくなった件だ。特級治癒師だと”勇者”を薄めすぎる危険があるため、バランスを考え一級治癒師を一名よこせと、帝都中央治癒院のガイウス教授に投げて帰ってきたのが、あの男だ」


 それが思わぬ掘り出し物だと気付いたのは、後のこと。

 ハタノの”才”は一級治癒師としては高いが、一級治癒師そのものは帝都で稀少という程でもない。

 しかも彼は帝都中央治癒院での評判も悪く、患者からのクレームもあると聞いていた。

 要するに、当初は余りものだった。


 そんな彼を当初、メリアスも”才”以外の目的で見ておらず、子さえ宿せればいいと思っていた。

 調子に乗って勇者に横暴を働くようなら、チヒロを孕ませたあと牧場に放り込めば良い。

 チヒロにも、気に入らないなら斬り殺しても構わん、と伝えてあった。稀少ではあるが、替えの効かない道具ではない。


 が、結婚後に届いた情報は、評判とは正反対のものだった。

 腕の完全縫合に、重症火傷の救命。

 先日は迷宮にて緊急治癒を行い数多の患者を救出している。


 こんな有能な者が、役立たずだと?

 ……疑ったメリアスが帝都中央治癒院を洗えば、一級治癒師とは思えない治癒結果がずらり。


「悪評の出所は同僚の嫉妬と、ハタノの一般的でない治癒法にあったらしい。まあ”一級治癒師”が才以上の力で治癒を行えば、”特級治癒師”ガイウスを初めとした上層部は面白くないだろうな」

「それ、ホントに一級なのぉ? 才偽装してない?」

「余もそう考え先程鑑定させたが、結果はごく普通の一級治癒師だった」


 であればハタノの治癒成功率の高さは、才ではなく知識によるもの。

 帝国は”才”を重視し、”才”なき者の価値を認めない血統主義の傾向にあるが、結果は結果である。


「となると、気になるのはハタノの持つ異常な医療知識だ。本人がそれを異常と理解してるか知らんが、あのレベルは帝国はおろか、ガルア王国にも居ないだろう。ハタノ=レイの実家資料にも目を通したが、一級治癒師レイ家の長男としか記載がなく、おまけに両親は既に没している。疑わしいが、調べようがない」

「え、あの子身元怪しいの? 悪い男とは思わないけどぉ、んー。勇者孕ませたあと殺っちゃう?」

「逸るな。チヒロによれば、ハタノはごく普通のワーカーホリックだという。お前が言うなという感じだが、反意はなく、仕事ぶりも堅実。それに尻尾についても、他の治癒師より遙かに真面目に検討していた」


 ハタノは結果的に断ったが、もしかしたら……という可能性くらいは、考えてくれるだろう。

 フィレイヌの身を案じた発言も、気に入っている。


「案外ああいう男から、突破口が見えるかもしれんぞ? 可愛い尻尾」

「そうねぇ、実現できたら楽しみだわぁ。ふさふさふわふわ、大きな尻尾。貯蔵魔力が増えれば殺りやすくなるものねぇ」

「”才”の高い者は、血中や各種臓器に魔力を有している。その体積増加は、戦力増の手段として実にわかりやすい」

「ねえ、メリィ。もし成功したら彼はどうするの?」

「”才”の遺伝なら牧場に繋げばいいが、知識となるとな。アレは金や欲で動くタイプでもない。子を成した後、余お抱えの治癒師に格上げしてもいいが、あいつが望むかは微妙だ。……様子見だな。尻尾の件もそう早く進展はしまい」


 と、雷帝メリアスは一息ついて、次の資料を手にする。本日の本題だ。


「で、フィレイヌ。アングラウスの件は?」

「この前チヒロちゃんが全部焼いたきりねぇ。残りはあたしが焼いたけど」

「資金源の密採組織を潰しただけか。”才殺し”の出所は」

「調査はしてるんだけど、ぜーんぜん。そもそも才能否定とかいう理念が、帝国と相性悪すぎなのよぉ」


 二人が会話しているのは、アングラウスと呼ばれる地下組織についてだ。


 ”才”による差別をなくし、自由で開かれた世界を作ろう――”才”が身分に直結する帝国とは相成れないその団体は近年力をつけ、ガルア王国の裏で糸を引いているという噂もある。

