2-1.「それで結婚したんですか!? あたし以外の人と!」

「それで結婚したんですか!? あたし以外の人と!」

「どうしてミカさんが、私の結婚に驚いてるんでしょうか……?」

「えーあたし先生のこと結構狙ってたのになあぁ~! 一級治癒師、寝取ったら玉の輿じゃないですかぁ」

「火遊びならともかく、一級治癒師が帝国指定の婚姻相手以外と結ばれるのは御法度ですよ」


 冗談です、と、治癒助手のミカがくすくすと笑った。


 元気娘っぽいショートの青髪と、人懐っこく可愛らしい笑顔はいつも通り。

 ハタノが結婚し職場が変わっても、ミカはなにも変わらないのだという証を見せてくれたようで、ハタノは密かに安堵する。


「まぁ結婚もびっくりですけど、職場が変わったのもびっくりですね! あたしもだけど!」

「その節は本当、申し訳ありません、ミカさん」

「いえいえ! まあ心機一転がんばりましょうっ」


 ぐっと親指を立てるミカ。


 勇者チヒロとの婚姻に伴い、ハタノの職場も(強制的に)移籍させられた。

 勇者が在住する辺境街。その治癒院に院長として赴任し、地域医療に携われという辞令が下ったのだ。


 ……という話を聞いた際、つい「新天地に一人で赴任するのは不安です」と漏らしたら、元職場の治癒助士ミカまで(強制的に)転籍させられてきた。正直とても申し訳なく思った。


 新たな職場は、帝国辺境の街マルタの治癒院。

 東方には、危険な魔物がひしめく雄大な山脈が。北方には帝国と国境を隔てた敵国ガルアの姿がある。

 常日頃は山脈に住まう魔物を狩りつつ、王国との小競り合いが発生したときはすかさず転進できる位置。単騎にして強力な”勇者”の運用がよくわかる構図だ。


 その勇者にして妻は、朝早くから草を食べて出勤した。

 今日は山奥でゴブリン狩りがあるとのことで、帰りは遅くなるという。


 そして旦那も新規一転、新たな治癒院で初仕事だ。


「まあ、私はいつも通り仕事をするだけです。逆らったら命はありませんし」

「ですね! それに先生ここ田舎ですし、患者さん少ないですよきっと」

「ええ。少しは落ち着けると良いのですが」

「前の職場みたいにクッソウザいプライドだけの、ゴミカス治癒師もいないですしね!」


 ちなみに、ミカは実は口が悪い。

 が、本人は自分を超可愛いと思っているので、黙っておこう。


 それに、仕事が多くないという意見はハタノも同意する。

 結婚の主役はあくまで勇者。ハタノは、才を残すためのオマケだ。

 程々に働けば良いか、と、仕事始めの緊張を隠すように、ハタノは気楽に背伸びをした。





 そんなことはなかった。


「先生ー! 患者さんが爆発しています!」

「ミカさん、患者さんは爆発したりしませんよ」


 治癒師にもランクがある。

 下から順に、三級、二級、一級そして特級。

 もちろん上位の”才”ほど使える魔法は増え、とくに人間の傷を癒す”復元”魔法となると二級以上しか使えない。一級ともなれば、尚更。

 そして辺境街マルタを含めた近隣地域には、いままでろくな治癒師が居なかったらしい。


 初日とは思えない盛況ぶりだった。


「そもそもこの治癒院、前任者はどうされたんです? どうして初日から私のワンオペなんですか、ミカさん」

「なんか前任者がやらかしたらしいですよ? 治癒師の一部が、北のガルア王国に引っこ抜かれて。あと患者を通して、王国との密輸にも関わってたって」

「剛胆ですね。その人達は?」

「いきなり雷落ちたって聞きましたけど?」


 聞かなかったことにしよう。

 あとどうやら、帝国のお上はハタノをお飾り院長にしておくつもりはないらしい。


 その証拠に、山岳近くにある街のせいか、患者層も魔物にやられたらしい外傷が多く、それに混じって普通の病人もいるためバリエーション豊かである。

 まあ業務である以上、やるべきことを成すだけだが――


(なのですが、妙な視線を感じますね)


 気付いたのは、昼前に魔力ポーションを飲むため席を外した時。

 待合室に並ぶ患者達のひそひそ話が聞こえてきたのだ。


(あの人が勇者さんの旦那さんですって)

(あの血染めの勇者の……お上の命令であるからなぁ。さぞ偉い人なんだろう)

(怖くないのかね。あんな勇者が奥さんで。まあ、偉い”才”を持つ人には、人柄なんて関係ないのかね)


