4-1.「やはり面倒事は性に合わんな。よし判決」

 帝国首都ヴェールマイン北区、帝城マクシビアン。

 諸外国より”魔城”の名で畏怖されるその城は、自ら成長した魔樹のように歪な構造をしながら、同時に帝国の中枢を司るあらゆる機能を内包した、まさに帝国の繁栄と混迷の象徴である。

 その本城の一角。帝国第一法廷にて――


「即ち奴等は”魔法騎士”たる我を辱める浅ましき私怨に囚われ、治癒師、そして勇者としての本分を捨てたのです! これを不当と言わずしてなんと言うか!」


 治癒師ハタノは勇者チヒロと並び、ベヌール卿の言いがかりに晒されていた。


 帝国には、弁護士、等という職は存在しない。

 そもそもハタノは凡庸な治癒師だ。

 対するベヌール卿は上流貴族に名を連ね、”魔法騎士”という帝国にわずか百人程しかいない稀少な”才”を所持している。

 ”才”の強さだけなら”勇者”チヒロの方が上だが、家柄も含めれば先方の方が圧倒的だ。


「怪我人を不当に辱める治癒師など断じて許されぬ悪。偉大なる帝国として、どうか正当なる裁きを! そのような奴が勇者の夫だというなら、我がもっと優れた治癒師を見繕いましょうぞ!」


 大仰に語るベヌール卿。

 ハタノは呆れとともに諦観を抱きながら、法廷の主に目を向ける。


 ――にたり、と、目が合い。

 裁きの主、雷帝メリアスが膝組みをしたまま悪辣ににやけた。


「それで? ハタノ。お前の主張は?」

「先に述べた通りです。ベヌール卿より他の者の治癒を優先したことは事実ですが、それは帝国民の命を助けるためであり……」

「この後に及んで嘘偽りを申すか! 雷帝様、奴等の言い分など聞くだけ無駄だと」

「あぁん?」


 びりっ、と空気に雷が走った。


「貴様。いま、余がハタノに尋ねているのだが? その返答を遮るとは、つまり余の発言を遮った、という意味か?」

「っ、も、申し訳ありません……」


 雷帝に一睨みされ、ぶるり、と震えるベヌール卿。

 帝国三柱が一人”神の雷”を前にして、すくみあがらぬ者などいない。

 それは、ハタノも同じ。


(私はここで死ぬかもしれない)


 論理の筋はハタノにあるが、雷帝様の気分次第で、いくらでも処罰はあり得る。

 ……せめて妻に迷惑はかけたくないな、と、ハタノが進言しようとしたところで、雷帝様が机を叩いた。


「しかし、だ。裁判の体は取ったが、やはり面倒事は性に合わんな。よし判決」

「「「は?」」」


 雷帝が立ちあがり、ベヌール卿に手の平を向ける。


「ベヌール卿。そなたの父は、帝国のため果敢に戦ってくれた。余は、かの者への恩は決して忘れぬと約束しよう」

「っ……はい! 有難きお言葉。我も父の名に恥じぬよう、より一層帝国のために邁進し、」

「が、子育てには失敗したようだな。大変に残念だ」


 閃光が瞬いた。


 光の一閃が、ベヌール卿を貫いた……と、認識した直後、巨体が突っ伏すように倒れる。

 ひくひくと痙攣し泡を吹いた男に、かか、と雷帝が笑った。


「ハタノ。チヒロ。好きにしていいぞ」

「「え」」

「棒で叩き、爪を剥ぎ皮を剥ぎ、好きなようにいたぶるが良い。女でないゆえ犯し楽しむことはできんが、好き者ならアレを捻り斬るなり後ろから突っ込むなりしてもいいぞ」

「……いえ。そういうのは」

「弱い者苛めは苦手か? 余は大好物だがな。極上の肉、酒、男そして奴隷。無能を地に這いつくばらせ靴底で踏みにじるのは実に楽しい。何ならお前達、この場で淫らに絡み合いながら、卿に見せつけてやったらどうだ? 自らの正当性を疑いもしなかった愚かな豚になぁ?」


 悪し様に笑う雷帝。

 が、すぐ飽きたのか、すんと笑顔を引っ込めてしまった。


「ま、この程度の豚相手では愉悦する気も起きんか。――おい、こいつを牧場に連れて行け。好色らしく既に子が二人いるが、もう一人分くらいは絞れるだろう。済んだら捌いて上級ポーションにでもしておけ」


 兵士達がベヌール卿をかつぎ、退室する。

 呆気に取られていると、よっ、と雷帝メアリスがハタノ達の前に飛んできた。


「茶番はこの辺でいいだろう。本題に入るぞ。治癒師ハタノ。これに触れろ」


 テーブルに置かれたのは、手の平サイズの透明な水晶玉だ。

 ”才鑑定の宝玉”と呼ばれる、本人の”才”を調査する魔法アイテム。


「……?」


 ハタノは疑問に思いつつ、手を触れる。

 ハタノの才は”一級治癒師”だ。再調査するまでもない……が、余計なことを口にせず、魔力を込める。


 水晶がぼんやりと新緑色に発光したところで、返却した。あとは専門の”鑑定士”が鑑定するはず。

 ――どうして検査を……?

