第28話 メカクレ×メイド

 ――竜胆輪廻。

 静謐で、静寂で、静黙を湛えた少女に連れられるがまま、僕は駅近くのとあるカフェの前までやって来ていた。

 外見は落ち着いた雰囲気のカフェの様だが、いざ店の中へ入ってみると――。


「いらっしゃいませ」


 丁寧なカーテシーと共に出迎えてくれたのは眼鏡を掛けた一人のメイドだった。

 メイドと言ってもよくあるコスプレ的なタイプではなく、もっと本格的なクラシカルなメイド服を着ている。


「やっほー、つるちゃん……」


 見知った様子でそのメイドへと声を掛ける竜胆。

 すると理知的な雰囲気を纏う彼女は呆れた様子で鼻から息を漏らして。


「輪廻ちゃん、ここでは鶴巻さんか店長と呼びなさいって何度も言ってるでしょ」

「えぇ……つるちゃんはつるちゃんだよ……?」

「もう、良いから着替えてきな」


 つるちゃん改め、鶴巻さんは竜胆の背を押して店の奥へと運んでいく。


「あ……つるちゃん。あの人、奥の方の席に案内しておいて欲しいな……」

「え、何あの子。輪廻ちゃんの彼氏さん?」

「ううん……。ギネスブックが大好きな変人……」

「ギネス……?」


 竜胆による不可解な説明のせいで、初対面の鶴巻さんにギネスブックが好きな変人のイメージを付けられてしまった僕。不本意極まりない。

 席に案内してくれている間も、鶴巻さんからは懐疑的な視線を向けられていた。



 注文したダージリンティーの爽やかな香りが鼻腔びこうをくすぐる。

 カップから立ち上るほの白い湯気を見つめていると――。


「お待たせ……」


 弾かれた様に声のした方を向く。

 するとそこには鶴巻さんと同じ、ロングワンピースに白のエプロンを着用したクラシカルなメイド姿となった竜胆が立っていた。

 奥ゆかしきメカクレメイド。

 人生の中でこんな素晴らしい存在に会えるとは夢にも思ってなかった。


「ご感想は……?」


 くるりと一回転してみせる竜胆。

 丈の長い黒のワンピースがひらりと舞った。


「大変素晴らしいと思います」

「うん、よろしい……」


 此方の返答を聞き、満足そうに頷いた彼女は僕の正面の席に腰を下ろした。


「ここでバイトしてるのか」

「うん、つるちゃんにスカウトされたから……。ここのカフェで働いてるメイドさんは皆、つるちゃんにスカウトされた人たちだよ……」

「なるほど。つまりここは鶴巻さんにとっての楽園って訳だな」

「楽園……?」

「いや、何でもない。こっちの話だ」


 僕は一口、紅茶を飲んだ後で早速本題へと移る。


「竜胆に聞きたいのは芽吹市で起きてる失踪事件についてだ。つい数日前、うちの高校の生徒も行方不明になったのはお前も知ってるだろ?」

「うん……。二年生の先輩たちだよね……」

「ああ。その二年の女子二人なんだが、失踪する前、最後に学校で目撃されたのが図書室だったんだ」


 僕がそこまで語ると、竜胆は早くも話の行く先を予想した様で。


「なるほど……。その日に図書委員の当番をしてた輪廻が疑われてるって訳だね……」


 感情の起伏が乏しい声で彼女は言った。


「いや、疑っている訳じゃない。ただ純粋にその日の状況が知りたいだけだ。その二人に何か変わった事は無かったか?」


 僕が問うと、竜胆は顎に手を当てて考え込む様子を見せた。

 そして暫くの沈黙を経てから彼女は口を開く。


「少し、騒がしかった以外は特に……。その日も基本的に寝てたから、あんまり覚えてないけど……」


 曖昧な口ぶりで竜胆は当時の様子を語った。

 そう言えば彼女は居眠り常習犯だったか。

 ……けど、そうなると困ったな。竜胆が唯一の有力な情報源だったのだが……。


「何で……えっと、うつ先輩はその事件の調査をしてるの……?」

「おい待て竜胆。うつ先輩ってのは僕の事か?」

「名前、鬱金薫だよね……? だから、うつ先輩……」

「なんかその呼ばれ方だと、僕が精神的に弱っているみたいな誤解を受けそうなんだが」

「じゃあ、うっちゃん……?」

「それだとお笑いタレントの人になっちゃうな。その二択ならうつ先輩でいい」


 僕は仕方なく竜胆からの呼び名を受け入れる。


「お前の初めの質問に答えるなら、僕は園芸同好会だからだ」

「園芸同好会?」

「そう、この芽吹市を庭として、その手入れをする慈善団体だ」

「へぇ……奉仕活動だ……」

「まぁ、本当は僕が美少女を愛でる為だけに創ったんだけどな」

「へぇ……放恣ほうし活動だ……」


 テンポよく後輩からツッコミを受けた。


「まぁ、特に目立った事が無かったなら良いんだ。悪かったな、バイト先にまで押しかけて」


 僕は残りの紅茶を一息に飲み干す。


「大丈夫だよ、連れてきたのは輪廻だから……。むしろ、ありがとうなくらいだよ……」

「ん? どういう意味だ?」


 此方の疑問に答える事無く竜胆は立ち上がり、「お客様、お帰りです……」と鶴巻さんへと告げた。

 脳内に浮かぶ疑問符を拭い去る事が出来ぬまま、僕はレジへと向かう。


「お会計、2200円になります」

「高っ!?」


 値段を聞き、僕は思わず驚きの声を上げた。

 何でこんなに高いんだ? 僕は紅茶しか頼んでないぞ……!?


「テーブルチャージ料が1000円、お客様はダージリンティーをご注文なされたので1200円。合計で2200円です」


 鶴巻さんが平坦な口調で料金の内訳を説明する。

 ここ、テーブルチャージ料とかあったのか? メニューを見ずに適当に頼んでしまった事を今更ながら悔やんだ。


「毎度ありだよ、うつ先輩……。今後とも御贔屓に……」

「お前、さてはここまで計算済みだったな?」

「はて……何の事やら……?」


 人差し指を顎に添えて、惚けるメカクレメイド。

 悔しいが、その可愛らしさは一級品だった。

 泣く泣く僕は料金を支払う。一般的な男子高校生にとって2200円は微妙に痛い出費だった。

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