 ハタノは聞こえないふりをしつつ、息抜きのため外に出る。

 ……どこの世界でも、人の噂は尽きない。

 ハタノも上位の”才”を持つため、陰口の経験は山ほどあるが――”勇者”もまた、そのような存在かもしれない。


 仕方のないことだ。

 ”才”は、人生を大きく偏らせる。

 羨まれることも畏怖されることも、強い”才”を持った者の宿命として受け入れるしか、ない。


*


「急報! 火災に巻き込まれ火傷一名!」


 夕方に届いたミカの大声に、ハタノは眉を上げた。


 火傷は、治癒師と相性のよい症状だ。

 治癒師が触れやすい表皮や真皮に近く、治癒魔法の通りがよいうえ受傷範囲がわかりやすい。

 また炎はモンスターや魔法攻撃の代表格のため、対処法がよく知られている。

 そのため現場で火傷を負った場合、随伴する治癒師の手でさっと治癒されることが多い――その患者がハタノの元に運ばれてくる時点で、一般治癒師には手が施せない重傷火傷の可能性がある。


(何事もなければ、良いのですが)


 予感は的中した。


 担架で運ばれてきたのは、三十代くらいの男だ。

 狩人を生業としているのだろう、緑色のツナギを着用し、腰元に短刀を添えたその男は苦痛にのたうつように両腕を暴れさせている。

 けど、その動作に足が伴うことはない。

 本来あるべき両足は膝下から黒く焦げ落ち、炭化していた。


 ――ハタノは珍しく、声を失う。

 膝下が炭化するような炎とは。そんな凶悪な魔物が、山岳に?


「あああ、痛ぇ! くそっ、あのいかれ女め! おいテメェ、早くなんとかしろよ! 治癒師だろうが!」

「うっさい黙ってろ! 先生、痛覚軽減します!」

「ミカさん、軽減でなく遮断を。持続最大、浄化はこちらで行います」

「了解、持続開始します!」


 ミカの怒声に続き、彼女から赤い光が放たれる。

 まずは痛覚遮断魔法。治癒魔法を使うと”再生痛”と呼ばれる強い痛みが発生し、場合によってはショック症状を起こしてしまうため、補助師による痛覚遮断は必須だ。

 もっとも遮断をかけすぎると、当人の感覚や呼吸能力すら失わせる危険性があるため、双方のリスクを天秤にかけつつ処置していく。そのコントロールがミカの役目だ。

 そして持続は、本人の体力そのものを回復できる生命維持の魔法。


 ハタノ一人で全部出来なくもないが、魔法の並列行使は魔力消耗量が格段に高い。

 また魔法の使い分けミスの原因となるため、べつの治癒師がフォローするのが一般的だ。


(それにしても火傷が深い。――これは荒療治になりますね)


「すみませんが、少々、足を抉りますね」

「はぁ!? な、何言ってんだテメェ!? お、俺の、あ、足だぞ! こう、治癒魔法で全部綺麗に……」

「治癒魔法は、完全になくなった肉体の再生は不可能です。すみませんが、炭化した部分までは」

「だからって足を抉るってなんだてめ、ふざけ――」

「火傷部位に上から被せて治癒をすると、腐った部分が内部に取り残され、そこから汚染が広がる可能性があります。正常な肉が残っている部分までそぎ落としたのち治癒、可能な限り復元しますので、申し訳ありませんが覚悟してください」


 炭化した肉をそぎ落とさないまま治癒した場合、致死率が跳ね上がる。

 ……が、それを説明した所で、患者には伝わらない。


(それでも、私は治癒師ですので)


 ――凡庸な治癒師であれば、そのまま治癒しても文句を言われないことだろう。

 患者はそのまま死ぬからだ。

 逆に足を切り落とし、彼が無事に生存すれば盛大に罵倒するだろう。このヤブ医者め、と。


 難儀な仕事だと思いつつも、命が助かるのなら、やるまでだ。

 ハタノはナイフを手に取り、魔力を込めつつ炭化した肉へ差し込み、丁寧にこそぎ落としながら――人の焼ける腐臭を誤魔化すように、かろうじて意識の残る男へ、尋ねる。


「それにしても、これ程の火傷をどこで負ったのですか?」


 山岳に、火竜でも現われたのか。

 だとしたら街は大騒ぎになってるし、より多くの怪我人が押しかけるのでは。


 ……山岳に向かったハタノの妻は、大丈夫だろうか?


 が、男の返事は意外なものだった。


「あの女だ、勇者だ! あいつ、魔物と一緒に俺ごと焼きやがって!」


 ハタノは一瞬、手を止める。


 その拍子に、男の腰元から革袋がぱさりと零れ落ちた。

 足下を見ると、袋からは特徴的な草がひょこりと顔を覗かせている。

 ――魔噛草だ。


 昨晩、口にした草の味を思い出しながら――

 いま考える必要はない、と、感情を心の底に沈めながら、ハタノは淡々と男の肉を刻み始めた。

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