第8話 こういう関係も、良いかも知れない

「おはよう。楓」


「あ、お、おはよ、美波」


「?どうした?反応遅いよ?何?寝ぼけてるの?」


「そんなことないよ!早く教室行こう!」


朝の、なんのことはない、生徒達の登校風景。


しかし、今日、この日、楓は、あの呪文を、自分と、高田に使う日だ。【黒魔術師】から、言われている。今日の放課後、高田を呼び出し、まず、高田に呪文を唱え、その後、自分に呪文を唱えろと。


言い忘れていたが、呪文は、本人たちには、どんな呪文か解っていない。カタカナで記された、貴方たちが見ている呪文しか、この世界の人間には見えていない。


話は戻るが、蜜羽は、この楓と言う少女のことを、考えに考え、二つの呪文を授けた。それは、楓の想いを、行為になる。のだ。


解っている。恋なんて、自由で良い。女が女をすきになろうが、男が男をすきになろうが、関係ない。それは、普通と呼ばれないことが不思議な普通の恋、なのだから。それを、奪ってしまう、今回の呪文に、蜜羽はいささか後悔と慚愧の念を抱いていた。


本当に、あの呪文で良かったのか、あの呪文しか、楓と、美波、そして、高田を救えないのか。三人は、誰も悪くない。すきな人が、違う人をすきになった、ただ、それだけのことなのだから。それが、女同士であったというだけのこと。それは、非情にもまだ、今の世界ではとても生きにくい生き方なのだ。ということ。


それは、今回の依頼で、蜜羽の心を、酷く傷ませた。




*****




「高田くん、ちょっと、放課後屋上に来てもらっていい?美波のことで話しておきたいことがあって…」


「美波の?あぁ。わかった!じゃあ、放課後!」


なんて、気安く呼び捨てしないでよ!高2で美波と知り合ったくせに!!)


こんな小さなことで、楓の心は煮えくり返りそうになる。


(美波だって、中1から、ずーっと楓!楓!って言ってたくせに!私は…あの頃から…ずっと…ずっと…)


フラッシュバックする映像に、頭の中で流れた涙が、現実の頬を伝おうとしていた。そして、胸ポケットにしまった、ナイフが、ゾクゾクと脈を打つ。





そして、放課後を知らせるチャイムが鳴った。楓は、誰より早く、屋上へ向かった。懐に、ナイフを忍ばせて。





「諸島!」


ガチャリ…ッと、屋上の扉を開けて入って来たのは、高田だった。


「あ…ごめんね、高田くん、塾、あるでしょ」


「良いよ。そんないそがねぇから」


「…ありがとう…」


「で?美波のことって何?」


「…………」


「諸島?」


想息絶ピンシエロアバタケダブラ!!」


「!!??」


強い閃光が辺りを照らす。二人は、目を開けていられず、かがみこむ。

そして、先に目を開いたのは、楓だった。


楓は迷った。ここで、この男を刺せば、もしかしたら、美波は自分のものになるかも知れない…。それでも…。


オブリビエイト!!」


高田の目が覚めぬうちに、また強い閃光が屋上を包む。しかし、校庭にいる生徒も、校内にいる生徒も、この光に気付いていないようだ。そんな、印象をただただ頭に押し込まれたように、楓は、気絶した。





「…で!…くん!…えで!…だくん!!ねぇ!楓ってば!!!」


「…?…美…波…?」


「大丈夫?」


「あ…うん…あ!た!高田くんは!?」


「それが、さっきから、声かけてるんだけど、起きてくれなくて…。保健の先生呼んだ方が良いかな?」


「…ん…イヤ…大…丈夫…」


ムクッと、高田が起き上がった。そして、第一声、何を言ったかと言えば…。


「美波、別れよう。俺、もうお前のこと、すきじゃない」


「…は?…はぁ!?なんで!?なんでよ!!」


「だって、なんか、目、覚めたら、気持ちも冷めた。わりぃ」


そう言うと、高田は、美波を振り返りもせず、屋上から出て行ってしまった。


「…か…楓…かえでぇええ!!!」


がばっ!!と楓に抱き着いて泣きじゃくる美波。


「はいはい。可哀想。可哀想」


と頭をナデナデ。


(なんだ…ただの女友達ジャン…)


楓は、1週間、毎日3時間の美波の高田の愚痴を聞かされ続けたが、恋する気持ちが湧くことは…無かった―――…。

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