 それだけなら、よくある弱小テロ組織に過ぎないが……


「メリィちゃん。前から気になってたけど、その組織そんなにヤバイの?」

「奴等の特殊武装が、これなのだが」

「なぁにこれ」


 フィレイヌの前で、雷帝が黒塗りの……小さな筒? を手に掴む。

 彼女がその指先で引き金を引くと、パン! と、耳を裂く音とともに室内の水差しが破裂した。


「銃、というらしい。超高速の金属を打ち出す兵器だ。問題は、これが”才”を用いず、この威力だということにある。才殺しを乗せれば”勇者”の防御壁すら打ち破れるぞ。もちろん余が撃たれれば即死だ」

「えぇ……引くんだけど。てゆーか技術革新やばくなぁい?」

「噂レベルの話だが、王国の側に異界の住人を召還する”才”持ちが現われたらしい。こちらの世界よりも圧倒的に進んだ技術力を持ちこまれれたとなると、非常に由々しきことだ」

「異世界の住人ねぇ。才能否定しておきながら、才で呼ぶなんてホント矛盾。全部焼き殺したいわぁ」


 ダレるように語るフィレイヌ。

 メリアスはそんな友人を眺めつつ、冷徹な思考を巡らせる。


(今は才で勝っていても、十年後にはどうなることか)


 近年異様な速度で進む技術革新に、帝国は遅れを取っている。

 才を重視しすぎた貴族階級。元は帝国の強みであったものが、今は足かせとなっている。


 雷帝としても、早急な対策を行いたいが――残念ながら、変革は雷帝の手を持ってしても容易いことではない。

 雷帝メリアス自身もまた、”才”重視の古いしがらみで幅を効かせてきた人物だからだ。


「まったく。雷帝の名が泣けるな。それこそ、全てを力でねじ伏せられれば良いのだが。権力は便利だが面倒臭い」

「メリィちゃんも尻尾、つける? 強くなれるかもよ?」

「余が尻尾か。しかし、美人すぎる余に尻尾は可愛すぎて死人が出ないか?」

「じゃあツノにする? ほら、東方の神様っていわれる雷の鬼みたいに、ぱちぱち! って角で雷つけたら迫力あるよぉ?」

「ああ、それも良いな。よし、ハタノに尻尾のつぎは角を頼むか。さぞ胃痛で悶絶するだろうな、あの男!」


 かか、と雷帝は豪快に笑いながら。

 けれど、その瞳は真剣に、帝国のか細い未来を捉えるように、じっと遠くを見つめていた。


*


「くしっ」

「旦那様、風邪ですか」

「すみません。悪寒が」


 迷宮への突入に、雷帝様からの呼び出し。

 見えない疲労が溜まってるのかと危惧しつつ、ハタノはチヒロと共に帰路へと向かう馬車に揺られていた。


 最近、実にハードな日々が続いている。

 勇者との結婚に続き、新任院長。迷宮探索そして訴訟に、雷帝様からの治癒依頼。


 ……帝都で勤め人をしていた頃からは、考えられない生活だな。

 と、昔のことを懐かしんでいると、チヒロがそっとハタノの袖を引いた。


「旦那様。忙しい中、申し訳ありません。実はひとつ、大事な話があるのですが」

「なんでしょう」


 チヒロがこの切り出しで、真面目な話をしないはずがない。

 姿勢を正したハタノに、チヒロは透き通るような目で、静かに、今後について語りだす。


「戦が始まります。雷帝様の命により、私はしばらく留守にさせて頂きます」


 チヒロの話は、ハタノにとって意外なものではなかった。

 戦争。勇者チヒロは元より軍人であり、その発言に違和感はない。


 それでも、無意識での動作だろう。

 ハタノは僅かに眉を寄せ、妻へと真摯に耳を傾け始めた。

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