竜胆輪廻編

第26話 嵐の前の静けさ

芽吹めぶき市内の男子大学生四名が行方不明となって今日で一週間が経過しました。芽吹市内でも情報が寄せられていますが、未だ発見には至っていません――』


 朝のニュースがリビングに響く。


「物騒だな……」


 僕は朝の支度をしつつ小さく呟いた。





 朝の学校。

 現在時刻は午前七時五十二分。

 僕は保健室に呼び出されていた。

 どうでもいいけど、このラブコメ有り得ないレベルで保健室でのシーンが多い。どれだけ病弱な高校生が主人公なんだ。


「おはようございます、後輩君。今日もお元気そうで何よりです」

「おはようございます、花車先輩。先輩のおかげで足しげく保健室に通っている病弱人間だと周囲に思われてますけど、今日も元気です」


 ベッドで寝そべる花車先輩に挨拶をしつつ、室内へと入る。


「それで、先輩の方から僕を呼び出すだなんて珍しいですね。どうせ呼び出さなくても毎日来るのに」

「確かに、わざわざ鳩渠はとみぞさんに伝言をお願いせず待っていれば良かったですね。花車、一生の不覚です」

「これ如きを一生の不覚とするなんて、どれだけ失敗の無い人生を送って来たんですか?」

「恥の無い生涯を送ってきました」

「主人公がそんな鋼メンタルだったら、タイトルも人間合格になってたでしょうね」


 そんな取り留めのない会話を交えながら、僕はベッドの傍に置いてあった椅子に腰かけた。


「今回お呼びしたのは他でもありません。現在芽吹市で発生している行方不明事件の事についてです」


 僕は今朝方見かけたニュースを思い出す。

 確か男子大学生グループが行方不明になっているのだったか。

 先輩はベッドに横たわったまま話を続ける。


「最初の失踪者は男子大学生の一団。そして二件目の被害者は他校の女子高校生。三件目は四十二歳の自営業の男性です」


 淡々と失踪者の情報を開示していく花車先輩。

 しかしそれと反対に僕は動揺して彼女の話に口を挟む。


「ちょ、ちょっと待って下さい! ニュースでも男子大学生の事しか報道されてませんでしたよ。何で二件目と三件目の被害者を知ってるんです?」


 報道機関がまだ公表していない情報を何故一介の女子高校生が有しているのか。


「今更ですね、後輩君。私の情報網の広さはご存じでしょう?」

「いや、働き蜂の存在については重々知ってるんですけど……」


 僕は言い淀む。

 確かに働き蜂たちの情報網は凄まじい。しかしその影響力はこの花咲高校に限っての話ではないのか。


「後輩君、六次の隔たりという言葉はご存じですか?」


 唐突な問いが飛ぶ。


「あぁ……えっと、何となくは。友達の友達を辿っていくと全世界の人と間接的な知り合いになれるみたいな話ですよね」

「まぁ大方その認識で合っています。六次の隔たり――スモールワールド理論とも呼ばれていますね。これらは簡単に言ってしまえば、私が校内で築き上げたネットワークを行使すれば他国の大統領にも辿り着けるという理論です」


 人間による情報ネットワーク。

 電子の足跡が残らない情報網。それはこの花咲高校から全世界へと波及していっているのか。


「国内の……ひいてはこの芽吹市という小さな範囲であれば、私は大抵の情報を入手できます。であれば当然、まだ公開されていない捜査情報も把握しているという訳です」

「花車先輩って出る作品間違えてますよね。ラブコメに出て良い人間じゃないですよ」

「私はこの作品でラスボスを張る高難易度ヒロインです。後輩君は頑張って攻略して下さいね」

「それは一体、何年後の話になる事やら……」

「私は後輩君の事を何千年でも待ち続けていますよ」


 化物じみた少女は、その人形の様な端正な顔に小さなつぼみの様な微笑みを湛えていて。

 まぁ、うちのヒロインたちは全員似たようなものか。

 僕は心の内でそう自分に言い聞かせた。

 異常だからこそ輝かしく、華々しい少女たち。異常を抱えている彼女たちだから、僕は愛でたいと思ったのだ。

 凡庸な人間など、僕だけで構わない。


「――それで、私の愛しき後輩君。今回の話の本題なのですけれど」


 花車先輩がゆるりと起き上がる。


「この失踪事件を、後輩君に解決して欲しいのです」





 ――三日後、四件目の失踪事件が起きる。

 その被害者は何と我が花咲高等学校の生徒であった。

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