第29話 メイドカフェに行ってきました
――昼休み。
僕は屋上で薔薇園と昼食を取っていた。
百合宮も誘ったのだが、委員会の集まりがあるらしく彼女は不在である。
「昨日、メイドカフェに行ってきた」
「冥土カフェ?」
「唐突に僕を殺すな。そして地獄に落とすな」
「メイドカフェで何をしてきた訳? 何をしでかしてきた訳?」
「僕が何か問題を起こした前提で話を進めるのは止めてもらおうか」
まるで僕が問題児みたいな扱い。不当な扱いだった。
「ただ、後輩に連れられて行っただけだ」
「後輩って女子?」
「ああ、一年の
「そんな事ある?」
「それで紅茶を頼んだだけで2200円取られた」
「何かごめん」
可哀想な人を見る目で謝罪する薔薇園。
僕の落胆を悟ってか、彼女は慈悲に満ちた眼差しを向ける。
「そんな落ち込むなって。卵焼き、あげるから」
綺麗な形をした卵焼きを薔薇園は僕の口元にまで運んでくれた。
うん、今日も今日とて薔薇園が作る卵焼きは美味しい。
「ありがとう薔薇園。お前の卵焼きのかげで僕は頑張れる」
「卵焼き一つで大げさだな」
「愛してる人の手料理だぞ、大げさな事あるか」
「あい……!?」
薔薇園は瞬間的に目を見開き、そして僕の肩を殴る。
「痛ってぇ!? 何で!?」
「鬱金が変な事言うからだろ!」
「何がだよ! 僕はお前を愛してるぞ!」
「うるさい!」
顔面に綺麗なストレートが撃ち込まれた。
ヒロインに全力で殴られるラブコメは此処だけだろう。
鮮烈な痛みの中で、僕はそんな事を考えていた。
――放課後。
現状園芸同好会の活動は不定期、というか僕の気紛れだ。
まぁ集まって何かをするわけでもなく、他愛無い談笑で終わる事が殆どなので、他に用事がある場合はそちらが優先される。
少女たちは僕に愛でられるのが主な役目なので、奉仕活動を行うのは基本的に僕一人で十分なのである。
……まぁ、今日は普通に本を買いに行くという些細な用事なのだが。
「あら、鬱金くん。今日も冴えない顔をしているわね」
昇降口へと向かう途中で百合宮と出会った。
「出会い頭に僕を傷つけるのを止めろ百合宮」
「ごめんなさい、つい癖で」
「癖で人を傷つけるな」
「つい、口癖で」
「口癖になる位の頻度で僕に悪口を吐くな」
「誤解しないで。こんな事するのは鬱金くんだけよ」
「絶妙に嬉しくないが勝つな」
まぁ、これは百合宮なりの好意だと
捻じ曲げていこう。
「薔薇園さんから聞いたのだけれど、昨日メイドカフェに行ったそうね」
突如、周囲の気温が急激に下がった様な感覚が僕を襲う。
見れば百合宮は冷え切った視線をこちらに向けていた。
「可愛いメイドたちに囲まれて、さぞ楽しかったんでしょうね」
彼女は冷たく言い放って。
しかし僕は
「残念ながら、僕が行ったメイドカフェは百合宮が想定している様なやつじゃないぞ。クラシカルなメイドと1200円する紅茶が楽しめる厳格なメイドカフェだ。そして僕はそこでテーブルチャージ料金と合わせて2200円を支払った」
「えぇっと、それは……」
「しかも本来の目的は失踪事件の情報収集だったんだ。結果的に有力な情報は得られずじまいで、ただ2200円払っただけだったんだけど……」
「ちょっと、そんなあからさまに落ち込まないでよ。後でシュレディンガーのベストショット集を送ってあげるから」
「せっかくだからシュレディンガーと百合宮のツーショットも送ってくれ」
「え、いや、流石にそれはちょっと恥ずかしいのだけれど……」
「ああ……僕は情報収集すら出来ないゴミだ……。あ、そうだ。確か明日は燃えるゴミの日だったっけ……。僕も回収してもらおうかな……」
「わ、分かったわよ! 送る! 送るから!」
こうして百合宮とシュレディンガーのツーショット写真を確約した僕。
――完全に作戦勝ちであった。
僕はウキウキした心情のまま学校を後にし、その足で駅前の本屋に向かった。
「あ」
本屋の入り口に見覚えのあるツインテールの少女がいた。
――
優美な桜の少女がそこにはいた。
「あ、薫先輩!」
彼女は僕に気付くと、ひょこひょこと小動物じみた軽い足取りで此方に近寄ってきた。
「先輩もお買い物ですか?」
「ああ、好きな作家の最新作が出たらしくてな。買いに来たんだ」
「奇遇ですね。私も小説を買いに来たんですよ」
「へぇ。完全無欠な優等生はどんな小説を読むんだ? やっぱり純文学とかか?」
「いえ、官能小説です」
「じゃあ桜庭、また明日な」
僕は桜庭を置いて本屋の中に入った。
危ない、危ない。あいつと喋ってたら僕までド変態だと思われてしまう。流石に客入りの多い本屋の前で
「――そういえば薫先輩、昨日メイドカフェに行ったそうですね」
振り向くと、当たり前の様な顔で桜庭が着いて来ていた。
その事実を取り敢えず一度呑み込み、僕は問う。
「……何でお前も知ってるんだ?」
「だって、リンちゃんが言ってましたから」
「リンちゃんって竜胆の事か?」
「はい、リンちゃんは高校に入ってから初めて出来たお友達です。始業式中ずっと寝てたのが面白くて、私の方から声を掛けてお友達になりました」
「あいつ何時でも何処でも寝てるな」
「授業中も基本的に寝てるので、眠り姫の異名がつけられてる位です。でも不思議と成績は良いんですよね。一学期の中間テストも全教科20位以内に入ってましたし」
「睡眠学習ってやつか」
「あの子、寝ながらでもご飯食べられますよ」
「睡眠食事まで!?」
睡眠は人生の三分の一だとか聞くけれど、竜胆の場合は睡眠が人生そのものの様だった。
その後、僕と桜庭はそれぞれ目当ての物を購入し、そして本屋を出た後で彼女とは別れた。
――しかし凄かったな。
僕はつい数分前の出来事を思い返す。
十冊近い冊数の官能小説を買いに来る女子高生なんて初めて見たのだろう。レジを担当した若い男性店員が死ぬほど
「耳まで真っ赤にしていて、とても可愛らしかったですね」
などとあの犯罪者予備軍は
今の内にテレビの取材が来た時のインタビューでも考えておこうか。
『桜庭優雅さんは、高校時代どんな人物だったのでしょうか?』
『はい、あり得ない程のド変態でした』
きっと、僕は涙ながらにそう語るのだろう。
そんな馬鹿な事を考えながら帰り道を歩く。
六月に入ってはいるがまだ日没は早く、十八時にもなればすっかり日は落ちきっていた。
大通りから一本入ると人通りは一気に減る。
人々の活気が遠ざかり、静けさが辺りに充満している。
――後方から誰かが走って来る音が聞こえてきた。
僕が道を開けようと歩道の左側に寄るが、その背後から走ってきた人物は僕の背中に衝突してきて。
驚いて即座に振り返ると、そこにはメカクレ少女――竜胆輪廻がいた。
「はぁ……はぁ……、助けて……!」
息を切らし、肩で呼吸しながら竜胆が言う。
「――勿論。助けるよ」
考えるまでもなく、僕はそう答えたのだった。
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