 ふむ、と雷帝が相づちを打つ。


「ハタノ。貴様に診せたい患者がいる。余の数少ない友だが、少々困りことに直面していてな」

「私が、診察、ですか」

「不服か?」


 そんなことはない。

 が、帝都三柱が一人、雷帝メリアス様ともなれば、ハタノより名のある治癒師はいくらでも呼べるはず。


「小耳に挟んだぞ。貴様、普通の治癒師とは毛色の異なる治癒をするそうだな? 帝都中央での悪評も、辿れば治癒方針で揉めたのが原因だとか。患者からも聞いたぞ、おかしな治癒をする奴がいるとな」

「……すみません。ですが私は」

「が、治癒成果のみを見れば上々。先の迷宮事件でも、腹に刃物が刺さった者を救命したそうだな。運ばれた治癒院の者が驚いていたらしいぞ? あれで救命できた理由がわからない、と。そこで余は、子種としての役割だけでなくお前自身に興味を持った」


 雷帝がハタノの顎をくいと持ち上げ、試すように、問う。

 ハタノは冷や汗を隠し、唾を飲む。


「多くの治癒師が匙を投げた難題。自信はあるか?」

「……患者を診ないことには、わかりません。私は奇跡を起こせる訳ではありませんので、無理なら無理としか」

「真面目すぎる解答だな。つまらん。もっと人生を楽しんだらどうだ? 嫁もだ。勇者だからと、仕事だけして生きるのはつまらんだろう? なあチヒロ?」

「雷帝様。私の”勇者”の仕事は、人を守ることです。その力を無為に振るうのは、勇者として不適切かと」

「そうかぁ? 力は悪用してこそ力だろうに。権力はいいぞ? 他者から搾取するのにこれ程便利な刃もない。まあ面倒事も多いがな」


 けらけら笑う雷帝様と、ハタノの価値観は合いそうにない。

 チヒロも懸念したのか、つい、彼女らしくない一言がぽろっと漏れる。


「……そのような態度で、帝国は大丈夫なのでしょうか。権力の乱用は、国の腐敗を招くかと――」

「案ずるな、チヒロ。元よりあと十年持つか怪しい国だ。お前達も、将来の身の振り方は考えた方がいいぞ?」

「「え?」」

「人々のため身を粉にして働いた末、反逆者のそしりを受けた、等というつまらぬ人生を送るなよ?」


 話している間に長い廊下を案内され、雷帝がとある部屋のドアを蹴っ飛ばした。

 いるかー? と雑な挨拶とともにハタノ達が見たのは、高級な調度品に囲まれた寝室だ。値打ちものの品が数多と並ぶ中、天蓋付きのベッドより人影がもぞもぞと起き上がる。


「はぁ~い? どうしたのメリィちゃん、朝早くからぁ」

「昼だぞ。いつまで寝てるつもりだ」


 ハタノとチヒロは、固まる。

 ――ちゃん。

 かの雷帝様を、ちゃん付け……?


「例の治癒師を連れてきた。ものは試しだ、診せてみろ」

「ああ、例の子ね? ちなみに若い男?」

「余の指定した妻子持ちだ、手は出すなよ」


 そうして天蓋を開いて現われた女性に、ハタノは息をのむ。


 赤、という色が印象に残る女性だ。

 深紅の瞳に、紅蓮の長髪。

 背丈はハタノに並ぶほど高く、その装いはあまりに大胆。胸部と脇腹を隠しながらも、なぜかおへその辺にスリットの入った赤服は、その豊満な胸の魅力を主張するのに適している。


 そして、嫌でも目につく――彼女の、患部。


 ……ハタノの見間違いでなければ。

 人の身体ではありえない……お尻の辺りから、だらりと下ろした、狸のような”尻尾”があるのだが……。


「あなたが噂の治癒師さん? こんにちわぁ。あたしはフィレイヌ。よろしくね? でね、あたし尻尾を生やしてみたんだけどぉ」

「生やした? リザードマンの方ですか?」

「女性ならリザードレディでしょう、失礼ね! あたし、これでもちゃんとした人間なんだからね?」


 フィレイヌは笑い、ハタノに治癒を依頼した。


「あのね? この尻尾ね、じつは他の生物の尻尾を無理やり移植してみたの。でも全然だめ、うまく動かないのよね。だからこれ、自由に動かせるようにしてくれない?」

「え。切除ではなく、動かすんですか?」

「そう! だってその方が可愛いでしょお?」


 女の子だもん、可愛い尻尾、つけたいよねと言われ。

 ハタノは数多の治癒師が匙を投げた難題に、頭を抱えた。


 ……何を言ってるんだ、この人は?

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