第27話 本の杜の眠り姫

 我が花咲高校は各所の設備がかなり充実している。

 これは現校長の「生徒第一の学校を目指して」という素晴らしい理念に基づき、学校の設備への投資を惜しまない事が理由となっていた。

 それ故に、我が校における校長の人気は凄まじい。

 彼が良く出来た人間でなければ、恐らくこの高校は完全に花車ゆいの私物と化していただろう。



 放課後、僕は図書室へと訪れていた。

 四件目の失踪事件が起きるまでの三日間で、相次いで二件目と三件目に関する報道が為された。それは花車先輩の言っていた情報と同じで、彼女の情報の正確性を今一度認識し直した。

 図書室――別名、本のもり

 先述した校長の意向で、軽く図書館の規模にまで達している建造物。内部には自習スペースも兼ね備えられており、テスト期間中はこぞって生徒たちが利用する。

 僕は図書室の中を軽く見て回った。

 しかし誰もいない。

 まぁそれもそうか。この図書室での目撃情報を最後に、二人の女子生徒が消息を絶っている。

 他の生徒達は皆、次神隠しに遭うのは自分かもしれないと恐れて此処には誰も近づかなくなってしまったのだろう。


「……すぅ…………すぅ……」


 静寂に包まれた図書室で、何者かの寝息が聞こえてきた。

 音の発生源は図書室の入り口のすぐ横。貸出カウンター内で椅子を並べて眠る少女がいた。

 六月にしては肌寒い日だったので、少女は薄紫色のパーカーを布団代わりにしている。


「おーい、聞きたい事があるんだが」

「…………すぅ……」


 声を掛けてみたが、起きる気配はない。

 けれど僕は引き下がらない。


「おい、こんな変なところで寝たら風邪ひくぞ」

「輪廻は今寝ているんだよ……。お静かに…………」

「本当に寝ている人は寝てる事を自己申告しない」

「ん……そうだったっけ……? まぁ、いっか…………」

「え、まさかこの状況で二度寝を?」


 僕の呟きは空しくも、誰もいない図書室に吸い込まれていった。





 一時間後。

 図書室内にあったギネス世界記録の書籍を見て時間を潰していた僕の耳に、最終下校時刻を告げるチャイムが聞こえてきた。

 僕は本を元あった棚に戻し、受付カウンターへ向かう。

 するとそこには椅子に座って虚空を見つめているあの少女がいた。

 紫がかった黒色の長髪。

 彼女の右目はその長い前髪によって隠されている。

 ここにきてメカクレ属性か……。中々、趣深い。


「やっと起きたか」

「ん、どちら様……?」

「二年の鬱金薫うつがねかおるだ。お前に聞きたい事があって来た」

「それは遠路はるばる……」

「高校の敷地内だけどな」

竜胆輪廻りんどうりんねです、どうぞ宜しく……」

「あ、これはご丁寧に」


 竜胆と名乗った少女が深々と頭を下げるので、僕もつられてお辞儀を返す。

 何だか独特な雰囲気だ。彼女のペースに呑まれる。


「……もしかして、輪廻が起きるのずっと待ってた…………?」

「いや、待ってたというか普通にギネス世界記録を見てたら一時間経ってた」

「ほう……何か面白い記録とかあった……?」

「んー、そうだな。世界にはジーンズのチャックを30秒間で204回上げ下げした男がいるみたいだぞ」

「へぇ……挟んだら痛そうだね……」

「お前、さらっと怖い事言うな……」


 ソーセージが鋏でちょん切られるイメージ映像が脳内で流れた。

 想像しただけで下半身がぞっとする。


「そう言えば……、他に人が来たりした……?」


 僕が得も言われぬ悪寒に襲われている最中、竜胆は僕に向けて問う。


「いや、僕以外は誰も来てないな」

「良かった……。じゃあ今日の来館人数は一人だね……」


 竜胆は手元の用紙に数字を書き込んでいる。


「何だそれ?」

「日ごとの来館人数表だよ……。一日に何人図書室に来たか数えるの……」

「へぇ、図書委員も結構大変だな」

「そんなでもないよ……。輪廻が担当した日はいつも人数が少ないから……」

「それは、お前が寝てるからじゃないのか?」


 この一言を機に、より一層の静けさが降りる。

 先刻、この少女はカウンター内で爆睡を決めていた。これが恒常的に行われていて、彼女が眠っている間に来た人数を無いものとしているならば、当然来館人数は少なくなるだろう。

 僕の指摘に対して、竜胆はただ此方に視線を向けていて。


「バレちゃったね……」

「確信犯かよ」

「来館数を折れ線グラフにした時、毎回ジェットコースターみたいになってる……」

「人が死にそうな角度がついてそうだな」

「ほぼ垂直落下してる時ある……」

「死への直行便じゃねぇか」


 用紙の記入を終えた竜胆。

 彼女は不意に思案気な表情を浮かべ、うんうんと唸り始めた。

 そして彼女は何かしらの解を導き出したのか僕を見据え、再び口を開く。


「んー、うん……分かった……。じゃあ、着いてきて」

「はい?」


 おもむろに少女は席を立つ。


「聞きたい事があるんでしょ……?」



 ――静謐。


 ――静寂。


 ――静黙。


 静けさを湛えた少女はそう言って小首を傾げるのだった。


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